この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 よかった。ゾウさんとこんにちは! とはならなかったわ。

「ティナって何歳なの?」

「十一歳。冬の終わりに産まれたって聞いてる」

 わたしは春生まれで十歳。一歳年上だったんだ。見た目は同じくらいなのに。栄養が足りてないのかしら。胸もぺったんこだし。

 服はわたしの替えを着てもらい、着ていた服は石鹸水に一晩浸けておくとする。

 あんちゃんが帰ってきて行商人の弟子となったお祝いと、お別れ会を行った。

 涙の別れ、とはならず、いつもより多い夕食を食べた程度のもの。喜びも悲しみもあったものじゃない。お父ちゃんもお母ちゃんもそれでいいの?

「おれも家業を継がず、ローザと一緒になってこの村に来たからな。お前たちもやりたいことがあるなら好きにしていいんだからな」

 長男は家を継ぐもの。女は嫁に行くもの。そんなのはうちにないようだ。

「わたし、旅してみたいかな?」

「旅? 冒険者になりたいのか? 冒険者は危険だと聞くぞ」

「危険なことはしないわ。ただ、いろんなところを見て回りたいだけだよ」

 こうして健康な体に生まれ変わったのだ、前世の分もしっかり生きて、世界を見て回りたいわ。

「まあ、キャロがしたいなら止めはしないが、冒険者にはなっていたほうがいいぞ。札を持っていると他の町に入っても面倒がすくないって言うしな」

「ああ。冒険者になれば身分証にもなるし、ギルドから仕事も受けられる。なっていて損はないぞ。おれも旦那から冒険者になっておけって言われたからな」

 行商人でも冒険者になっていたほうがいいんだ。

「それと、ちゃんと強くなっておけよ。女は襲われやすいからな」

 そっか。法律があった世界でも襲われるんだから、こんな法律があるんだかわからない時代では強くなっておかないとダメよね。自分の身は自分で守れだ。

 あんちゃんから冒険者のことを聞き、夕食が終わればベッドに入った。

 一人一部屋なんてない。寝室は皆同じ。わたしはお母ちゃんとお父ちゃんと寝てたけど、さすがにティナもは無理なので、あんちゃんがベッドを譲り受けくれた。

「土の上で寝るなんていつものことだし、これからはそんな生活なんだ、気にせず使え」

 あんちゃんイケメン! 無事、行商が出来るようミサンガを暗闇の中で編み、次の朝にプレゼントとした。

「精一杯の幸運を詰め込んでおいたわ。無事に帰ってきてね」

「ああ、ありがとう。ずっとしているよ」

 そう言って、あんちゃんが家を出て行った。

「……いつか、家族はバラバラになるものなのね……」

 いつまでも皆仲良く暮らしました、なんてない。それは前世で学んだことた。

「……キャロル……」

 ティナがわたしの手を握ってくれた。

 そっか。ティナも家族と死に別れたんだったわ。わたしより酷い別れをしているんだ、ただあんちゃんが旅立ったくらいで悲しんでいられないわね。前向きに行かないと。

「さて。わたしたちも仕事をしましょうか」

 あんちゃんの人生はあんちゃんのもの。わたしはわたしの人生を生きるとしましょうかね。

「仕事ってなにするの?」

「まずは水汲みね。ティナのところはどうしてたの?」

「小川から汲んでた」 

 ティナが住んでいたところは山の中で、水は小川から汲んでいたそうよ。

「力あるのね」

 井戸は初めてと言うから試しにやってもらうと、軽々しく水の入った桶を引き上げていた。

「いつもは桶二つを持って水汲みしてたから」

 見た目は清楚系の金髪お嬢様なのに、パワー系なのかしら? 

 桶をひょいひょいと引き上げ、ほいほいと運んで行った。

 わたしも結構力持ちかと思ったらそうでもないみたい。普通だったようだわ。

 五分もしないで終了。わたしの立場がナッシング~。

「これで終わり?」

「う、うん。あとは朝食を食べてからだね。せっかくだからティナの髪を洗いましょうか」

 昨日は夕方で冷えてきたから止めたけど、今日は天気もいいし、竈を使われる前に使っちゃいましょう。

 マー油を作るためにおばちゃんたちが薪を持ち寄ってくれたので、薪が結構あるねよね。

「あ、ティナがいたらお風呂が作れるかもしれないわね」

 このパワーがあればそう難しくないはず。諦めていた夢が叶うわ!

 竈に大壺を掛け、水はティナに運んでもらい、わたしは小枝と薪を放り込んで火をつけた。

「ティナって魔法は使える?」

「うん。身体強化魔法が使える」

 なぬ? 身体強化魔法とな!? どんなもの! とお願いしたらわたしをひょいと持ち上げた。

「キャロルなら四人くらい大丈夫だと思う」

 し、身体強化魔法スゲー! 魔法スゲー!

「いいな~。わたしも魔法使いたいな~。早く冒険者ギルドで魔力があるか調べてもらいたいよ」

「キャロル、魔力ならあるよ。それもかなり多い」

「え? ティナ、わかるの?」

「うん。あるってくらいなら」

 マ、マジか!? わたしに魔力があったんだ! やったじゃん! お父ちゃん、お母ちゃん、わたしを産んでくれてありがとう!

「どんな魔法が使えるの?」

「そこまではわからない。鑑定魔法で調べないと」

 鑑定魔法? そんなのがあるの? それまではどうやって調べていたの?

