昨日から降り続いた雪は、朝になったら二十センチくらい積もっていた。
「例年にない大雪ですね」
長く生きたレンラさんでもこんなに降ったのは数十年振りらしいわ。
こうなると家を造る職人さんたちも休むしかない。なら、前世で乗ってみたかったものを作ってもらうことにした。
「何だいこりゃ?」
職人さんが十五人もいると作るのも早い。午前中には二台も作っちゃったよ。
まあ、木で作ったものだから強度は不安があるけど、そこはわたしの付与魔法。全体的に強化をさせ、力が掛かるところにはさらに強化させた。
「スノーバイクってものです」
たぶん、そんな感じの名前だったと思う。間違ってたらごめんなさい。
本当はスキー板を作りたかったけど、やったこともないわたしに出来るとは思えない。でも、スノーバイクなら乗れると思うのよね。
橇の底に蝋を厚く塗り、薄い金属板を端に貼り付けた。
エッジが効くように研ぎ、平地で試運転(?)。あまり滑りがいいものではなかったけど、斜面が急なら問題ないでしょう。ここ、山だしね。
「ティナ。やってみて」
「ボク?」
関心がなかったティナがびっくりしている。
「運動神経はティナが勝っているからね。スノーバイクが使えるか試してみて」
乗り方を教えて滑ってもらった。
まずは平地で蹴りながら乗ってもらい、勘をつかんでもらったら坂で滑ってもらった。
「おー。思ったより滑るじゃない」
雪が固まってないからそこまで速度は出てないけど、まずまず滑れている。あれなら麓まで行けそうね。
「また変なものを作りましたね」
また、とは語弊がある言い方は止めて欲しい。わたし、またと言うほど変なものは……作っていますね。この世界の人からしたら……。
「そうですね。思い付いたものを形にしたら予想以上のものが出来ました」
今さら否定しても仕方がない。素直に肯定しておきましょう。
「雪が降る地方では橇の馬車があるみたいなんで、それから考えてみました」
「それならわたしも知っています。ここでは雪が降らないので使っていませんが」
「じゃあ、お客さん、帰るの大変ですね」
この雪だってのにお客さんが泊まりに来ている。ほんと、物好きよね。って、わたしが言うことじゃないけどさ。
「ちょっと村に降りて来ますね。下がどうなっているか気になりますので」
用意をしてスノーバイクで坂を下った。
わたしはティナほど運動神経はないけど、わたしもそこまで運動音痴って訳じゃない。この大自然で育った肉体を舐めるではない。半分も滑れば慣れてきたわ。
三時間は掛かる道のりを一時間くらいで走破し、麓に降りられた。
「麓もそこそこそ降ったわね」
十センチくらいか? まあ、そこまで支障がある積雪ではないわね。
スノーバイクはアイテムバッグ化させた袋に入れた。
道を歩いていると、バイバナル商会の二頭立ての馬車がやって来るのが見えた。
「二頭立てなんて珍しいね」
いつもは一頭で引っ張っている馬車なのに。
「雪だからじゃない?」
なるほど。二馬力なら雪でも登れると思ったのか。
馴染みの御者さんなので手を振った。
「お嬢ちゃんたちか。この雪でよく降りて来たな」
「橇で降りて来ました。山はこの倍なので気を付けてくださいね」
「それは結構降ったな。皆は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。さすがに職人さんは仕事にならないので休みにはなりましたが」
未だ雪は降っているから明日も休みでしょうよ。
「今からだと泊まりになるでしょうから、うちを使ってください」
今は午後の二時か三時くらい。登ったら暗くなっているでしょうよ。
「ありがたく使わせてもらうよ」
気を付けてと見送り、わたしたちは明るいうちに実家に着けた。
「大混雑ね」
この雪だってのに、お客さんでいっぱいだ。やることがないからやって来たのかな?
これだけの人が集まると雪も解けちゃうものなのね。まあ、下はベチョベチョになっているけど。
「お母ちゃん、ただいま。凄く混んでるね」
「ああ。この雪で仕事にもならないからね。朝から大賑わいだよ。手伝っておくれ」
山から下りて来た娘に酷い母親だよ。まあ、そんなに疲れてないから手伝うんだけどね。
夜になっても人は減らず、八時くらいになんとか捌けて冒険者たちが残った。
「人、まだ雇ってないの?」
片付けが終わり、遅めの夕食を食べながら尋ねた。
「いや、雇ってはいるよ。今日は雪だから忙しかっただけさ。いつもは順調に回せているよ」
「ええ。まさか雪の影響で混むとは思いませんでした」
マイゼンさんもびっくりなようだ。
「食料は大丈夫なんですか?」
「今のところは大丈夫ですね。ウールを増やしているので肉だけはたくさんありますよ」
「ウール、寒さで死んだりしないんですね」
自然で生きていたものを家畜にした。弱ったりしないのかしら?
「固まって暖を取っていますし、お湯の排水を利用するこで寒くはなっていないです」
鉄管はないけど、木枠を通してお湯を汚水的なところに流している。付与魔法で浄化が出来ないか試してみよう。
「お風呂に入るようになってから病気になった人とか増えてますか?」
「病気、ですか? まあ、季節の変わり目に風邪を引いている人はいるのではありませんか?」
「綺麗好きになった人が増えたってことか。妊婦さんとかの様子や赤ん坊の様子とか見ててください」
「なぜです?」
「情報を集めるためです。これだけ人が集まるなら傾向を調べておくほうがいいですよ。商人さんもなにが売れているか調べているでしょう。それを広げて調べておくんです。今は役に立たなくても将来役に立つかもしれませんからね」
データの蓄積は、必ず武器となる。って、本で読んだわ。
さすがにわたしの魔法が棒に火を点けるだけでは説明出来なくなってきた。
なので、不審と思われる前にこちらから話して、真実を隠すとしましょうか。
「どうしました? 何か悩み事ですか?」
話すとしてどう話そうかと悩んでいたらレンラさんに話し掛けられてしまった。まだどう話すか考えてないのに。
「え、あ、わたしの固有魔法、何か思ってたのと違うな~と思いまして」
下手に隠すとさらに怪しくなるので素直に話しておく。
「どう違うんです?」
「うーん。説明が難しいんですけど、物体を硬くすることや物と物をくっつけたり出来たりしたんですよ。もしかして付与魔法かと思ったんですが、本で読んだのは何か違うんですよね。付与魔法なら人にも効果を与えられるはずなのに、全然ダメでした。わたしの固有魔法、いったい何なんだろう?」
てか、何の魔法にしたらいいんだ? 誰か教えてプリーズ!
