――――――それは秋。紅葉色づく16歳の誕生日であった。女子高生たるもの、下校途中の不審者には、注意。これ、大切。

「君は、俺の花嫁だ」
「……急に、そんなことを言われても」
この神社は中学に入ってからと言うもの、学校帰りに欠かさず訪れている。

夕焼け色の不思議な鳥居をくぐった先にある境内は美しく広々としており、静寂を抱いていたはずだった。

ここの神主さんや巫女さんなどには不思議なほど会ったことはないが、常に落ち葉などが清掃されており、確実に掃除などのひとの手が入っていると思われる。

しかしそんな静かで落ち着く憩いの場に突如として現れた、落ち着いた秋色の和服を纏う美しい人外の青年。私とはまるで不釣り合いな美しさを誇る。

これが通常の人間の不審者ならば、警察を呼べばいい話なのだが。

こう言った人外には無駄な足掻きだと言うのを、私はいやと言うほどに知っていた。

ここ数年で痛いほどに思い知らされた。助けを求めても、泣き叫んでも、誰も相手にしてくれない。まるでみな、魂の抜けた人形のようだった……。

さらに妖怪や鬼が関わる不可思議な現象は、隔り世のものと現し世の退魔師たちがその捜査を引き受けるそうだ。

しかしその権利を持つ隔り世のものがすべての元凶だからどうしようもない。

事件や暴力は握りつぶされ、ただ泣くことす五月蝿いと怒鳴られ罰の対象となる。
延々と続く、理不尽な暴力。意思を奪われた人形と成り下がった人間たち。

突如現れたひとりの少女により築き上げられた、感情と意思を奪われた人形たちの虚城。

彼女が現れて以来、どこにも心休める場所などないと思っていた。

だけど見つけてしまったのだ。

ある日突然見付けた不思議な色の鳥居の神社。
いつの間にそこにあったのか、私が知らなかっただけなのか、分からない。

けれど前に、たくさんの鬼に追いかけられたけれども逃げきることができたのは、この神社のおかげである。

はて、しかしどうやって逃げ切ったのだったか……。確かあの時は、最初だけは鬼たちが押し寄せて来たが。でもその後何もなかったかのように鬼たちすべてが消えていた。

もしかしたらここの神さまが助けてくれたのかとも思っていたが……。

そして不思議なことにそれ以降、この神社の境内には鬼はもちろん、妖怪の一匹ですらいない。

しかし外には未だ人外のものたちが跋扈する。時には襲い掛かり、いたずらをする。

特にたちが悪いのはとある鬼の命で動くやつらである。彼らはその鬼の命で私を恐怖で脅えさせ、それを楽しもうとやってくる。

あいつらからは、何としても逃れたい……。それが私の切なる願いである。

人外のものたちから逃れるために、そして日々守ってくださる神さまへの感謝のためにお参りをする。

お賽銭は……切り詰めてはいるので申し訳ないが、ここで過ごすための最低限のお礼賃金だと思っている。さすがにただで……と言うわけにはいかないから。

そんなわけで学校帰りはよくここでーーいや、ほぼ毎日ここですごすし、休日も家にいるのが億劫なら本を持ち込んで日が暮れる前に帰るのが日課となっていた。

ここならば安全で、恐い鬼も襲ってこない。私の安住の地。そんな安心感を抱かせる不思議な場所。大切な場所。……そう安心していたのだが。

何故、突然不審者(※人外)が湧く。

「いぃや、君はとてもかわいい!!いや、世界一かわいい!!」

「……はい?」
突然現れて、一体何を叫んでいるんだ?
それにかわいいって、何なんだ。たちの悪い冷やかしか?

とりとめて特徴もない深い緑の髪に黒い瞳。イケメンハイスペックで、ファンも多いお兄ちゃんとは違って、私はどこにでもいる普通の女子高生だぞ。

――――――よく妖怪や鬼に追っかけられてはいるけどな。

しかも体型も……ぶっちゃけいって寸胴……。それでよくからかわれた。

その裏で糸を引いている相手は、まるで美しい顔をその身に貼り付けたボンキュッボンの美少女だったからなぁ。

そんなことでからかわれても困るのだが、誰もが彼女を支持し、盲信し、崇拝したから。私には何も言えなかった。何もできなかった。

私が何を言っても無駄だった。みな、彼女の言うことに何の疑いも持たず、意識を奪われたかのように傾倒していくのだ。

異常なカオスであった。明らかに彼女によって怪我をさせられたのは私でも、彼女が自分の方が怪我をさせられたと言えば、みなそれを信じる。

彼女の肌はなにひとつ傷付いても、赤くなってすらいない。

妖美なまでの異常な美しさ。

そんなのを日々見せつけられていた、そう言うことを言われても冷やかしにしか聞こえないのだ。
それなのにーー。

鴉木(からすき)、アリス」
びくんっ。

「何故、私の名前を……」
いつの間に知ったのだろうか。彼の口から飛び出た私の名に、ドキっとくる。
しかし、何故か既視感がある。この鬼が私の名を呼ぶことに。呼ばれることにひどく安堵の心を抱く。例えようもない不思議な感覚……。深い深い魂の底に眠っていたものが目覚めるような……。

「鴉木アリスは、俺の嫁だからだ」
鬼が再び言葉を紡ぐ。
また、それ……?最近の隔り世では俺の嫁嫁詐欺でも流行っているのだろうか……?

どこの世でも同じようなことが起きていると言うことかも……。うぐぐ。まぁ世は違うとしても同じ日本だからな。

「いや、でも困ります。そもそも双方の同意もなしに話を進めるのはどうかと思います」
勝手に嫁だとか言われても困る。私は寝耳に水のことだ。承諾すらしていない。……そう、だよな?何かそこら辺が急にもやんとしてきたのだが、気のせいだろうか。う~ん。
――――――とは言え承諾を求められても、困るけど。

「この俺が住まう隔り世にそのような決まりはない!!そしてその隔り世でも一番の財力!権力!妖力を持つ俺にかかれば、ルールなど生ぬるい!嫁は絶対っ絶対っ絶対っ、嫁にするぅ~~~~~~っ!!」
いや、そんなこと堂々と叫ばれても。しかも金と権力の亡者かよ、こやつ。