お菓子作りは先かなと思っていたらその日からだった。
……ナタリア婦人、どんだけ仕事が早いのよ……?
ま、まあ、許可を得たのなら従うのみ。側使いの方に案内されて厨房に向かった。
うん? 厨房って、わたしたちが食べているところの厨房じゃないの? ?顔で付いていくと、コンミンド伯爵家の方々の食事を作る厨房だった。
そこは四人部屋の病室くらいあり、料理人は四十くらいのおじちゃんと、三十くらいのおば──お姉さんがいた。
「こいつらがお嬢様の友達役か?」
呼び方、友達役なんだ。まあ、まさにそうなんだけどね。
「はい。お嬢様がお菓子を求めたのでこの二人に作らせるそうです」
「お前ら、菓子なんて作れるのか? 農民の子と聞いたが」
「はい、農民の子です。おか──母が料理好きで簡単なことは教わりました。お菓子もクッキーでしたら作れます」
懐疑的な目を向けるおじちゃんだけど、お嬢様からの命令となれば従わないわけにはいかない。とりあえずやってみろと厨房の一角を貸してくれた。
「小麦粉と砂糖、あと卵をください。窯は使えますか?」
わたしの注文にはお姉さんが応えてくれ、捏ねるのはティナに任せてわたしは窯の具合を見せてもらった。
「やはり、伯爵家の窯は熱の回りがいいですね。これでパンも焼くんですか?」
「いや、パンは仕入れる。パンまで作っていたら大変だからな」
そりゃそうか。パンの窯って大きいみたいだからね。
「パンを少しもらっていいですか? 窯の具合を知りたいので」
「好きにしろ」
平たい籠に入ったバゲットをもらい、薄く切り、チーズを乗せて蜂蜜をかける。悪魔トーストを作った。動画で観て食べたかったのよね。
「ティナ、あーん」
まずはがんばってくれているティナに食べさせてあげた。どうよ?
「美味しい! もう一つ!」
不味い! もう一杯! 的な感じではないけど、ノリはそれだった。
「おれにも作ってくれ」
料理人としての血が騒いだのか、おじちゃんもお願いしてきた。
まあ、バゲットはたくさんある。ダメとも言われないので一本使って皆の分を作った。
「蜂蜜とチーズの相性がこんなにいいとは思わなかった」
高カロリーだから食べすぎると太っちゃうけどね、とは言わないでおく。カロリーとか言っても説明出来ないしね。
「お嬢様にも出してあげてください。喜ぶと思います」
あまりわたしが口出すのも差し出がましいしね、わたしはお菓子だけを受け持つすることにしましょう。また厨房を借りたいしさ。
生地が出来たら寝かせたいところだけど、今日は試しみたいなもの。コップで型を取ったら薄い陶器皿に並べて窯に入れた。
熱が通るように皿を回しながら焼いて行った。
三十分くらいか、いい感じに焼けてきた。狐色になったかな? くらいで出して、余熱を取ってから試食。なんかいまいち。
記憶の彼方にあるクッキーの味を思い出すけど、やはりこんな味じゃなかったような気がする。もっと優しい味だったはずだわ。
「不満なの?」
「うん。もっと美味しくなるはずなんだよね。何が悪かったのかな~?」
「充分美味しいと思うけど?」
それは食べたことがないから言えること。知っているといまいちと感じてしまうのよね~。
「料理人としての感想を聞かせてください」
試食した料理人のおじちゃんに尋ねた。
「悪くはない。初めて食ったからどこがどうとは言えんがな」
「やっぱり寝かせないとダメなのかな~? それとも小麦粉が荒いんだろうか?」
薄力粉と強力粉とかよく知らないしな~。違うと味に関係あるのかな~? 知識がないからさっぱりわからないわ。
「まあ、悪くはないならお嬢様に食べてもらっても問題ないですよね?」
不味くはないのなら食べてもらっても問題ないはず。料理人のおじちゃんの許可を得たら食べてもらうとしましょう。
「そうだな。工程を見た限り、問題はなかったし、おれやここにいる者が食べて異常もなかった。出して大丈夫だ」
ってことで、お洒落な皿に移してお嬢様の部屋に持って行った。
お嬢様は踊りの練習をしているようで、部屋の中でクルクル踊っていた。なんか激しい踊りをしなくちゃならないようね、貴族の踊りって。
「お嬢様。クッキーを作りました。味はまだ改良の余地がありますが、そう悪くないものが出来ました」
「ナタリア婦人。お茶にしましょう」
完全に逃げたがっているけど、仕方がないとばかりにお茶にすることになった。
まあ、お茶を淹れるのはわたし。せっせと用意をして、少し苦めに淹れた。
「これ、クッキーと言うの?」
「はい。適当に名付けました」
クッキーの由来とか知らないし、適当に名付けたってことにしておきましょう。
「サクサクして美味しいじゃない! また作ってよ」
「畏まりました」
お嬢様はグルメと言うより食いしん坊って感じね。美味しいものをたくさん食べたいって。
「でも、砂糖をたくさん使っているので、食べたら歯を磨いて、よく運動してくださいね」
虫歯になったり太ったりしたらわたしのせいになっちゃうわ。
「太るのは困るわね」
「よく動き、汗をかくのがいいですよ。体を動かすのはいいことですからね」
わたしもよく動き、たくさん汗をかかないと太っちゃうかもしれないわね。味見って結構食べるからさ。
「キャロル。これからもクッキーを作ってね」
とのお嬢様の言葉で、わたしたちはお菓子作り担当となってしまった。
「畏まりました」
それでいいんかい? とナタリア婦人を見たら、仕方がなしとばかりに頷いた。
それならやるしかないと覚悟を決めると、お嬢様の踊りを見学するよう指示を出された。
お嬢様の一日は大体そんなもの。広場に買いに来ていたのは無理を言って、時間をずらしてもらっていたそうよ。
「お嬢様の一日ってつまんないものよね」
わたしたちは五時くらいで仕事(?)が終わり、明日の朝まで自由時間となるそうだ。
楽でいいな、とか言わないように。わたしたちには自主勉強があるのよ。
お嬢様は物心付いたときから勉強しているので、わたしたちより学習要項は先を行っている。今日はわたしたちのために行ったようなものらしいわ。
なるべくお嬢様と同じレベルになり、お嬢様の向上心を焚き付ける存在となる必要があるのよ。
