「長……っ、何故あなたさまがここに……っ」
あれだけ傲慢で醜悪だった金雀児が、びくびくしながら顔を青くしている?
今までの金雀児からしたら、とても考えられない状況だ。
金雀児が驚愕の表情を浮かべる中……
「きゃぁっ!アリスちゃんったら……!酷い傷!早く治しましょう!」
アンズさんが駆け付け、頬に手を当ててもらえば、ひんやりした感触と共に痛みが引いていくのが分かる。そして手首や腕も次々とひんやりとした光に包まれ、痛みや傷が引いていく。
とってもきれいな光。そして優しい光だ。
さらにその場には、もうひとり駆け付けてくれた。
「アリスさんに随分と酷いことをいたしますね。暮丹がやりすぎたら止めようと思いましたが、止めておきます」
琉架さんまで……っ!やりすぎたらって言うのは、どういう意味だろう……。
「お前……」
そして暮丹が冷ややかな目を金雀児に向ける。今まで私に向けてくれた声、口調とはかけはなれた声。低く、そして凄みのある声。だが不思議と、金雀児の時のような恐怖はない。
――――――金雀児は、そうでもないようなのだけど。
「は、はい……っ!長っ」
こんなにヘコヘコしている金雀児を初めて見た。
「お前……俺のアリスに手を出すとはな。貴様、どこのどいつだ」
……顔知らなかったのっ!!そもそも金雀児は今夜の主役では……っ!?宴会場に一緒にいたんじゃないのか!?
「暮丹、それは頭領のおひとり、金雀児さまです。アンタ宴会場で何やってたんですか」
「アリスを脳裏に浮かべながら酒を飲んで枝豆をぷちぷちしていた……!」
いーや、何してんだこの鬼いぃぃ……っ!!
「あ――――……確かにそうでしたね。お陰でみな、本日の長の機嫌は悪いと厳戒態勢。盛り上がらない宴に、金雀児さまの花嫁殿が気を悪くして席を立ったのですよ?」
それで白梅が宴会場の外にいたわけか。そして白梅を追って金雀児まで。主役なのに盛り上がらななら、そりゃぁ白梅は不機嫌になるよね。
それはまるでかつての学校で大々的に行われた白梅の誕生日パーティー。いや、何で学校で大々的にやるのかマジで分からないのだけど。白梅はお兄ちゃんにちやほやされたくて、そして私をひとりにしてのけ者にして楽しみたかったのだが。
私といるお兄ちゃんが、私にしか興味をもたず、白梅は面白くなくてパーティー会場を出て帰ってしまった。当然ほかのみなは白梅の後を追いかけ、会場の体育館はすっからかん。飽きたお兄ちゃんは私の手を引き家に戻った。
――――――そんなことも、あったな。
そして主役が堂々と抜けても仕方がない雰囲気が流れる宴会場って……。
さらにそんな雰囲気にさせる暮丹は……長?長って本当に……何なのだろう?
