朝ごはんが並べられた座卓で、暮丹と2人で並んで食事をとる。

納豆ご飯に、焼きじゃけと、お味噌汁。それから筑前煮。

「うまいか?」

「……うん」
こんな穏やかな……それも誰かと食事をとるなんて。いつぶりだろうな。まだお母さんとお父さんが普通だった時だから。小学生以来かも。何だか、隣に暮丹がいてくれることに不思議な感覚がする。

お兄ちゃんとはあまり食事は一緒に出来なかったから……。

主に両親が嫌がったから。私の食事を用意してもらうことを条件で、私が家族と同じ食卓で食事を囲うことはなくなった。

そう言えば……。

「お兄ちゃん」
今まですっかり忘れていた。薄情な妹だろうか。しかし、これくらい淡白じゃないと、こってりどっぷりなシスコン兄の妹はできないと思う。
私の呟きに、暮丹が首を傾げる。

「うむ?」

「お兄ちゃん、どうしよう!もう家に帰ってるはずだけど……っ」
家に帰ってきて私がいないと分かったら……何か恐ろしいことが起こりそう。

試しに携帯を取り出してみる。

電波は……たってる?

「こっちでも携帯、通じるの?」
「うん?そうだな。同じ日本だ。世は違えど、使えるぞ」
マジか……!
それに……おびただしいほどの家族メールと、着信履歴。もちろん全部、お兄ちゃんからだった。

相変わらず、ものすごい執念。私が昨日帰らなかったからじゃない。これ、通常運転。夜自分が家に帰らないときは、夜必ず電話してくるのだが、出ないと延々とものすごい着信とメール寄越してくる。

その上出ないとGPSで私の居場所特定してやって来るから!!
GPSについては、まぁ白梅のことで色々あったので、防犯上仕方なくである。そう、仕方なく。

しかし、夜私が電話もメールもしていないとなると、GPSを使って居場所を特定しているはず。しかしここは隔り世だ。さすがにGPSは機能しないのでは……?

いや、まさかとは思うけど。私を追って隔り世に来るとか……?いや……そんなわけが……。あはは……。

バキッ

「えっ」
今、何か音が!?

バキキッ

バキ……ッ

「暮丹!屋敷の結界が破られます!」
琉架さんが緊迫した様子で叫ぶ。
結界って……っ!大切なものでは!?それが破られるって……!見れば何もない空間に亀裂が走っている!!

「……うん?構わん」
しかし暮丹は達観しているようで。
少しも驚いていない。

「この屋敷の結界を割るような【退魔師】。興味があるではないか」
きょ……興味があるとかで放っておくの!?……あれ、退魔師……?――――――ってことは……もしかして。いや、もしかしなくても……。

バリィンッ!!

ひときわ大きく割れた裂け目から、飛び出してきたのは……っ!

「ア~~~~リズウゥゥゥゥ――――――――っ!!!」

「や゛――――――――――っ!!?」
もはや、恐怖……!その声の主は知っているが……!やっぱり恐いわあぁぁっ!!!私は咄嗟に隣に座っていた暮丹に抱き付いた。

「アリスどこだあぁぁぁぁぁ――――――――――っ!!!お兄ちゃんの、アリスうぅぅぅぅ~~~~~~っ!!!」
ひぃ、こっわあぁぁぁぁっ!!そして裂け目から飛び出したその赤髪、こちらを振り向いた黒目の美青年。……それは。

「お兄ちゃん゛ん゛んん゛んん゛――――――――――――っ!!!」
恐怖。まさに恐怖っ!!知ってたけど、分かってたけど……!恐怖であることに変わりはないぃぃっ!!

そして私の声と、姿を感知したお兄ちゃんは……。

「アリス――――――っ!!あぁ、アリスの匂いを追っていたら隔り世に辿り着いちゃったんだよ!でも無事で良かったあぁぁぁ――――――っ!!!」
ぱあぁぁぁぁぁぁっっと満面の笑みを向けてくるお兄ちゃん。

だが、何か恐ろしいことを言わなかっただろうか?匂い……?