なかなか面倒で難しい立場だけど、それに応じたお給料がもらえる。応えられないのならクビになるだけ。次がいるかは知らないけど。
わたしたちの部屋で自主勉強はできないので、明るい食堂で行うことにした。
「キャロ。クッキーはある?」
「あるわよ」
ちゃんと夜に食べるようにチョロまか──失敗作をポケットに仕舞っておきました。
「他にもお菓子は作れそう?」
わたしが厨房を見回していたことに気付いていたのでしょう。ティナがそんなことを言ってきた。
「うん。バターや干し葡萄があったからケーキが作れると思うよ」
すべてを見たわけじゃないけど、お菓子の材料となるものはそこそこ揃っていた。バウンドケーキなら作れると思うわ。うっすらとしか覚えてないけど。
「それは楽しみ」
「わたしたち、お嬢様の友達と来たの忘れないでよ」
「ボクよりキャロのほうが心配だよ。止める前に突っ走るんだから」
そこは申し訳ございません。考えるより口が出ちゃうタイプなもので。
自主勉強をしていると、見知らぬ側仕え(服で判断してます)の方がやってきた。
「ねぇ、お嬢様にお菓子を作ったのってあなたたちよね?」
「はい。そうです」
別に隠すことでもないし、隠すこともできないので正直に答えた。
「これ、ここでも作れるものなの?」
「材料さえあれば誰でも作れますよ。ここの窯を知らないので絶対に作れるとは言えませんが」
ここはお城で働く者の食堂であり、働く者に食べさせるものを作る厨房だ。上の厨房と同じかなんてわかんないしね。それに、砂糖があるかもわからないしさ。
「それなら料理副長に作り方を教えてくれないかしら」
「わたしがですか?」
プロの料理人に小娘のわたしが教えるなんておこがましいんじゃないの? 下手に恨まれるのは嫌よ。
「ええ。料理副長にはわたしたちから言い含めてあるから大丈夫よ」
わたしたち、ってのが何か怖いわね。わたしも逆らわないようしておこうっと。
「わかりました。わたしでよければ教えさせていただきます」
側仕えの方に付いて行き、四十くらいのおじちゃん──料理副長さんと対面した。
「こいつか?」
「ええ、そうよ。余り怖がらせないでよ。お嬢様も気に入っている子たちなんだから」
「するか。料理長にも言われてんだからな」
料理長? って、上のおじちゃんのことかな?
「お前ら、名前は?」
「キャロルです」
「ティナです」
二人合わせて~、お嬢様フレンズ~! とかありませんよ。
「悪いが、そのクッキーとやらを教えてくれ。側仕えどもが作ってくれとうるさいんでな」
今日の午後のことなのに、側仕えの方々に伝わるとかどんな情報ネットワークしてんだろう? まさかお城のこと筒抜けとか?
「砂糖は使えるんですか? なければ蜂蜜でも構いませんが」
蜂蜜クッキーとか食べたことないけど、まあ、量は適当でいいでしょう。
「砂糖は今度から量を増やすと言っていたからある分を使って構わないそうだ」
「砂糖って、そんなに簡単に手に入るものなんですか?」
「まあ、そう気軽に手に入るものじゃないが、伯爵家ともなれば取り寄せることはそう難しくない。頼めば明日には入ってくるだろうさ」
砂糖が手に入る時代とか都合のいい時代(設定かな?)みたいね。
まあ、そう難しくないのなら遠慮なく作れるわね。練習させてもらいましょう。
こねるのはティナに任せ、わたしは窯の様子を見る体でバゲットにチーズと砂糖を乗せて窯に入れた。密かに鞄に入れて夜食としましょうっと。
目でティナに伝えると、わかったとばかりに頷いた。
「ここの窯も火力がいいですね」
焼けたバゲットを食べると、いい感じに焼けてくれていた。
「贅沢な食い方をするな。美味いけどよ」
「バターを塗ってニンニクを切ったものを焼くのも美味しいですよ。食べたら人前には出られませんけど」
伯爵一家の前に立つ側仕えの方々は食べられないでしょうね。まあ、わたしたちもだけどさ。
「そういや、広場で屋台をやってたの、お嬢ちゃんたちだったな」
「はい。お母ちゃんが料理好きなので、作ったものを売ってました」
「今度、それも作ってくれ。最近、同じものばかり出すなとうるさいんでな」
「仕事が終わってからでいいのなら構いませんよ」
たくさんの調味料と触れる機会などそうはないんだから、この機会を大事に使わせてもらいますわ~。
お城に来て一週間が過ぎた。
いや、一週間はわたしの中でね。一年を十二月に分けているみたいだけど、週と言うのはなく、曜日もなかった。いや、厳密にはあるみたいだけど、上の人しか使ってないからわたしたちには余り関係ないみたいよ。
お嬢様との関係はよくも悪くもなく、一緒に勉強する仲、って感じで、午後のおやつのときにおしゃべりするくらい。友達って難だろう? なんて考える日々だわ。
「明日は休みにします。家に帰りますか? 帰るのなら今からでも構いませんよ」
休みは七日に一回って約束だけど、まさか前日に言われるとは思わなかったわ。
「では、今から帰らせてもらいます。ローダルさんに相談したいことがあるので」
何だかお城で歯ブラシを欲しがる人が出てきて、売ってくれと大変なのよ。家に予備はあるけど、さすがに足りない。ローダルさんにお願いして歯ブラシを作ってもらうとしましょう。
「あ、お嬢様とわたしにも歯ブラシをお願いできないかしら?」
ナタリア婦人、あなたもか……。
「わかりました。材料は家にあるので時間があるときに作っておきます」
ローダルさんに任せるとして、重要な方々にはわたしが作ったものを渡すとしましょう。
帰宅許可をもらったら帰るために着替え、城の外に出たら馬車が用意されていた。
「マリー様からお嬢ちゃんたちを乗せて帰れと言われているよ」
と、御者のおじちゃんの談。なんだか至れり尽くせりね。まあ、いらないとも言えないのでありがたく使わせてもらうとする。
「家に帰る前にバイバナル商会に向かってください」
そうお願いすると承諾してくれてバイバナル商会に向かってくれた。
すぐにバイバナル商会に到着。店の前で降ろしてもらうと、商会の人が慌てた様子で中から出て来た。どしたのっ!?