「今のところ、何が出来るんです?」
「マッチすることと、物を硬くすること、物と物をくっつけること、水を弾くこと、石に熱を籠めること、壺に水を集めること、刃物を研ぐこと……あ、これは特技か。他にも出来てそうな気もしますが、細かすぎて魔法なのかどうなのか怪しいところですね」
「確かに何の魔法かわかりませんね」
「あ、指から火を出すことも出来ましたよ」
本当は手袋に火を出す付与しただけなんですけどね。シャイニングフィンガーゴッコをしたくて作っちゃいました。テヘ♥
「……確かに何の魔法がわかりませんね……」
「そうなんですよね。まあ、効果が小さいので生活を楽にするくらいなんですけどね」
「まあ、いろいろ出来るのは便利ですね」
「そうですね。あ、そうそう。魔石をもらったので棒と火の魔法をくっつけられる物を作りました」
作業小屋に向かい、魔石を使ったマッチ製造器をレンラさんに見せた。
「これがですか?」
「はい。ここに棒を入れて火の魔法を使うと、棒に火の魔法を移せることが出来ます」
「……魔道具ですか……」
「魔道具?」
この世界、そんなものがあるの?
「読んで字の如く、魔法が籠められた道具のことです。マッチも魔道具と言っていいでしょう」
「そうなんですか!?」
マジか! それはびっくりだよ!
「ええ。魔道具を作れる者は希少な存在です。もしかすとキャロルさんの固有魔法は技法魔法なのかもしれませんね」
「技法魔法?」
そ、そんな固有魔法まであるんだ。この世界、いろんな魔法があるのね……。
「まあ、わたしには鑑定魔法がないので何とも言えませんが」
「と、とりあえず、技法魔法だとすると、わたし、他にも魔道具を作れちゃったりするんですかね?」
付与魔法なら魔道具を作ることも可能だけどさ。
「はっきりとそうだとは言えませんが、マッチやこれを作れるなら可能性はあるかと」
アイテムバッグを作れる付与魔法より細かい魔道具を作れる技法魔法のほうがインパクトは小さいのかもしれないわね。
「……そうですか。ちょっと考えてみます……」
付与魔法とわからず技法魔法で済ませられるレベルの魔道具か。これは考える必要があるわね……。
考えてますっ行動してたけど、本当に考えるためにしばらく庭を徘徊することとなった。
いや、冒険者はどうした!?
って突っ込みはとりあえずスルーさせてもらい、まずは藁を編むことにした。
三本束ねた藁で強化の付与を施し、石を結んで枝に吊るした。
「何をなさっているので」
たくさんの石を吊るしてたらレベルさんがやって来た。暇なのかしら?
「藁紐を硬くしてみたのでどのくらい保てるかの実験です」
「実験ですか」
「はい。実験です」
「……藁紐を硬くすると、何か利点があるんですか?」
レンラさんにはわからないようだ。まあ、普通に木の繊維で作ったロープを使えばいいだけだしね。
「たくさんありますね」
レンラさんにナイフを渡して藁紐を切ってもらうようお願いした。
「……切れませんね……」
「切れないってことは帷子にも代用できますし、荷を縛るのにたくさん紐を必要としません」
「……そう、ですね……」
レンラさん的にはピンと来てないようだ。
「まあ、単なる実験なので気にしないでください」
レンラさんは物を売る専門家で作る専門家ではない。こういうのは職人さんに見せたほうがいいでしょう。
「凄いな!」
「藁なのに鉄のような強度があるとか画期的すぎる!」
ほらね。作る専門家のほうが藁紐の価値をわかってくれているわ。
「これをたくさん作るのでいろいろ使ってみてください」
わたしが考えるより職人さんに任せたほうがいいものが出来るでしょう。
「魔石って便利ですよね。これがあるならライターも作れますよ」
ライターってのが気になるわよ。この世界で火が点けられるものを作り、ライターと名付けるんだから。わたしと同じ転生した人がいるのかもしれないわね。
「そうですね。ライターは輸入出来るのでマッチのほうが売上が出てますが、試しに五つくらい作ってもらえますか?」
「構いませんよ。わたしも作りたいライターがあるので」
タバコは吸わないけど、竈に火を点けるようのライターが欲しいのよね。マッチだと湿気っていると点け難いのよ。
……魔石、自分でも手に入れたいわね……。
もう少しで冬が終わりそうだ。
気温も少しずつ上昇しており、今は十度くらいの気温じゃないかしらね?