「ボクは小さい頃調べてもらったって聞いた。あ、冒険者ギルドでもお金を払えば調べてくれるって聞いたことがある」

 冒険者ギルド、か~。

 まあ、まだ冒険者ギルドには行けないのだから、使えるその日に向けて魔力増幅に力を入れるとしましょう。
 ティナのお陰で薪を集めが三回の往復で完了してしまった。

 身体強化魔法のお陰でもあるんでしょうが、長年鍛えてきた技が木を伐るのも難なく倒せたし、均等に切ることも鮮やかだった。

 運ぶのもわたしの倍は積み上げ、これまた難なく家まで運んでしまったのだ。

「ティナがいてくれて本当に助かるわ。いっぱい働いてくれたからいっぱいたべてね」

 魔法も使うとお腹が空くようで、わたしの倍は食べている。リアルファンタジーは夢がないわよね。

「肉がなくてごめんね。籠が売れたら買うから」

 市場で売ってこいと言われているけど、早くお風呂に入りたいから後回しにしちゃったのよね。泥煉瓦を乾かしている間に行くとしましょうかね。

「弓矢があるなら鳥を狩れるよ」

「え? ティナって狩りも出来るの?」

 どこまで優秀じゃないのよ。パーフェクトヒューマンか?

「大物は無理だけど、鳥ならよく狩ってた」

 鳥、か~。鳥肉ってどんな味したっけ? 前世で食べたかも記憶にないわ。

「弓か。じゃあ、作ってみるわ」

 形はわかるし、矢も竹で作れる。風切り羽根はタワシのがある。試行錯誤を繰り返せば作れるでしょうよ。

「キャロルって器用だよね」

「それしか取り柄がないからね」

 まあ、知識や技術がないから試行錯誤を繰り返していいものに近付ける。今のキャロルには根気が加わった。いいものを作るまでめげたりしないわ。

「弓にはどんな木がいいかわかる?」

「鳥射ち用の弓なら材質は特に問わない。下手に強力にすると吹き飛ばしちゃうから」

 確かにティナの力で射てば熊でも殺せそうだ。それなら竹でいいかもしれないわね。

「じゃあ、ティナは泥集めしてくれる? わたしは弓矢を作るから」

「わかった。任せて。ボクも肉食べたいし」

 狩りで暮らしてたようで、食事にはいつも肉が出てたそうだ。

 と言うことで仕事を分担することにし、わたしは竹林に。ティナは泥あつめをした。

 また市場に行けなくなったけど、薪代が抑えられ、収穫期もまだ先。そう慌てることはないと弓矢作りに集中した。

 一メートルくらいの長さにして、竈で炙りながら曲げていき、馬小屋に落ちていた尻尾の毛で編んだ糸を張った。

 ビローンビローンと糸を鳴らし、張りの具合を音で確かめた。

 いい音になるまで糸の長さを調整。あ、尻尾の毛でギターとか作れるんじゃない? って、今は弓矢に集中しましょうっと。

 矢は簡単だ。ナイフで削っていき、風切り羽を松脂でくっつけ、尻尾の毛で固定した。さすがに鉄の鏃は用意できないんで、ハンマーで石を砕き、石で研いで鋭利にした。

「……キャロルの集中力、どれだけよ……?」

 石の鏃を五個作った頃、ティナが帰って来た。

「お疲れ様。早かったね」

「もう夕方だよ。泥集めも五往復したよ」

 ティナの視線の先に泥の山が出来ていた。あれ? いつの間に夕方に? まだお昼前だと思ってたのに。

「どおりでお腹が空いていたわけだ」

 何か鳴っているな~とはうっすら思ってたけど、腹の虫が鳴いていたのね。

「ティナ、弓矢の具合を確かめて。わたしは、お母ちゃんに何か食べるものもらってくるから」

 蒸籠を作ったから蒸かし芋を作れるようになったので、オヤツ用として作ってあるのよ。

 冷めた芋の皮を剥き、塩を掛けていただきます。うん、美味しい美味しい。

「ティナ、どう?」

「まあまあかな。でも、鳥なら問題ない」

 まあまあか。まだまだ改良の余地はあるってことね。

「矢は五本しかないけど、大丈夫?」

「大丈夫。一発で仕留めるから」

 わたし、失敗しないので、ってヤツかしら?
 
「じゃあ、明日は狩りをお願い。わたしは泥をこねて煉瓦を作るから」

「また集中しすぎないでね」

「わかったわ」

 なんて返事もどこへやら。またお昼を忘れて煉瓦を作ってしまいました。

「……キャロルを一人にするとダメね……」

 返す言葉もない。わたし、集中すると我を忘れるタイプみたいね……。

「あはは。で、狩りはどうだった?」

 と、首を切り落とした鳥(ガチョウ? カモ? なに?)が三匹、背負い籠に入っていた。

「凄いね! どこで狩ったの?」

 この近くに川なんてあったっけ? 池ならあったけど。

「薪を集めに行った山に沼があったからそこで狩ってきた」

 沼? そんなのがあったの? 全然わからなかったわ。

「ティナは捌けるの?」

「いつもやってた。すぐに捌く」

 井戸に向かい羽をむしると、パッパッパと捌いていった。職人かな?

「あ、骨は捨てないで。それで出汁を取るから」

 鶏ガラで出汁が取れたら料理にコクが出せるはずだわ。まあ、コクがどんなものか知らないけどさ。

「お母ちゃんに調理してもらいましょうか」

 唐揚げを食べてみたいけど、唐揚げの作り方なんてうっすらとしか記憶にない。てか、唐揚げ粉ってどう作るの? 小麦粉じゃダメなのかな?

 料理に覚醒したお母ちゃんは、マー油を発展させたロー油(ローザの名前から取ったそうよ)にしばらく浸けて油たっぷりのフライパンでじっくり焼いてくれた。なんでも野生の鳥は熱しないとお腹を壊すんだってさ。寄生虫でもいるのかな? 