「キャロ、この馬車、伯爵家の紋章が付いているよ」
ティナに言われて見れば確かに伯爵家の紋章(何かの鳥)が付けられていた。そりゃ、慌てて出て来るわ。
「お騒がせして申し訳ありません。レンラさんとお会いしたいのですが、おりますか?」
伯爵家の紋章の前で恥ずかしいことは出来ないと丁寧に話した。
「はい。中へどうぞ」
農民の子とわかっていても伯爵家の紋章の手前、雑には扱えないとばかりにそちらも丁寧に扱ってくれた。
中に入り、商談スペース的なところに案内され、すぐにコーヒー味の紅茶を出された。やはり、これがもてなし系のお茶なのね。
しばらくしてレンラさんがやって来た。
席を立ち、ティナと一緒にスカートの裾をつかんでお辞儀した。
「すっかりお嬢様のお友達になっていますね」
お友達という役職が板についた、って意味でしょうね。
「ありがとうございます。今日は少しお願いがあって参りました」
鞄から使ってない歯ブラシを出した。
「これを作っていただけませんか? お城の方々に頼まれたのですが、わたしではたくさん作ることができません。バイバナル商会で取り扱っていただけると幸いです」
「名前と形状からして歯を磨くものですか?」
「はい。毛は猪のを使っていますが、丈夫な毛なら何を使っても問題ないと思います。獣の毛をと毛嫌いする方もいらっしゃいましたが、ナタリア婦人やお嬢様も所望しておりましたので、そう遠くないうちに伯爵様もお望みになると思います」
絶対とは言えないけど、この流れからしてそう遠くないうちに求められるでしょうね。
「それは、我が商会に託す、と言うことですか?」
「はい。わたしでは作るのが限界がありますし、そう利益が出せるとは思えません。なら、すべてを託したほうが安く手に入れられます」
材料費0だったけど、一つ作るのに一時間くらい掛かった。どんどん作って慣れたとしても三十分は掛かるでしょう。とてもじゃないが労力に合わないわ。だったら職人に丸投げしたほうがいいわ。バイバナル商会なら職人の手配も簡単でしょうからね。
「……わかりました。バイバナル商会がお引き受け致します。ただ、無料で受け取ることは出来ませんので買い取らせていただきます」
「わかりました。正しく商売が行われたと証明するために文章にしてください。承諾したとわたしの名前を記しますので」
「お城で学びましたか?」
「はい。貴重な話をたくさん聞かせていただきました」
ってことにしておきましょう。午前の一時間くらいしが座学しか受けてないんだからね。
上質な紙を持ってきて契約書的な感じのことを目の前で書いてくれ、わたしが歯ブラシをバイバナル商会に売ったことをここに書き記した的な感じのことを読んでくれた。
「了承します」
と、わたしの名前とティナの名前を記した。
「はい。確かに了承しました。すぐに取り掛かり、城に届けさせていただきます」
席を立ってよろしくお願いしますと頭を下げた。
「代金は商会で預かっておきます。必要なときに取りに来てください」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します」
ここにいる間は何かとお願いすることもある。頭を下げるくらい安いものだわ。
商談が終われば必要なものを買って家に送ってもらった。
一週間だけなのにやたら懐かしく感じるな~。人は多いけど。
もう刈り取りの季節に入っているのに、農家の人たちと思われる老若男女がやって来ていた。
「ただいま」
まだ休憩する建物は造りかけで、料理は家の台所で作っているけど、なんか釜戸が増えており、お母ちゃんたちが忙しく料理を作っていた。
「お帰り! 城はどうだったい?」
忙しくしながらも尋ねてくるお母ちゃん。もういつもの事って感じね。余裕が垣間見れるわ。
「料理以外は楽しいよ」
「なんだい、食べさせてもらってないのかい?」
「ううん。食べさせてもらっているよ。でも、うちの料理のほうが美味しいかな」
わたしたち働いている者の料理はちょっと味付けが薄くてガツンとしたものがないのよね。
「あたしらはお城より美味しいもの食べてんだね」
「そりゃ、美味しいものを食べたいって熱量が違うからね」
確かに熱量は違うわね。何だかまた新作料理が出来ているっぽいわ。
「豚肉料理、増えたみたいだね」
「ああ。そのせいで高くなっちゃったけどね。でも、羊は安くなったからそっちで美味しいものを作っていくよ」
お母ちゃん、すっかり料理人の思考になっちゃっているわね。お城に行くの、失敗だったかな?