「魔道具を作る冬だったわね」
紐を強化するもの。マッチを作るもの。松明大のマッチを作るもの。あと細々としたものを作り、バイバナル商会に渡したわ。
まあ、永遠に動くものではないからね。五、六個ずつ作ったわ。
かなりのお金を支払ってもらったけど、今のわたしたちに使う当てはない。なので、バイバナル商会に預かってもらうことにしたわ。バイバナル商会は王国に支店がいくつかあるからね。そこでもらうほうが安全だわ。
今年は雪が多い冬だったけど、昼には解けることが多かったので、民宿の経営に支障が出ることもなかった。今も泊まりに来ている人は続いているわ。
「工房も出来てきたわね」
別にここに造らなくてもいいんじゃない? って思いはあるけど、お金を出しているのはバイバナル商会。わたしが口を出すことじゃない。損にならないことを願っているわ。
「キャロ。服が小さくなった」
それは服が小さくなったんじゃなくてティナが成長したのよ。
わたしと一歳しか違わないのに背は十五センチくらい違っている。今年で十二歳になるのに百五十センチくらいはあるんじゃないかしら? まあ、毎日たくさん食べているしね。そりゃ育つか……。
「じゃあ、布を買いに行きましょうか」
わたしはまだ大丈夫だけど、確実に成長している。大きくなる前に普段着を作っておきますか。
民宿に食料を運んで来た馬車に乗せてもらい山を下り、実家に一泊(もちろん、手伝わされたけどね)。朝からバイバナル商会に向かった。
バイバナル商会は基本、何でも屋だ。食料品や生活用品、豚や山羊までいろいろ扱っている。けど、布や服は少ない。隣のルクゼック商会が大手なんだってさ。
バイバナル商会に大変お世話になっているからマルケルさんに話を通してもらった。
ルクゼック商会も本店は王都にあり、店はたくさんの服が並んでいた。
わたしは服や下着は自分で作っていたので表を見るだけだったけど、こんなにあるとは思わなかった。
まあ、既製品なんてない時代だからすべてが手作りで、微妙にサイズが違う。そこはお店で直してくれるそうだ。
民族衣裳的なものはない。ただ、大体が似たようなものが多いわね。色合いも少ない。染物の技術はないのかしら? てか、白色のものはないわね。黄ばんだものが多いわ……。
「これはマルケルさん。どうしました?」
隣だけあって顔見知りになっているよね。
「はい。今日はこちらの子たちが布が欲しいと言うので連れて来ました。見せてもらってもよろしいですか?」
と、わたしたちに目を向けた。
「この子たちですか。バイバナル商会が飛躍している要因は」
飛躍? バイバナル商会、飛躍してるの? かなり大きい商会なのに?
「はい。この二人のお陰で繁盛しております」
「世の中には天才はいるのですね。我が商会もあやかりたいものです」
「それはこの二人が興味を持てばあやかれるかもしれませんね。バイバナル商会としても振り回されてばかりですから」
わたしたち、振り回してたんだ。そんな慌てた姿見てないけど。
「そうみたいですね。いろんなところからウワサが回ってきますよ」
「情けないばかりです。もっと滞らずにやりたいのに、こうしてウワサが回ってしまうのですから」
「紐を強化する魔道具、あれはいいですね。糸にも応用できるので本店からどうにか手に入らないかと催促されてますよ」
「正直、あれが売れるとは思いませんでした。やはり本職の方でないと価値がわからないものですね」
あれ、売れてるんだ。魔石がないから作れないでいるけど。
「確かにそうですね。あれにら他のところでも欲しがると思いますよ」
「魔石が手に入ればいいのですが、こればかりはなんとも……」
「コルディーにはバッテリーという魔力を溜めるものがあるそうですよ」
バッテリー? って、あのバッテリーのこと? ライターといい、やはりわたし以外にも転生している人がいるってことだ。ここまで元の世界の名前が偶然出て来るってことはないもの……。
「……バッテリーか……」
ってことは魔力は溜められるってことだ。いったい何に溜めているのかしら? これまでの経験から木でも金属でも溜めようと思えば溜められてたけど。
「キャロ」
あ、そうだった! 今日は布を買いに来たんだった! バッテリーのことはあとにしておきましょう。
「新品の布と羊毛糸、羊毛布、各種生地をください。あと、針と糸もお願いします」
「代金はバイバナル商会が持つので好きなだけ買っていいですよ」
お、それなら遠慮なく買って行こうっと。
店内を見て回っていたら針金が売っていた。この時代、針金なんてあったのね。
「この金属の細い棒、何に使うんですか?」
「手袋の甲に使ったり膝や肘の守りに使ったりします」
ガード目的か。これならブラの針金に使えそうだわ。ティナ、Cくらいになたなっているからね。
「こんなものかしらね。マルケルさんお願いします」
銀貨五枚になったけど、いい買い物が出来たのでオッケーだ。
「こんにちは~。こちら、キャロルさんとティナさんのお家でしょうか?」
お昼時、見知らぬ女性の声がした。
「はぁ~い! どちら様でしょうか~?」
竈をルルに任せてドアのところに向かった。
「初めまして。ルクゼック商会に属している針師のロコルです」
「ルクゼック商会? 針師?」
なぜルクゼック商会の方が? 針師って確か服を作る最高位よね? なぜうちに?
「これ、バイバナル商会の紹介状です」
手紙を受け取って中を読むと、マルケルさんが書いただろう内容が記されていた。
「ちょっと待ってくださいね。ティナ、ロコルさんにお茶を出してて。わたしは民宿に行って来るから」
ティナに任せて民宿に向かい、レンラさんに確認してもらった。
「確かにマルケルの字ですね。針師とはいったい何をしたのです?」
わたしが何かした前提ですか!? まったく身に覚えがないんですけど!
「わたし、何もしてませんよ? ルクゼック商会で買い物しただけです。それ以上何もしてませんよ」
「まあ、ルガリアもやり手ですからね。キャロルさんを見て思うところがあったのでしょう。ルクゼック商会もかなり大手。バイバナル商会でも無下には出来ませんからね」
へー。バイバナル商会に匹敵する商会だったんだ。
「マルケルが許したのなら本店の許可を得たのでしょう。資金はルクゼック商会が出すそうなのでロコルをお願いします。あとでマーシャを向かわせます」
お願いしますと家に戻った。
「お待たせしました。ロコルさんはうちで預かることにしました」
まだ何しに来たか聞いてないけど、外に荷物が積んであった。泊まる気満々で来たのでしょうよ。
「ありがとうございます。あの、これは染め物ですか?」
最近、染め物に凝っていて竈はすべて染め煮(?)に使っているのよね。お陰で食事は職人さんたちと一緒にいただいているわ。
「はい。今は実験ですね。色の元となるものが手に入らないので」
今は黄色い石と山葡萄の皮、色の濃い葉を使ってどんな色になるか調べているわ。
「キャロルさんは、発明家と聞いてますが、自分で考えているのですか?」
「発明家? わたし、そんなこと言われてんですか!?」
何やそれ? わたし、冒険者見習いなんですけど! いや、クラフトガールになっちゃっている自覚はあるけどさ!
