この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 商人って、一度やると決めたら迅速に動くものなのね。次の日から資材が次々と運ばれて来たわ。

「どんだけお金を注ぎ込もうっていうんですかね? 小さい商会なら潰れる金額でしょうに」

 元の世界なら億単位な仕事になるんじゃない? 十歳の女の子の言葉を信じていいの?

「まあ、バイバナル商会なら問題ないだろう。マッチや酵母だけでとんでもない儲けになるだろうからな」

「……そんなもんなんですかね……」

 マッチと酵母だよ? 億単位の儲けになるものなの?

「バイバナル商会の料理人はどうです?」

「優秀だよ。よく集めたと思う」

 やって来た料理人は三人。補助として五人。人件費だけでも大変でしょうよ。

 料理長さんがリーダーになって料理を教えている。わたしは、干し葡萄酵母の作り方を教えているわ。バイバナル商会でも作ってみたんだけど、なかなか上手くいかないから教えてやってくれってお願いされたからね。

 なんだか冒険者の修業じゃなく、寮のお手伝いみたいな感じになってしまったけど、もらった金額を考えたら文句も言えない。職人さんの世話はまた別のおばちゃんが来てやっているからそこまで忙しくないしね。

「キャロ。山刀の切れ味がおちたから研いで」

 作業小屋で木の皮で籠を作っているとティナがやって来た。

「わかった」

 山刀を受け取り、刃を見たらそんなに刃こぼれしている感じはなかった。

「どう鈍くなったかわかる?」

「スパッて切れていたのにスッてなった」

 ティナは無口で感覚派なので説明はそこまで詳しくは求めてない。スパッてのはわたしの魔法が消えたからでしょう。

 わたしの固有魔法は永遠に継続するものではなく、衝撃を加えると減っていったり時間が経つとなくなってしまう感じなのよね。

 砥石を出して山刀を研ぎながら切れ味が増すように念じる。

 固有魔法が付与なら別に研ぐ必要もないんだけど、思いを込めながらのほうがしっくりくるんだよね。

 井戸のところで研いでいると、休憩なのか職人さんがやって来た。

「嬢ちゃん、なかなか研ぐの上手いな」

「ほんとですか?」

 研いでいる山刀を見せると褒めてくれた。

「ああ。前からやっていたのか?」

「はい。死んだじいちゃんの道具を全部研ぎました」

 作業小屋に置いてある刃物工具を見せた。

「下手な見習いより上手いな。金を出すからわしの道具を研いでくれるか?」

「構いませんよ。研ぐの好きですから」

 一心に研ぐのって結構気持ちいいのよね。

 おじさんが持ってきたみのを研いだ。

「どう研げばこんな切れ味が出るんだ?」

「たぶん、わたしの魔法じゃないですかね? 魔法を籠められるっぽいので」

 ぼかして答えた。

「嬢ちゃん、魔法が使えるのか?」

「はい。道具に魔法を籠められる魔法っぽいです」

「あー。そんな魔法があると聞いたことあるよ」

 いや、あるんかい! この世界の魔法何でもありだな!

「他にもお願いできるか?」

「いいですよ。でも、使っていると魔法は切れますからね」

「それでも構わんさ。頼むよ」

 わかりましたとやっていたら他の職人さんにも話が回ったようで、次から次へとお願いされてしまった。

 職人さんたちはそれほどお金を持って来ているわけではないので、余った資材で木刀や杖、弓矢、ゴルフクラブなどを作ってもらった。

 夏が過ぎると、わたしが考えた家が完成した。

 家と言うか館か。部屋数も十以上あり、煉瓦製の厨房、木のお風呂、テラスとか、よく三ヶ月ちょっとで建てたものよね。この世界の技術、わたしが思うより高いみたいね。

 誰が報告していたかわからないけで、完成した次の日にはローダルさん、レンラさん、バイバナル商会コンミンド伯爵領支店の長、マルゲルさんがやって来た。

 三ヶ月もいた料理長さんがペンション──民宿で出す料理を振る舞い、一泊してもらった。もちろん、給仕はわたしとミーカさんで行ったわ。まだ出来る人がいないからね。

「なかなかいい出来だな。料理も美味かった」

 決定権はマルゲルさんが持っているので、この話を進めたローダルさんもレンラさんもほっとしているわ。

「娯楽になるかわかりませんが、こんなものを用意しました」

 猪の毛皮で作ったマットを敷き、ゴルフクラブと革で作ったボールを見せた。

「それは?」

「ゴルフって遊戯ですね。外でやるようものを考えたんですが、時間がなかったから家の中で出来るようにしました」

 百聞は一見に如かずと、わたしがやってみせた。もちろん、穴には入れられなかったけど。

「ほう。おもしろそうだな。貸してくれ」

 ノリノリなマルゲルさんにゴルフクラブを渡し、やってみたら一発で入っちゃった。ま、まぐれね。 

「敷き物の下に木を入れて変化を生めば夜の一時を楽しめると思います」

 なんてわたしの声など届いてないとばかりにゴルフを楽しむ男性陣。やっといてなんだけど、そんなに夢中になる遊びだった?