 ……わたしのお腹よ、丈夫になーれ……。

 お腹に強くなる呪文をかけた。あ、皆にも呪文をかけておこう。

 お父ちゃんが畑から帰ってきたら夕食だ。

「鳥、美味しい!」

 こんな味していたのか! 感動なんですけど!

「ティナ、ありがとうね! とっても美味しいよ!」

「ほんとだよ。ティナのお陰で肉が食えるんだからね」

「ああ。いい子がうちに来てくれたもんだ。いっぱい食えよ」

 お母ちゃんもお父ちゃんも大満足。ティナの両親や婆様には申し訳ないけど、うちに来てくれて本当にありがとう!

 照れながらも満更じゃないティナ。ほら、たくさん食べなさいよ。
 朝食を食べたらお昼のお弁当を包み、市場で売るためのものを背負子に積み込んだ。

 ティナには籠や笊を棒に下げてもらい出発する。

「雨が降らないといいわね」

 今日はちょっと曇り空。天気予報もないから不安だわ。

「うん。でも、最近降ってないから降って欲しいっておじ様が言ってた」

 何気に様呼びが上品な響きのよね。本当はいいところの出なのかな?

 市場は前に来たときと同じくらいの感じで、兵士さんに今日売る籠と竹水筒を渡して市場に入った。

 蓙が敷かれたほうに向かい、左右に店を出してない一角で商売することにした。

「市場、か。ちょっと緊張する」

「わたしも最初のときは緊張したわ」

 それ以上に楽しみもあったけどね。

 蓙を敷き、売り物の籠や笊、竹水筒、そして、矢を並べた。

「買いにくるかな?」

「どうだろうね? まあ、のんびりやりましょう」

 珍しいものを売るわけじゃない。売れなくても仕方がないものばかりなんだから意気込まず、のんびり待つとしましょうか。

 まあ、ただ待つってのも暇なので、石の鏃を削るとする。

 ある程度形は出来ているので、砥石で研ぐだけ。ただ、水をちょくちょく汲みに行かないとならないのが面倒だけどね。

「……キャロル、暇……」

 水汲みから帰って来ると、ティナが泣き言を口にした。いや、表情でも語っているわね。

「暇なら市場を見てきてもいいわよ。わたしが見てるから」

 誰一人として見に来る者はなし。二人でいる必要はないわ。まあ、わたしは鏃を研いでるだけなんだけどね。

「キャロルがいかないならいい」

 何気に人見知りなところがあるティナ。山奥で暮らしてたからコミュニケーションの取り方がわからないんでしょうね。

「じゃあ、ちょっと遊びましょうか」

「遊び?」

「そうよ」

 わたしたちの前に店を開いている人はいないので、三メートルくらい離れた場所に円を描き、四重丸にした。

「石がないし、矢を使いましょうか」

 万が一のときのためにティナに弓矢を持ってきてもらっている。

 ちょうど矢は六本。三本ずつ分け、まずはわたしが円に向かって矢を投げてみる。要はダーツね。

「丸の真ん中に当てたほうが勝ちよ。ティナ、やってみて」

 ちなみにわたしの矢は円から外れました。

「わかった」

 ティナはひょいって投げると、円の中に入った。さすがね。

 何回かやると、ティナは二重丸の中に刺せるようになった。わたしは円の中に入ったり入らなかったりね。わたし、ノーコンやん。
 
「わたしじゃティナに勝てないから左でやってよ」

「わかった」

 それでもティナのコントロールは凄いもので、三重丸の中には入っていて、わたしが勝てることはなかった。

「ティナは矢の後ろのほうを持って投げてよ。全然勝てないっ!」

「……仕方がないな……」

 それでどっこいどっこいになり、やっとこさわたしが勝てた。

 なんてことやっていたら人が集まり出し、おじちゃんがやらして欲しいと言ってきた。

「じゃあ、小銅貨一枚ね」

 ここはお金を取るところだと思って言ってみたらおじゃんがすんなり小銅貨を一枚払ってくれた。

「ティナ、相手してあげて。おじちゃん。ティナに勝ったら小銅貨は返すよ」

 勝負のほうが燃えるはずだとティナに相手させることにした。

「よし、いいだろう。嬢ちゃん、勝負だ」

「三本勝負で一番真ん中に当てたほうか勝ちだからね」

 おじちゃんとの勝負はもちろん、利き手でやったティナの勝ち。

「もう一勝負だ!」

 勝負魂に火が点いたようで、小銅貨を一枚出してきた。

 それから三度、勝負を挑んできたが、ティナには勝てず仕舞い。怒るかな? と心配したけど、やりたい人が出てきておじちゃんを押し退けた。

「次はおれだ。ほら、小銅貨一枚な」

 そのおじちゃんも三回勝負したけど、ティナには勝てず仕舞い。ただ、結構いい勝負だった。

「おじちゃん、上手いね! ティナに勝ちそうだったじゃない!」

 下手に機嫌を損ねられても困ると、おじちゃんを煽てた。

「まーな。これでも昔は冒険者をしてたんだぜ」

「どおりで強いわけだよ! 練習されたらティナも危ないよ!」

 わたしの煽てに満更でもないようで、鼻の穴を大きくしていた。チョロいな、このおじちゃん。

「次はおれにやらせてくれ!」

 そこからは三番勝負にして、ティナと競わせた。

 お昼を過ぎても挑む人はやってきたので、別の人との勝負を勧め、矢を銅貨一枚で売ったら即完売。もっと作っておくんだったよ。

 ただ、人が集まると、なぜか他の物も買ってくれる不思議。すべてを完売してしまった。

 小銅貨三十八枚。銅貨十四枚になってしまった。わたし、商売の才能があったりする?