「わたしは、ただの冒険者見習いですよ。いろいろ作っているのは売ってなかったり必要だったからです。発明なんて大袈裟なことはしてませんよ」
「何の説得力もないけどな」
ハイ、そこ。無口キャラなんだから突っ込んで来ないの!
「ロコルさんが何をしに来たかはわかりませんが、適当にやってください。わたしたちはいろいろやることがあるので」
まずは職人さんたちの食堂で食事を済ませたら染め煮を続けた。
色が付いたら川で洗い、陽当たりのいいところに干した。
「青ってより藍って感じね」
元の世界にこんな色あったな。おばあちゃんが虫除け効果があるとかなんとか言ってたような気がする。
「虫が嫌う草って何かありますかね?」
そういう知識は職人さんたちのほうが知っているはずだ。
「それならカラホ草だな。今生っているはずだ」
どこにでも生っているそうで、家の周りや山にもたくさん生っていた。
それらを集めて叩いて水の中に入れて一晩浸け置き。煮て覚ましたらカラホ草を布に入れて絞り、ルルの結界で遠心分離。底に溜まったものを乾かして粉にする。
粉を水に溶かし布を浸ける。いい感じに色が付いたら乾かし、何度も浸けては乾かすの繰り返し。藍色となった。
「緑じゃなく藍になるなが不思議よね」
何でや?
「まあ、何でもいっか」
藍色染めの布をたくさん作り、それでワンピースを作ることにした。
「キャロルさんが着るには小さいのでは?」
「これはお母ちゃんたちに渡すものです。夏は虫が多いですからね」
この世界にも蚊はいる。でも、お風呂に入ることで垢のコーティングがなくなり、虫刺されが出てきたのよね。カホラ草の効果が出るなら虫除けになるはずだ。
「変わった形ですね? わたしも作っていいですか?」
「構いませんよ」
針師なのに染め物にも興味を示し、ティナに作ったブラジャーにも興味を示して夜な夜な研究しているみたいよ。
「やっぱり針師となるとたくさんの針を持つものなんですね」
針箱が食パン二つは入りそうなバスケットくらいある。その中に針が百本は入ってそうだ。てか、こんなに必要なの?
「わたしの固有魔法が金属を自由に形を変えて操れるんです」
「そんな魔法があるんだ~」
この世界、ゲームみたいな世界じゃなく能力バトル系なの? わたし、付与魔法で戦うなんて無理だからね!
「と言っても針くらいのものを操るのが精一杯なんですけどね」
「それでも針を十分自在に操れるなら細かな縫い方も出来そうですよね」
わたしは縫い方をそれほど知っているわけじゃないけど、針を仕込んで敵を縫い合わせるとか出来そうね。まあ、ロコルさんは戦闘するわけじゃないから服飾系の仕事に付いたんでしょうけどね。
「また布を買いに行かなくちゃいけませんね」
染め煮で白い布を使いすぎた。赤みも欲しいので新しく買って来るとしよう。
わたしの付与魔法は転写魔法ってことにした。
少々苦しいけど、この世界の人に詳しい違いがわかる人もいない。ましてや固有魔法は千差万別。同じのようでちょっと違う。ロコルさんの固有魔法も独特で同じことが出来る人はいなかったそうだ。
そこで転写魔法だ。
ある現象をある物質に写せる。多少の誤魔化しはあるけど、一番転写ってのがしっくりくると思う。今からそっちに似せてけばいいわ。
で、転写(付与)したいのがロコルさんの技術だ。
金属を操れる固有魔法がなくてもロコルさんの腕は一流だ。この腕があるなら欲しかったものが作れるはずだわ。
さすがのロコルさんでも作るのに五日ほど掛かってしまったが、一度作ってしまえば付与(転写)した技術で量産出来る。
転写(付与)にはロコルさんの金属を操れる固有魔法も転写(付与)している。
木枠を作り、バイバナル商会が手に入れたバッテリー(ただの陶器の箱で、それに魔力が溜まるように付与されているっぽい)を接続。針を自由に動かす全自動タオル製造器の出来上がりっと。
「これでタオル使い放題だわ!」
布で体を拭くの、ちょっと物足りなかったのよね。
五日で一枚はさすがに時間が掛かり過ぎなので魔力を消費するけど、五倍速の付与を施した。
これは魔力消費を上げたからって説明をしておく。検証出来る人がいないんだから言ったもんが勝ちよ。
機械製造を知っているから一日一枚なんて効率悪すぎると思うけど、こちらの人からしたら驚天動地(何となく勢いで使ってます)。レンラさんから伝わったのでしょう。山にルクゼック商会のルガリアさんがやって来た。
「素晴らしいです!」
そりゃどうも。わたしとしてはこんなに早く伝わるとは思わなかったわ。ここの商人、どんだけ迅速なのかしら? タオル製造器が出来てまだ三日よ。せめて十枚は作りたかったわ……。
「これはもっと作れるのですか?」
「バッテリーと魔石があればすぐですね」
木枠なんて職人さんに掛かれば秒で作れるんじゃないかしら? わたしの転写(付与)なんて一瞬だしね。
「あ、糸も必要ですね。一枚作るのにかなりの量を必要としますから」
「バッテリーと魔石でしか……」
「ただ、バッテリーならわたしでも何とかなるかもです。この魔法を別のものに転写すればいいだけですからね」
転写じゃなく複写だろうって突っ込みは誰からも受けませんでした。転写も複写も細かいことはわかってないんでしょうよ。転写もよくわかってない感じだったからね。
「出来るんですか!?」
「ただ、それをやって構わないんですか? これを作った人か、国に怒られたりしません?」
実はもう作ってみたのよね。魔力を溜める付与はそれほど難しくなかったわ。
……てか、バッテリーを作った人、かなり頭がいい人だわ。分解したら魔法が解けたからね。分解されることを見越して作っているんだろうね……。
「そう、ですね。真似をした、とは言われるでしょうが、罪になることはないと思いますよ。国交はないので罪に問われることはありませんしね。ただ、名前は変えておきますか。何がいいですかね?」
「何でもいいんじゃないですか? わたしは器を作れるだけで、魔力を溜め込むのは別の人なんだし」
バッテリーとはよく付けたと思うわ。これを作った人、わたしと同じ世界から転生か転移したんじゃないかしら?
