「わたしは、百回生まれ変わる妖精猫と呼ばれているわ」
この世界にはそんな妖怪──生き物がいるのね。
「ちなみに何回目なの、今?」
「二十回までは数えてたけど、もう忘れちゃったわ。たぶん、三十回くらいじゃないかしら?」
三十回も死んでいるんだ。それってどんな気持ちなんだろう? よく精神を保てられているわよね。
「妖精猫の寿命は?」
「長く生きたときで十二年かしら? 短いときは五年くらいで死んじゃったわ。ちなみに今は一年ね。子猫時代にサーシャに拾われたわ」
猫って一年でこんなに大きくなっちゃうものなのね。
「生まれ変わる毎に能力を一つだけ授かるんだけど、未だに人間の言葉を話せなかったから助かったわ。キャロルの魔法って何なの?」
「まだ確証はないけど、恐らく付与魔法だと思う」
「付与魔法か。一度見たことがあるけど、キャロルの付与魔法はちょっと違う感じの付与魔法かもね。わたしが見た付与魔法師は猫をしゃべらすほどの力はなかったからね」
そ、そうなんだ。個体差があるってことなんだろうか?
「わたしがしゃべれるのは永続的なのかしら?」
「どうだろう? 付与魔法と気づいたの、最近だしさ」
アイテムボックス化した鞄はこれと言って何もしてない。もしかしたらわたしから魔力を奪っているのかもしれないけど、永続的かはまだ何とも言えないわ。
「まあ、しゃべれるだけマシね。わかってもらえないって結構イライラが募っていたからね」
「でも、しゃべる猫がいたら捕まえられるんじゃないの?」
解剖とかされたりしない?
「しゃべっても大丈夫な人にしか声をかけたりしないわ。今のところはキャロルとティナだけにするわ」
ルルが視線をズラしたので釣られて見たらティナが起きていた。
「ごめんね、うるさかった?」
「そんなことない」
寝袋から出て、火にかけていた芋餅をつかんで口にした。
「ティナにもルルの言葉は聞こえるんだね」
「ああ、聞こえる」
ってことはルルの言葉は誰にも聞こえるってことだ。
「気になってたんだけど、ルルって人間が食べるもの食べたりしていいの? 猫に味の濃いのは毒なんじゃない?」
「大丈夫よ。何回目かの生で悪食って能力を得たから。何を食べても栄養となるわ。まあ、不味いものは食べたくないけどね」
味覚はあるんだ。それも能力なの?
「お城で出される料理は味気なくて嫌だったのよね。キャロルの作るものは味がしっかりしてて好みだったわ」
味の違いがわかる猫、ってか。いや、猫は猫でも妖精猫なんだけどさ。
「お城に住んでんのに贅沢だな」
呆れるティナ。確かにそうね。平民の家だったら自給自足だよ。
「猫だって快適に生きたい生き物なのよ。キャロル、ハンバーガー食べたいわ」
寝る前にたくさん食べたのによく食べること。なんて思いながらもハンバーガーを出してあげた。
「わたしの能力に結界ってのがあるから朝まで眠っていいわよ。元々張ってたんだけどね」
「だからガラの悪い冒険者たちが弾かれたんだ」
そんなことがあったの? あ、だから変な感じだったのか……。
「結界は林の中まで伸ばしてあるから用を足しに行くことも出来るからね」
「何でもありね」
「出来ることと出来ないことはあるわよ。生活に役立つ能力ってあまりないからね」
まあ、普通の猫ならネズミでも狩っていれば生きて行けるでしょうけど、人間並みの思考が出来たら暮らしを楽にしたいって思いも出て来るでしょうよ。それで、野良になるのは辛いでしょうね。
「大丈夫なら寝よっか」
その効果はティナが確かめている。なら、安全ってこと。明日のためにしっかり眠るとしましょうか。
「ティナは寝袋で寝てね。わたしは、蓙を敷いて寝るから」
一人用の蓙を鞄から出して敷いた。これにも柔らかさ倍増の付与を施しているので地面の上でも苦ではないわ。毛布も温かさ倍増しているからね。
「ルルはどうする?」
悪食なせいか、出したハンバーガーをムシャムシャ食べているわ。
「寝てていいわよ。朝までわたしが見張るから」
「いいの?」
「構わないわ。明日はまた背負い籠の中で眠らせてもらうから」
歩くの面倒とばかりにティナが背負っていた籠の中で眠ってたっけね。
「じゃあ、遠慮なく休ませてもらうね。ティナ、寝よう」
蓙の上に横たわり、すぐ眠りについたと思ったら朝になっていた。
火は消えていたけど、寒さは感じなかった。結界のお陰かしら?
ティナはとっくに起きており、弓の準備をしていた。
「おはよう。すぐ朝食の準備をするね」
鍋を出して豚骨水を入れ、火を点けて温める。朝からコッテリだけど、今日は猪を狩るんだからしっかり食べておかないとね。
「ルルは?」
「ボクが起きたら眠ったよ」
寝袋を見たら丸って眠っていた。出発まで眠らせておきますか──と思ったら、豚骨の匂いに釣られて起きてきたわ。悪食ってより食いしん坊って感じね。
三人(?)で朝食をすべて食べ、食休みしたら出発準備を始めた。
「じゃあ、猪を狩りに行きますか」
「うん。出来れば二匹は狩りたい。いっぱい肉が食べたい」
「猪、いいわね。わたしも協力するわ」
何かヘンテコなパーティーになっちゃったけど、お互いの力を合わせたら猪も怖くなし。命大事に狩りをしましょうかね。
「うん。出発だ!」
猪とはすぐに遭遇。ティナがあっさり狩ってしまった。
「身体強化魔法、完全に使いこなしているね」
とても十歳の動きじゃない。可愛い服着せたらプリれるかもしれないわ。まあ、わたし見てなかったらよく知らないんだけどね。
「こうなると剣が欲しいところだ」
兵士の人からハンバーガー五日分で買った剣で猪の首を落とせたら充分だと思う。でもまあ、お友達係で稼いだお金でいいのを買いましょう。
「その剣にも何か付与を施しているの? 尋常じゃない切れ味を見せているけど」
「よく切れるように、頑丈になるよう思いを籠めて研いだくらいかな?」
まだ自分の固有魔法が付与かどうか怪しい頃に研いだから、どこまで付与が付いているかわかんないのよね。
「やはりキャロルの付与魔法は一味違うみたいね」
確かに一味違いそうだけど、他を知らないんだから何とも言えないわ。
猪を木に吊るして血抜きを行い、ルルが出してくれる火と水と氷で猪を解体していった。
「ルル、便利な能力ばかりね」
「城で暮らすにはいらない能力ばかりだけどね」
まあ、そうね。お城では寝てるか食べているかのどちらか。まさに宝の持ち腐れ状態だ。
鞄に入るくらいに切り分けたらもう一匹狩りに向かった。
一匹目は簡単に見つけたけど、二匹目は同族の血でも嗅ぎ取ったのか、夕方近くにやっと見つけて狩ることが出来た。
ルルが結界を張ってくれたので、安全に解体することが出来、そこで野宿することにした。
「キャロルたちといると毎日がご馳走だな」
本当によく食べるわよね。その小さい体のどこに消えてんのかしら?