「あ、キャロルさん」
さん付けで呼ばれるほどでもないんだけど、マイゼンさんが家に入って来た。
「お仕事ご苦労様です。繁盛しているようですね」
「ええ。早く建物が欲しいくらいです。今は物置を改造して使ってますからね」
物置、使えたんだ。まあ、雨が降ってないから使えているんでしょうね。
「まだまだ掛かりそうですか?」
「急いでもらっているので秋の終わりに出来ると思いますよ」
それは何より。わたしたちも冬の前にはお友達業も終わるから手伝えるわね。
「そうそう。砂糖を買ってきたので使ってください。これからお城では砂糖の消費量が高まると思うので手に入らなくなると思うんで」
お城でのことを二人に話して聞かせた。
「それはすぐに買い付けに行ったほうがいいですね。今なら他の村に行けば安く手に入れるでしょう」
砂糖、そんなに流通しているものなの? 大きな商会でしか手に入れられないものだと思っていたわ。
「あと、卵も手に入れられますかね? 卵も消費量が上がると思うんで」
タワシは今も元気にしているけど、一匹では産む量も決まっている。これは買ったほうが早いかもしれないわね。
「わかりました。明日、ここに来る前に話をつけてきましょう」
「お母ちゃん、タワシが産んだ卵ある? クッキーの作り方教えておくよ」
「クッキー? 何だい、それは?」
「作ってみるよ」
そのほうが早いしね、一から作って見せた。
「なるけどね。わかったよ」
さすがお母ちゃん。一度見ただけなのに覚えちゃったよ。次に帰って来るときは美味しいものが出来てそうだわ。
「キャロルさん。帳簿を手伝ってもらいますか?」
と、勘定当番のナイセンさんがやって来た。
「わかりました。ティナ、鞄に詰めておいて」
「わかった」
鞄をティナに渡し、仮事務所にしている物置に向かった。
七日前より事務所っぽくなった物置。まだまだ何も揃ってないのがよくわかるわね。
まずは帳簿を見せてもらい、売上を確認した。
「帳簿にすると毎日どれだけ来るかよくわかりますね」
まあ、来る人数にそう違いはないから売上の増減は少ないんだけどね。売上は上々と言っていいでしょうよ。
「屋台もよく売れいるみたいですね」
わたしたちが売っていたときのように二時には終わっているようで、ミリアとロミニーは四時くらいで上がっているそうよ。準備は朝にやっているそうよ。
「そうですね。売上は上々です。もっと売って欲しいと要望がありますね」
「氷とか出せる魔法使いがいれば冷たいものも売れるんですけどね」
わたしの固有魔法が付与魔法なら冷気を付与できるんだけどね。魔法のことも早く学びたいわ。
「今度、冒険者ギルドに尋ねてみますよ」
「お願いします。氷が出せれば飲み物を冷やすことが出来ますからね」
そんな話をしながら今日の売上を計算して、総売上を計算する。
「キャロルさんは、計算が早くて助かります」
「計算出来る人って少ないんですか?」
「簡単な計算なら見習いでも出来ますが、キャロルさんのように暗算でやれる者は一人前になった者でも出来るのは少ないでしょうね」
そうなんだ。まあ、貨幣にもいろいろ種類がある。小銅貨五枚で銅貨一枚。銅貨十枚で大銅貨一枚と、決まっているものもあれば別の国の貨幣も使われたりする。わたしも把握してないので、それぞれの貨幣を分けて計算し、あとはナイセンさんにお任せだ。
「勘定に人手が足りないなら人を雇ってくださいね。勘定当番は必要ですからね」
「ええ。来年には増やそうと話し合っていますよ」
ローダルさんは本当に拡大しようと考えているのね。まあ、これだけ人気になっていれば拡大しようと思うのは商人として当然の反応か。
やっとのことで計算が終わる頃にはお客さんたちは帰っており、従業員が集まって夕食となる。
通いの人たちが帰ったらお風呂だ。
「明日はどうするの?」
「歯ブラシ作りだね。ティナは買い物をお願い」
「わかった。てか、何だか仕事しに帰って来たみたいだな」
本当ね。でも、こんな日々もまたよし、よ。生きているって感じられるんだからね。
休みはあっと言う間に過ぎ去り、夕方徒歩でお城に向かった。
お城で働く人は大半が住み込みだけど、周辺から通う人もいるので、二十四時間開いている門がある。
さすがに素通りは出来ないけど、門番の兵士に名前と役職(本当にお友達係って言うんだから笑っちゃうわよね)を伝え、許可が出たらお城に入った。
帰って来たことを側仕えの方に伝え、マリー様に伝えてもらうようお願いした。
部屋に戻ったらお城用の服に着替え、上に向かった。
側仕えの方々が集まる部屋に行き、差し入れを渡した。側仕えの方々は長期休暇でもなければ休みの日は部屋でゆっくりしたり市場に出るくらい。大半は寝て曜日だそうよ。
「うちで作っている芋餅です。皆さんで食べてください」
お城の食堂では芋餅は出ないし、たくさんいる側仕えの方々に差し入れするには芋餅がちょうどいいのよね。今年も芋が豊作だったからたくさん作ってあったのよ。
「これ、広場で売っているもねよね?」
「はい。うちでやっている屋台です。少しずつ量を増やしているので利用してみてください」
なんて宣伝もしておく。側仕えの方はまだ買いに来てないみたいだからね。
「キャロル、ティナ、帰っていたのですね」
部屋にマリー様が入って来た。ちなみに侍女たちが休む部屋は別にあるそうです。わたしは入ったことないけど。
「はい。何かありましたでしょうか?」
「いえ、そうではないわ。少し時間をもらうわね。来てちょうだい」
断ることは出来ないので「「畏まりました」」と返事してマリー様の後に続いた。
付いて行った先は侍女たちが集まる部屋で、中には侍女たちが数人休んでいた。な、なに!?
「ごめんなさい。あなたに歯ブラシを売って欲しくてね」
あ、歯ブラシね。何事かと思ったわ。
「それは構いませんが、いずれちゃんとした職人が作った歯ブラシがバイバナル商会から発売されますよ。わたしのような素人が作ったものでなくてもいいかと思います」
今日は朝から歯ブラシを作っていたので二十本はある。充分足りるとは思うけど、素人のよりプロが作ったもののほうがいいんじゃない?
「それでは時間が掛かるでしょう。使った者からあなたが作った歯ブラシを使うとさっぱりして歯が綺麗になるそうなのよ」
それ、わたしの固有魔法のせい? やっぱり付与魔法ってことなの? 歯が綺麗に、丈夫に、清潔になることを籠めて作ったから……。
「わかりました。歯が綺麗になることはいいことですしね。どうぞ」
掛けている鞄から歯ブラシを十本出した。
「いくらかしら?」
「銅貨五枚でお願いします」
また作りたいのでちょっとぼったくりさせてもらいます。次は別の毛を使って作ってみたいしね。あ、髪をすくブラシも作りたいわ。そのためにも高めに売らしてもらいましょう。
「そんなに安くていいの? 随分と細かく作っているようだけど」
あれ? 安すぎた? 側仕えってお給料そんなにいいの?