「うー。何にしますかね~?」
「別に付けなくてもいいんじゃないですか? 重要なのはタオル織り器ですからね」
セットにしてしてしまえばパクったと言われることもないでしょうよ。
「なるほど。確かにそのとおりですね。キャロルさんとロコルがいれば真似をされることもないのですからね」
しれっとわたしも混ざっているんですね。いやまあ、今さらなんですけど。
「バッテリーじゃなく魔石にしたら切れるまではずっと動きますよ」
魔石がないからバッテリーにしたけど、魔石なら四十日くらいは動いているんじゃないかしら? 魔石って凄い量の魔力が結晶化したようなものだからね。
「難しいところですね。魔石は希少ですから」
「魔力を集めるのも大変だと思いますよ。魔法使いを集められるなら別ですけど」
魔法使いはいると思うけど、バッテリーに魔力を溜めるほどの持ち主がどれほどいるか。貴族でもないとバッテリーを満杯に出来ないんじゃないかな?
「わたしは無理ですよ。バイバナル商会からお願いされているものもありますから」
優先権(?)はバイバナル商会だ。タオルが欲しいからタオル織り器を作ったまでだ。
「タオルは高級品として貴族に売り、ルクゼック商会の宣伝に使うといいんじゃないですか? 貴族と仲良くなれればお金に困っている貴族を紹介してもらえるかもしれません。そんな貴族から魔力を買えばいいと思いますよ」
貴族もピンキリっぽい。爵位はあるけど、暮らしは楽ではない人もいるって聞いたわ。
「……なるほど。バイバナル商会がキャロルさんを全力で囲うわけです……」
「協力はしますが、キャロルさんの自由意思を汚すことはしないでください」
何やらレンラさんとルガリアさんが熱い視線を飛ばし合っている。
ハァー。そういうのはわたしの見えないところでやって欲しいです……。
春の季節になってきた。
いつまでもクラフトガールはやってらんない。わたしは冒険者として旅がしたいのよ。その力を身に付けなくていけないのよ。なのでわたしたちは旅に出ることにした。
「カルブラ伯爵領ですか?」
レンラさんや職人さん、ロコルさんに伝えた数日後、ローダルさんがやって来てお使いクエストをお願いしてきた。
「ああ。どうせ旅をするなら目的があったほうがいいだろう。カルブラ伯爵領ならここから歩いて五日から六日の距離だ。そこにあるバイバナル商会の支部にこれを届けて欲しい」
と渡されたのはマッチ箱サイズの金属板だった。
「何です、これ?」
「何であるかは秘密だ。それをバイバナル商会の支部に届けるのがおれからの依頼だ」
まあ、お使いに何であるかを知らせる必要もないか。でも、見習いにやらせる仕事なの? かなり大切なものっぽいけど……。
「重要なものではあるが、誰も見習い冒険者に依頼したとは思わないだろう。それなら肌身に付けておけば盗まれることもないからな」
「盗もうとするのがいるんですか?」
「いるさ。子供だと思ってナメてくるヤツもいる。それらを跳ね退けての冒険者だ。やるか?」
そこまで言われて断ったら冒険者になる覚悟がないと言っているようなもの。受けるしかないじゃない。
「カルブラ伯爵領にあるバイバナル商会の支部にこれを届ければいいんですね。期限はあるんですか?」
「特にないが、十五日以内なら問題ない。確実に届けてくれたらそれでいい」
随分と甘々なお使いクエストだこと。これ、お使いクエストじゃなく接待クエストだったりする?
まあ、ローダルさんの言うとおり、目的地や目的があったほうがやる気が出るってものだわ。
準備はもうできているので、次の日には出発することにした。
何だか初めてのお使い並みにたくさんの大人たちに見送られて出発。まずはパルセカ村にあるバイバナル商会に向かう。
わたしはパルセカ村やロンドカ村しか行ったことがない。あとは山だ。カルブラ伯爵領がどっちにあるかもわからない。なので、バイバナル商会で地図を買うことにした。
マルケルさんにローダルさんから依頼を受けたことを伝え、地図を売ってもらった。
概略図? としか思えない地図が銀貨一枚と、なかなかいい値段がした。これでも安くしてくれたんだからこの時代の地図学(?)は遅れているようだ。
まあ、行商人や隊商は決まったルートを通るのでこれで充分なのだそうだ。
「地図って、細かく書いたり正確に描いた罰せられたりします?」
元の世界で罰せられた時代か国があったみたいなことを本で読んだことあるわ。
「そんなことはありませんよ。もっと精巧な地図もあります。その分、値段は上がりますが」
あ、あるんだ。ただ、地図が高い時代だってこと?
