「ようこそ、アリスちゃん。鬼の学園へ」

発登校の日。暮丹に現し世まで送って貰い、学園の学園長室に通され、学園長が出迎えてくれた。

私が暮らすのは隔り世なので、こちらまでは暮丹や琉架さん、アンズさんが交代で送り迎えしてくれることになっている。

本日は初登校だったので、暮丹が担当してくれた。

そして私たちを迎えてくれた学園長は美しい女性の鬼であった。
黒い鬼角に、ゆるふわロングの緑の髪に桜色の瞳の女性である。

現し世らしくスーツに身を包みつつも黒い角を隠さない。つまり学園内のものは全て事情を知ったもの……と言うことらしい。

「長から、長の花嫁が来ると聞いて楽しみにしていたのよ。私がこの学園の学園長で頭領の黒檀(こくたん)
ー頭領ー
その言葉は、暮丹に守られて幸せを享受している今もなお、私の心を不安にさせる。

入学までの間、目を覚ましていたお兄ちゃんと会うことができたけれど、結局現し世が今どうなっているか知ることはできなかった。

両親が私の退学届けを勝手に出していることもお兄ちゃんは知っていた。そして私が暮丹のもとで守られるなら何も心配しなくてもいいと。

そして私が編入する学園の長であり鬼の頭領の黒檀さんは信頼のおける鬼だと。

金雀児に苦しめられていた頃、お兄ちゃんは金雀児の勢力域の担当退魔師であったから、なかなかほかの頭領と関わることはなかったという。

しかし花嫁たちが通うこの学園を運営している彼女のことはさすがに知っていたようだ。

「頭領……やはりその言葉に敏感になっているようね。金雀児のバカも、相当のバカだねぇ。長の花嫁……そしてこんなかわいいアリスちゃんに手を出すとか。私たち頭領は互いの均衡がとれていれば、それほど互いの領分に口を出したりしないもんさ。私は学園長で教育の長とだけあって平等に接する立場だけどさ、私の学園では勝手は許さない。だから長の花嫁として堂々と胸張って行きなよ?」
そう告げる黒檀さんの言葉に首を傾げつつも……。

「ほら、長は仕事じゃないのかい?アリスちゃんのことは私に任せて。琉架が目を吊り上げて待ってるよ」
め……目を吊り上げてって……。分からなくもないのだが。暮丹は不満そうにしながらも『しょうがない』と頷く。

「ではアリス。また迎えに来る」
そう言うと、暮丹は優しく頬に口付けを落としてくる。

「ひゃあぁっ!?」
それは2回目ではあるけれど、やはり突然だと驚かずに済むはずはなく。

「ふふ……っ、やはりかわいい」
暮丹はいつものようにふんわりと微笑み、さっと身を翻しながら隔り世に戻っていった。

そんな、と……突然。

「……あいつもやるねぇ」
黒檀さんははっはっはっと笑っていたけれど。大人の女性になれぱ、慣れるもの……なのかな?

私は恥ずかしいような、嬉しいような不思議な感覚に包まれてしまって……。

「……スちゃん、アリスちゃん!」
「はぇっ!?」

「……ふふっ。余韻に浸るのもいいが……」
よ、余韻って……っ!?

「さ、担任を紹介するから」
そう黒檀さんが言うと、ひとりの男性が入ってきた。……人間?でも教師なら鬼や妖怪なのでは?それとも、本当に人間ならば、お兄ちゃんの同業者……退魔師?

そして黒檀たんさんがさっと彼の腕を取る。……へ?

「彼は私の夫よ!人間出身だけど、私の夫だからねぇ。身体の成長は止まっているが……年齢は、私のもばれるから秘密だよ」
「お……っ、だんな、さん?」

「そゆこと!女鬼や女妖怪は大体強い鬼や妖怪に憧れるからさ!人間が婿入りするのは珍しいけどね。たまにあることさ。夫もね」
確かにそうかも……。鬼や妖怪は人間の花嫁……特に霊力が強いものを好むけど……。人間の男性と言うのは珍しい。お兄ちゃんも霊力は強いけど、それで妖怪や鬼にモテていた訳じゃない。むしろ恐れられる側である。

「ふふっ。彼はウボクだよ」
「よろしく」
黒檀さんに紹介されてそう答えた黒髪に黒目の男性……ウボク先生はどこか見たことがあるような既視感を覚えた。

しかし、どこで……だったであろうか。

「教室に案内する」
「は、はい……!」
ウボク先生について案内される校内は、今まで見知った校内とは違っていた。廊下の幅は広く、開放的。床も普通の床とは違っているようだ。見慣れた学校の床に比べて……つやつや、ピカピカしている?

それに窓も違う。簡素な銀枠にスライド式の窓ではなく、まるでヨーロッパ風ファンタジー世界の学園に出てくるような両開きの窓。窓の一つ一つにワインレッドのカーテンが取り付けられ、タッセルで留められている。

さらに教室のドアまでシックなダークブラウンの両開きの扉である。

何だかとんでもないお金持ち学園のような……。こんなところに、本当に通っていいのだろうか?

「鴉木の教室はここ」
「は、はい!」
教室に入れば、そこには6セットほどのおしゃれな黒い机に、背もたれから座部まで白い素材で設えられた椅子があり、その5つの席に私と同じブレザー制服姿の生徒が座っている。

「いきなりで驚くかもだけど、この学園の教室は少人数制なんだよ。みんな入学時期が違ったりするから」
そうか……婚約者や花嫁は、16歳になってからしか通えないから。とすると、誕生日ごとにバラバラになる。

「ここにいる生徒は秋頃編入しているから、鴉木とそんなに編入時期が変わらない」
ここらそうやって合わせてくれるのか。それはそれでありがたいな。

その後ウボク先生は私の名前をホワイトボードに書いてみんなに紹介してくれた。……そう言えば、黒板じゃなくてホワイトボードなんだな。そこも不思議であった。

学園での授業は快適なもので、編入生と言うことで勉強の進み具合など不安だったのだが、分からないところは利けるし、クラスメイトのみんなも教えてくれる。

前の学校では、白梅の息がかかっていて、誰も話しかけようとはしなかったのに。白梅から解放されて、少し清々するかも。