 なんてね。儲けたとは言え、物語の転生者からしたら雑魚みたいなものね。リバーシ、わたしやったことないし。

「ティナ。お肉買って帰ろうか」

 この世界でお金持ちになるより、美味しいものを食べるためにお金を使いたい。わたしは花より団子な女の子なのよ。

「うん。豚肉食べたい!」

 鳥には鳥の美味しさはあるけど、やはり豚肉のほうが食べ応えがある。明日の分も買うとしましょうかね。うふふ。
「お母ちゃん、たくさん売れたよ!」

 市場で稼いだお金をお母ちゃんに渡した。あと、豚肉もね。

「どんだけ売れたんだい? そんな大したものなかっただろうに」

 矢での遊びがウケたことを説明したら、何とも言い難い顔をした。

「……そうかい。まあ、よかったね。稼いだ金はあんたらで使いな。そのうち必要になるだろうからね」

「いいの? うち、大丈夫?」

「大丈夫だよ。そこまで貧乏じゃないし、二人がよく働いてくれるからね。好きなものを買いな」

 お母ちゃんがそう言うのでティナと山分けとする。

「ボク、よくわからないからキャロルが持ってて」

 まあ、何か買うってこともないし、欲しいってものもないので、わたしが預かることにした。

「明日は泥煉瓦を焼くとしましょうか」

 まだ秋の収穫には早い。それまでにお風呂を作っちゃいますかね。

 次の日から泥煉瓦焼きを始め、焼き上がるまでは矢作りをし、ティナは狩りに出かけた。

 焼き上がった煉瓦を並べ、接着剤として泥と灰を混ぜたものを使い、丁寧に組んでいった。

 二人用のお風呂なので泥煉瓦を二百個以上必要とし、また川に粘土を集めに行かなくちゃならなくなってしまった。

 水が漏れないよう内側を塗りたくり、中で火を焚いて乾燥させる。

「随分と大きい竃だね。鹿でも煮込むつもりかい?」

 お母ちゃんが来てそんなことを言ってきた。

「お風呂だよ。お湯を沸かして入るの」

 説明したじゃない。お風呂に入る文化がないから奇妙な顔をされたけどね!

 約十日のがんばりにより、お風呂が完成した。

 サバイバル動画で数回観ただけなので、これでいいのかはわからないけど、下から火を焚けば沸くはず。ダメなときは石を焼いて水に入れたらいいわ。

 ボタン一つでお湯が出ない時代はこんなにも大変なのね。やる気と根気がなければ最初の一日で挫折していたでしょうね。

 井戸から水を汲み、湯船に溜めるだけで汗だくだく。夏にやったら死ねるわ。

 お風呂に入る前に水浴びをするとはこれ如何に。一休さんでも説破《せっぱ》は出ないでしょうよ。

「あー気持ちいい」

 誰もいないし、恥ずかしがる体でもないのですっぽんぽんで涼み、体が冷めたら服を着た。

「服も作らなくちゃならないか」

 麻のシャツに麻のスカート。革の靴。貫頭衣のようなものよりマシだけど、質素なものには違いない。これで山に入ったりするのは心もとないわ。お金を貯めて冒険者のような装備にしないとね。

「──裸で何しているの?」

 おっと。ティナが帰って来ちゃったよ。

「あはは。汗かいたから水浴びしてたの。今から水を沸かすね」

 急いで服を着たらお風呂に薪を入れて火を起こした。

「ちゃんと沸くかな?」

 泥煉瓦を燃やして水を沸かす。動画では観たけど、実際、これでいいのかはわからない。煉瓦を組み立てるのも接着したのもうろ覚えだ。これで失敗したら笑い話だわ。

 まあ、わたしの人生は始まったばかり。失敗するのもまたよし。成功するだけが人生ではないわ。

「そう言えば、狩りはどうだったの?」

 毎日のように鳥を狩ってきたのに今日は手ぶらじゃない。いなかったの?

「ポロプが生ってたから狩りは止めて、こっちを採ってた」

「ポロプ?」

 ってなんぞや? って見せてもらったら黄色い果実だった。

「実は酸っぱいけど、蜂蜜に漬けると美味しい」

「蜂蜜はどうするの? 買うの?」

「巣を採って搾る」

 まさかの現地調達でした!

「さ、刺されるんじゃないの?」
 
 この世界の蜂がどんなものか知らないけど、刺されたら死んじゃうんじゃないの? アナなんとかで?

「大丈夫。採り方は知っているから。キャロルは壺と布を用意して」

「わ、わかった。あとで詳しく聞かせて」

 まずはお風呂だ。

 お湯が沸いたらすのこを入れる。直接は熱いかもしれないからね。

「ティナ。先に入っていいわよ。あ、でも、入る前に体を洗ってからね」

 ちゃんと洗うとき用のすのこも用意しておりまっせ。

 お互い、体を拭き合っているので恥ずかしいもない。ティナがスッポンポンになったら桶でお湯をかけてあげ、藁タワシに石鹸をつけて背中を洗ってあげた。前は自分でやってもらいます。

「はい。お湯に入っていいよ」

 さっき水浴びしたけど、火を焚いて煙たくなった。この日のために石鹸を作り、お風呂を作ったのだ、入らないって選択肢はないわ。

 服を脱ぎ、お湯をかけて石鹸をつけた藁タワシでゴシゴシと洗った。

 ……自分で洗うなんていつ以来だろう……?