「それならわたしが作っても問題外ないってことですね」
「ええ、まあ、そうですね。作ったら見せてください」
「わかりました。と言ってもそう精巧な地図は作りませんけどね」
まだ精巧な地図を必要とするほど旅をするわけじゃない。ただ、方位磁石は欲しいところよね。磁石の代わりに付与魔法で作れるかな? と、作ったら出来ちゃった。
「……わたしの付与魔法何でもありだな……」
まあ、アイテムバッグとか作っている時点で何でもありなんだけどね。ただ、魔力が少ないようにも思える。アイテムバッグを作ると気絶しちゃうからね。
付与魔法はチートでも魔力はチートじゃないけど、まあ、そこまで付与魔法に頼った生活は……してるか。ま、まあ、便利は正義。ゆるく冒険を楽しみましょう。
矛盾してるやん! とかの突っ込みは聞きませ~ん。わたしは今生を謳歌するんだからね。
「冒険者が利用する宿で汚くて嫌だわ」
初めて宿はロンドカ村にある冒険者御用達みたいな宿だ。バイバナル商会で泊まれとマルケルさんが言ってくれたけど、冒険者が利用する宿も経験したから断ったのよ。
でも、ちょっと後悔している。こんなに汚いものだとは思わなかった。これなら野宿のほうがマシだわ。
「キャロの魔法で何とかならない?」
ティナも嫌そうな顔をしている。すっかり綺麗好きになっちゃって……。
「ルル。結界で部屋を作れないかな?」
「結界で部屋?」
首を傾げるルルに別空間に結界を作り、部屋として使うことを説明した。
「……キャロって変なこと考えるわよね……」
変な猫に変と言われるわたし。まあ、前世の記憶を宿している時点で変だから受け入れるしかないわね。
「で、出来そう?」
「ちょっと絵にしてちょうだい。そのほうがイメージしやすいからさ」
わたしと話しているせいか、前世の言葉をちょくちょく口に出している。いや、わたしが使っているのか。気を付けないとならないな。
絵にしてルルに伝えると、ルルも納得。結界部屋を作ってしまった。
「……自分の力が怖くなってきたわ……」
どうやらルルの魔法もチートっぽい。出来たことに戦いているわ。
「まあ、力は使い方次第よ。出来たことに喜びましょう」
結界部屋に入り、まずはお風呂にすることにした。
「ねぇ。歩かないとダメなの?」
ティナのリックサックの上に乗るルルが呆れたように尋ねてきた。
「あまり楽を覚えると冒険がタダの旅行になっちゃうからね、よほどのことがない限り歩きで行くわよ」
これも修行。心身ともに鍛えないと堕落した人生になりそうだわ。
カルブラ伯爵領までは歩いて五、六日。次の領までは三日。それまで村はあるけど、宿次第で泊まるかどうか決めるわ。
「キャロ、絵まで描けたんだ」
村の様子を絵にしていると、ティナが呆れるような顔をした。基本、無表情なのに表情は豊かだったりするのよね、この子って……。
「そこまで上手くはないけどね」
わたしの腕なんてお絵描きレベル。これで食べて行けるほどの腕じゃないわ。
「やっぱり木炭じゃ上手く描けないわね」
紙も画用紙のような質でもない。描き難くて──あ、そっか。自動書記的な付与を施せばいいんじゃない?
木炭で作ったクレヨン(?)に見たものを描き写せる付与をイメージして施してみた──ら、出来ちゃった。うん、まあ、結果オーライってことで納得しておきましょう。
自動書記──自動写生付与が出来たことにより、紙の消費が早い早い。こりゃ、途中で買い足さないとカルブラ伯爵領までもたないわね。
「キャロ、お昼にしよう」
最初の村はまだコンミンド伯爵領なので、買った地図には載ってはいない。グー○ルが欲しいわ。
あれ? わたしの付与魔法ならドローンとか作れそうじゃない?
って、今は旅に集中しましょう。あれもこれもでは目的を見失うわ。まずはお使いをまっとうするとしましょう。
コンミンド伯爵領を出たらしばらくは村はない。と言っても一日の距離なので途中で野宿(結界部屋でだけど)。次の日にはマクブル男爵領に入った。
お隣さんの領だけど、この領は小さく、村って規模だ。ただ、宿場町的な感じなのでなかなか賑わっていた。
「そう言えば、ティナって剣を持たなくていいの?」
今は職人さんたちが片手間に作ってくれた槍を使い、山刀を腰に差している。ちなみにわたしは鉈を腰に差し、これまた職人さんたちが片手間に作ってくれたナイフを装備しているわ。
「うーん。本格的な剣術なんて知らないし、獣を狩るなら槍で充分かな」
まあ、ティナは剣士とかじゃなく狩人みたいなもの。人と戦うタイプじゃない。する必要もない。槍のほうがいいのかもしれないわね。
「でも、弓は欲しいかな」
「弓って高いの?」
「自作ならタダだけど、職人が本気で作った弓は高い」
へー。そうなんだ。まあ、お金はあるんだし、欲しいなら買うのもいいでしょうよ。
お昼を食べたらちょっと休んで出発。暗くなる前に次の村に到着出来た。
ここはそこまで大きな村ではないので宿はあまりなく、わたしたちが泊まれるような宿は雑魚寝部屋くらいだった。
「どうする?」
「野宿しようか」
自分の身は自分で守らないといけない時代。誰ともわからない雑魚寝部屋は危険すぎるでしょう。これなら山で野宿したほうが安全だわ。
「ルル、お願い」
暗い森の中に入ったらルルにネコバス化してもらい、山の山頂まで走ってもらった。
そこで火を焚き、作り置きのお弁当を食べたら結界で湯船を作ってもらい、アイテムバッグ化させた水筒からお湯を結界湯船に流した。
「どこでもお風呂に入るのね」
お風呂に入らないルルが呆れている。
西洋人っぽい見た目のわたしたちだけど、毎日お風呂に入ってもこれと言った異常はない。髪も艶が出ているし、抵抗力が下がったってこともない。健康な毎日を送っているわ。逆に一日入らないとベタついた気分になるわ。
誰も周りにいないので構わず服を脱ぎ、体を洗ってから湯船に入った。ふぃー。
「ルル、見張りをお願いね」
一応、結界は張ってもらったけど、覗かれるのは嫌だしね、見張ってもらうとしましょう。
「何だか冒険らしくないな」
「まあ、こんな冒険もあっていいじゃないの」
これはこれ。あれはあれよ。人間、都合よく生きなくちゃ。
「冷めてきたね」
やっぱり沸かしてないから冷めるのも早いわね。追い焚き機能、考えないとダメよね。
そこまで長湯はしないでお湯から上がり、焚き火の前でのんびり山葡萄ジュースを飲んだ。
明日のために早めに就寝。朝になったら村まで降り、冒険者や旅人相手の屋台で朝食を買って食べた。
「屋台の料理も悪くないわね」
冒険者や旅人が買えるものだからそこまで豪華なものじゃないけど、味は悪くない。これまでの食生活を考えたら中の上って感じだ。
「うーん。ボクはキャロの料理のほうがいいな」
「わたしも」
「仕事先で食べる料理がいいんじゃないの」
土地土地の料理を食べるのも冒険の醍醐味。これも絵にして残しておこうっと。
「他の屋台も回ってみましょうか?」
食べ切れないときは鞄に入れておけばいいんだしね。美味しそうなのは買うとしましょうか。
グルメ旅みたくなっているけど、それもまたよし。こういう体験が出来るから冒険者を目指しているんだしね。
「次は肉が食べたい」
「わたしは、焼いた川魚が食べたい」
二人も賛成のようで食べたいものを言ってきた。
「……ゴブリンがいる世界なんだ……」
ちょっと緩めなファンタジーワールドかと思ったらコテコテのファンタジーワールドだったようだわ。
緑色の肌に醜い顔。身長は一メートルくらい。どこで手に入れたかわからない体格にあった剣と革鎧。文化水準高くね? って突っ込みが入ってるのが聞こえて来そうだわ。
「亜人が出るなんて珍しいわね」
ティナのリュックサックが定位置となったルルが「へー」って驚いているわ。
「そんなに珍しい存在なの?」
「狩られる存在だからね。冒険者の前に出てくることはないわ。女子供の前なら別だけど」
「わたしたち、狙われちゃってる!?」
ゴブリンでスレイヤーなファンタジーワールドなの?!