「よく働いてくれてるし、たくさん食べていいよ」
何はともあれ役に立っているので食べたいだけ食べさせた。
次の日は猪の姿はなく、ウールがたくさんいた。
「ウールって前にも増えたけど、こんなにまた増えるんだ」
何か増えると大変なこと言ってたっけ。
「ルル。たくさん捕まえたいんだけど、結界で逃がさないように出来るかな? 唐揚げにしたいんだ」
醤油はないけど、マー油で味付け出来るはず。きっと美味しいものが作れるはずだわ。まあ、作るのはお母ちゃんだけど!
「美味しいの?」
「美味しいよ」
断言出来るほどウールは美味しいのよ。
「でも、何匹は生け捕りにする。卵はお菓子作りに必要だからね」
「任せなさい!」
食には俄然やる気を出すルル。いや、ティナも同じで、結界に閉じ込めたウールを次々と首を落としていった。
わたしは首がなくなったウールをロープに縛りつけて血抜きを行い、垂れなくなったのから内臓を取り出していった。
根絶やしにしてる? とか頭の隅で思いながらも食欲で動く二人に手が止められない。夜遅くまでウールを捌き続けた。
「キャロル。お腹空いた」
お昼も食べずにがんばったもんね。唐揚げは道具や調味料がないんで今日はウールの丸焼きを作ることにした。
がんばったあとの丸焼きはとても美味しかった。ルルなんて四匹も食べてしまったわ。
「明日、帰ろっか。もう鞄にも入らないし」
もう何匹捌いたかも、何匹鞄に入れたかもわからないわ。家に帰ってお風呂に入りたいよ。
「そうだな。このことも冒険者に伝えておくべきだ」
あ、わたしたち、仮試験を合格して見習い冒険者になりました。
「そっか。他にもいるかもしれないしね」
根絶やしにした気分でいたけど、ここにだけってわけじゃないかもしれない。知らないところで増えて凶悪な魔物も増えてたら洒落にならないしね。
ルルに結界を小さく張ってもらい、焚き火をせず眠りについた。
何だか肉食の獣っぽいものが集まった足跡があったけど、結界は何ともなし。姿もないんで結界を解いたらすぐに逃げ出した。
山に入る広場に到着したらそこにいた冒険者たちにウールが大量に出たことや、肉食獣の群れがいたことを教えた。
その中にベテラン冒険者のパーティがいたので、若い冒険者たちを率いて山の中に入って行った。
女の子の冒険者は広場に残り、わたしたちが冒険者ギルドに報告しに行くことになった。
運よく冒険者を運んで来た馬車に乗せてもらい、冒険者ギルドまで連れてってもらった。
「ウールか。今年は当たり時だな」
おじちゃんにウールのことを話したらそんなことを言われた。
「よくあるんですか?」
「ああ。豊作の年によく増えるよ。何とも困ったものだが、そういう年は肉もたくさん食える。痛し痒しって感じだな」
特に今年は豚肉の消費が上がってしまった。ウールの肉は渡りに船って感じかもね。狩られる前にたくさん狩れたわたしたちは運がいいのかもね。
乗せてくれたお礼にウールを二匹渡した。
「こりゃ、いい仕事になったもんだ」
また会ったらよろしくと伝えて冒険者ギルドに入り、ウールがたくさん現れたことを伝えた。
「今年はいい年だ!」
タイミングよくギルドにいた冒険者たちが稼ぎ時だとばかりに出て行ってしまった。
「ウール、人気あるんですね」
ギルド職員の人に言ったらウールは人気がある鳥だと、何か前にも聞いたことを言われた。
わたしたちの義務は果たさしたので、調味料を買いにバイバナル商会に向かった。
日帰り宿屋の手伝いをしながら狩りに道具作りに勤しんでいると、屋台組のミリアがお城からの手紙を持って来た。
お嬢様が帰って来たのかなと手紙を読むと、お友達係の解任と、その説明をしたいからお城に来てくれとのことだった。
いったい何が起こったの? とは思うものの、行かなければわからないのだから行くしかない。
次の日、屋台組の馬車に揺られてお城に向かった。
お友達係は解任されたけど、お城に入ることは出来たので、部屋で着替えてからマリー様にお会いした。
「お嬢様は、第一王子様の婚約者候補として王宮に上がることになったのよ」
説明を聞いたらそんなことが返ってきた。
「もう帰って来ないのですか?」
「そうね。候補者が決まるまでは帰って来ないと思うわ。わたしも来年の春には王都に行くことになるでしょう。婚約者候補として恥ずかしくない環境を整えないといけませんからね」
「ナタリア婦人もですか?」
「ええ。ナタリア婦人は王都の出ですからね。お嬢様の教育には必要な方です」
つまり、お嬢様に仕えていた方々はすべて王都に移るってことか。まだ学びたいことやお嬢様と話をしたかったのに……。
「とても残念です。お嬢様もあなた方を気に入っていましたからね」