 まあ、楽しめるものみたいだし、どう遊ぶかは任せたほうがいいかもね。わたし、ゴルフとかよく知らないしさ。

「あとは任せてわたしたちは休みましょうか」

 民宿の運営はバイバナル商会がやる。形は見せたのだからあとは任せることにしましょうかね。
「そろそろ冒険者としての修業を始めようと思うんだけど、どうかな?」

 民宿も形になり、運営はバイバナル商会が行い、料理長さんとミーカさんは帰ってしまった。

 わたしたちが手伝うこともないので山に入って己を鍛えようとティナに相談してみた。

「いいんじゃない。そろそろ秋の山菜が生えてくる頃だし、またマコモがあるかもよ」

 あーマコモね。あれは美味しかったっけ。

「ミソとショーユは出来たの?」

「味噌は出来たけど、醤油は無理。諦めたわ」

 マコモに醤油を掛けて食べたかったけど、上手く行かないから諦めました。マー油や塩を掛けても美味しいしね。

「食を求めたいけど、このままやっていたら料理人にさせられちゃいそうだしね、料理は民宿に任せるわ。あっちのほうが設備も経験も上なんだしね」

 食べたいものはあちらにお願いすればいいでしょう。狩ったものや採ったものを差し出せばもらえると思うしね。

「ボクはキャロが作る料理が好きだな」

「わたしも~」

 やだ。嬉しいこと言ってくれるじゃない。野営のとき美味しいものを作れるように調味料類は持って行くとしましょうか。

「冒険に困らないよう山菜や獣を捕獲しましょうか」

 体力増強しながら食材の確保。冬もやって来るしね。

「それならウルカを採りに行こうか。山の上なら生っているかも」

 ウルカは木の実の種で、それを潰すと香辛料になるヤツだ。胡椒みたいなものかな? 猪の肉に付けると美味しくなるのだ。

「まず三日くらいにする?」

「それでいいと思う」

 じゃあ、三日分のパンと下着を持って行かないとね。

 冒険しているときはお風呂に入れないけど、下着だけは毎日着替えたいわ。

 準備に一日かけ、夜、民宿の代表であるレンラさんに伝えに行った。

 バイバナル商会でもかなり高い地位にいたはずのレンラさん。なぜか民宿の代表となった。そこまで遣り甲斐のある仕事なんだろうか? まあ、本人はやる気に満ちているので口にはしないけどさ。

「そうですか。気を付けて、無事帰って来てくださいね」

「はい。ありがとうございます。民宿はどうです? 食材を積んだ馬車が来たみたいですけど」

「裕福な方々には広まっていて、三十日先まで予約が埋まりましたよ」

「そんなにですか!?」

 どんだけ裕福な方々がいるのよ? 結構な値段を設定してたのに!

「ええ。日帰り宿屋のことが広まり、裕福な方々もそういう場が欲しかったようです」

 そんなに娯楽に飢えてんのかしら? この国、そんなに平和なの? それはそれでいいけど、冒険者としては仕事がないんじゃないの?

「ゴルフのほうも男性陣に広まり、やってみたいとおっしゃる方が多くいるそうです」

「だから木を伐っていたんですね」

 陶芸をやるのかと思ってたわ。

「山が剥げない程度にお願いしますね。禿げ山にしすぎると山が崩れちゃったりしますから」

「禿げ山になると不味いのですか?」

「木はたくさんの水を吸収します。大雨が降ったらその水は地面に染み込むしかありません。溢れた水は地盤を崩しやがて崩壊します。被害を生まないためにも木を伐りすぎないことです」