「女子供の肉が好きなみたいよ」
あ、食人鬼的なほうね。イヤらしいほうじゃないんだ。
「じゃあ、殺しても構わないね」
八匹に囲まれているのに一切怯えもしないティナが槍を構えた。
「いいわよ。でも、剣や革鎧に傷付けないでね。売れそうだから」
誰が着るんだかはわからないけど、ゴブリンの技術を知りたいからいただけるものはいただいておきましょう。
「ボク、触りたくないんだけど」
「わたしがやるわよ」
変に潔癖になっちゃったんだから。猪とか鹿とか解体しているのに。
「汚さないようにね」
「わかってる──」
ゴブリンがどれほど強いかわからないけど、ティナの防具には防御強化を施し、槍には切れ味強化を施してある。八匹いても負けることはないでしょう。
素早い動きでゴブリンたちを翻弄し、大振りで首を一刀両断。ちゃんと噴き出す血に注意しながら地面に倒していた。
……わたしもスプラッター慣れしてきたわね……。
獣を解体しているから首狩り族となっているティナを平然と見ていられるわ。
五分もしないでゴブリンたちは全滅。安らかにお眠りください。南無南無。
「さて。身ぐるみ剥いじゃおうか」
「どっちが襲撃者かわからないわね」
「この世は弱肉強食なのよ」
このファンタジーワールドで冒険をしようってなら強くなるしかない。わたしは食うほうの立場になってやるんだから。
「お、このゴブリン、メスじゃない。ゴブリン界はメスが強いのかしら?」
革鎧を外したらおっぱいが出てきたよ。アマゾネス的な種族なのかしら?
「ちょっと写生しておきましょうか」
「趣味悪いよ」
「趣味じゃなく学術的によ。せっかく珍しい亜人に会ったんだから記録しておかないとね」
体は人間と変わらない。亜人って呼ばれるのもよくわかるわ。内臓はどうかしら?
「ちょっ、止めておきなよ!」
「嫌なら火を焚いておいて。終わったらお風呂に入りたいからさ。ルル。わたしの体に薄い結界をかけて。ちゃんと動けるくらいによ」
「わたしの結界、何でもありじゃないからね」
「わかっているって」
チートかと思った結界も、出来ることと出来ないことがあった。お湯を沸かす結界とか冷やせる結界とか無理だったわ。
病原菌対策で薄い膜の結界を纏ってもらい、ゴブリンを解体し始めた。
「中も人と変わらないのね」
まあ、そこまで人体に詳しいってわけじゃないけど、心臓の位置や形、胃があって腸がある。胃の中には肉や木の実が入っていた。
「雑食ではあるんだね」
肉食ってわけじゃないようだし、なんか調理してないか? 思った以上に文明文化は高そうだ。
解体してないゴブリンの臭いを嗅ぐと、そこまで酷くはない。垢もそこまで溜まってない。水浴びしているのかしら?
「亜人、かなり知能が高いっぽいわね」
「村を作るくらいには知能があると言われているわよ」
「そうね。縫製技術もなかなかのものだし、人間並みに知恵がありそうだわ」
針や糸もしっかりしている。これを自分たちで作るなら相当なものよ。
「殺しちゃ不味かったかしら?」
「襲ってきたのはこいつらなんだから構わないわよ。こいつらは人間を襲うんだから」
それもそうね。襲われて慈悲を掛けてやるほど優しくないしね。
他のゴブリンも腹を割いて確認。あ、こいつはオスだ。アレがある。これはちょっと似てるかわからないわ。見たことないし。
「亜人とか言われるのもよくわかるわ。人間によく似てるもの」
人間が何かの原因でこうなっちゃったのかしら? ファンタジーは理不尽が多いから困ったものよね……。
「こんなものかしらね」
専門家でもないのでわかるだけの情報は紙に書き、絵に出来ることは絵にした。
「ルル。これに薄く結界を纏わせて」
「わたしの力、いいように使ってくれるわね」
「力は使ってこそよ」
あるのなら使う。利用する。ただし、悪いことには使わない。でも、必要なら躊躇いなく使いましょう、よ。
「ティナ、お風呂沸いてる?」
「沸いてるよ」
ルルに結界を解いてもらい、服を脱いでお風呂に入った。あ、燃やしてから入るんだったわね。
「ルル。亜人に結界を纏わせて燃やしておいてよ」
「まったく。猫使いが酷いんだから」
「肉塊になった側で食事したくないでしょ。がんばって」
わたしは平気だけど、ティナが心底嫌そうな顔をしている。ティナに乗らしてもらっているんだからそのくらいやってちょうだい。
「ハァー。わかったわよ」
よろしく~。
ゴブリンは何の素材にもならず、魔石が取れるわけでもない。ただ、討伐対象とはなっているようで、耳を切り落として冒険者ギルドに持って行くとお金になるらしいわ。
何事もなくカルブラ伯爵領に到着。バイバナル商会の支部に向かう前に冒険者ギルドへゴー。カウンターで要件を告げてゴブリンの耳を出した。
「……あなたたちが倒したの……?」
受付のおねーさんに驚かれた。
「相棒のティナが一人でやりました。わたしは見てるだけでしたね」
わたしはまだ戦闘を出来るほど強くはない。物作りばかりで戦闘訓練もしてこなかったしね。
「どこで遭遇したかわかる?」
鞄から自作の地図を出し、ゴブリンが出た場所を説明したら受付のおねーさんが黙ってしまった。どうしました?