「わたしたちも残念です。お嬢様ともっと仲良くなりたかったです。あの、マリー様は来年に王都に向かうならお嬢様に届けて欲しいものがあります。迷惑でなければお届けいただけませんでしょうか?」
お嬢様には何かとお世話になった。わたしに出来るお礼をしたいわ。
「ええ、いいわ。わたしもお願いしたいこともあるからね」
「何でしょうか?」
「料理の作り方を書いたものをいただけないかしら? もちろん、お礼はします」
「わかりました。冬の間に書いて、お嬢様に渡すものも作ってしまいます」
「ありがとう。お嬢様に手紙も書いてちょうだい。思い出もお嬢様の支えとなるからね」
「あ、ルルはどうしますか?」
ちなみにルルはティナの背中にしがみついています。
「あなたが預かってちょうだい。ルルを連れて行くわけにはいかないから」
「では、お嬢様がここに帰って来るまで預かっておきますね」
ルルはお嬢様の飼い猫。ルルがどう思おうとお嬢様に飼われていたのならお嬢様の猫なのよ。
「大切にしてあげて」
お礼を言い、部屋を片付けてお城を後に──しようとしたら料理長さんに呼び止められてしまった。
「料理の作り方、おれにも書いてくれないか? 旦那様や奥様たちに作って欲しいと言われているんだ。ちゃんと礼はするから頼むよ」
「わかりました。うちで作っているものでいいのなら持って来ますね」
「ああ、頼むよ。門番にはおれのほうからも伝えておく。何なら教えに来てくれても構わないぞ。お前さんたちなら身元も性格も安心だからな」
そんなんでお城に入れて大丈夫なのか? と思わくもないけど、一番調味料が揃う場所はお城だ。入れてくれるのなら甘えさせていただきましょう。
「わかりました。時間を見つけて来ますね。山で狩りもするので」
もう秋も終わりに近づいているけど、冬眠しない獣はいる。冬に鹿が歩いていた記憶があるわ。
「ああ、頼むよ。旦那様は鹿の炙り肉が好きなんでな」
「炙り? 鹿って生でも食べれるんですか?」
「いや、生は無理だ。だが、調理法があるんだよ」
そう言えば、低温調理とかあったわね。低い温度のお湯で時間を掛けて煮るとかだったはず。捕まえたら挑戦してみましょう。
「じゃあ、解体して持って来ますね。燻製肉も挑戦してみたいんで」
「おう。いいのが出来たら持って来てくれ。出来がよければ買わせてもらうから」
「はい。そのときはお願いします」
この冬は忙しくなると感じながら家に帰宅。マイゼンさんにお友達係を解任された理由を話した。
「そうですか。婚約者候補選別を早めるなど何かあったんでしょうかね?」
「そこまでは訊けませんでした。お貴族様の事情ですからね」
踏み入ってはならないラインがある。短いお友達係の中で察せられたわ。
「そうですね。詳しい事情を知るのは危険ですね」
「わたしたちはお嬢様に送るものや料理書を作ったり狩りに行ったりするんで日帰り宿屋のことはお願いしますね。時間があれば手伝いますので」
「大丈夫ですよ。脱穀が終われば手伝いも増えますからね」
そうだったわね。もう脱穀も終盤。それが終われば手が空いてくるんだった。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね」
冬は長いとは言え、やることいっぱい。すぐに始めないと間に合わなくなる。ティナと二手に別れて……いや、ルルもいたんだった。
部屋に行き、ルルに出来ることを聞いた。
「んー。ちょっと離れた場所に移りましょう」
さすがに今日は無理なので、次の日に狩りと称して山に向かった。
「わたしの能力でキャロルたちの力になるとしたらこのくらいかしらね」
と、ルルが巨大化。わたしたちが乗っても平気なくらいになった。
「結界と合わせるとわたしの背中に乗れるわ」
結果から言うとネコバス化した、って感じね。いろいろ問題があるのでルルカーと命名するとしましょう。いや、ルルカーでも不味いかしら?
「まあ、ルルカーでいいわね」
ルルは妖精猫。モルモットじゃないんだからね。
「何だか不名誉な名前を付けられたような気がするのは気のせいか?」
「気のせい気のせい。これで移動が楽になるわ」
朝は無理でも夜に走ればいいだけ。いや、結界を使えば昼間でも乗れるわ。
「今年の冬はがんばるわよ!」
お嬢様のことは悲しいけど、一生会えないわけじゃない。会える日を楽しみにがんばるとしましょうかね!
あっと言う間に冬が過ぎてしまった。
やることが多いと時間ってこんなに早く過ぎるものなのね。病室では一日が永遠にも感じたのに、気が付いたら雪が解ける季節になっていたわ。
思い返せばいろんなことをやったのに、場面場面しか思い出せない。わたし、本当に起きてた? 病室で夢でも見てたのかしら?