「……博識ですね……」

「そうですか? 山で暮らしている人なら経験則で知っているんじゃないですか?」

 平野で暮らす人は知らなくても山で暮らしている人なら知っている常識でしょうに。

「まあ、山で暮らす人に尋ねてみるといいですよ。自然の山を人工的にするには山に詳しい人がいたほうがいいですからね」

「ええ、そうします」

「では、明日の朝、早くでますね。家は開けておくんで好きに使ってください」

 わたしたちの部屋はさすがに鍵を掛けるけど、他なら自由に使ってくれて構わないわ。

「ありがとうございます。マッチはいつもの棚ですか?」

「はい。物置小屋にも置いてあるので好きなだけ持って行ってください」

 今日の夕食をいただいて帰り、食べたらすぐに就寝した。

 朝になり、この日のために買っておいた革の鎧と山刀を装備し、アイテムバッグ化させたリュックを背負った。

 外に出たらルルがわたしのリュックの上に飛び乗った。

「わたしも行くわ」

「いいの? 今回は結界は使わないし、なるべく煮るものにするよ」

 さすがに快適に慣れすぎた。冒険に出るなら質素な食事にも慣れおかないとね。

 ……ま、まあ、だからって不味いのは食べたくないから可能な限り美味しいものは作るけどさ……。

「構わないわ。あなたたちといたほうが気が楽だしね」

 いつも気を楽にしている姿しか見てないんだけど。

「仕方がないわね。でも、わたしたちの仲間として働いてもらうからね」

 わたしとティナは姉妹みたいなものだけど、冒険に出るなら仲間として信頼を築かなくちゃならない。お互いを支え合い、役割を決めてともに歩む仲間としてね。

「任せなさい。食べられるものか食べれないものかの見極めは得意だから」

 悪食の能力の一つらしいわ。悪食も何でも食べられるってわけじゃないみたいよ。

「よし。いざ冒険の修業へ行くわよ!」

 まずはティナの案内でウルカが生る山へと向かって出発した。
 歩くことに慣れたと思っていたけど、道のない山を歩くのはやっぱり違うわ。もう横っ腹が痛いわ。

「……体力って大切なのね……」

 もう何度目かわからない休憩をして、流れる汗を拭った。

「谷に下りたし、ここで野営しよう」

「う、うん、そうしようか」

 ティナは山歩きに慣れているから汗一つかいてないわ。わたしがその域に到達するのは遥か先みたいね……。

「ボクは鳴子を仕掛けてくる」

「うん。わたしは火を焚いておくね」

 マッチと枯れ枝があるのですぐに火がつき、持ってきた薪をくべた。

「ルル。見張りお願いね」

「はーい」

 と、木に登って枝の上に寝そべった。

 ルルは結界だけじゃなく攻撃手段も持っている。狼の群れくらい簡単に撃退出来たわ。

 小川で汗を拭い、焚き火で体を温めたら夕食の準備に取り掛かった。

「キャロから休んでいいよ。ボクはまだ眠くないから」

 見張りはその日の体調で決めておいたので、夕食を食べたらすぐに横になって眠りについた。

 夜中に起きてティナと交代。また朝方ルルと交代する。

 冒険は体力勝負なので、太陽が山の上に出たら出発した。

 ウルカがなる山はそこなので、探しながら山を登った。

「結構生っているね」

 山の中腹からここが群生地だとばかりにたくさん生っていて、山頂に着く前に背負い籠二つ分にはなってしまった。

「これ以上は使い切れないし、他の山菜を探そうか」

 一生分のウルカを採ってしまった。これ以上は無駄になるから止めておきましょう。

「うん。じゃあ、ウグを採ろう」

 ウグとはゼンマイ? ワラビ? みたいな植物で、先っちょだけ食べるらしい。

「天ぷらにしてみようか」

 他の食べ方がわからないので天ぷらで食べてみることにする。

 谷に下りて野営した場所で天ぷらを作る用意を開始。何だかんだと料理しちゃうわたし。これじゃキャンプに来てるみたいだわ。

「苦い山菜も天ぷらにすると美味しくなるから不思議ね」

 猫が天ぷらを食べているのが一番の不思議だと思うけど、それはもう今さらか。何でも食べる猫なんだしね。

「そう言えば、獣が出て来ないね?」

 実りの秋。いろんな獣が出て来ても不思議じゃないのに、まったく姿を見てないわ。

「秋は人も山に入るから獣は奥に逃げるか隠れるかしているんだと思う。山の奥に行けば食べるものもあるから」

「獣もバカじゃないってことか」

 まあ、肉はまだあるし、出なくても問題ないか。山羊やウールも飼い始めたしね。

「ウグって他にどう食べるの?」

「鍋に入れるか塩漬けにしてたかな?」

 そのぐらいしかないか。でも、マヨネーズ和えとかいいかもね。主食になるようなものじゃないし、和え物的で構わないでしょう。

 マヨネーズはあるので出して付けて食べてみた。

「これはもう好みの問題ね」

 予想出来る味なので、よくも悪くもないって感じだ。

「マヨネーズにウグをまぶしてはどうかしら? 唐揚げに付けると美味しいと思うわ」

 誰よりもグルメなルル。味を合わせる想像も出来るようになっているわ。

「それは美味しいかも!」

 ティナも味が想像出来たようで目を輝かせているわ。

「じゃあ、帰ったらやってみましょうか」

 その日は早めに就寝。昨日同じ番で交代をして朝早く帰宅の徒に着いた。

 冒険の修業になったの? とか家に着いてから思いはしたものの、終わりよければそれでよし。楽しかった、で構わないでしょうよ。

「お帰りなさい。成果はどうでした?」

「ウルカとウグがたくさん採れました。たくさんあるので使ってください」

 ティナが背負っている籠を渡した。

「こんなによろしいので?」

 これは鞄に入れた分をカモフラージュするためのものなので、わざと多いほうを渡したのよ。

「構いませんよ。まだたくさん生っていたので。シメたウールってあります? 料理に使いたいんですよ」

「はい。構いませんよ。何を作るんです?」

「唐揚げです。マヨネーズにウルカを混ぜて食べようかと思いまして」

「──では、うちで作りましょう」

 と、民宿の料理長たるゴルックさんがわたしたちの間に入って来た。

「いいんですか?」

 とはレンラさんに尋ねる。民宿の主だからね。

「どうぞどうぞ。わたしも食べてみたいですからね」

 許可が下りたので、まずは家に戻ってお風呂に入って綺麗にし、料理に適した服に着替えて民宿の厨房に向かった。

「今日もお客さんがいるんですか?」

「ええ、すべての部屋が埋まってますよ」

 言い出しっぺが言っちゃいけないことだけど、こんな山の中に来て何が楽しいのかしらね? ゆっくりすることが目的なのかしら?

 マヨネーズは民宿でも作っているようなので、ウルカの実から種を取り出し、火の前で乾かしてから石臼で粉にする。

 分量はわからないので、四パターン作って試食する。どうです?

「これがいいですね」

 ゴルックさんの決断で三番目のを基本とした。

 専用の油揚げ鍋があるのでそこでウール肉を揚げ、ウルカマヨネーズを付けて食べてみた。

 ウルカは肉に付けたほうがいいんじゃないか? と思わなくもないけど、賛成多数によりウルカマヨネーズは唐揚げのお供となりました。

「お客様にも出して意見を聞いてみます」

「はい。これ、もらって行きますね」

 唐揚げはまだあるのでお皿に盛って家に戻った。
「……誰か使ったみたいね……」

 山菜採りのために作ったシェルターに置いていた薪が減っていた。

 まあ、道具はすべて持ち歩いているので薪くらい構わないのだけど、使ったら足して欲しいものだわ。マナーってものを知らないのかしら?

「二日前くらいだな」

 竈を見てわかるものなんだ。わたしにはさっぱりなんだけど。

「こんなところまで入ってくるものなのね?」

 ティナの背負子に乗ったルルが尋ねた。確かにここは四日くらい歩いた山の中だ。冒険者でも来ないだろうと思ってシェルターを作ったのにな~。

「何人だかわかる?」

「足跡から四人か五人。靴の跡から高位の冒険者かも」

 足跡でそんなことまでわかるんだ。ティナ、凄すぎるんだけど!

「まあ、いなくなったのなら構わないでしょう。明日に備えて今日は早めに休みましょうか」

「ああ。ルル。念のため結界を張って」

「お任せあれ」

 冒険するときはティナがリーダーなので指示には反対しない。わたしは置いていた薪を竈に入れてニューバージョンのマッチで火を点けた。

 松明(松ではない木から取った油脂なんだけどね)を出して木に作った台にセットした。

 結界があるから獣や魔物が現れても平気だけど、無駄に殺生することもない。ここにわたしたちがいることを示すために松明をセットしたのよ。

 安全が確保されたので、今日の夕食は鶏ガラスープに味噌(たぶんそんな感じのもの)を混ぜた豚汁すいとんを作ることにした。

「──ティナ。誰か来るわよ」

 え? 誰か来るって?

「ルル。結界をシェルターを囲むまで小さくして。キャロは対応して。ボクは隠れて様子を見る」

 弓矢を持ってシェから出て闇の中に隠れた。

 わ、わたしが対応するの!? ちょっと怖いんですけど!!

「大丈夫よ。わたしの結界を破れる者はいないから。竜とかならわからないけど」

 まるで竜に会ったことあるの? わたしは遠くからなら見てみたいわね。戦うのは絶対に嫌だけど。

 ルルの結界を信じて豚汁すいとんをお玉で掻き回して待つことにした。

 どんな結界かはルルが決めているので、今どんな結界かはわからない。けど、音は通るらしくカチャカチャと金属音が聞こえて来た。

 現れたのは二十歳過ぎくらいの男性三人と女性一人、そして、耳の長い美形の人だった。

 ……ま、まさか、エルフなの……!?