「ちょっと待ってて」
そう言って下がると、白髪のおじちゃんを連れて戻って来た。
「こいつらか?」
「はい。ウソを言っている感じはありません。場所も正確です」
確かにわたしたちのような見習いたちがゴブリンを倒しましたって言っても信じられないわよね。
「ゴブリンが装備していたものもありますよ」
冒険者ギルドに来る前に背負い籠に入れてある。まあ、八匹分となると二人でもキツいので、運んで来たのを疑われないか心配だけど。
「随分と綺麗だな」
「売れるかなと思って汚れないように倒して綺麗にしました。これって買い取りしてくれますか?」
ダメなら解体して別のものの材料にするわ。
「もちろん、買い取るさ。他に情報があるならそれも買おう」
なかなか出来るおじちゃんのようだ。まだ隠していると察したのでしょうね。隠しとおせないか。
仕方がないのでゴブリンを解体したときの絵を出した。
「……お嬢ちゃんが描いたのか……?」
「はい。ゴブリンがどんな生き物か興味が出たので。可能なら剥製にして取っておきたいくらいです」
ルルの結界があられば可能なんだけど、ティナが嫌がったから止めたわ。どこかで保存してくれないかしら?
「そ、そうか。相棒も大変だな」
なぜかティナを見るおじちゃん。何がよ?
「ま、まあ、これだけの情報なら銀貨十枚、いや、十五枚は払おう」
十五枚とは破格だこと。そんなに重要だったのかしら?
「銀貨五枚は銅貨でください。細かがないんで」
露店を使うなら銅貨のほうが使いやすいのよね。
「あと、これに名前と出身地を書いてくれ。あと、お嬢ちゃんたちを正式な冒険者とする」
お金をもらうと、紙を出された。
「十五歳からじゃないんですか?」
「決まりはそうだが、才能がある者は特例で冒険者にさせることも出来る。お嬢ちゃんは今から銅星一つだ」
タグみたいなものを出され、そこに星が一つ、刻印されていた。
「次からはそれを見せるといい。ちなみに星が三つ刻印されたら鉄星に進級出来る。まあ、星を三つ溜めるとなると十年は必要だがな」
それが十一歳と十二歳に与えるとか、ゴブリンの情報はそれだけのものだったことか。
出された紙に名前と出身地、あと、年齢を書いた。
「末恐ろしい子が入って来たのかもな」
「はい?」
「いや、何でもない。ところで、カルブラ伯爵領に来た理由は何だ?」
「バイバナル商会にお届けものを運んで来ました。行く前に冒険者ギルドに寄ったんです」
「バイバナル商会とは大きい商会だな」
「ここでも大きいんですか?」
「あの商会は王国中にある。規模だけ言えば三番目、と言ったところだな」
あれで三番目なんだ。さらに大きな商会があるとか想像が付かないわね……。
「それと、武器屋を紹介してもらえますか? 相棒が弓が欲しいって言うので」
「それなら紹介状を書いてやるよ」
その場で紙に書いてくれて渡してくれた。なかなか気前がいい人で助かったわ。
「ギルドを出て右に四軒目だ。支部長のロッグからだと渡すといい」
「ありがとうございました」
ギルドを出て四軒目のところにあったのは工房のようなところだった。武器屋じゃないんだ。
「こんにちは~。支部長のロッグさんの紹介で来ました~」
そう声を掛けると、汚れたエプロンを掛けた四十くらいのおばちゃんが出て来た。
「ロッグの紹介だって?」
「はい。これ、紹介状です」
出した紹介状を渡し、中を読んだおばちゃんは「ふ~ん」と声を出した。何?
「弓が欲しいのはどっちだい?」
「ボク」
お休みの問いにティナが手を挙げた。
「じゃあ、こっちに来な。そっちのお嬢ちゃんは待ってな」
ティナだけ連れて奥に行ってしまったので、仕方がなく待つことに。長くなりそうだから店内を見て待つことにした。
ここは木を使った工房のようで、弓だけじゃなく箱とか簾なんかも作っているんだ。弓だけじゃ食べて行けないってことかしら?
「商売って大変なのね」
手に職があまってもままならないか。わたしもいろんなことが出来るようになって食べるのに困らないようにしないとな~。
三十分くらいしてティナとおばちゃんが戻って来た。
「キャロ、銀貨三枚だって」
「わかったわ」
銀貨三枚か。五枚くらいかな? って思ってたのに、案外安かったのね。知り合い割引してくれたのかしら?
銀貨三枚をおばちゃんに渡した。
「矢はどうする?」
あ、矢ね。弓だけじゃ意味なかったっけ。
「じゃあ、五本ください」
鏃さえあればわたしでも作れそうだしね。まずは五本で構わないでしょう。
「あの、あの棚に並んでいる箱も商品ですか?」
「そうだよ。何か欲しいものでもあったかい?」
「はい。小物を入れる箱が欲しかったんです」
自分で作るとなると時間を取られちゃうからね。買えるものなら買っておきましょう。
なかなかいい値段はしたけど、物はいいので十個ほど買わしてもらった。
「毎度あり。また来ておくれ」
「はい。帰りにまた寄らせてもらいます」
お母ちゃんのお土産にするとしましょう。