まぁ、多分だが。彼も明らかに鬼だから妖力は強いんだろうな。鬼は妖怪の中でも特に妖力が強く、他を圧倒すると言われている。

さらに頭領など地位のある鬼は鬼神の加護さえ受けると言う。この鬼が加護を受ける鬼かは分からないけれど……。

でもだからこそ現し世でも圧倒的な権威を誇る。政財界の影に君臨し、政治に於いても絶大なる影響を持つと言われる。有名な企業でも、人知れず彼らの手が加わっており、確固たる地位と財を築いているとされる。

彼らを敵に回せば、現し世ですら呼吸するのさえ苦しくなる。

現し世で生まれ育った現し世の住人だとしてもだ。
だとしても……。

「私、まだ16歳なので」
そもそも、である。私はまだ16歳なのだ。それも今日なったばかり。

しかもつい先日、日本の成人年齢が18歳となった。そして女性の結婚可能年齢も引き上げられたはずだし。

だから現し世の住人である私は彼の嫁になどなれようはずもない。――――――まぁ力を持つ鬼は、現し世の法が16歳だった頃の契約を元に、16歳である人間の花嫁を娶ることも可能なのだが。

妖怪や鬼との、隔り世との契約は現し世の法よりも更に縛りが強い。現し世人のちょっとした約束でも、隔り世の彼らにとっては消えることのない契約。彼らはそう言うのをとても大切にする。

約束は縛り、時には救い、一方的に破れり、捨てることがあれば、時には奈落の底に叩き落とすことも厭わない。

現し世の法を武器にしても、裏から手を回すこともあるとか。特に現し世で築いた権力を使って。もしくは隔り世の住民ならではの不思議な力を使って……。

そう言うこともあるの……だが、一縷の望みをかけよう。だって私は何の契約も交わしていないはずだ。契約を交わしていないのなら、現し世の法を掲げられる……!

「それは現し世の決まりだ。隔り世はまだ、法改正がされていない。嫁が16歳になったら問答無用で拐って娶れる!」
うぐおぉぉぉっ!!裏から手を回すとか言う前に、堂々と隔り世の法掲げてきた――――――っ!?
……と言うか、隔り世的には合法だったんだ。隔り世、早く法改正して~~~~っ!!!

「なんたる……っ、強引な……。隔り世に道徳倫理はないのか……っ」
まさかここまでとは……っ!!

「花嫁を娶るためならば、そんなものはぶっ壊してなんぼだろう!ふははははははっ!!!」
やべーやつだ、こやつ。いや、そもそも頭から鬼角が伸びている時点でヤバい。鬼は妖怪の中でも別格じゃないか。

まるで隔り世を象徴するかのような夕暮れ色の角に、同じ色の切れ長の瞳。黒い髪は夜露に濡れたように美しくみずみずしい。先の尖った耳に、ギラリと光る縦長の瞳孔。さらにはこの美貌。ひとなみ外れたその美貌はまさに、人外のことわり。

「とにかく人違いです。ごめんなさい!」
こう言う時は無視してとっとと帰ろう。まだ、あやかしの類いが活発になる逢魔が時には早い。

人間の中に人外の、妖怪とか鬼の類いが混ざり合いはじめる刻。

古くは道行くひとの顔がよく見えなくなる薄暗い刻のこと。こんばんはと挨拶をしたひとが、もしかしたら人ではないかもしれない。鬼?もしくは妖怪かもよ……?

そんな伝承から生まれた、逢魔が時。

でも実際に逢魔が時には、人外のものたちが暮らす隔り世と、人間が暮らすこの現し世が交わりだす。まぁ、例外も往々にしてあるし、日中でも彼らに追っかけられたけど。だけどその不思議な力は、まだ抑えられる。
昼夜問わず現し世でも強い妖力そのまま無双するなんて、鬼神の加護を受けた特別な鬼くらいである。

この鬼がそうかは知らないが、少なくとも逢魔が時は、まだ先だ。

逢魔が時までに帰って……お兄ちゃんを呼べば、なんとかなるかもしれない。出張中でもいざとなれば時空を歪めても来そう……!やべーシスコンだけど、いざというときは頼りになる。

しかもそれでイケメンハイスペック。なんたるこの世の不条理。だがこう言う時は仕方がない。とっととお兄ちゃんに話してなんとかしてもらおう。そそくさと踵を返そうとすれば。