「あ、いや、お世話になっている方々なので……」
「遠慮しなくてもいいのよ。大銅貨一枚でいいかしら?」
大銅貨一枚!? って、どのくらいになるのかしらね? まあ、高額ってことにしておきましょう。
「よ、よろしいのですか? そんなにいただいて……」
「構わないわ。あ、お嬢様の分もあるかしら?」
「はい。元々渡すつもりで持って来ました」
使う使わないは別として、わたしたちが使ってお嬢様が使えないでは立場がないでしょう。一応的にも渡しておけば波風立たないでしょうよ。
「それは気が利いてますね。代金は給金に足しておくよう伝えておきます」
一つではなんので、三本をマリー様に渡した。
「また作ったら売ってね。家族にも送りたいから」
「は、はい。わかりました」
そんなに歯ブラシがよかったのかしら? 今まで使っていたのでも歯は綺麗になっていたはずなんだけどな~。
まあ、大金を手に入れられたんだからよしとするか。旅立つときに充実した装備に出来そうなんだしね。
「にゃ~」
部屋から出ると、お嬢様の猫、ルルが現れた。
「なーに? 何か食べたいの?」
この猫、意外と食いしん坊なのよね。いや、悪食って言うのかしら? 人間の食べるものなら何でも食べちゃうのよね。
「にゃ~にゃ~」
そうだそうだとばかりに頭をこすりつけてきた。
「お前、なんか図々しいな」
ルルを持ち上げたティナがどうなんだとばかりに体を振った。
「にゃ~」
知りませんがな~とトボけたように鳴いた。この子、本当に猫なの? 妖精系の猫なんじゃない?
「ハンバーガー、食べる?」
「にゃ~!」
本当に人間の言葉がわかっている返事をするわよね。
「じゃあ、わたしたちの部屋に来なさい」
仮にもお嬢様の猫。廊下の床に置いて食べさせるわけにはいかないので、わたしたちの部屋に連れて行った。
皿を出してハンバーガーを乗せてあげた。
「にゃにゃ~ん」
「いただきますって聞こえたの、ボクの気のせいかな?」
「ううん。わたしもそう聞こえたわ」
やっぱりこの猫、普通の猫じゃないわ。いや、ファンタジーな世界にいる猫の普通がどんなんだか知らないけどさ。
「前足で持って食べてるよ、この猫」
「あ、ティナにもそう見えるんだ。わたしの目が壊れたのかと思ったわ」
なんなの、この猫は!?
ルルのことは謎だけど、わたしたちはお嬢様のお友達。お嬢様が成長するためにいるのだ。
午前中はお嬢様と一緒に座学。午後はお菓子を作ったり運動に付き合ったりと、これ、友達か? とは思いはしたものの、二週間も過ぎればいろいろ話すような仲にはなれた。
三週間目になると、お嬢様の学習内容が変わった。
「明日から魔法について学んでもらいます」
「貴族社会に魔法って必要なんですか?」
これまで魔法らしい魔法を使っているところなんて見たことないわよ。
「そう必要はないわ。けど、貴族は魔力が多いことが優先されます。ですが、魔力が多いと抑えるのも大変です。抑えるために魔法を学ぶのです」
「確かわたしは魔力判定330だったかしら?」
魔力判定なんてあるんだ。
「はい。貴族としての最低限が200ですね」
え? この世界、インフレ起きちゃう系? わたしの魔力は53万と言っちゃう系なの? 何だかロマンがない世界ね……。
「魔力って計れるものなんですか?」
「ええ。専門の鑑定士がいて計ってくれるのよ。冒険者ギルドにも鑑定士はいるわ」
あー。前に広場に来た魔法使いのお姉さんがそんなこと言ってたっけ。
「わたしたち平民にも魔力はあるんですか?」
「あるけど、平民なら50もあればいいほうでしょうね。たまに100を越える者もいるそうですが」
そういう人が魔法使いになったりするのかもね。
次の日、貴族出の魔法使い──魔導師(と言うそうよ)がお城にやってきた。
年齢はお爺ちゃんってくらいの年齢で、黒に銀の刺繍が入った服を着て、杖ってより錫杖みたいなものを持っていた。
「マリスカ様。ようこそお出でくださいました。サーシャ・コンミンドと申します」
わたしたちも同席しているけど、今日はお嬢様がメイン。わたしたちは口を出すことはせず、生徒の一人としてお嬢様の左右に座っていた。
それは魔導師様にも伝わっているようで、わたしたちがいても怪訝な表情は見せず、生徒の一人として扱っている感じだった。
最初は魔法がなんたるかを口上し、お嬢様の属性を調べた。
魔法にも属性があり、大抵の人は属性を持っているそうだ。
お嬢様は光属性。これは聖魔法とも呼ばれ、回復系や補助系の魔法とのことらしい。貴族に回復系や補助系なんて必要なの? と思ったけど、貴族の世界では使える使えないはどうでもよくて、どんな魔法が使えるかがステータスっぽいみたいよ。
なんじゃそりゃ? と、口から出そうなのを必死に堪えた。
貴族には貴族の価値観があり、平民のわたしがどうこう言う資格すらない。そうなんだと受け取るしかないのよ。
「サーシャ嬢は補助系の魔法が向いていますね」
モノクルみたいなものでお嬢様を鑑定すると、そんなことを口にした。自身の能力で鑑定するんじゃないかーい!
