「うぅ……っ!せっかく金雀児と結ばれて幸せの絶頂なのに……!こんなところまで追ってくるなんて……っ!恐いっ!恐いイィィィィ――――――っ!!!あぁぁ~~~~っ!!金雀児あぁぁっ!!ひっぐ、ひぃっぐ、助けてぇ~~~~っ!!!」
錯乱したように叫ぶ白梅。そしてそんな脅えた演技をする白梅に、金雀児は憎しみに満ちた顔を私に向け、手の指先から鋭い爪を生じさせる。

逃げたいけれど、逃げられない……。それこそが、鬼の恐ろしさ。ただの人間の小娘が、鬼にかなうはずがない。

こんな激怒した鬼の前で堂々と動けるのは、訓練をして、退魔師の実力を携え、なおかつ鬼に勝るとも劣らない霊力を持つお兄ちゃんくらいだろう。

私には……。

「ここは隔り世。現し世の法は適用されない。いたぶろうがなぶり殺そうが、かまわない!!ここまでやってきてまで、白梅を害そうとしたことがあだとなったな!ここでは何をしようと……私の自由だっ!!はははははははっ!!!」
鬼が醜悪に嗤う。お兄ちゃんが言っていた。鬼は本性をあらわにした時、その美しい顔の下に隠したその醜悪な本性をあらわすのだと。

――――――本当に、醜悪だ。知っていたけど。

「こんのっ!小娘があぁぁぁっ!!!私の白梅を、よくも……!よくもおおオオォォォ――――――ッ!!!」
強烈な妖力を帯びた咆哮を響かせ、般若の形相で距離を詰めてくる鬼。

逃げられない……っ!動けない……っ!!

でも、ダメ……っ!

ダメだ……っ!これじゃ……っ!このままじゃ、殺される!

分かっているのに、見ていることしかできない。圧倒的な力の差。

刹那、鬼の鋭い爪が私の浴衣を切り裂いた。

――――――が、パチンと弾けた音と共に生じたまばゆい光りに、私は吹き飛ばされる。

「ひぅっ!何だ……っ、それはっ!!符か!?」
お兄ちゃんからもらった符の入った御守り。セーラー服の下に下げていたものだけど、着替えても念のため首にかけたままにしといて良かった……っ!

あの鬼には効かなかったし、アンズさんたちも普通に持っていたから効力大丈夫かとも思ったけれど。やはり保険は必要である。

もしかしたら、あの鬼が敵意を向けてきたから発動したのだろうか。しかしお陰で難は逃れたが……。

前方の床に散らばった切れ端を見る限り、鬼の攻撃に耐えきれずに効力はなくなってしまったのだろう。

そこまでの力を持つ、鬼の本気の怒りの一撃。符ではカバー仕切れなかったのか、頬を鋭い痛みが走る。思わず指で拭えば……血。

「うぐぅ……っ、頭が、アタマがあぁあまっ、イ゛、イダイいぃぃぃ……っ!!!」
符の効力なのか、衝撃で金雀児の攻撃が止む。頭を抱えてふらふらとよろける金雀児。そしてそれを見て、白梅が自分の予測通りに行かずに怒りに歪む口元を手で覆った。

「酷い!あぁぁぁっ!酷いわ。私の金雀児に……っ!金雀児に何てことおぉぉぉ……っ!悪魔ぁぁぁっ!この悪魔あぁぁっ!!」
白梅が悲鳴をあげて泣き叫ぶ。
酷いのは、どちらだ。

「きっとイグリさまを脅して……いいえ、盗んだんだわっ!あぁ、イグリさま。こんな醜悪な妹を持ってかわいそうっ!!私があなたを救ってあげないと……!この悪魔からあぁぁぁっ!!」
そんなわけあるか……!お兄ちゃんに目を向けてもらえないからって……っ!

そりゃぁ、白梅に比べたら、私の容姿はパッとしないけれど。白梅たちに醜悪とか、悪魔とは言われたくない……!