「待て!待て待てぃっ!人違いじゃないから!俺の花嫁は鴉木アリス、君だ。君しかいないぃぃっ!!」

素早くぱしゅっと、手首を掴まれる。

「ひ……人違いです」
握ってくる手は……優しいのだけど。

「妖怪は匂いにも敏感でな。アリスの匂いは……くんくん、うん。かぎまちがえることなどない!」
距離が離れていたのは幸いだが……っ。

「女子高生をくんくんするだなんて……っ!シスコン兄みたいなことをっ。……キモいだろ……!!」
それは、まさに、シスコンお兄ちゃんの常習行動!妹の持ち物くんくん……!ほんとマジでキモい。止めて欲しい。お小遣いもらうためでも、絶対におぱんつは渡したくない。

「まさか……っ!俺以外にもアリスの匂いをくんかくんかしたとは……やはりアリスの兄、侮れんな。ふふっ、やるではないか」
驚愕する鬼。そこなのか。そうなのか。そしてあのシスコン兄に感心すんじゃねぇ!!

「家に帰ると、私の部屋の布団のシーツに顔を埋めるお兄ちゃんを見てしまったあの日……私は、一枚しかなかったシーツを……捨てた。今は敷布団の上に直に寝ている」

「アリス……っ!あぁ、俺の愛しき花嫁アリスうぅぅっ!人間どもの屋敷で、なんと言う不憫な暮らしを強いられていたんだ……っ!こんなことならば、神隠しよろしくとっとと拐っとくんだった!!」
ほんっと……隔り世、道徳倫理的にヤバいだろ。シスコンお兄ちゃん級じゃないか?いや、それ以上である。神隠し装って拐うとか……。昔からよくあることだったとは、聞いたことがある。今は隔り世との調停で戻ってこられる、或いは未然に防げることも多い。

ただしその方法が、隔り世の鬼に花嫁を献上し、鬼の力を手に、現し世で権力を振りかざす。

まぁ、鬼は花嫁を大切にするし、花嫁も鬼の寵愛を受け贅沢できる。花嫁を出した家も栄える。

しかし、一方でそれによって生まれる闇も存在する。私はそれを知っていた。むしろその闇をいやと言うほどに見せつけられた。

それにこの話のどこに不憫要素があるのだろう。お兄ちゃんのシスコンはキモいが、一応笑い話のつもりだったのだが。

鬼はノリノリで涙を流していた。涙脆いのか……?鬼なのに?まぁ……角は夕焼け色だから、光の当たり加減で赤に見えなくもないが……。

「因みに、うちの両親は優秀でイケメンすぎるお兄ちゃんを全力でもてはやしている」
……ある日を境に、変わってしまった。私もお兄ちゃんも分け隔てなく育ててくれた優しい両親は、もうどこにもいない。
あの少女が来てから、みんな変わってしまった。

「だから私は新しいシーツを買ってもらうことができなかった。見かねたお兄ちゃんが新しいシーツを持ってきたけど、渡す直前にお兄ちゃんの顔印が押し当てられた……。私は……すかさず返品した」
例え洗濯したとしても、その上で寝るのは拒否した。断固として、拒否した。これは女子としてのプライドが是としない。

「あぁ――――――……っ!アリス!我が花嫁アリスうぅぅ――――――っ!なんて劣悪な家庭環境っ!!」
いや、単にここ数年放置されていただけなんだけど。
それはそれでアレな家庭環境か?

家を追い出されないだけましだったのかもしれない。

私に微塵の興味も示さなくなった両親の代わりにお小遣いは毎月お兄ちゃんがくれたし、ご飯は台所に用意はされていたから、部屋で食べていたし。お兄ちゃんのシスコンはヤバかったけれど。一応普通に生活はできていた。

ただ、お兄ちゃんのシスコンがウザかっただけである。

「安心するがいい。アリス。アリスのことは、この俺が一生幸せにしてみせる……!」
「いや、その、やっぱり人違いです」

「……」

「……ごめんなさい、さようなら」
そう言って今度こそさようならしようと思っていたのに。

「うち、ねこいるぞ」

「はっ!?」
なん……だと……っ!?
鬼はとんでもない切り札を用意していたぁ――――――っ!!