「補助系ですか。どんな補助なんですか?」
「そうですね。能力増加や身体強化ですね。他にも学べば使えるようになるでしょう」
能力増加はいいわね。誰に使うかはわからないけど。
「わたしとしては回復系がよかったですわ。怪我をしても自分で治せますもの」
「補助系が向いているだけで、回復系も使えますよ。練習は補助系より大変ではありますがね」
どう練習するの? と思っていたら羊皮紙的なものを出してお嬢様に渡した。
「これは、ラーカイル。魔法を覚えるための学習陣です。付与魔法の応用で作られたものです」
学習陣? 付与魔法? なんだか奥が深そうな言葉が出て来るわね。でも、付与魔法は魔法を覚えさせることも出来るんだ。覚えておこうっと。
それからは覚えた補助系の魔法を発動させる練習が続き、四日くらいて身体強化の魔法をマスターした。
もちろん、身体強化魔法の練習相手はわたしたち。お嬢様の魔法を受けて身体強化魔法の具合を確認していったわ。
ただ、魔法の、っていうか、魔力を感じることが出来て、自分の中にある魔力を感じられるようになった。
まあ、だからなんだと言われたら困るんだけど、まあ、わたしに魔力があることはわかっただけでも収穫でしょう。ティナも身体強化を使えることがわかったしね。
魔導師様は十日ほど滞在し、以後は自主鍛練を行ってくださいと言って帰って行ったわ。
「伯爵家お抱えの魔導師様っていないんですか?」
お嬢様の鍛練に付き合いながら疑問に思ったことを尋ねてみた。
「いるわよ。でも、お兄様に付いているわ。わたしは嫁ぐ身だから外部から来てもらうのよ」
「嫁ぐんですか? お嬢様は第一夫人のお子様ですよね?」
第二夫人以下の子なら嫁ぐのもわかるけど、第一夫人は本妻みたいなもの。その本妻の子が他家に嫁ぐものなの? じゃあ、誰に嫁ぐんだと訊かれたら答えられないけどさ。
「わたしは第一王子の婚約者候補なのよ」
第一王子の婚約者候補? そんなのがあるんだ。
「コンミンド伯爵家って、そんなに大きい家だったんですか?」
第一王子の婚約者候補になるって、それなりの家じゃないと無理なんじゃないの?
「たくさんいる候補者の中の一人よ。必ず王子の婚約者になるとは限らないわ」
それでも選ばれるんだからコンミンド伯爵家はわたしが思うより大きいんでしょうね。
「わたしは王子の婚約者にはなりたくないわね。王妃とか面倒だわ」
お嬢様らしいセリフだ。この方は、意思が強い。自主自立をよしとする。王妃なんてもの、邪魔でしかないでしょうよ。
別に魔法はそこまで重要ではないようで、お嬢様は、一日一時間くらいしか鍛練しかしなかった。魔力のコントロールさえできたらいいみたいよ。
一番は座学が重要であり、この国の歴史や算数、字の書き取りをメインに学んでいるようだわ。
とは言え、座学ばかりじゃなく、お友達との会話が出来るようにと、おしゃべりする時間も取っているわ。
やはり貴族とは言えど、コミニュケーション能力が高いほうが人間関係を築けると思っているようで、しゃべることも鍛練とされているわ。
おしゃべりはお茶会の練習も兼ねているようで、わたしたちもドレスを着せられているわ。
何とも堅苦しいお茶会で、楽しくもないおしゃべりだけど、これは勉強なのだから真剣にやるしかない。
「世間話も結構大変ですね」
お茶会の練習も終わり、わたしが作ったパウンドケーキを食べながら本当のおしゃべりをして本当の世間話をする。
「そうですね。ですが、それをそつなくこなしてこそ輪を築けて、立場をよくすることに繋がるのですよ」
「わたしにはちょっと苦手だわ」
お嬢様は賢いから覚えも早く、話もわかりやすい。けど、どちらかといえば聞き役が得意ような気がする。普通のおしゃべりではわたしが中心に話して、お嬢様は楽しそうに聞いているからね。
「そうですね。お嬢様は苦手が態度に出るときがあります。それを直していくことが今後の課題ですね」
ふーとため息をつくお嬢様。向き不向きがあるのに貴族だからとやらなくちゃならないとか苦痛でしかないわよね。
「複数人いるときは、一番のおしゃべりさんを見つければいいと思いますよ。おしゃべりさんは、聞いてくれる方がいれば進んでしゃべってくれますから。あとは、所々で話題を振ったり、話に共感したりすれば進んでおしゃべりする必要もないと思いますよ」
「それはいいわね。おしゃべりさんがいないときはどうすればいいの?」
「主催の方の興味の話を振ったり、褒めたりするといいと思いますよ。気分が優れなければ気を使ったりして、相手を思いやるとよい印象を持ってもらえると思います」
前世のわたしではなく、これはキャロルとして持って生まれたセンスだと思う。こんなにおしゃべりじゃなかったしね。
「なるほど。意味もないおしゃべりをするよりそのほうが断然楽しそうだわ」
「お嬢様はわたしを知ろうとしているときは普通におしゃべりしてますし、相手を攻略すると考えたらいいのではないでしょうか? 何を考えているか、何を望んでいるか、どんな話に興味があるか、本人から、周りから、情報を仕入れていく。そうやって相手を攻略していくほうがお嬢様らしいです」
楽しく無駄話を、なんてお嬢様の性格ではない。目的をもって相手を攻略していくってのがお嬢様の性格っぽいわ。
「キャロル。あまりお嬢様を焚き付けないの」
「申し訳ございません」
いかんいかん。また調子に乗りすぎたわ。わたしのダメなところね。歯止めが効かなくなるの。自重をおぼえないと失敗しそうだわ。
「キャロルは本当におもしろいわよね。考え方が突飛すぎてとても新鮮だわ」
「自分でも突飛もないこと言っている自覚があるのでお嬢様は真似しないでくださいね。変わっていると思われますので」
「ふふ。自覚あるんだ。あなたは本当におもしろいわ」
ふふとウソ偽りなく笑うお嬢様。本心から笑うことも出来ないとか、貴族ってよく正気を保っていられるわよね。わたしなら壊れているところだわ。
まあ、お嬢様の気分が和らげられるのならお友達係として本望ってところだわ。偽りの関係を築くための存在にならなくて済むんだからね。