 前世のわたしが死ぬ一年前からお風呂には入れず、ずっと看護師さんに拭いてもらう日々だった。こうして体を洗うだけで楽しいわ。

「背中、洗うよ」

 ティナが湯船から出てきてわたしの背中を洗ってくれた。

 背中の洗いっこ。漫画ではよく観たけど、こうして自分で体験すると体の奥がくすぐったいものよね。

「はい、終わり」

「ありがとー。じゃあ、次はわたしがティナの髪を洗ってあげる」

 石鹸での洗いになっちゃうけど、灰で髪を洗うよりはマシだ。やはり輝きが違うのよね。

 本格的に洗うと体が冷めちゃうので、さっと洗って湯に浸かった。

「お風呂、いいものだわ」

「うん。ボク、お風呂好きかも」

 夕暮れ時。二人で太陽が山に隠れるのを眺めながらお風呂を堪能した。
「何やってんだい?」

 そろそろ上がろうかと思っていたら、お母ちゃんがやってきた。

「お風呂だよ」

「貴族みたいなこと言い出したと思ったら、本当に作っちまったのかい?!」

 もう五日くらい作業してたのに、見てなかったの? いや、水瓶を三つに増やしたから井戸のほうに来る必要はなかったっけね。

「お母ちゃんも入る? 気持ちいいよ」

 お風呂文化がないから入らないかな? と思ったけど、お母ちゃんはノリノリ。服を脱ぎ出した。

「あ、入る前に体を洗ってよ」

 わたしたちは充分入ったので、お母ちゃんの背中と髪を洗ってあげ、湯に入ってもらった。

「気持ちいいねぇ~」

 全然抵抗がないわね。お湯に入り慣れてないと抵抗感があるとかテレビで観たときがあるんだけどな~?

 わたしたちは布で体を拭き、服を着る。涼む椅子が欲しいところよね。

「何してんだ?」

 と、次はお父ちゃんがやってきた。そろそろ収穫期だから遅くまで畑仕事をしているのよね。何しているかは知らないけど。

「キャロが風呂を作ったんだよ。ガロスも入りなよ」

 なんだろう。両親が一緒にお風呂に入るって、なんか微妙な気持ちになるわね。あや、中睦まじくていいんでしょうけど、ちょっと見ていられないわ。

「二人でゆっくり入りなよ。夕食はわたしたちで用意するからさ」

 ティナの手を引いてお風呂の前から立ち去った。

 それからのことはあえて語ることはしません。ただ、うちではよくお風呂に入るようになり、おばちゃんネットワークで入りにくる人が増えてしまった。

「薪が追い付かないわ」

 一日八人から十三人が入りに来るので薪の消費がハンパない。蜂蜜採りに行けないじゃないのよ。

 ティナと二人、木を伐っていい場所に来ているけど、家から約三キロも離れ、一日分の量しか運べない。そのせいで明るいうちの大半を使うことになっているのよ。

「馬とか欲しいね」

「そうだね」

 ティナの言葉に答えたものの、馬は高い。あんちゃんも小さい頃からお金を貯めて、死にそうな子馬うのが精一杯だった。

 何とか世話をして育ってたけど、エサ代を稼ぐのも大変だった記憶があるわ。

「こういうときこそアイテムボックスの出番なのにな~」

 ゲームのようなものじゃなくてもこの鞄がアイテムバッグになって……え? 木が入っちゃったわよ!?

 ヤケクソ気味に五十センチくらいの木を入れたら鞄の中に入ってしまった。

 いやこれ、納屋に放置してあった鞄だよ? うちの家宝でもなければじいちゃんが使っていた鞄だよ? なんの仕掛けもなかったものだよ? 何がなんだっていうの? 小人が気紛れで魔法の鞄にしちゃったの?

 もう一本入れてみたらすんなり入ってしまった。

「……マジか……」

 鞄に手を突っ込んでみたら木を出すことが出来た。

「……マジか……」

 何がなんだかわからないけれど、この鞄はアイテムバッグ化している。それは事実。なら、まずはこの鞄の容量と性能を調べる必要があるわね。

 伐った木を入れていくけど、伐った木をすべて入れてしまって確認しようがなかった。

「キャロル、どうしたの?」

 どうしたものかと考えていたら木を伐っていたティナがやってきた。

「それ、キャロルの魔法じゃない?」

 これこれしかじかと説明すると、 ティナがそんなことを言った。わたしの魔法?

「魔法には固有魔法ってのがあって、たまにそれを使える者がいるらしい。かあ様も聖魔法が使える人で、どんな怪我や病気を治せた。でも、固有魔法は自分にかけることはできないみたいで、病気で死んじゃったんだ」

 固有魔法なんてものがあったんだ。

「魔法も万能じゃないんだね」

「うん。だからとお様は病気にならないよう体を鍛えておけって、いつも言ってた」

 鍛えた結果がこの健康優良児体を生んだのか。もう健康魔法って固有魔法を持ってるんじゃないの?

「わたしの固有魔法って何かな?」

「わからない。固有魔法はいろいろあるから。冒険者ギルドで鑑定してもらうといいんじゃないかな?」

 鑑定とかもあるんだ。なら、魔力を測る謎水晶とかあるのかな? わたしが触ったら爆発しちゃうとか? いや、ないか。魔力がわかるティナが驚いていないんだからね。

「とにかく、この鞄にたくさんものが入れるようになったわ。たくさん木を入れるとしましょう」

 まずは木を集めることに集中しよう。お風呂にくべる薪はいくらあっても困らないし、麦の収穫が始まる前に蜂蜜を採りに行きたい。ポロプも早くしないと落ちちゃうって言うしね。

 ティナががんばって木を伐り、わたしが木を集めて鞄に詰めた。

「どんだけ容量があるのよ?」

 もう帰らないと暗くなるまで木を詰め込んだのに、いっぱいになる様子がない。チートか? わたしの固有魔法はチートなのか? わたしツエェェッが始まっちゃうの?