 異種族がいる世界なんだ。これは竜がいても否定出来ないわね……。

「……お嬢ちゃん、人かい……?」

「人ですよ。もしかして、お兄さんたちがここを使っていた人?」

 ここをキャンプにしているなら荷物を置いてそうだけど、そんなものはなにもなかった。荷物はすべて持ち歩くタイプなのかな? 荷物はそんなに持ってないみたいだけど。

「ここは、お嬢ちゃんが作ったのかい?」

「はい。山葡萄を採ろうと思って作りました。お兄さんたちも?」

「いや、おれたちは薬草探しだ。もう五日はこの辺をさ迷っているよ」

 お仲間さんがわたし以外に誰かいるのかと辺りに目を向けていた。

「見てのとおりおれたちは冒険者だ。グレンルと名乗っている銀星だ」

 銀星? 階級かしら?

「わたし、まだ見習い冒険者なので銀星がなんなのか知らないです。銀星って凄いんですか?」

「見習いがこんな山の奥まで来ているのか?」

「はい。修業のために山の中を歩いています。採取はついでですね」

 修業がついでになっている今日この頃ですけど。

「リュード。妖精猫だ」

 と、エルフの美形さんがルルに気が付いた。エルフ界では有名なの?

「妖精猫? あの伝説のか?」

 伝説? そんな存在なの、ルルったら?

「お嬢ちゃんが飼っているのか?」

「飼っているわけではないですよ。ルルは仲間です」

 わたしたちは冒険者パーティーの仲間同士。猫の形をしているだけよ。

「お兄さんたち、ここで野宿するために来たんですか?」

「ああ。可能であれば一緒に野宿させて欲しい。こちらはお嬢ちゃんたちに危害を加えるつもりはない。もちろん、隠れている仲間もだ」

 おー! ティナのことわかっていたんだ。銀星ってかなり高位の冒険者なの?

「妖精猫がいるのに危害なんて加えようと思っても加えられない。こんな結界を張られていたらな」

 どうやらエルフさんは男の人のようだわ。

「ティナ、どうする?」

 わたしには判断出来ないのでティナに任せるとする。

「……いいんじゃない。嫌な感じはしないし」

 ティナは直感派だから嫌な気配を感じないなら問題ないでしょう。

「薪を集めるのを手伝ってもらえるなら食事も提供しますよ」

 仕事を求めるほうがお兄さんたちも気が楽でしょうよ。

「それはありがたい。薪ならいくらでも集めるさ」

 商談成立と、ルルに結界を解いてもらった。

「お兄さんたち、先に食べていいですよ。また作りますんで」

 ルルとティナが大食漢だから五人枚は余裕である。お腹一杯ってわけにはいかないでしょうが、一食分にはなるでしょうよ。

「パンも食べますか? それとはちょっと合わないですけど」

「いただけるなら何でも食うさ。冒険中に温かいものを食えるなんてないからな」

 そうなんだ。じゃあ、何を食べているのかしら? 干し肉とか?

「皿がないので使い回してください。パンは一人一つで我慢してくださいね」

「お嬢ちゃんの分は大丈夫なのか?」

「食料は十二分に持って来ているので大丈夫ですよ。足りなくなれば現地調達しますから」

 高位冒険者ならここで借りを作っておくのもいいでしょう。いろいろ教えてもらえるかもしれないしね。

 別の竈に鍋を置き、新しく豚汁すいとんを作ることにした。
 お兄さんたちは銀星クラスの冒険者で、サナリクスってパーティー名だそうだ。

 リーダーがリュードさんで、銀星三連(五個が上位で一個が下位)。二十三歳ながらいくつもの依頼を達成しているんだって。

 サブリーダーがルイックさん。リュードさんの幼馴染みで剣が得意で同じく銀星三連。アタッカーみたい。

 魔法使いのアルセクスさんは一番の年上で三十六歳。王都出身で高名な魔法使いの弟子だったそうだ。

 唯一の女性たるナルティアさんはリュードさんの妹。二十歳みたいだけど、まだ十七歳くらいに見えるくらい童顔な人だ。弓が得意で遠距離担当なんだってさ。

 そして、エルフのアルジムさん。まだ三十歳(エルフの寿命は人間の倍だって)。人間で言えば十五歳くらい。でも、知識は豊富で、好奇心が強いあまりに冒険者になった変わり者みたいよ。

 わたしたちも自己紹介と生い立ちを聞かせた。

 過去は問わないのが礼儀だ、とか裏稼業みたいなことはなく、お互いのことを話すことが信頼してもらう慣習があるそうだ。

 個人情報が……って思うのは元の世界の常識に捕らわれているかしら? そんな大事な情報を言ってもいいの?

「自分たちの生い立ちをしゃべるのは信頼して欲しい者にだけだ。誰構わずしゃべるわけじゃない。よく人を見てからやることだ」

 あ、そうだよね。世間知らずのわたしでもそれはどうなんだと思ったもん。

「なぜわたしたちに言ったんです?」

 わたしたちはまだ十歳と十一歳だ。見習い冒険者でしかないわたしたちを信頼しすぎじゃない?

「見習いとは思えないくらい度胸はあるし、対応も早かった。技術もある。こうして野営出来る場所を作る知識もある。なにより、妖精猫を連れている者と敵対はしたくない」

 高位冒険者ともなると判断が早いのね。いや、あの短い時間でこちらを考察するとか頭の回転が早すぎるでしょう。この人、絶対さらに出世するでしょうよ。

「……買い被りだと思いますよ……」

「十歳の子がおれたちの言葉を理解して、買い被りなんてこと言えるだけで普通じゃない。そっちのお嬢ちゃんもあそこまで気配を殺せるんだからな」

 気配を殺せるんだ、ティナったら。気配を感じることも出来ないわたしには殺しているかさえもわからないけどさ……。

「うーんまあ、わたしたちにどんな価値があるか知りませんが、わたしたちとしても高位冒険者さんたちと繋がりが持てるならありがたいです。わたしたち、冒険者のこと何も知りませんから」

 もちろん、ただでいい思いをしようとは思わないわよ。それに見合うものを渡すわ。じゃないと、いい関係にはならないからね。

「この食事の礼はさせてもらうさ。薪集めだけじゃなく、食料も提供させてもらうよ。猪でいいか?」

「はい。最近、猪を見なくて困っていたんですよね」

 ちょっと前までならよく見かけていたのに、最近全然見ないのよね。何か危険なものでもいるのかしら?