「キャロ。ぼうっとしてないで行くよ」
バン! とティナに背中を叩かれて我を取り戻した。
「あ、うん、わかった」
屋台組の馬車に乗ってお城に向かった。
冬の間、お城には何度も行って料理を作ったりマリー様から勉強を見てもらった。お嬢様への手紙も何枚も書いたわ。ただ、あちらは忙しそうで二通しか届かなかったけどね。
でも、元気にやっているそうで、わしたちからの手紙にはとても喜んでいてくれたわ。
お城に着いたらもう馴染みとなった門番にお裾分け。身体検査も何もなくお城に入れてくれたわ。
「マリー様。これをお嬢様に渡してください。わたしが作ったポーチです。あと、これはマリー様に。エプロンの下に付けてください」
「これは?」
「わたしの固有魔法で作った魔法の収納袋です。樽四つくらいの容量があります」
「固有魔法? あなた、そんな魔法が使えたの?」
「はい。これは可能な限り内緒でお願いします。お嬢様に渡すポーチにはたくさん食べ物やわたしが考えた道具を入れてありますので」
マリー様なら言っても大丈夫と、わたしの固有魔法が付与魔法であることを語った。
「そんな重要なことをわたしに言ったりしていいの?」
「マリー様は、お嬢様を大切にしておりますからね。お嬢様が不利になるようなことは致しません。短い間でしたが、マリー様がお嬢様をどう思っているかわかりました」
さすがに心情まではわからないけど、お嬢様を大切に思っていることに間違いはない。お嬢様が不利になるようなこともしないわ。
「……そう。あなたの魔法のことは黙っているわ。約束します」
「ありがとうございます。何かわたしに出来ることがあったら声を掛けてください。十三歳になったら冒険者の修業として王都に向かいます。バイバナル商会の本店にご連絡ください。すぐに駆け付けますので」
バイバナル商会の本店は王都にある。コンミンド伯爵様の御用聞き商会。手紙を出すことも簡単でしょうよ。
「ええ。何かあればあなたたちを頼ることにしましょう。ありがとう」
「いえいえ。お嬢様やマリー様には恩しかありません。これで少しでも返せたのなら幸いです」
本当にたくさん教えてもらった。お嬢様のお友達係になれなければ自分の固有魔法にも気付けなかったし、世間のことを知るまで時間が掛かったでしょうよ。
「あなたたちのがんばったからよ。お嬢様に必ず届けます」
「はい。また会える日を楽しみにしております」
「ええ、これは少ないけど、持って行きなさい」
と、銀貨を五枚も渡された。
「こ、こんなにですか!?」
金貨一枚は十万円くらいの価値がある。それだけの価値があるから大きなお店でしか使えないものだ。
「持っておきなさい。あなたがくれたものはそれだけ価値のあるものなんですから。その固有魔法は隠しなさい。それか、別の魔法を使えることにしなさい。信じられる者にしかしゃべってはダメよ」
「はい。わかりました」
わたしの固有魔法はそれだけのものだとマリー様も思ったのでしょう。その忠告はありがたく受けておくべきだわ。
もうお城に来るのも少なくなるでしょうが、屋台は商売に来れる。そう悲観することもないと、歩いて家に帰った。
冬の間も建物造りは続いていたので、今では立派な建物が建てられており、他の村から人がやって来るようになった。
「泊まるところも必要になりますね」
「そうですね。儲けた冒険者も来るようになりましたからね。でも、そうなると日帰り宿屋ではなくなりますね」
「じゃあ、泊まれるようになったら保養宿屋か娯楽宿屋に変えますか」
スパリゾートって言ってもわかんないだろうしね。
「保養宿屋か娯楽宿屋ですか。それはいいですね。今度、ローダルさんと相談してみますよ」
一応、ここの代表はお母ちゃんであり、わたしたちは手伝いとしている。お金ももらってない。故に、最終決断はお母ちゃん、マイゼンさん、ローダルさんで決めてもらうようにしているのだ。
「わたしたちは冒険者の修業をしたりしますね。十三歳になったら王都を目指したいので」
「ええ。人も育ってきたので冒険者修業に力を入れてください」
そうなると修業する拠点が欲しいわね。どこにしようかしら?
「ボクが住んでたところはどう? 魔物は出るけど、ボクたちなら問題ないと思う。家は朽ちていると思うけど」
なるほど。ティナが住んでいたところか。そう遠くもないし、いいかもしれないわね。
「じゃあ、まずはどうなっているか見に行こうか。そうすれば必要なものもわかるしね」
もしかしたら魔物に壊されているかもしれない。住むかどうかはそれから決めるとしましょうか。
「わかった。水と薪はあると思うけど、今の季節だと食料は持って行ったほうがいいかも」
「となると、万が一を考えて五日分の食料を持って行きましょうか」
わたしたちの初冒険。いや、ティナにしたら帰郷だけど、まあ、初めての冒険として、夜遅くまで計画を立てるのであった。
ティナの実家は残っていた。
まあ、一年も離れてないんだから朽ちることもないか。ただ、魔物が歩いた足跡は残っていた。
「轟竜の足跡かな?」
竜と言うから大きいのを想像してたけど、足跡の間隔からそこまで大きいものじゃないみたいね。ただ、足跡の多さから十匹以上はいそうだ。
「だと思う。姿を見たことないからわからないけど」
さすが異世界。おっかないのも住んでるわ~。
ルルがいなければ恐れていたけど、結界があれば怖いものなし。とは言え、いつもルルがいるわけじゃないんだから対抗策は考えておかないとね。
「まずは掃除ね。ティナな外の草むしり。ルルは周辺を探ってきて」
「わかった」
「何かおもしろいものはあるかしら?」
猫なだけに自分のテリトリーを巡回する習性があるのよね。
ルルに呆れながら家に入る。轟竜は建物に興味がなかったようで、壊れているところはないみたいだ。
ドアや窓は開いてないのに、埃が薄く積もっていた。どこから入ってきた……天井に隙間があったよ。まあ、この時代じゃ密封にしたら危険か。暖炉で火を燃やすんだから空気の流れは大切よね。
意外と部屋は多く、両親の部屋、おばあちゃんの部屋、ティナの部屋だ。父親が建てたようだけど、よく一人で作ったもねよね。職人だったのかしら?