休憩をしながらなおしゃべりが終わると昼食となり、わたしたちは下の食堂に向かった。
お茶を飲んで少したぷたぷなので、パンは鞄に入れて野菜スープだけを食べた。
「何だか肉が少なくなってない?」
相も変わらずよく食べるティナは、お茶でたぷたぷになりながらもすべてを完食していた。
「そうだね。肉の消費が多くなったんだろうね」
「肉が食えなくなるのは嫌だな」
わたしは構わないけど、肉食なティナには厳しいでしょうね。
「じゃあ、次の休みは山に狩りに行こうか? 猪なら冬眠しないし、冬を越えるためにたくさん食べているでしょうからね」
一日あれば猪の一匹でも狩れるでしょう。あとはすぐに解体して鞄に入れておけらば腐ることもないんだしね。
「そうしよう。秋だし、山菜も採れるし」
「山菜ってどんな食べ方するの?」
「うちでは水で溶いた小麦粉を付けて油で揚げてた」
天ぷらあるんかい! どんな世界観よ! いや、漫画かアニメの世界ならあっても不思議じゃないか。
「いいわね。帰るときに油と鍋を買って行こうか」
天ぷらって小さいときに食べたけど、完全に味を忘れている。どんな味がするか楽しみだわ。
「お肉もやってみてもいいかもね」
確か、お肉の天ぷらってあったはず。どんなものかやってみようっと。
「いいね! 美味しそうなのを狩るよ!」
本当に美味しいのを狩るのがティナなのよね。将来はグルメハンターとかになりそうだわ。
でもまあ、それもありかもね。美味しいものが食べられる。それだけで人生が楽しいもんね。
休みは意外と早くやって来た。
何でもお嬢様の母方のお祖父様が亡くなったとかで、急遽、王都に行くことになったそうだ。
さすがにわたしたちを連れて行くなんてならず、急遽休みになったわけだ。
ろくに挨拶も出来ずにお嬢様たちは出発。ただ、ルルをお願いとだけ言われたわ。
「にゃ~」
「あんたはご主人がいなくなっても呑気よね」
わたしが預かってよいものかとナタリア婦人に尋ねたら、構わないとのこと。元々、ルルは自由気ままな猫のようで世話らしい世話はしてないとのこ。勝手に厨房に行って人間用の料理を食べていたそうだ。
「にゃ~」
よろしくとばかりにわたしの足にスリスリしてきた。
「仕方がないわね。わたしたちは狩りに行くけど、離れないようにしなさいよ」
さすがに何かあったらお嬢様に申し訳ない。わたしの固有魔法はほぼ付与魔法っぽい。はぐれてもわかるようルルの位置がわかるようイメージして上着を作ってあげて着させた。
「それはあなたの位置がわかるようにしてあるから脱いだりしちゃダメよ」
毛繕いに邪魔……あれ? あんた毛繕いとかしてたっけ? お嬢様がブラシ(わたしが作ったヤツね)掛けをしているところしか見てないわ……。
「にゃ~」
わかっているんだかわかってないだか。まあ、嫌がる様子もないし、なんでもいっか。
帰る準備をしてお城を出た。
すぐに必要なものを買いにバイバナル商会にレッツらゴー! なにやらいつもより出入りが激しかった。繁忙期ってヤツ?
「キャロルさん。ティナさん。お休みですか?」
忙しいだろうにわたしたちの姿を見つけたレンラさんがやって来てくれた。
「はい。お嬢様の母方のお祖父様が亡くなったそうで、一家総出で王都に行ってしまった」
「それでお城が騒がしかったのですね。旦那様に話して来ます。入り用なものがあったら言ってください。キャロルさんたちを優先するよう伝えておりますので」
慌てることはないけど、重要なことらしくすぐに立ち去ってしまった。
大きな商会ともなると伯爵家とのしがらみもあるのでしょう。他の人に声をかけて欲しいものを買って帰った。
前回から三日くらいしか経ってないけど、我が家が発展著しいことこの上ない。集会所的な感じの建物が完成していた。
お風呂も衝立みたいなものが出来ており、そこに置いた長椅子で五目並べや的当てなんかをしていた。
よくある転生者みたいなことやってんなーとは思うけど、よくあることしか出来ないのが凡人転生者の限界。自慢じゃないけど、オ◯ロもしたことがない。将棋やチェスなんかはそれ以上に知らないわ。
「お帰りなさい。今回は早かったんですね」
ちょうどいたマイゼンさんに迎えられ、お城でのことを話した。
「そうでしたか。かなり長いお休みになるので?」
「そうですね。一月は休みになるかもしれません。なので、わたしたちも一月くらいお友達業も一月延びるかもしれません。下手したら春まで延びるかもと言われました」
秋の間だけってことだったけど、お嬢様がわたしたちを気に入ってくれて、延長してくれって話になったのよ。
まあ、決めるのは伯爵様なのでどうやるかわからないけど、断れないんだからそのときは飲むしかないわ。
「まあ、こちらは調いつつあるので安心してください。利益も出てますし、旅芸人一座とも交渉が始まりました。収穫祭はここで行われる話も出ています」
収穫祭か~。大人たちが騒いでいる記憶しかないけど、ここでやるなら子供たちも楽しめるかもしれないわね。社会勉強だと、お嬢様を呼び出せないかしら? 帰って来ないとなんともならないけどさ。
「それはいいですね。わたしも参加出来るときに備えて準備だけはしておきます」
参加出来ないときはお嬢様に屋台を出して美味しいものを食べてもらいましょう。
「あ、まだお肉の値段が上がるそうですよ。仕入れは大丈夫ですか?」
「それは大丈夫ですよ。ローダルさんが運んでくれますので品切になることもありません」
それなら狩りに行かなくてもいいかな? とは思ったけど、お店用と個人用は分けていたほうがいいでしょう。お友達としてのお給料は家に入れてないんだからね。
日帰り宿屋としての稼ぎからお母ちゃんたちのお給料は出している。そこにわたしたちが稼いだお金を入れると、お友達業も日帰り宿屋の仕事になってしまう。それだと他の商人からよく思われないそうだ。
何かを言われないためにもわたしたちが稼いだお金は入れないほうがいいとなったのよ。