「それは恐らく轟竜のせいだな」

「轟竜? まだこの辺にいたんですか?」

 見ないからどこかに移ったんだと思っていたわ。

「轟竜を見たのか?」

「いえ、一年前くらい前に今住んでいるところに現れたんです。十匹以上はいたみたいですよ」

「一年前か。よく被害が出なかったものだ」

「ティナの父親がもしかすると轟竜に襲われたかもしれません。山に入って帰ってこなかったみたいですから」

「そうか。恐らくそうなんだろう。轟竜は集団で獲物を襲う。人間も食うヤツらだからな」

「ただ、人間を襲うのは最終手段だ。轟竜が好むのは猪だからな」

 だから猪を見ないのか。迷惑な魔物ね。

 ちなみに魔物は魔石を持っているものの総称だそうよ。それ以外は獣に分類されるらしいわ。

「討伐依頼とか出ているんですか?」

「出ている。轟竜は皮から内臓まで有効利用されるからな。そのせいで乱獲されて、今では見つけるのも困難さ。ヤツらも自分らが狩られる存在だと理解しているっぽい」

 まあ、仲間が狩られているところを見れば嫌でも学びもするでしょうよ。強いのに狩られる立場ってのも哀れなものよね。襲われたら反撃するけどさ。

「リュードさんたちは薬草探しでしたっけ?」

「ああ。青実草ってものだ。知っているか?」

 青実草? 実なの? 草なの? ファンタジーなものなの?

「知ってる。でも、時期的には少し早い。もう少し涼しくならないと咲かない」

 咲かない? 花なの?

「やはりこの地域で咲くものなんだな!」

「食べられるものなの?」

「花だけど、その葉が薬になる。根を煎じて飲めば風邪を引かないってよく飲まされた。ボクは苦くて嫌いだった」

 どうやらファンタジーなもののようだ。飲めばすぐ治る回復薬とかあるのかしら? 

「どこに生っているかわかるか? もちろん、礼はする」

「どうする?」

 と、ティナがわたしを見る。冒険はティナが決めるけど、交渉事はわたしに任されている。ティナ、あまり人と話すの苦手なんで。

「構わないわよ。薬になるならわたしも見てみたいしね」

 風邪を引かないものならわたしも飲んでおきたいわ。まあ、産まれてこのかた風邪一つ引いたことのない体ですけど。
「……冒険でこんなに充実した食事は初めてだよ……」

 朝、シチューを作って出したらルイックさんがしみじみと呟いた。

 冒険稼業も大変よね。大体が数日に及ぶもので、人のいないところに行かなくちゃならない。食料も最小限にならざるを得ないわ。とてもシチューなんて作れるわけもないでしょうよ。

「魔法の鞄か」

 エルフのアルジムさんがわたしを見て呟いた。

「魔法の鞄ってよくあるものなんですか?」

「否定はしないんだな」

「たぶん、そういうものなんだろうな~って思っていましたから」

 七人分(+一匹)を賄えるだけの食材を鞄から出してたら隠しようもない。それなら秘密にするほうが怪しくなるわ。

「どこで手に入れたものなんだ?」

「うちの物置小屋です。じいちゃんが使ってたみたいです。見つけたわたしが使っているんです」

 ウソは言ってない。鞄はじいちゃんのものだしね。

「じいちゃんは、何者なんだ?」

「お母ちゃんの話では大工だそうですよ。わたしが小さいときに死んじゃったのでうっすらとしか記憶にありませんけど」

 本当にうっすらとじいちゃんの姿を記憶している。ばあちゃんはわたしが産まれる前に死んだそうよ。

 ……寿命が短い時代なのね……。

「魔法の鞄を持っていると危険ですか?」

「そうだな。望む者は多いだろう。わたしたちも大金を出しても欲しいくらいだ」

 やはりか。マリー様も懸念してたものね。

「じゃあ、買ってもらえますか? わたしたちが持っていても守り切れませんし」

 そろそろ新しい鞄が欲しかったのよね。買ってくれるならありがたい限りだわ。

「いいのか!?」

 びっくりするサナリクスの皆さん。欲しいから言ったんじゃなかったの?

「構いませんよ。たくさん入るのはいいんですけど、誤魔化すのが大変なんですよね。それなら大容量の鞄を使ったほうが楽ですからね」

 リュックサックみたいなのがいいわ。細かいのはポーチとかに入れればいいんだからね。

「キャロルは魔法の鞄の貴重性を理解しているのか?」

「まあ、貴重なのはわかっていますよ。いろいろ助けられましたからね。でも、貴重なのなら持っているほうが危険です。それなら信頼出来る人に適正で買ってもらえるほうがいいですよ」

 魔法の鞄の適正値段とか知らないけど、リュードさんなら騙したりしないでしょう。わたしもそう法外な値段をつける気はないわ。大金をもらっても怖いだけだしね。

「あ、でも、中にたくさん入っているのでうちに来てもらえます? 中身を出したら譲るので」

 結構入れてあるからね。それを出してからにしてください。 

「……本当にいいのか……?」

「はい。リュードさんたちが使ってくれるならそちらに目が行くでしょうからね。わたしたちは気兼ねなく冒険が出来ます」

 魔法の鞄があるとウワサになるならまた魔法の鞄があると耳にしても今のように騒がれたりしないでしょう。他にも魔法の鞄を広めたほうがいいかもしれないわね。いくつかあるならウワサ話も拡散するでしょうよ。