「布はすべてカビているわね」
埃が積もるほど空気が流れていたからか、ベッドのシーツや毛布はカビており、洗ってもダメっぽい。これは燃やしたほうがいいわね。
「ティナ。カビた布は燃やすけど、いい?」
一応、ティナに尋ねた。ダメと言うなら説得する所存です。
「いいよ」
そこまで思い入れはないようだ。なので、布のものはすべて外に出して燃やした。
布団の類いは持って来ているので大丈夫。おばあちゃんが使っていたベッドをティナの部屋に移した。
部屋はあるけど、ここは村からも遠い。一応、ルルに結界は張ってもらうけど、万が一を考えて一緒に寝るほうがいいでしょう。
一日があっと言う間に過ぎ、暮らせるまで五日も掛かってしまった。
「何はともあれお風呂は必要ね」
「異議なし」
ティナもお風呂のよさを知り、身に染みているので進んでお風呂作りに励んでくれた。
薪も豊富で川も近くにあるのでお風呂は三日で完成。二人で入っても余裕で、お湯たっぷりのお風呂に入れるようになった。
「秋には山葡萄を採ろうか。この辺はたくさんなるから絞って飲めるんだ」
「おー。それはいいね。たくさん採ろう」
山葡萄はいいね。普通の葡萄はお酒にしちゃうからジュースってないんだよね。たくさん生るならたくさんジュースにしておこう。
「山羊とウールも連れて来ようか。山羊の乳があればお風呂上がりに飲めるしね」
修業に来たわけだけど、暮らしは豊にしたい。美味しいものが食べられる毎日にしたいしね。
「いいわね。冷たい山羊の乳が飲みたいわ」
もう一人、と言うか一匹? もお風呂に魅せられた妖精猫さん。普通の猫じゃないとわかっていてもお風呂に入る姿は慣れないものね……。
家のことが落ち着いたら足りないもの、欲しいものをもとめて山を下りた──いや、ルルカーに乗って降りました。
誰もいない朝方に家を出たので、実家に着いても誰も起きてない。起こすのもなんなので、鞄から薪を出して小屋に積んで待つことにした。
朝一番にお父ちゃんが起きてきた。
麦畑を譲って風呂焚き番になったお父ちゃん。農業の才能があるのに、風呂焚き番を案外気に入っていたりするんだよね。
「何だ、帰ってたのか?」
「うん。足りないものを買いに来たんだ。薪、置いておくね」
「それは助かる。ずっと焚いているから薪がすぐなくなるんだよ。灰が出て売れるからいいんだが」
「灰って売れるんだ。煉瓦を作るときに使うからな、結構言い値で買ってくれるよ。お陰でタバコが買える」
「お父ちゃん、タバコなんて吸うんだ」
吸ってるとこ見たことないよ。
「子供がいるから辞めてたんだよ。でも、お前たちは家を出たし、こうして煙がある場所なら文句も言われん。ありがたい限りだ」
知られざるお父ちゃんの本性。まあ、好きにやれているならよかったよ。
「タバコの吸いすぎはダメだからね」
今度、肺を浄化できる付与魔法を考えないとね。
「お父ちゃん、山羊が欲しいんだけど、どこか譲ってくれるところ知らない?」
「それならマバックの家に行くといい。仔が産まれたと言ってたぞ」
そのマバックさんちの場所を聞いて訪ねると、オス一匹、メス二匹を銀貨二枚で譲ってもらえた。
「乳を飲むなら豆を食わせるといいよ。いろんな草を食わせるのは不味くなるから止めておきな。オスなら構わないけどね」
エサで乳の味が変わるんだ。それなら豆を植えなきゃダメね。
家には畑もある。山羊用の豆を植えるとしましょうか。でも、育つまでのエサを買わないといけないわね。
「山羊は一年で仔を産むから気をつけなよ。朝になっていたら五匹産まれていたってこともあるからね」
そ、そうなんだ。だからマバックさんちは山羊がたくさんいるんだね。食用だろうか?
お礼を言ってマバックさんちをあとにし、ティナに実家に連れて行ってもらい、わたしはバイバナル商会に向かった。
もう行き付けとなったバイバナル商会。やって来たら久しぶりにローダルさんに遭遇した。
「おはようございます。久しぶりです」
「ああ、久しぶり。山に住むんだって?」
もう聞いたのか。耳が早いこと。
「もう住んでます。今日は足りないものを買いに来ました」
「相変わらず行動力の塊みたいな子だ。その歳で不自由な山に住むなんてなかなか出来ないものだぞ」
「家はありますからね、そう不自由でもありませんよ。山の幸も多そうだし、こうして足りないものを買いに来れますしね」
電気ガス水道がないならどこでも同じよ。それなら自分たちで好きにやれる場所のほうがいいわ。魔法を隠すこともないんだしね。
「前向きだな。そんなにいいところなら見てみたいものだ」
「馬車を出してくれるなら招待しますよ。余った部屋を客室にしようと思ってましたから」
ティナの両親の寝室とおばあちゃんやの部屋を客室にしようかと話し合っていたのよね。保養宿屋が落ち着けばお母ちゃんやお父ちゃんを呼ぼうとも放ったたし。
「そうか。じゃあ、行ってみるか。お嬢ちゃんのやることはおもしろいからな」
「何でもかんでも商売に繋がるようなことはしませんよ」
「それを商売に繋げるのが商人ってものさ。で、何を買うんだ?」
ほんと、行動力の塊はどっちかしらね? 予定とかないのかしら?
ハァーとため息を吐いて、欲しい物リストを語った。
「修業じゃなく移住だな」
聞いたローダルさんのごもっともな感想に苦笑いしか出ない。わたしもそう思っちゃってるんだからね。
「ま、まあ、よく学びよく食べてよい暮らしがわたしの目指すところですからね。妥協は出来ません」
「おもしろいことを言うな。でもまあ、そんな人生もいいものだ」
わかってもらえてなによりです。
レンラさんが来たので欲しいものを用意してもらい、ローダルさんの馬車に積んでもらった。
「今度、わたしもお邪魔させていただきますよ」
「おもしろいことなんてありませんよ。山なんですから」
「キャロルさんのやることがおもしろいのですよ。やることすべてわたしたちが考え付かないようなことをする。商売も同じです。学ばせてもらいたいのですよ」
わたしのような小娘から何を学ぼうってのかしらね?
「わかりました。来たときは歓迎しますよ」
何かとお世話になっている人。来たいと言うなら歓迎させてもらうわ。
ローダルさんの馬車に乗り、実家に向かった。
山羊、どうしようかと考えていたら、ルルが密かに運んでくれ、山の家で待っているとのことだった。
……この展開、読んでたのかしら……?