「わたしたち、山に狩りに行きますね。お城に入るお肉も高くなってあんまり食べれなくなったんで」
「そうですか。気をつけてくださいね」
わたしたちが冒険者になることはマイゼンさんも知っていること。危険な商売であることも知っていること。狩りの一つも出来なくては冒険者なんてやってられない。なりたいと言うのだから止めることはしないのでしょうよ。
「しばらく山で野宿すると思うんで、台所借りますね」
そこはお目こぼしを、ってことで当分の食事を作ることにした。
「お母ちゃん、砂糖は買えている?」
朝から晩まで厨房で働いているお母ちゃん。本人は満足そうだけど、やはりもう一人は本格的な料理人は欲しいところよね。おばちゃんたちも毎日来れるわけじゃないんだしね。
「大丈夫だよ。必要なら使って構わないよ」
「ううん、大丈夫。お城ではお嬢様用のお菓子はわたしが作っているから砂糖はもらえるから」
研究用として使わしてもらっている。ほんと、太っ腹な伯爵様で助かるわ。
まだ暗くなるには時間があるので猪がいる山の麓まで移動した。
そこは冒険者が山に入る前の野営地とかでいくつかのパーティーが野営の準備をしていた。
中にはわたしたちくらいの男の子もいて、年齢は割りと低めな感じだった。
「冒険者って若い人しかいないよね」
「若いときにしかやれないってことでしょう」
確かにそうかもね。命を懸ける職業だし。
「わたしたちも野営の準備をしようか」
ここはもう安全な家とは違うので、夜は交代で眠りにつかなくちゃならない。
夜に眠り、朝に起きる生活をしていた者には辛いけど、これができないと冒険者は勤まらないと言う。今から慣れていくしかないわ。
「ティナ。先に寝る? あとにする?」
「あとにする。狩りに影響するから」
「わかった。わたしが先に寝るね。食事は好きなときにしてね」
お城で少しずつ作った寝袋を鞄から出した。
わたしの固有魔法が付与魔法だと証明するように、完成してから寝袋に温度適温、柔らかさ固定、防御力を籠めながらわたしが思うとおりの寝袋となった。
まあ、部屋の中で試したからすべてがすべてわたしの思いとおりかと言えばまだわからないけど、その試しが今。自らの体で確めましょう、だ。
寝袋に入ると、ルルまで入ってきた。
「にゃ~」
「あんたはにゃ~と鳴けば許されると思ってんの?」
猫と犬に触れてこなかったから可愛いという感情は湧いてこない。と言うか、なんかルルを可愛いとは思えないのよね。なんかふてぶてしいしね。
まあ、だからと言って嫌いというわけでもないので寝袋に入れてあげた。
「あんたも眠ったら見張りしなさいよ」
出来るとは思えないながらも注意して眠りについた。
寝袋に安眠の効果は乗せてないけど、柔らかくて温かいとぐっすり眠れるもの。気持ちよく真夜中に起きられた。
「おはよ。何かあった?」
「何もない。平和なもの」
何か素っ気ないけど、ティナが何もないっていうならそうなんでしょう。
「じゃあ、ティナは朝まで眠っていいよ」
寝袋は一つなので交代して眠ってもらった。
薪はたくさんあるので絶やさないようにくべ、鉈を持ったまま見張りを始めた。
「にゃ~」
いつの間にか寝袋から出ていたルルが暗闇から現れた。トイレかな?
「ルル、芋餅食べる?」
「にゃ~」
たぶん、食べたいって鳴いたのだろうと串に餅芋を刺して火にかけた。
「肉は朝になってからね。匂いを立てると周りに迷惑だから」
寝る前にチラっと見たけど、料理をしているパーティーはなかった。ってことは保存食を食べただけでしょう。そんな中で肉の匂いを立てたら嫌がらせでしかない。
これから狩りをするのに問題を起こしてらんない。今は芋餅で我慢しておきましょう。
「芋餅も結構匂いが立つわね」
マー油を絡めているから匂いが結構立つ。夜中にこれは凶器かもね。朝になったら売ることも考えておくべきかしら?
若い冒険者とは言え、お金は持っているはずだ。三つで銅貨一枚なら買えるでしょうよ。
「にゃ~」
「はいはい、熱いから気をつけるのよ」
猫舌とはこの世界の猫には関係ないのでしょう。湯気が立つ芋餅をパクパク食べているわ。
わたしも一串食べ、鍋で沸かしたらお城でもらった紅茶を淹れ、牛乳と砂糖を入れて飲んだ。
「何度飲んでもミルクティーを飲んでいるのかカフェオレを飲んでいるのかわからなくなる飲み物よね」
ルルにも出してあげると、ペロペロと飲み始めた。
食事も終ると長い夜が始まる。
見張りなんだから辺りにも警戒しなくちゃならない。時間潰しに何かするわけにもいかない。野宿の辛さがよくわかるわ。
「ルルがいてくれてよかったわ」
わたしの膝の上で丸くなるルルを撫でる。見張りの役には立たないけど、野宿のお供にはちょうどいいかもね。
ゴロゴロと喉を鳴らすルル。そこは猫なのね。
「あなたがしゃべれたらいいのにね」
そしたら長い夜も寂しくないのに。ファンタジーな世界の猫ならしゃべれるくらいなりなさいよ。
すっと体から流れていく感じがしたけど、これと言って力が抜けることも気分が悪くなったこともない。気にせずルルを撫でた。
「ちょっとおしっこしてくるね」
「気をつけてね」
ルルを下ろしたら女性の声がした。
………………。
…………。
……。
ん? 誰の声? 幽霊? いや、ティナが起きたの?
ティナを見るけど、ぐっすり眠っている。え? 気のせい? うん、気のせいね。おしっこおしっこ。
すっきりして戻ってきたら薪をくべ、座り直したらルルが膝の上に上がってきた。
「膝の上がそんなにいいの?」
「女の子の膝の上は気持ちいいのよ」
………………。
…………。
……。
深呼吸を三回。事実に目を向ける覚悟を決めた。
「ルル、しゃべれたの?」
「ん? しゃべれたの?」
ルルが起き上がってわたしを見た。
「……わたしの言葉、わかるの……?」
表情がないので変わったりしないが、驚愕しているのは痛いほどわかった。
「うん。わかるみたい」
お互い驚愕に襲われたせいか、見詰めあったまま動くことが出来なかった。