「まあ、帰るまで決めてください。リュードさんたちが買わないのなら知り合いの商人に売るだけですから」

 こういうとき信頼出来る商人に知り合いがいるって強いわよね。ローダルさんも高く買ってくれるでしょうからね。

「そう、だな。おれたちもまさか売ってくれるとは思わなかったから皆と相談してから決めるよ」

「あ、わたしたちに冒険者としての心構えや技術を教えていただけるなら安くしますよ。今のわたしたちにはそっちのほうが価値がありますからね」

 冒険の学校があるわけじゃない。ベテランから教えてもらえるなら魔法の鞄より価値があることだわ。

 目で語り合うサナリクスパーティー。これは買う方向に傾いているわね。

 まあ、それはともかくシチューを作り、堅パンを出して皆に配った。

「今日もここに泊まります? 泊まるなら猪の肉で料理しますけど」

 いつの間にか猪を狩って来て、いつの間にか捌いて木に吊るしてあった。どんだけ匠なんだか。引退したら肉屋を開業出来るんじゃない?

「青実草はこの辺に咲いているのか?」

「高い山に行けば咲いていると思う」

「アルジム。わかるか?」

「それならわかる。ここからなら昼前には着けると思う」

 リュードさんたちの足なら、ってことでしょうね。

「ティナ。案内してあげて。わたしは残って猪を料理するから」

 わたしの足では付いて行くのは無理でしょう。明るいうちに帰って来れるなら残っていたほうがいいわ。

「ルイックとアルセクスは残れ。おれたちで行く」

 あら、二人も残すの? 足の速い人たちで行くってこと? ルイックさんなら足速そうだけど?

「了解。薪をたくさん集めておくよ」

「なら、わたしはお嬢ちゃんの手伝いをするか」

「ルル。留守番を頼む」

「にゃ~」

 何だかわたし抜きに決まっちゃってるけど、まあ、わたしに異論はないのだから構わないか。皆が帰って来る前にたくさん料理を作るとしましょうかね。

 朝食が終わり、少し休んだらティナ、リュードさん、ナルティアさん、アルジムさんで青実草を採りに出発した。
 肉料理と言っても調味料や道具がない状態では作るものは決まってくる。と言うか、作るものは決まっています。カツサンドを作るのです。

 油はあるので猪のロース的な肉を揚げて食パンに挟んだ。

「甘辛マー油がいい味出しているわね」

「……こんな美味いものがこの世にあったんだな……」

 試食をお願いしたルイックさんが感涙している。そんなにか? てか、どんな食生活だったのかしら? 昨日は必死に食べてたけど。

「確かに美味いな」

 この世界のエルフさんは菜食主義ってわけじゃなく肉を好んで食べている。関心なさそうにしているけど、それ二つ目。かなり気に入っているようだわ。

 鞄は時間がゆっくり流れているようなので、出来たものは乾かした笹に包んで入れておく。

 三十個を作ったところで食パンが切れてしまった。あとは、豚汁の材料と焼き肉用に小分けにしておく。

 午後になって三人で薪集めをする。

 アタッカーなルイックさんだけに木を一本簡単に伐り倒し、わたしは手斧で枝を払い、アルジムさんは倒れた木を手頃なサイズに切った。

 一時間もしないでシェルターに運び切れないほどの薪が出来てしまった。

「うちに持ち帰るか」

 樵を雇い、定期的に薪を集めているから運ぶ必要もないのだけど、帰る途中にもシェルターを作ってある。そこに置くとしましょうかね。

 ティナたちが帰って来るまで時間がありそうなので近くに生っている山菜を採ることにした。

「山芋なんてあったんですか」

 アルジムさんが太くて長い山芋を採って来てくれた。

「これはすりおろして薄切りした肉に掛けるとしましょうか」

 ご飯に掛けて食べるみたいだけど、ご飯がないのだから別の方法でいただくとしましょうか。

 試作品を作ってみて二人に食べてもらう。

「うめー!」

「うん。いい」

 どうやら合うようだ。いつかお米を見つけて山芋のすりおろしを掛けて食べてみたいものだわ。この世界にお米があることを切に願います。

 採った山菜を揚げていると、ティナたちが帰って来た。どうだった?

「依頼分は何とか採れたよ」

「それはなによりです。帰るんですか?」

「ああ。三人で話し合ったが、魔法の鞄を売って欲しい」

「わかりました。じゃあ明日、帰りますか。わたしたちの家まで来てください」

 山葡萄はまだ先っぽいし、一旦帰って新しい鞄を作るとしましょうかね。

「水も溜めておいたので汗を流してください。薪はいっぱいあるのでお湯にしてもいいですよ」

 力持ちのルイックさんに新しい竈を作ってもらったのでお湯沸かし用にしたのよ。今度、煉瓦を持って来てお風呂でも作ろうかしら?

 明日は早めに出発するので午前中に作ったカツサンドとすりおろした山芋を掛けたマー油炒めの肉にたものを出した。

「明日の朝の分もあるからほどほどにしてくださいね」

 どんだけ飢えてんのかしら? 高位冒険者になっても美味しいものを食べられないって大変な時代みたいね……。

 何とか明日の朝の分は残せて、早めに眠りについた。

 今日中に帰れるように夜明けとともに起きて出発。湧水があるところで朝食にし、三十分くらい休んだら発った。

 やはり高位冒険者。歩くことが商売とばかりに疲れる姿を見せない。わたしは付いて行くのがやっとだわ。ヒィーしんど。

「狼の群れだ」

 こ、こんなときに!? タイミング悪いんだから!

「お、いい毛並みじゃないか。狩るとしようぜ」

「そうだな。あれなら高く売れそうだ」

「キャロルとティナはそこにいろ。アルセクス、頼む」

 もしかしてわたし、気を使われた? 