「知るか。俺はアリスを我慢していたのだぞ?こやつの花嫁など知るわけがない!」
ぷいっと顔を背ける暮丹が、何だかかわいく思えてしまう。
そりゃぁ、暮丹は私と共にいたいと思ってくれるねこでつってくる変わり者だ。
しかしそれで自分が花嫁といられないのに、ほかの頭領の花嫁を見せつけられる宴は我慢ならなかったらしい。これをかわいいと言わずして、どうする。
「それに……」
今まで愛嬌たっぷりな暮丹だったのに、次にまた氷点下の表情で金雀児を見る。
「長……っ!申し上げます……!」
「うぅ……いたぁ……」
金雀児はいつの間にか白梅の元に駆け寄り、白梅を大事そうに抱き締めていた。
やはりあんなんでも、鬼は花嫁が大事なんだろうな。あんな異常で異様な白梅を偏愛する鬼である。そしてさらに、そんな鬼の胸元で苦しそうに呻く白梅。今度は本当に痛いのだろうな……。
「何だ」
白梅を抱きながらもふるふると震えを隠せない金雀児に対し、暮丹はどこまでもドライである。
「恐れながらその女は!鴉木アリスはとんでもない悪女でございます……!」
また……まただ……。白梅が嘘をでっちあげ、周囲から弾きものにされ、それを信じた金雀児により、制裁を加えられる。ずっとずっと、そのルーティン。気持ち悪いほどに繰り返される白梅の悲撃のヒロイン劇場。絶対女王王国。
「そうよ……!その女が私を、虐め、て……っ」
苦しそうにしながらも叫び、涙を流す白梅。その涙は今度こそ痛み故の本当の涙だろうか。
「うぅ……うわあぁぁぁぁんっ!!」
「あぁ、白梅っ!!長、早く彼女に治療を施してやってください……っ!白梅は無実です……!鴉木アリスに長年に渡り虐げられてきた被害者なのです!あぁ、白梅が痛がって……っ!そうだ!アンズ!治療をしろ!私の白梅を治すのだ!!」
金雀児が不意にアンズさんを見やり、怒鳴り付ける。
「はぁ?するわけないでしょ。バカじゃないの?」
しかしアンズさんはまるで相手にせず、私を抱き締めてふいっと顔を背ける。
「貴様っ!私に対して何様……っ」
金雀児はアンズさんよりは立場が上だと思っているのか声をあらげるのだが。
「貴様こそ何様なのだろうな?俺の義姉に命令とは随分と偉くなったものだな……!」
暮丹の笑みに、威勢の良かった金雀児が身震いする。
「ひ、ぅ……しかし、長あぁぁっ!鴉木アリスは悪女です!」
「そうよ!私をこんな目に遭わせてえぇぇ……っ、あ゛あああ゛ぁ~~~~いだぃ……いだいぃぃ~~~~っ!!!」
まぁ、実際に白梅が痛い目に遭ったのはこれが初めてで、本当なのだろうが。
暮丹が私のためにやったのは事実だから、私にやられたってことなのかな……。
でも完全に自業自得だよな……?それに暮丹も、彼らの嘘つき劇場に取り合う様子はない。
「アリスは俺の花嫁だ。俺の花嫁に怪我をさせ、悪く言うとは……貴様ら、相当命が惜しくないと見えるな!」
ニイィっと嗤う暮丹に、白梅と金雀児が驚愕の表情を浮かべる。
「何を……っ、長!考え直してください!その女はとんでもない女なのです!長年に渡り私の白梅を虐め尽くしたのです!」
「そうよぉ……私、ずっと我慢して……っ、あぁぁうぅぅっ!!」
しくしくと泣き出す白梅……だが。
「知らん」
お兄ちゃんですら、一応飽きるまで少しは事情を聞くのに、暮丹はまるで取り合わないあっさりとした回答を返した。
「お前らが……俺のアリスを傷付けた。それこそが真実だ」
『は?』
暮丹の言葉に、金雀児と白梅がポカンとするのだが。
「お前たちの言い分などどうでも良い!この俺が気分を害した!それが真実であり、隔り世の法である!!」
暮丹の言葉は俺さまならぬ鬼さま節全開のめちゃくちゃな主張だけども、彼女ら庇ってやる義理はないよなぁ。
「どうでもいいですが、屋敷内でやると被害が半端ないので外でやってくださいね」
琉架さん……!こんな時に屋敷の心配!?いや、それも大事だけど……!
「ふむ、そうだな。ちょっと、行ってくる」
そう、暮丹が告げた瞬間、暮丹と金雀児と白梅の姿が、一瞬で消えた。
「あの、暮丹は」
「そのうち帰ってきますよ」
琉架さんのこの慣れている感……!
「アリスちゃんは他に痛いところはなぁい?遠慮しないで言ってね」
アンズさんがなでなでと頭を撫でながら心配してくれる。
「だ、大丈夫です」
アンズさんが治してくれたから。
ホッとしつつも、暮丹の帰りを待つことになった。