「キャロル。そろそろ帰らないと暗くなる。鞄のことは帰ってから考えよう」

「それもそうね」

 まだわたしの力かどうかもはっきりしてないし、固有魔法が何なのかもわかっていない。今は暗くなる前に帰ることを優先しましょう。ここは山の中。獣が出たらわたしたちに勝てる手段はない。明るいうちにさっさと帰るとしましょうかね。

 さすがに野宿する場所まで戻るのも面倒なので、近場の小川を見つけ、そこで石を集めて竈にし、枯れ葉や枯れ枝を集めて火を焚いた。

「そのまま食べるの?」

 マコモを枝を削った串に刺すティナに尋ねた。

「うん。焼いて食べるのが一番マコモを感じられる。美味しく食べるなら塩かな?」

「じゃあ、わたしは塩をかけて食べるわ」

 まずは美味しく食べさせてもらいます。

「ボクはそのまま食べる」

 塩をかけたのはわたしが焼くことにし、いい感じに焼けたら口にした。

「……美味しい……」

 焼ける匂いもよかったけど、食べるとさらに香りがよかった。さらに味もよかった。なんと表現していいかわからかいのが残念だ。これが金貨で取引されるのも頷ける。

「なぜこれで皆採らないの?」

「生臭いし、この辺は毒キノコが多いから採らないんだと思う。これまで食べたことないでしょう?」

「言われてみれば確かに。それに、道端になるものは食べるなって言われたかも」

「毒草が多い地だから食べないほうがいい」

 そうだったんだ。帰ったらティナから食べられるものと食べられないものを教えてもらおうっと。
 つい美味しくて十個も食べてしまった。うぷっ。

「これじゃ動くまで時間がかかりそうだわ」

 野宿するのはいいけど、これからだと大して採ることもできないうちに野宿の準備になっちゃうでしょうよ。

「マコモをたくさん採れたし、ポロプはいいんじゃない? どうしてもってんならマコモを売って買えばいい」

「買ってくれる人、いるかな?」

 この辺で食べないなら買ってくれないんじゃないの?

「他所から来る行商人なら買ってくれるんじゃない? 地回りの行商人じゃなければマコモのことは知っているはず」

 なるほど。自分たちで採るだけが入手方法じゃないか。ポロプを採りに来た人たちだって労力以上のお金を払えば売ってくれるでしょうよ。自給自足なんて出来ないんだからね。

「今から帰れば夕市に間に合うと思う」

 夕市か。わたしはまだ行ったことないけど、マーチック広場で夕方から始める市を夕市と呼ぶってお母ちゃんが言ってたっけ。

「じゃあ、そうしようか。もしかしたら帰る馬車があるかもしれないしね」

 来たときに乗せてもらったおじさんが言っていたっけ。

 野宿する広場に戻ると、運がいいことに帰る馬車があったので、お昼に食べようと思ったお弁当と交換で乗せてもらえるよう交渉した。

「構わないよ。忙しくて食べる暇がなかったから大助かりだ」

 なんでも夕市に出すために買い付けにきたおじさんのようで、マーチック広場まで乗せてってもらえた。

 おじさんはお弁当に喜んでくれ、機嫌がよくなってか、馬車のことを訊いていたら扱いを教えてくれた。

 馬は慣れているようで、わたしが手綱を握っても暴れることもなく、わたしの言うことを聞いてくれた。

「上手いじゃないか。嬢ちゃん才能あるぞ」

 なんてお世辞でもなんか嬉しいものね。鼻歌を歌いながらマーチック広場まで操らせてもらった。

「ご苦労様。ありがとね」

 馬の顔を撫でてやると、ぶるると鼻を鳴らして頭を擦り付けてきた。可愛いじゃないの。

「おじさん、ありがとね」

「ああ。行商人を捜しているならあそこに行ってみるといい。今なら酒でも飲んでいると思うぞ」

 時刻はたぶん夕方の四時くらい。まだ明るいけど、あと一時間もすれば暗くなるでしょうね。そのせいか、今がピークって感じだ。

 どんなものを売っているか見たいけど、今はマコモを売るのを優先するとしましょうか。

 行商人がいるという場所は屋台で、農民とも村人と思えない服装の男の人たちがお酒らしきものを飲んでいた。

「誰に声をかける?」

 ティナにそう問われて言葉に詰まらせてしまった。誰にしようか?

 なんだか気持ちよく飲んでいるところに声を掛けるってのも気が引けるし、誰が買ってくれるかもわからない。人のよさそうなのは誰だ?

「キャロ。マコモを焼けば人が集まってくるんじゃない?」

「おー! 確かに。匂いで誘っちゃいましょうか」

 そうと決まれば竈のあるところで火を焚き、マコモを串に刺して焼いた。

 たくさん食べたから食欲は湧いてこないけど、やっぱりいい匂いをさせるキノコよね。なぜ食べられなかったか不思議でたまらないわ。

 そんな匂いに釣られてか、若いお兄さんがやって来た。

「いらっしゃいませ。お一ついかがですか? 銅貨二枚でいいですよ」

「なら、一つもらおうか」

 躊躇いなく頼んだってことは、このお兄さん、マコモを知っていると見た。

「ありがとうございます! ここの人はマコモを知らないみたいだから嬉しいです」

 こちらはマコモの価値を知っているぞって臭わせた。

「へー。マコモを知っててこの値段かい」

「知らない人に高値をつけても仕方がありませんからね。知ってもらうための宣伝ですよ」

「君は賢いんだな」

 おっと。確かに九歳の女の子が言うことじゃなかったわね。

「エヘヘ。そうかなぁ~」

 ここは照れておこう。謙虚に出るのはさらに墓穴を掘りそうだからね。
 
「はい、どうぞ」

 お兄さんから銅貨二枚を受け取り、いい具合に焼けたマコモを渡した。

「あー美味い。久しぶりに食ったよ」

 知っているのに久しぶりってことは高くて食べられなかったってことかな?