「お前たちは隠れていろ。すぐ終わるから」

 気を使われたとしてもわたしにどうこうすることも出来ないので木の陰に隠れ、鞄から水筒を出して水分を補給した。

 アルセクスさんの言うとおり、十分くらいで終わってしまった。

「四匹逃したか。なかなか賢い群れだったな」

 戦いを見ていたようで、狼の群れをそう称していた。

「そう言えば、わたしたちって狼と会ったことなかったね」

「それはルルが威圧してたから」

「そうなの?」

「にゃ~」

 そうだとばかりに鳴くルル。全然知らなかったわ。

「出て来ていいぞ」

 アルジムさんの声で木の陰から出ると、頭から尻尾まで三メートルはある黒い毛の狼が五体も転がっていた。

「デッカ! こんなのがいるんだ!

「どこからか流れて来たんだろう。ここでは見ない種類の狼だ」

 流れて来る獣や狼、多くない? 何かそれ以上の魔物が暴れているとかなの?

「二人とも。今日はここで野宿する。用意してくれ」

 さすがにこのサイズじゃ手間が掛かるか。今日中に終わるかもわからないわね。

「ティナ。その辺を刈ってちょうだい」

 山の斜面なので野宿するのは大変だけど、運のいいことに小川が流れていた。狼の解体をするには問題ないでしょうよ。

「狼って食べられるの?」

「食べれないことはないが、あまり美味いものではないな」

「腿のところを切ってもらっていいですか? 試しに調理してみたいので」

 背負い籠は空いている。あのくらいなら持って帰れるはずだ。

「わかった。もう片方は血抜きして塩で食うか。美味くはないが、肉が食えるからな」

 美味しくないものでも食べられるなら食うって感じか。冒険者はワイルドなのね。
 持って帰ろうとしたけど、さすがに大きな狼だったから腿も大きかった。とても持って行けるものじゃないから食べることにしたわ。

「ルル。ちょっと手を貸して」

「にゃ?」

 手を? と自分の前足を見た。いや、比喩的表現だよ。

「結界でこの肉を包んで。下はちょっと空間を作ってね」

 水があれば血抜きが出来るんだけど、小川程度の水じゃ時間が掛かり過ぎる。ここは遠心力で血を抜くとしましょうか。

 木の枝に吊るしたモモ肉に結界を纏ってもらい、自動で回るように別の結界を纏わせてもらった。

 地面に円を描くように回してもらうと、血が空けた空間に溜まり出した。

「結構抜けてないものね」

 一回水で洗ったんだけどね。もうコップ一杯分の血が溜まったよ。

「……そんな血抜き法があったんだ……」

「あ、単なるわたしの思い付きです。本当に血が抜けるとは思いませんでした」

 ってことにしておきましょう。本当は重力結界とか作って欲しいけど、概念もない猫に教えるのが面倒だ。遠心力で血抜きを行いましょう。

 三十分くらい回すと、コップ四杯分は溜まった感じかな? まずはこんなもので焼いてみましょうかね。

 Yの字の枝を見つけて来て焚き火の端に刺し、モモ肉を木の串に刺して火に掛け、ウルカと塩を掛け、焼けてきたら油を塗ってさらに焼く。

 一時間くらい弱火で焼いていると、なかなかいい感じの匂いがしてきた。

「香草とか欲しくなるね」

 この世界にはどんな香草があるのかしら? あったらカレーとか作ってみたいわ。わたし、カレーって小さい頃に甘口のしか食べたことないのよね。味も微かにしか覚えてないわ。

「こんなものかな?」

 二時間くらいでいい焼け具合になった。

 表面を切って試食。どちらかと言えば鶏肉寄りかな? 悪くはないけど、そう好んで食べる肉じゃないわね。

「ティナ。切り分けてくれる? 中をもうちょと焼きたいから」

 サナリクスの面々も食べたいって顔をしている。狩ったのはそちらなんだから好きなだけ食べてください。

「なかなか美味いじゃないか!」

「狼の肉、結構臭かったのにね」

「やはり血抜きが大事なんだろうな」

 サナリクスの面々には好評のようだ。ルルもティナもモグモグ食べている。そんなに美味しいのかしら?

 わたしの舌も贅沢になったものよね。このくらいの味では満足できなくなっているんだからね。

 十五キロはあったモモ肉も六人+一匹の胃に消えてしまった。どんだけ食べるんだか。

「……もう動けない……」

 でしょうね。腹八分って言葉ないのかしら?

 もう狼もおらず、ルルが結界を張ってくれているので皆ダラケ切っている。

「お嬢ちゃんは何をしているんだ? 食べないのか?」

 奥の肉を剃り落として火で炙っていると、アルセクスさんが尋ねてきた。

「お酒のおつまみになるものを作っているんです。わたしはそんなに食べないので大丈夫なんです」

 普通にカツサンドを一つ食べたら充分だし、わたしは美味しいものを少しずつたくさん食べたい派なのです。

「酒のつまみか。さっさと仕事を終わらせて酒を飲みたいよ」

 どうやらアルセクスさんは飲兵衛さんのようだ。

「山葡萄のお酒って飲んだことあります?」

「ああ、よく飲むよ。その鞄はどのくらいの容量があるんだ?」

「いろいろ入れているのでどのくらいとは言えませんが、感覚で言うなら荷馬車二台から三台分ですかね? ただ、空間に余裕がないと奥に入れたものは出ないです。六割くらいで止めておくのが使いやすいですよ」

 必要なものを念じると上がってくる感じで、物が多いと出て来ない感じなのよね。次はそこも考えて付与しないとダメよね。

 剃り落とした肉を食べてみると、あまり味は感じない。味付けしないとダメな感じね。

 鞄から壺を出して剃り落とした肉を入れた。

「ルル。これに結界をお願い。空気が入らないくらいしっかりとね」

 あ、結界があれば真空にも出来るんじゃない? 今度試してみようっと。

「キャロルはおもしろいことを考えるんだな。どこで学ぶんだ、そういうの?」

「お城です。わたしたち、お嬢様のお友達係として働いてましたから。そこでいろんな人から教えてもらったり、本を読ませてもらいました。まあ、一季節だけだったので大した知識は学べませんでしたけどね」

