――――――中学生の時。
悪魔は囁いた。
『鬼の頭領である我が花嫁を辱しめた人間の小娘に、死よりも恐ろしい罰を与えん』
美しくも恐ろしい鬼の言葉に、たくさんの鬼が溢れ出す。逃げなきゃ、逃げなきゃ。
とたとたと子どもの足で逃げる私を、鬼たちは嘲笑った。時折スカートをつまみ、髪を掴み、頬を鋭い鬼の爪が掻いた。
血が滲んでも、転んで膝を怪我しても、決しておさまることのない鬼たちの狂宴。
慌てて走っていれば、見慣れない鳥居を見付けた。普通の鳥居とはちょっと違う色の気がしたが……。
今はそれに構っていられる場合じゃない!私は慌ててその神社の鳥居をくぐり、境内に逃げ込んだ。
普通の妖怪なら追ってこなくなるのに、その日鬼たちは鳥居の中に押し寄せた。
嘘……っ。何で、どうして、どうして。
助けを求めたいお兄ちゃんは……今日は合宿でいないのだ。毎度毎度、それを狙ったかのような醜悪な企み。
今回の始まりもまた、白梅の虚言だ。けれど誰もがそれを虚言だとは認めない。信じない。誰もが白梅の言ったことが真実だと呑み込む。
この鬼ごっこの始まりも、白梅の虚言。突如私の目の前に現れた白梅は、しゃがみこみ、泣き出した。
『アリスが私をぶった』
『突然やってきて、いきなり頬を何度も叩いた』
『いたいよぅ、いたいよぅ』
そう、泣き叫んだ。周りはすぐに私を責め立て、バケツの水を被せ浴びせ、ものを投げ、髪を引っ張った。
さらにはあの恐ろしい鬼が現れ告げた。
『鬼の頭領である我が花嫁を辱しめた人間の小娘に、死よりも恐ろしい罰を与えん』
その言葉に人々は歓喜し、鬼を崇め、白梅は口角を吊り上げた。
私は追われた。いつ終わるのかも分からない恐ろしい鬼たちとの追いかけっこ。
もう、走れない……身体が熱い……水を浴びたからだろうか。
誰か……たす……け、
パタリと倒れた私は、これから訪れる恐怖に脅えながらも動かない身体をどうすることもできなかった。
……あの後、私はどうしたんだろう。
『鬼が大挙してただの人間の小娘を追うとは、趣味が悪いな』
趣味が、悪い?
突如響いてきた男の声に驚きつつも、その声はどこか懐かしく、心地よい。
でも、あの恐ろしい鬼の言うことは、絶対で。
『ほう?どんな鬼だ?俺よりも恐ろしい鬼か?興味がわかなくもないな』
あなたは、こわい鬼?
『だとしたら、どうする?』
あなたは、やさしい鬼。
『俺が、優しい鬼……?』
うん、アリスのおはなし、きいてくれるから。
『アリスと言うのか』
そうだよ……。鴉木、アリス
『そうか、鴉木アリス。良い名だ』
『そなたが望むなら、この俺の嫁に来るか?』
あなたの、お嫁さん?でも、あの恐い鬼は、恐ろしい。
『この俺をおののかせる鬼などいない』
つよい……優しい鬼さん
鬼さんなら、アリスのこと、守ってくれる?信じて、くれる?
『あぁ、アリス。鴉木アリス、誓おう。この暮丹の名に於いて』
熱でぼうっとしていながらも鮮烈に焼き付いた、夕焼け色はーー
※※※
「……契約、してたのか」
――――――懐かしい夢を見た。あの後、どうやって生き延びたのか分からない。気が付けば私は家の前で寝ていたところを、お兄ちゃんに見つけてもらった。
その頃から両親は白梅の操り人形だから、家の外にいる私を家の中に招き入れたりしない。
あの時はお兄ちゃんじゃないなら、誰が助けてくれたのだろうと思いながらも。ずっと、ずっと忘れていた。そう言えば私を追ってきた鬼たちはあの後、どうなったのだろうか。
むくりと起き上がれば。
「にゃぁ……すぅ……にゃぁんっ」
「にゃぁん……ままぁ……」
お布団に、ちびねこちゃんたちが見事に潜り込んでる――――――☆
かわいすぎる。うん。みふゆちゃんたちをなでなでしていると、もぞもぞと暮丹も起き出した。
「んーにゃぁ――――――」
伸び~~~~~~。
……ねこ?
※鬼です
「んー……ねる、にゃぁ」
ばたむっ。
まさかの2度寝……!!
そして語尾の謎のにゃぁ……!並々ならぬねこ愛を……感じる……!
しかしその時、襖がすとんと勢い良く開く。
「さぁ、みなさん朝ですよ~!」
ふゆなさんであった。
「その通り!とっとと起きなさい、暮丹!」
琉架さんまで乗り込んで来た!?
「おっはよ~~、アリスちゃ~ん!今日はいいお天気よ~!」
アンズさんまで……!
そしてさんにんが現れたのと同時に……。
「うにゅぅ……ままにゃぁ?」
「あさにゃぁ……おねむにゃぁ?」
まふゆくんがぽやんとしながらままのふゆなさんを見上げ、みふゆちゃんが眠そうに猫耳をこしこししていた。あぁぁぁっ!!ちびねこちゃんの猫耳こしこしかわいすぎるうぅぅっ!!!
「あさごはんん~」
「おはようわふっ!」
コウモリくんや狼ちゃんたちも目を覚ました……!猫又たちねこたちはまだまだのんびりマイペースに寝てるけど。
「はーい、ちびちゃんたちは私と一緒に行きましょうねぇ~!」
『はーい』
みんなでかわいくお手々を挙げて、とたとたとふゆなさんの元へ向かうちびちゃんたち。
おや、ちびちゃんたちは行っちゃうの?ちょっと寂しいけど……。ふゆなさんがうふふと微笑みながら教えてくれる。
「ちびちゃんたちは、みんなでキッズ用朝ごはんなの。後でまた遊びに行くわね」
その言葉に、私はこくこくと頷いた。ちびねこちゃんたちもかわいいし、ちびコウモリくんとちび狼ちゃんもかわいかったんだよなぁ~~。
ちびちゃんたちに手を振りながら見送りつつ……。
ねこを撫でる。なでなで。
「にゃぁ……んん」
ねこたちはマイペース。だけど……。
「暮丹、起きないの?」
そっとその色白の頬に指を伸ばす。ふにっ。
思った以上にふにふにである。
「ん……、アリス……?今日もアリスはかわいいな」
寝ぼけながら、私の手を掴んで引き寄せた暮丹は、まるでキスをするように指先に唇を押し付ける。
「ひ、あぁ……っ!?」
慌てて手を引き抜けば。
「う……うーん」
何だか、私の手を探すように自らの手を動かす暮丹。ちょっと……かわいい、かも。
「んもぅ、暮丹?起きないなら、アリスちゃんだけ先に朝ごはんにしちゃおうかしら?」
ふと、アンズさんが提案してくれたので乗ろうとすれば。
「いやだっ!俺も一緒に朝ごはん食べるっ!!」
何故か暮丹ががばりと身を起こしており、思わず笑みが溢れてしまったのは言うまでもない。
「分かりやすすぎませんか」
「でもかわいいじゃない?」
そして呆れたように嘆息した琉架さんに対し、アンズさんがクスクスと微笑んだ。