「もう一つくれ。いや、五つくれ」

「はい、ありがとうございます」

 マコモはまだ焼いているので、焼けた順に渡していった。

 お兄さんが食べる姿と匂いに釣られてか、他の人も集まって来てしまった。

 わたしは焼くのを担当し、ティアにはお会計をお願いした。

 次から次へと集まってくるお客さんを捌き、背負い籠に入れた分がすべて売れてしまった。これならマコモの美味しさが知れ渡ることでしょうよ。

「嬢ちゃん。マコモはまだあるのかい?」

 他の人たちがいなくなると、お兄さんがそんなことを尋ねてきた。あ、行商人に売るのが目的だったんだっけ!

「はい、まだあります。欲しいなら明日持ってきますよ」

 このお兄さんなら買ってくれそうなので正直に答えた。どのくらいあるかは秘密だけど♥

「では、お願いするよ。おれはローダル。流れの行商人だ」

「わたしは、キャロルです。こっちはティアです」

 これから何かとお世話になるローダルさんとの出会いだった。
 次の日、マーチック広場にくると、入り口の前にローダルさんが馬車の御者台に座っていた。

「おはようございます!」

「お、来たか。おれが世話になっている店に行くとしよう。荷台に乗りな」
 
 ってことで荷台に乗り込んだ。

 知らない人について行っちゃダメと教育されたけど、ティナがいるので問題ナッシング。わたしは迅速に逃げさせてもらいます。

 ローダルさんが世話になっているお店はなかなか立派なお店で、いろんな人が出入りしていた。

「ここはバイバナル商会って言って、王都に店を構える大商会だ」

 王都がどんなもので、どれほど離れているかわからないけど、この店構えからしてかなり大きな商会ってのはわかった。

 馬車は大きな門を潜り、五十メートルほど進むと、広場に出た。

「市場みたいですね」

「まあ、そのようなものだな。行商人がバイバナル商会で取り扱っている品を買ったり、行商人がバイバナル商会に売ったりする場所だ」

 そんなところになぜわたしたちを連れてきたのかしら? ここでないと売買が出来ないってことなの?

 ここの人なのか、ローダルさんが声を掛けると、なにか札を渡された。

「場所を借りる札さ。これがないとここを使えないのさ」

「お金が掛かるんじゃないですか? 場所代みたいな」

「もちろん掛かるが、バイバナル商会の保証札があれば品に信頼が生まれる。その分、下手な品を扱えば干されるがな」

 そんなところにわたしたちみたいな子供を連れてきていいの? それともローダルさんにそれだけの信頼があるってことかしら?

 屋根のある一角に馬車をとめ、商会の人が馬を外してどこに連れていき、荷台は四人掛かりでバックで屋根の下に入れた。

 ……随分と至れり尽くせりなのね……?

「ローダルさんって偉い人なんですか?」

「何でそう思うんだ?」

「誰もローダルさんに声を掛けないし、ローダルさんの邪魔しないよう動いていたので」

 まるでお側使いが動いているようだったわ。

「なかなか観察眼がいいんだな。実は、とある大商会の跡取り息子なのさ」

 直感的に違うとわかった。商人らしからぬ態度だもの。

「……お貴族様なんですか……?」

 この世界の貴族がどんなものかわからないので、お貴族様と言っておいた。

「本当に凄いな。どこでわかった?」

 マジか! この国の貴族は自由に出歩いたりするの?