それに、泣き真似をしながら不自然に口角を吊り上げる白梅は……まさに悪魔のようだった。

何故、みな。このおぞましい悪魔の顔を美しいと褒め称えるのだろう。

そして符の衝撃から立ち上がった金雀児が、再び私を睨み付ける。

「こんの女……っ!長年に渡り白梅を虐め、泣かせ、苦しめておいてこんな小細工まで仕込むとは!現し世でのことは、適切な罰を与えて来たが……。ここは隔り世。私のテリトリーだ!私の白梅を苦しめた貴様を許しはしない!お前は肉を剥ぎ、切り刻んで、ありとあらゆる残酷な方法で殺してやろう!!」
金雀児が憤怒で歪んだ笑みを浮かべる。そしてその背後で手で口元を覆うのすら忘れてほくそえむ、白梅。

あぁ……私はこの醜悪なやつらに、殺されるのだ……。

どうして……何で……

【こんなところにいたのか。とうとう、本性が見えた。間違いない、その醜悪な化けの皮……ミツケタ、トワナミビヤ】
頭の中で、知らない……けれど懐かしい、女性の声がした。私はこの女性の名前を、知っている。

会ったこともない。けれどそのひとだと分かった。――――――【鴉木比売(カラスキヒメ)】。

そして【トワナミビヤ】と言う名。それは、誰の名前……?

その間にも、金雀児が迫る。
「死ねェ――――――――っ!!!」
鬼の鋭い爪が、ひゅんと風を描きながら迫り来る。

ぎゅっと目を瞑り、迫り来る痛みに耐えるーー……が。

【覚えているでしょう……?この、色の名を】

鴉木比売(カラスキヒメ)……?
そして刹那、瞼の裏に浮かぶのは、鮮烈に焼き付いた夕焼けの色。

この、色は……

『あぁ、アリス。鴉木アリス、誓おう。この暮丹(ぼたん)の名に於いて』

――――――そうだ。思い出した……!あの鬼の名は。

暮丹(ぼたん)

「死にたいようだな!!」
待ち望んだ鬼の、暮丹の声と共に、瞬時に轟音が響き渡る。

ゴオォォォオオォンバキバキバキグゴシャアァァァァ――――――――――っ!!!

「あ゛アァあ゛ア゛ァァあ゛ぁギャアァグアァァァ――――――――――――――っ!!!」
金色の鬼の哭く声。それはまさに、醜悪な獣の断末魔の叫びのよう。

「イヤアァァァァァァ――――――っ!!!」
爆風が駆け抜け、悲鳴を上げてると同時に壁に叩きつけられ崩れ落ちる白梅。

しかし不思議と私は爆風から守られていた。これは……飛んだ時と同じで、彼の鬼術に守られているってこと……?どこか、温かい。優しい何かに包まれている。

「アリス、呼んだか?符の効力が切れた気配がした。あとアリスの血の匂いもした」
私の前に悠然と立つ暮丹が、ひょっこりとこちらを振り返る。その顔は優しい、そして心配するような表情。
先程の激しく轟音を響かせた攻撃を放ったのと同じ鬼だとは思えないほどに、優しい鬼の顔。
しかもーー

「……どうして、符の効力とか」
知ってるの……?

「アリスが首から下げていた。アリスを守ろうとするものだったから、それの効力の有無を察知できるようにしていた。俺の妖力も少し加えた」
だからこそ、憤怒の鬼の一撃からも守られたのか……。

――――――と言うか、鬼が上書きできるものなのだな……。もしかして、アンズさんたちが触れられたのも彼の妖力のお陰……?
お兄ちゃんの力と、彼の力のお陰で、守られた。そして、来てくれた。

「怪我は後でアンズ姉さんに治してもらえ。治療術は得意だからな」
「……うん……、でもっ」
頭領に手を出して、大丈夫だろうか?

「こんの、一体誰がっ!許さん……っ!」
ひぅ……っ。ついつい喉からひゅんと声にならない声が鳴るように飛び出す。

轟音と共にぶっ飛ばされて、崩れた瓦礫に覆われたはずなのに。その下から金雀児が瓦礫を押し退け出てきた……っ!?

あれだけの爆風だったのに、まだ、あんなに威圧を放っている……!やっぱり、鬼の頭領は一筋縄ではいかないってこと……!?

心配で彼を見つめれば、金雀児に視線を向けた彼は、こてんと首を傾げた。そしてこの場に似合わぬ軽快な声音で告げる。

「ふぅん?この俺に対し随分とした言い様だな?死ぬか?」
そしてものすごいこと言ってるし……!しかも軽々しく、しれっとだ!あうぅ…っ。鬼の頭領に対してそんなことを言ったら……っ!!

「……(おさ)っ」
しかし私の想像とは裏腹に、金雀児は真っ青な顔で、ぷるぷると震えていた。

どういうことだろう……?それに長って……。前に何か聞いたような?そして彼が長とは、どういうことなのだろう。