このひと、私の匂い追ってきたのか……っ!?それで隔り世まで!?なお、お兄ちゃんが作った亀裂は既に塞がっている。――――――と言うか、隔り世まで追ってくるとか、さすがはお兄ちゃん!何と言う執念んんんっ!!

「……それで、アリス……。その鬼、何……?」
しかしその瞬間、更なる恐怖が私を襲った。お兄ちゃんの目がカッと見開き、ギョロリと動いた。
ヒィぃッ!?

それと、そう言えば私、咄嗟に暮丹に抱き付いて……っ!!すぐに離れようとしたのだが、瞬時に暮丹が腰を抱き寄せてきて、離れられない……!!

「ふん、俺はアリスの夫である!」
「な……に……っ!?」
お兄ちゃんがピタリと固まる。

「済まぬな。もう俺が嫁にしている。お前は既に、用済みだ」
酷いいいようだな!?先日のリスペクトはどこ行った!?

「あ、あぁ、嫌だ……アリスはお兄ちゃんの妹なんだぞっ!?アリスがお嫁に行くなんてお兄ちゃん認めな――――――――いっ!アリスうぅぅ――――――っ!!!アリスは、鬼となんて結婚したくないだろう!?お兄ちゃんと一緒がいいだろうぅぅぅぅおぉぉぉぉ――――――――っ!!?」
えぇ……と。お兄ちゃんとずっと一緒なのも疲れるし……。それに、暮丹となら……。

「お兄ちゃん、私、暮丹のお嫁さんで幸せです」
「ふはははははっ!!」
真剣にお兄ちゃんに告げる私の隣で勝ち誇ったように笑う暮丹に、お兄ちゃんのシスコン精神が限界に達したのだろうか。

「あ……、が……っ」
お兄ちゃんは石のように固まった後、そのまま倒れた。

「お……お兄ちゃんんんんっ!?」
まさか、死んでないよね!?

「ふむ、我が結界に亀裂を入れて身体を無理矢理ねじり込んでくるとはなかなかだと思っていたが……限界が来たようだな」
「限界!?」

「霊力気力体力切れ……うむ、霊力が強いからこそもったが……回復するには、全治1ヶ月」
「……1ヶ月」

「現し世の家に戻してもいいが?」
うーん、どうしよう。家に戻したところでどうにかなるとは思えない。戻すなら退魔師協会か……?いや、だけどまた妹を求め隔り世に乗り込んで来そうなんだよなぁ……。

「こっちで治療はできるの?」
「まぁ、そうだな。こちらでは全治1ヶ月だが、現し世なら全治3ヶ月だ。こちらで療養した方が早いな」
「それ早く言ってえぇぇっ!!」
そんなわけで、いろいろな意味で燃え尽きたお兄ちゃんを、こちらで治療させてもらうことになった。

「あ、お兄ちゃんどう運ぼう」
ここに倒れたままにしておくのも……。

「それなら問題ない」
暮丹が手をパンパンと叩けば、マッスルな鬼さんや、狼耳しっぽの男性、コウモリ耳襟もふ翼な男性たちが来てくれた。
もしかして、おちびちゃんたちのお父さんたちだろうか?

そんなことを思いつつ……

「丁寧に運ぶのと、手荒に運ぶのとどちらが良いか?」
そこ、迷うところなのか……!?

「まぁ、手荒でも……」
何たってお兄ちゃんだからな。

「んなら、投げるべ」
「んだな」
マッスルアニキズ、手荒にお兄ちゃんの胴をを掴む!いや、投げるって!?ちょぉっ!?いくらシスコンゆえに暴走しまくるお兄ちゃんだからって、一応全治1ヶ月ですが!?
さすがに手荒にもほどがあるやろっ!!

「あ、いや、丁寧にお願いします」
そう即座に頼みなおせば。

「んだか」
「持ってくべ」
お兄ちゃんは四肢をよにんそれぞれに掴まれながら、丁寧に引きずられて退場していった。

――――――あれ丁寧なのか。あれで丁寧なのか。

「あぁ、もちろんアリスはいつでもお姫さま抱っこだ」
そうニコニコしながら告げる暮丹。お姫さま抱っこは恥ずかしいと思っていたけれど、あれに比べたらましな類いなのかもと、――――――思った。