なかなか謎の多い妖精猫。まあ、ルルの秘密が守れ、山羊を連れて帰らなくていいんだからよしとしましょう。
今からだと到着が夜になるけど、道はそう悪くなく、初めて行ったときに草も刈ってある。どうせ夕食を摂って寝るだけ。問題ナッシング~! と出発した。
予想とおり到着は暗くなってからだけど、ルルが気を利かせてくれていたようで、明かりを点けててくれた。
「誰かいるのか?」
「ルルですよ。あの子、賢いからロウソクに火を点けられるんです」
「あー。お嬢様の猫な。不思議な猫だとは思っていたが、そんなことまで出来るんだな」
ルルを知っているようで、ロウソクに火を点けたと言っても疑うことはなかった。お嬢様の猫じゃなかったら気味悪がれて討伐されてたわよ、あんた……。
「ティナとローダルさんは荷物を家に入れてください。わたしは、夕食を作っちゃうんで」
やることを分担してさっさと終らせることにする。
夕食は実家からもらってきたウール肉で唐揚げを作った。道中、マー油タレに浸けていたから中まで味が染みている。ご飯なんて記憶にもないけど、なぜかご飯を食べたいと思ってしまったわ。
「やっぱりお嬢ちゃんといると美味いものが食えるな」
「それなら実家でも食べられるし、お母ちゃんのほうが上手いですよ」
「いや、お嬢ちゃんは何というか、食うと安心するというか力が出るというか説明は出来ないが、とにかくまた食いたくなる味なんだよ」
それて、付与魔法が関係している? いや、まさかね。でも、これも検証してみるか。固有魔法はその人にしか使えない魔法みたいだからな。
「酒が飲みたいところだな」
「さすがにお酒は──」
「あるよ。山葡萄で作ったやつ。飲む?」
そんなのあったの?
「土蔵にある。ボクたちは飲まないから放置していた」
ま、まあ、わたしたち、まだ九歳と十歳だしね。飲みたいとも思わない。放っておいて当然か。
ティナが外に出て行き、しばらくして土瓶? みたいなものを持って来た。
「たぶん、二年くらい寝かしていたもの。酸っぱかったら飲まないでね」
「お酒って酸っぱくなるの?」
「なるものもあるみたい。よくは知らない」
どうなの? と、ローダルさんを見ると、土瓶の蓋を外して臭いを嗅いだ。
「大丈夫っぽいな。どれ?」
そのまま口に含むと、そのままゴクゴクと飲み出した。本当に大丈夫なの?
「美味い! まだあるのか?」
「あと三十個くらいあったと思う」
「是非、売ってくれ!」
「いいよ。ボクたち飲まないし」
まあ、欲しいってんなら売っても構わないか。ティナの言うとおり、わたしたちは飲まないんだしね。でも、料理に使えるかもしれないから一個は残しておくとしましょうかね。
朝になったら山羊にエサを与えた。
「いっぱい乳を出してね」
おいしい乳を出してもらえるよう、山羊たちを撫でた。
「山羊の小屋を作ったらウールを運んでこないとね」
卵は鞄に入れてあるのでしばらくは大丈夫だけど、マヨネーズをそろそろ作りたい。ここの野菜、苦いんだよね。マヨネーズでもつけないと食べられたものじゃないのよ。まあ、生で食べられる野菜が少ないからつけられるにも少ないんだけどね。
それでもキャベツのような野菜はある。千切りにマヨネーズをつけて食べたいわ。
「おはようさん。早いんだな」
ローダルさんが起きてきた。
「いつもこんな感じですよ。お城でも早かったですからね」
「城はそういうのがあるからお嬢様のお友達係の選定は大変なんだよな。お嬢ちゃんたちがいてくれて本当に助かったよ」
確かに十歳くらいの女の子には厳しいでしょうね。教養もあり礼儀も知っている者を連れて来いってほうがどうかしているわ。
「わたしもたくさん学べたので助かりました。自分の魔法もわかりましたから」
「お嬢ちゃん、魔法が使えるのか?」
「はい。と言っても凄い魔法は使えませんけどね」
固有魔法のことはローダルさんにも秘密だけど、だからと言って魔法が使えないことを隠すのは不便だ。なら、別の魔法が使えることにしちゃえばいいわ。
「どんな魔法が使えるんだ?」
「これです」
と、十センチくらいの細い棒をスカートのポケットから取り出した。
「それは?」
「着火」
そう唱えると、棒の先から火が生まれた。
「な、何だ!? 火がでたぞ?!」
「わたしの固有魔法です。物に魔法を込められるんですよ。名付けて移し込みです」
ごめんなさい。上手い名前を考えてませんでした。
「う、移し込み? そんな魔法聞いたことないぞ」
「だから固有魔法なんだろうと言ってました」
誰が、とは言わないでおく。今ならローダルさんも気にしないだろうからね。
「……こ、固有魔法か。確かにこんな魔法みたことがないな……」
「まあ、魔力が少ないからか、限界なのかはわかりませんが、少しの時間しか発動しない上に一日三十本が精一杯でした」
「これは、どんな役に立つんだ?」
「竈に火をつけたりお風呂に火を入れるのに使えますよ。火打石を使う必要もなく残り火を心配する必要もありませんからね。慣れれば一本で火がつけられますからね」
お母ちゃんもお父ちゃんも楽だと好評だ。おばちゃんたちにも配っているからわたしの魔法はこれだと思われているわ。
「もう一回いいか?」
「いいですよ。たくさんあるので」
ポケットから五本出してローダルさんに渡した。
「着火でいいのか?」
「はい。最初は出来なかったんですけど、いろいろやっているうちに出来ました」
「固有魔法は特別だと聞くからな。使う者の考えが活かされるんだろうよ」
へー。そう言われてんだ。固有魔法って案外知られてたりするのかな?
「着火」
火がつくほうには炭をつけてある。ついてないほうを持って発動の言葉を口にすると、火が生まれた。
「おー。手から火を出すのは見たことあるが、棒の先から火が出るのなんて初めてだ」
でしょうね。マッチなんてまだ発明されてないんだから。
「あ、消えた」
「ちょっとの魔力しか籠められないみたいで五つ数える間しかついてられないんですよね。それでも枯れ葉や木の皮にはつくので問題はないですね」
この時代の人は火をつけるのが上手い。五秒もついているなら充分だわ。
「お湯を沸かすので竈に火を入れてみますか?」
やってみたほうが早いでしょうと、台所の竈に火を入れてもらった。
「なるほど。これは楽だな」
台所に入る人とは思えないから、野宿とかはやってそうだ。火打石を使っていたのかもしれないわね。
「雨に濡れてもつくからお父ちゃんは喜んでましたよ」
魔法だから雨の中でも五秒はついていたわよ。
「予備はたくさんあるんで使ってみてください。いろんな人に使ってもらうば本当に便利かどうかわかりますから」
「いや、これは売れると思うぞ」
「そうかもしれませんが、利益を出すのは難しいんじゃないですか? 高ければ買わないし、安ければ利益にならないでしょうし」
「いや、これは金持ちに売る。最近、他国からタバコが流れてきてな、金持ちの間で流行っているんだよ。火をつけるのが大変だと聞いたことがある」
「お父ちゃんも吸ってたな」
「庶民の間で吸われているタバコと金持ちや貴族が吸うタバコは違うものだ。まあ、おれは吸わんからどんなものかまでは知らんけどな」
わたしもタバコのことは知らない。けど、体に悪いものなのは確かでしょうね。
「これは着火と言うだけで火がつき、すぐ消えてくれる。携帯するのも邪魔にならない。大銅貨一枚にしても売れるはずだ」
大銅貨一枚はぼったくりすぎない? タバコがいくらするか知らないけど、下手したらタバコより高くなるんじゃない?