 一年いられたら魔法のことも学べたのに残念だわ。

「キャロは元々頭がいい。ボクはまったく学べなかったし」

「ティナはお嬢様の運動係だったじゃない。わたしは勉強係よ」

 お嬢様も運動は必要で、走ったり縄跳びしたりに付き合うのはティナのほう。乗馬も少しやったみたいよ。

「お友達係って、貴族の子弟がやるものじゃないか?」

「お嬢様は賢い方だったので、見合う者がいなかったそうですよ」

「それでお嬢ちゃんか。凄く納得だな……」

 わたしは辛うじて前世の知識があり、漫画や小説、動画なんかを観ていたから付き合えただけ。何の知識や教養もなかったらローダルさんの目にも止まらなかったでしょうよ。

「やることは終わったので、わたしは先に休ませてもらいますね」

 この中でわたしがお荷物。明日のために体力回復しないとね。
 野営したところは家の近くだったので、ゆっくり出発しても昼前に家に到着出来た。

「すぐにお湯を沸かすので順番で入ってください」

 家は誰も使っていないようなので、沢から引いている水を湯船に流し、竈に薪を放り込んで火を点けた。

「風呂なんてあるんだ」

「はい。わたし、お風呂好きなので」

 やっぱり元日本人としてはお風呂に入らないと気持ち悪いのよね。まあ、命が尽きる前は体を拭いてもらう毎日だったけどね。

「わたしたちは、あちらのお風呂に入ってきますね。沸いたら入ってください。拭くものは横の棚にありますから」

 昼間からお風呂入る人はなかなかいない。今なら空いているでしょうなら民宿のお風呂を借りるとしましょうか。

 民宿に向かうと、珍しくレンラさんがおらず、奥さんのマーシャさんが迎えてくれた。

「今、村に下りているの。民宿の経営状態の説明会をしているわ」

 へー。そんな説明会をしなくちゃならないんだ。大変ね~。

「民宿の経営は順調なんですか?」

「とても順調よ。今日も夕方に六人のお客様が来てくださるわ」

 ちょうど今日帰って今日来るのか。未だに予約が埋まっているのね。

「そんなにお客さんが来るものたんですね」

 世の中、そんなに余裕がある人がいるものなのね。

「そうね。領外にも名が知れたみたいでかなり先まで埋まっているわ。増築しようという話も上がっているわ」

「それなら冒険者を定期的に雇って山狩りするといいですよ。帰りに大きな狼の群れに襲われました」

「狼に!? 大丈夫だったの?!」

 銀星のリュードさんたちに出会ったことや追っ払ってくれたこと、今うちに来ていることを説明した。

「わたしたちもしばらく家にいるのでティナに見回りをお願いしますんで」

 ティナもあのくらいの狼なら相手出来る。まあ、群れに勝てるかと言われたら無理でしょうが、追い払われるくらいの装備は常にしている。一人でも生き残れるわ。

「わたしからも主人に言っておくわ」

「はい、お願いします。お風呂借りますね。上がったら掃除して水を張っておきますんで」

 忙しいときはわたしもお風呂掃除をしているのでお手の物よ。

 お客さんが来る前に冒険の汗を流し、掃除してまた水を張って沸かした。

「もっといいお湯の沸かし方ってないものかしら?」

「お湯を沸かす仕事がなくなるよ」

 それもそうね。楽にするばかりがいいことじゃないか。手間を楽しむのも今の時代だわ。

 マーシャさんに上がったことを伝え、料理人さんに今回の収穫を渡した。

「狼の肉か。おれも食ったことないな。試しに出してみるか」

「お客さん、嫌がったりしません?」

「いや、結構喜ばれるぞ。冒険者料理って感じでな」

 町で暮らしている人はそういうものなんだ。まあ、冒険者でもなければ生まれ育った場所から出ることもないか。移動もそう危ないところを通るわけでもないしね。

「お客さんが泊まるのでパンをもらって行きますね」

「ああ、朝に焼いたヤツがあるから持って行くといい」

「食パンはどうです? 喜ばれてます?」

「喜ばれているよ。教えてくれとお願いしてくる客もいるくらいだ」

 干し葡萄酵母は秘密ってことになっていて、それをどうするかはバイバナル商会に任せてある。わたしは、使わせてもらっているって形にしているわ。

「鉄箱の生産はどうです?」

「順調に作られているよ。もう少ししたら新しい鉄箱が届くはずだ」

 食パンを作るための型箱って意外と作るのが大変らしいわ。ちなみにわたしは深底のフライパンで焼いています。

「それは楽しみです。そうなると新しい窯が欲しいですね」

「もう新しくパン屋を作ったほうが早いんじゃないか? 増築の話も上がっているからな」

「パン屋、いいですね。お客さんも増えるならパン屋があってもいいかもしれませんね。山のパン屋として人気になるかもしれませんよ」

 まあ、半日も掛けて買いに来る人がいるかわかんないけどね。

「アハハ。レンラさんに伝えておくよ」

 食パきン二斤もらって家に戻った。

「皆入りました?」

「今、ナルティアが入っているよ。しばらく上がってはこないだろうな。あいつ、水浴び長いから」

「ナルティアさんも女性なんですね」

 男勝りなところがあったのに水浴びが長いとかギャップがあるわね。

「アハハ! そうだな。いつもいるからあいつが女であることを忘れるよ」

 まあ、男に混ざって冒険となれば女を出すことなんてないのかもしれないわね。

「男女混合の隊って大変ですか?」

「大変ってか、面倒ではあるな。色恋は隊を崩壊させるものだから」

 そういう面でか。わたしは前世でも色恋なんて経験したことないし、理解する前に死んでしまった。今も十歳だからどう面倒かは理解出来ないわ。

「同性同士が一番だが、女だけの隊はそれはそれで大変だ。バカな男にちょっかいを掛けられたり襲われたりする。お嬢ちゃんたちも本格的に冒険をするなら気を付けろよ」

「そうだな。お嬢ちゃんなら大丈夫だろうが、人のよさそうな顔で近付いて来る男は騙そうとしていると思え。お互い、警戒しながら付き合うほうが上手くいくものだ」

「いざとなればサナリクスの名を出しても構わないぞ。お嬢ちゃんたちとは長い付き合いになりそうな予感がするからな」

 わたしもサナリクスの面々とは長い付き合いになりそうな予感はしているわ。