それからは、必死に泣いて訴えた。悪いのはアリスで、アリスが私を虐めるのだと。
金雀児も援護してくれた。目の前には何故か私のために用意されたあの鬼がいた……!ほぅら、あなたも私のものになりなさい……!!
だけど、鬼は恐ろしいことを言った。
『アリスは俺の花嫁だ』
……と。
何で!?何で何で!!!この鬼は私のものなはずなのに!何でアリスが自分のものにしようとしているの!?許せないっ!
金雀児も抗議してくれる。だが、鬼は私のものにならないどころか……。
『お前たちの言い分などどうでも良い!この俺が気分を害した!それが真実であり、隔り世の法である!!』
――――――そう、告げたのだ。はぁっ!?あり得ない、あり得ない、あり得ない!!
現し世も、隔り世も、金雀児の花嫁となった私のもの!すべて私のもの……!!
隔り世の法は、私よ……!!
しかし気が付けば私は金雀児と、あの鬼とどこだか分からない場所にいた。
まるで農夫がいなくなり放置されたような、荒れ果てた田んぼ。それを見下ろす、小高い丘。どこかで、この風景を見た気がするのに、思い出せないのは、どうして……?
「どこなのよ、ここ……」
「ほう?知らぬのか?」
目の前の鬼が嗤う。
「何よ!私をどうするつもり!?私をおうちに返してよ!さっきまでいたあのお屋敷に!私のお屋敷に!」
「や、やめるんだ!し、白梅!」
しかし金雀児が私の身体を後ろから押さえ付けてくる!?
「金雀児、何で止めるの!?私のものになるはずだったものが、あんたの家来にぶんどられるところなのよ!?あなたは私の夫として、あの鬼をしつけるのよ!!」
金雀児の腕を強引に振り払い、ギリッと睨み付ければ……。
「……ひぃっ」
金雀児の喉が鳴った……?――――――と思ったその瞬間。
「あ……ぐごぁあ゛ぁ゛……っ」
金雀児の顔が、歪んだ。否、地面に叩きたけられたのだ。腹は抉られるようにして凹み、脚はぐにゃりと変な方向に曲がっていた。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!!」
あぁ、金雀児、私の鬼!私のものなのにいぃぃっ!!!
この……鬼めえぇぇっ!!
私は、金雀児をこんなにした鬼を睨み付けた。――――でも、この鬼の方が強いのなら……私のものにすれば、いい。この鬼を手にすれば、今度こそアリスを奈落の底に叩きつけられる……!!
「ね~ぇ、私、あなたのことぉ……」
艶かしく立ち上がり、そして飛びっきりの私で、鬼を見つめる。この私の美貌に振り向かない男はいないのよ?
「ほぅ……?もしかすると……と、予想はしていたが。こうもあっさりと化けの皮を剥がすとは。あぁ、愉快、愉快よな」
「え……?」
何よ……何なの……?何よ、その恐ろしい顔は……。恐ろしい、恐ろしい……それは、どうして……?
【どうして私のものにならないの】
【私のものにならないのなら、お前を殺してやる……!そしてお前の弟も、姉も……!】
【ああぁぁぁぁあぁぁぁぁ――――――っ!!!】
その鬼の哭く声は、どこで聞いたものであったか……。
「心しておくがよい……。隔り世のことわりの中に自ら飛び込んだのは貴様自身。もう、決して逃れられぬぞ。鬼ごっこは……終わりだ」
どういう、意味……?だけど、身体が動かない……。
動かないのよ……。
何で……何でなの……。
「そうだ。最期の手向けだ。……貴様を家に返してやろう。お前の本当の、家にな……?」
――――――は?
そして私の景色は暗転した。
※※※
ここは、どこ?
そうだ、私の家。暗い暗い、木造の、古びた、カビくさい……。
え……、ここ、どこ……?私の、お城じゃない……。
「おかあさん……おとぉさん……?」
ふと、私の口からそんな言葉が漏れた。
幼い声だ。私はもう16歳なのに、どうして……?
――――――お母さん、お父さん?
あいつらは役に立たないから、捨てたはず。私が金雀児に見初められてから、私に媚を売り、金を、食料をと五月蝿いから、金雀児に棄ててもらったの。
だから、今さらいるはずがないのに。
存在するはずがないのに。
「この、化け物ぉっ!!」
バシィンッ!!
知らない女に頬をぶたれた。
「出てくるなと言っただろう!この化け物め!」
ゴッ
知らない男に頭を殴られた。
「あのこを殺しておいて、よくもぬけぬけと!」
【だって、私より愛されているから】
私の脳内に、私じゃない声が響く。
「村長の許可さえ降りれば、お前なんてとっとと殺してやるのに!」
【愛して、愛して、邪魔なあのこがいなくなったじゃない。私を、愛してくれるでしょう?】
誰。誰。お前たちは誰。この私にそんなことをして、許されると思っているの!?私は、私は、誰なの……?
あぁ……私は、あの女と男の……子の魂を食って成り代わったの……。
【だって、誰も愛してくれないから。だから、愛されている魂を食らって、成り代わるの】
【そうしたら今度は、私を愛してくれるでしょう?】
【愛して】
【愛して】
【愛して】
「あい、して」
「あぁ、かわいい私の娘!」
「お前は本当に美しい!愛しい娘」
そう、お母さん、お父さん、愛してくれる。
私を愛してくれる。
その日から、私はすべての人間から愛され、貢がれ、美しい男を侍らせ、幸せの絶頂にいた。
たくさんの美しい男に愛されていれば、あの女と男はいらなくなったから、始末させた。私以外の女は私の男たちを誘惑するから、始末させた。
ふふふ、哭くほど嬉しいの?私、困ってしまうわ。いつになっても衰えない私の美しさ、私を愛する美しい男たち。
私を永遠乃美宮と呼び、崇める若き男たち。好みに合わなくなれば始末して、また新しい男を仕入れるの。そうしていたら、いつの間にか若い男が手に入らなくなったの。
「お前は、もういらない」
老け込み興味をなくしたその男にそう告げれば、男は哭きながら自ら首をくくった。
あぁ、そんなに涙するほどに、私が好きだったのね。老け込まなければ、もっとかわいがってやったのに。
私は、次の集落に立ち寄った。
「さぁ、私を愛して。ほら、愛して。若い男は傅きなさい。女は殺しなさい。老け込んだ男も殺しなさい。男の子どもは生かしなさい。そして時が満ちれば私に傅く栄誉を与えましょう」
順風満帆だった。――――――あの男に、会うまでは。