「とりあえず、あるだけ売ってくれ」
「いいですよ。知り合い価格で一本銅貨一枚ってことで」
銅貨十枚で大銅貨一枚のはず。悪くない取引でしょうよ。
「ふふ。商売が上手くなったな。大量に作ってあるんだろう?」
「はい。いろいろ欲しいものがあるので。いろいろ金策になりそうなものを作っておきました」
ティナに剣を買ってあげたいからね。コツコツ作っておりました。まさかこんなに早くチャンスが来るとは思わなかったけど。
「いいだろう。あるだけ買わせてもらうよ」
「ありがとうございま~す」
イェーイ!
「お酒のことはティナに聞いてください。わたしは、山羊の小屋を作るんで」
鉈を持って山に入った。
本格的な小屋はさすがに作れないので、手頃な木を伐って来て簡単な小屋を作るとしましょう。あとはルルに結界を張ってもらえば狼が来ても問題ないわ。
お昼まで手頃な木を伐ってティナに運んでもらった。
「凄いな。身体強化って」
とても十歳の女の子に運べそうもない木を両肩に担ぐティナにローダルさんが驚いていた。
まあ、無理もない。身体強化にもほどがあるんだからね。
「おれも手伝おうか?」
「大丈夫ですよ。夕方には完成させるので」
完成図は頭の中に入ってある。ティナはそんなわたしの指示に応えてくれる。他の人が入るほうが手間だわ。
見立てとおり、夕方には山羊の小屋が完成。とりあえず今日は落ち葉を敷いて山羊を小屋に入れたい。
「藁をもらってこないとね」
安心して眠れる場所があったほうがいい乳を出してくれるでしょうからね。
「ローダルさん。明日、村まで連れてってください。藁を運びたいので」
まだ帰る様子がないので藁運びをお願いした。
「ああ、構わないぞ。泊まらしてもらっている礼はするよ」
「じゃあ、今日の夜はとっておきのを出しますね」
山の家には窯があり、そこでパンを焼いていたそうだ。この窯なら本当のピザを焼けるはずだわ。まあ、トマトがないので似た野菜で代用するんだけどね。
「ほー。それは楽しみだ」
「にゃ~」
ってルル、いたんかぁーい! まあ、いいけどさ。
手を洗い、小麦粉を練って平らにし、トマトの代用品、ルシカって酸味のある野菜だ。緑色だけど、誰もピザを知らないのだからケセラセラよ。ケセラセラがなんなのか知らないけど。おばあちゃんが言ってたから頭に残っているのよね。
生地を寝かしている間にルシカを刻んでマー油と塩を少々入れて棒で潰す。あとは腸詰めを適当に切り、チーズを切る。
「ティナ。窯はどぉう?」
「いい感じに火が回っている」
「強めにお願いね」
寝かせた生地を平らにしてルシカを塗り、腸詰めをばら撒いてチーズを乗せる。
「ヘラが必要だったわね」
まあ、鉈があるからこれでいっか。
「ルル。お願い」
しゃがんでこそっとお願いすると、理解したルルが鉈に結界を施してくれ、ヘラにしてくれた。察しがいい猫だよ。
熱々の窯にピザを入れ、焼き上がるのを待った。
「いい匂いだ」
待ってればいいのにローダルさんもルルも窯の前から動こうとしなかった。ちょっと邪魔なんですけど。
二十分くらいでいい感じに焼けてきた。チーズがぷくぷく言ってるし、こんなものかしら?
失敗したら次に活かせばいいと、窯からピザを取り出した。いい匂い。
「盆も欲しいわね」
そのまま置くのには抵抗があるけど、結界が盆になっていると自分に言い聞かせ、家のテーブルまで運んだ。
包丁で四等分に切り分け、お皿に乗せてあげた。
「はい、召し上がれ。熱いから気をつけてね」
何てわたしの注意など耳に届いてないとばかりにアチアチ言いながらピザを食べる二人と一匹。これは一つじゃ足りないみたいね。
「もう一枚焼くからわたしの分も食べていいわよ」
わたしはハンバーガーでも食べるとしましょう。今回はそこまで自信作ってわけじゃないしね。どうせなら自信作を食べるとしましょうか。
「何か足りないのよね~」
前世でピザを食べた記憶はあるけど、小さい頃過ぎて味が思い出せない。でも、何か違うのよね~。トマトじゃないからダメなのかしら? 二人と一匹を見たら美味しく出来上がっているみたいだけどさ。
「お母ちゃんに作ってもらうか」
わたしにお母ちゃん並みの料理センスはないっぽい。どこをどう変えていいんだか考えもつかないわ。
同じように具を乗せ、同じように焼いてみる。やはり、何か違うな~って思いが出て仕方がなかった。
「こんなに美味いのに何が不満なんだ? これは革命的美味さだぞ」
革命的って、大袈裟でしょ。いや、この時代の食を考えたら納得もいくセリフだけどさ。
「わたしもよくわからないんですよね。もっと美味しく出来るはずなんですけど……」
「これ以上美味くなるものなのか?」
「料理に到着点はありませんよ。どこまでも美味しいを求めるのが料理です」
いやまあ、そこまで突き詰める気はないんだけど、もっと美味しくなるなら妥協はしたくないわ。
「キャロは拘り強すぎ」
「そうだな。だが、それもいいだろう。もっと美味いものが食えるなら」
「にゃ~」
ルルさん。それじゃ、人の言葉がわかっていると勘づかれますよ。いいんですか?
「なあ。これ、他のヤツに教えても構わないか?」
「構いませんよ。好きに教えてもらっても」
わたしが考案したものでもなければ元祖や初代をを名乗りたいわけでもない。広まるならご勝手に、だ。
「ただ、コンミンド発祥にはしてくださいね。人気になればコンミンドの名も広まるでしょうから」
お嬢様の応援になるかわからないけど、少しでもお嬢様の力となれたら嬉しいわ。
「ああ。それは約束するよ」
なら、あとはローダルさんにお任せ。わたしは納得出来るピザを目指すとしましょうかね。
次の日、藁をもらいに山を降りた。
藁は家畜のエサや寝床になるので、売ってくれるところは結構あり、おとうちの知り合いのところで荷台一杯に売ってもらった。
「今さらですけど、ローダルさん、仕事はいいんですか?」
何の商売をしているか未だに知らないけど、何日もわたしたちに付き合ってていいのかしら?
「問題ない。今、一番の商売相手と取引しているからな」
一番の商売相手? って、わたしたちのこと? わたしたち、そんなに儲ける商売してないけど?
「おれの勘が、お嬢ちゃんたちの発想には金一万枚の価値があると言っている。だから今のうちに恩を売っておくのさ」
「わたしたちにそんな価値があると思えないんですけど」
所詮、わたしは若くして死んだ身。勉強だって知識だってそこまで深いわけじゃない。漫画や小説の薄い知識しかない。とても金一万枚の情報なんて持ってないわ。
「いや、お嬢ちゃんたちには価値がある。おれはおれの勘を信じる。まあ、今はそう思っておけばいい。だが、お嬢ちゃんたちを一番買っているのはおれだと知っておいてくれ。お嬢ちゃんたちに一番買っている商人はおれだと思われるようがんばるからさ」
「……変わってますね、ローダルさんは……」
儲けたいならもっと違うことすればいいのに、こんな小娘にそんなこと言うんだから。
「一番の褒め言葉だ」
「…………」
自信満々に言うローダルさんに何も言えなくなってしまった。
ま、まあ、悪い人じゃないし、商人との伝手を持っているのは悪いことじゃない。仲良くしようって言うなら仲良くしておきましょう。
「そうそう。マッチを置きにバイバナル商会に向かうな」
「わかりました。ティナ。悪いけど、実家から卵をもらってきて。マヨネーズを作るから」
「あれか! 任せて! ルル、行くよ!」
なぜかルルまで連れて行ってしまった。
「何だ、マヨネーズって?」
「調味料の一つですね。いろいろ作ってみて発見したものです。食材をたくさん無駄にしてお母ちゃんに怒られて封印してたものですが、今は食材があるのでまた挑戦しようと思ったんです」
わたしの付与魔法とルルの結界があれば簡単に作れるはず。前はちょっと作ってティナに味見したらマヨネーズに取り憑かれちゃったのよね。でも、作るの大変だったから我慢させてたのよ。
「あ、酢も買わなくちゃならないか。材料、何が必要だったっけ?」
何て考えながらバイバナル商会に向かい、ローダルさんがマッチを渡している間に酢と油を大量に買った。
「お待たせ」
一時間くらいしてローダルさんが戻って来た。
「随分と時間が掛かりましたね? 売れませんでした?」
火をつけるなら火打石や置き火でもいいんだしね。お金持ちなら火を点けるのに拘らないでしょうよ。
「いや、売れた。それどころかもっと欲しいと言われた」
「あらら」
「あらら、じゃない。お嬢ちゃんが作ることになるんだぞ。次来るときは倍は欲しいと言われたよ」
「倍もですか? 需要ありすぎじゃないですか?」
どこで求められてんのよ? 火を点けるくらいいくらでも方法があるってのにさ。
「コルディアム・ライダルス王国って聞いたことあるか?」
「いえ、ありません。と言うか、この国の名前も知りません」
お城で聞きそうなものだけど、なぜか耳にすることはなかった。まあ、そのうち聞くだろうと呑気にしてたら聞かず仕舞いに終わっちゃったわ。
王国や王都で話が通じたからね。わざわざ国名を出す機会もなかったし。
「ニーシアリ王国だ。コルディアム・ライダルス王国に比べたら小国だが、魔物が少ない地で住みやすい国だな。まあ、それでも魔物の被害はあちらこちらで起こっているがな」
ファンタジーな世界は危険なのね。やはりわたしも何か武器を持ったほうがいいかもしれないわね。何がいいかしら?
「少し前からコルディアム・ライダルス王国からタバコが輸入され、貴族の間では人気になっているだよ」
「あー。前に言ってましたね」
「タバコは火を点けて吸うものだ」
「ですね。あ、コルディアム・ライダルス王国にもマッチがあるんですか?」
「いや、ライターって魔道具がある。十数回火が出せるものだ。貴族の必須とされている。だが、ライターは高額でありこの国の貴族でもかなり高位でなければ持つことも出来ない」
「そこでマッチと言うわけですか」
「ああ。ライターには劣るが、持ち運べるのがいい」
「綺麗な箱か布に入れると見映えはしますしね」
「箱か。そこまでは考えなかった。どういう箱がいいんだ?」
普通の箱でええやん。って言葉は飲み込んでおく。
「うーん。すぐには思い付きませんけど、貴族の男性の服に入れやすいものがいいんじゃないですか? マッチなんて十本も入っていればいいんですから」
貴族の服なんてそうじっくり見たわけじゃないし、人の前に立つ服も知らない。そういうのは貴族の服を作っている人にやらせたらいいんじゃないの?
「そうだな。それは後々で構わないか。で、マッチは作ってくれるのか?」
「まあ、毎日三十本は作れるので十日に一回くらいに取りに来てくれたら三百本は渡せますよ。毎日やっていれば上達するかもしれませんしね」
面倒になったら一気に作っておけるしね。
「まあ、いきなりたくさん売るのも価値が下がるしな。うん。十日に一回取りに行くとしよう」
何だかマッチを売るだけで一財産築けそうだわ。