「ほぼ直感です」

 細かいことを上げればいろいろあるけど、考察する前に答えが出ちゃった感じだ。

「……そうか。だが、今は流れの行商人。そう思って欲しい。おれが何であれ行商人として生きているからな」

 きっと、こういうのを触らぬ神に祟りなしって言うのね。

「わかりました。そう思って付き合わせてもらいます」

「フフ。本当に賢い嬢ちゃんだ。んじゃ、商売といこうか。マコモを売ってくれ」

 ティナが背負っている籠を地面に置いてもらった。

「こちらとしてはマコモは貴重ということしか知りません。相場も知りません。幾らで買ってもらえますか?」

 正直、金貨二枚で売れるとは思わないし、買ってくれるとも思わない。一つ銅貨五枚として百個近いから五百枚。銀貨だとどうなるかわからないわ。

「銀貨二十枚と言ったところだな」
 
 五百を二十で割ると二十五か。中途半端だから銅貨二十枚で銀貨一枚って見ておくのがいいでしょうね。

「わかりました。それで売ります。ただ、金貨だと使い難いので銀貨十枚分は銅貨でいただけますか?」

「嬢ちゃんは計算も出来るんだな」

 その計算は数字の計算ではなく、損得を考えての計算でしょうね。

「後ろ盾がないわたしたちですからね。自分の身を守るためにもローダルさんが儲けてください。金貨をもらっても使いどころもありませんから」

 きっと安く叩かれているんでしょう。けど、それはわたしたちのためでもあるんじゃないかしら? まあ、銀貨二十枚でもとんでもない金額なんでしょうけど。

「そこまで考えられるか。想像以上に賢いことだ」

「賢いと言うより世間知らずなだけですよ」

 それを補えるのは商売相手がどんな人かを見極めること。甘い言葉を言ったり騙したりしないかを、ね。

「表面的なことしか見えませんが、ローダルさんはそう悪い人には見えません。信頼や信用を大切にするんだと思います」

 目的のためなら、って但し書きが続きそうだけど。

「フフ。なかなか厳しい商売相手のようだ」

「信頼には信頼を。信用には信用を。それが商売で大切なことだと思っているだけですよ」

 ウソをつく商人は三流だ。騙す商人は二流だ。信頼出来る商人は一流だ。信用出来る商人は超一流だ。って、前世で読んだラノベに書いてあったわ。

「おれもそう思っているよ。嬢ちゃんとはいい商売が出来そうだ」

「そう出来るよう努力させてもらいます」

 籠をつかみ、ローダルさんの前に置いた。

「マコモは濡れた葉の中に入れて、陽に当たらないようにすれば二十日くらいは新鮮さを保てますよ」

「そうか。では、代金を持ってくる。少し待っててくれ」

「はい。あ、ここを見て回っても構いませんか? どんなものがあるか知りたいので」

「邪魔にならないようにするなら問題ないよ」

「ありがとうございます。邪魔にならないよう約束します」

 一礼し、ティナの手を取って走り出した。
 コンミンド伯爵領は小さい領地かと思ったけど、バイバナル商会を見ると、そこそこ大きい領地なんじゃないかと思えてきた。

「商人って結構いるんだ」

「そうだね。それだけ伯爵様が有能なんだろうね」

 これだけの商人が集まるんだから商売が上手くいっているってことでしょう。わたしたちだって飢えることなく毎日食べられているんだからね。

 いろんなものが取引され、珍しいものがたくさんあった。その中には砂糖(黒い塊だけど)や香辛料的なもの。酢やみりんなどもあった。

「これなら麹とかありそうね」

 味噌を作るには麹が必要だったはず。自分で作ろうと思ったけど、売っているなら買ったほうが早いわ。なんでも作っていたら時間がいくらあっても足りないし。

 一通り回り、元の場所に戻ってきたらローダルさんも戻っていた。

「何か欲しいものはあったか?」

「はい。砂糖が欲しいですね。あと、麹、豆を発酵させたものがあれば手に入れたいですね」

「随分と変わったものを欲しがるんだな」

「そうですか? 美味しいものを食べるには必要なものですよ」

「まあ、確かにそうだな。調味料類がほしいなら商会を回ってみるといい。この札を見せると相談に乗ってくれるだろう」

 赤い字で書かれた札を渡された。これは?

「バイバナル商会が出している取引札だ。信用の証でもある。持っていろ」

「いいんですか? まだ子供に持たせたりして?」

 どう見ても小娘でしかないわたしに重要アイテムを渡すとか何を考えているのよ?

「キャロルとは長い付き合いになりそうだからな。今の内に唾を付けておこうと思ったまでさ」

 そこまで飛び抜けた才能があるわけじゃないけど、商人と仲良くなっておいて損はないでしょう。漫画でも伝手とコネに勝るものはないって言ってたしね。

「それならありがたくもらっておきます。また何か売れるものがあったら声をかけますね」

「ああ。ただ、おれはいろいろ各地を回っているからな、取引札をバイバナル商会の者に見せるといい。無下にはされることはないようおれから言っておくよ」

 そう言って、お金が入った革袋を渡された。

「こういうときってちゃんと中身を確認したほうがいいんですか? それとも失礼に当たるんですか?」

「確認したほうがいい。盲目な信頼は悪でしかないからな」

 そういうものなんだ。商人の世界は厳しいものなのね。

 革袋からお金を出して数えた。

「計算はどこで覚えたんだ?」

「独学です」

 わたしの知識は漫画や小説ではあるけど、計算とかはドリルで覚えたわ。活用できたのが異世界でってのが笑っちゃうけどさ。

「ただ、文字はてんでダメですね。文字に出会えることが少ないので」

 ティナもそこまで文字や単語を知っているわけじゃない。大して学べていないのよね。

「それなら仕事をしながら覚えてみないか?」

「どういうことですか?」

 丁稚奉公しろってこと?

「伯爵家のお嬢様が二人と同じ年齢でな、一緒に学べる者を捜しているんだよ」

「それは、社交性を学ばさせるためのものですか?」

 何か、そんなことを漫画で読んだことがあるわ。

「キャロルは本当に賢いな。正式に城に上がるか?」

「遠慮しておきます。わたしは、旅がしてみたいので」

 こうして元気な体に生まれ変わったのだ、自分の足で世界を見て回ってみたいわ。わたしには魔法もあるみたいなんだからね。宮仕えなんてしたくないわ。

「そうか。まあ、お嬢様の相手もずっとってわけじゃない。冬の間だけだ。給金もいいから旅の資金集めにはいいと思うぞ」

 それもそうね。旅をするのにお金はかかるし、旅をする準備にもお金はかかる。快適に旅をするためにも用意はしっかりしておくべきでしょうよ。

「親に相談してからでもいいですか?」

 冬は内職ばかりだけど、まだわたしは幼い。親の承諾なしに自分では決められないでしょうよ。

「ああ、構わない。もし、受けるのなら城に行くといい。その取引札が証明書になるから」

 それ、なかり重要なものだと言ってますよ。

「あ、ティナも一緒でいいんですよね? わたしたち、一緒に行動しているので」

 一緒じゃないのなら断らせてもらうわ。

「ああ、構わないさ。お嬢様の相手は多いほうがいいからな」

 貴族のお嬢様に平民もいいところのわたしたちが相手するって、どういうことかわからないけど、お城で働けるならわたしたちにも得になる。学校や私塾なんてないのだ、学ぼうと思ったらお嬢様の相手をするしかないわ。

「服はどうします? さすがにこの格好でお城に行くのは失礼だと思うんですけど」

 両親のお陰で毎日食べられているけど、そこまで裕福ではない。服なんて継ぎ接ぎだ。下着だって二枚しかないわ。

 ……今日帰るときに布を買っていかないとね……。

「まあ、城で用意されると思うが、一枚くらい上品な服を持っておくのもいいと思うぞ。古着屋を紹介してやるよ」

 お、古着屋なんてあるんだ。興味あるわ。

「ありがとうございます。このお金で買ってみます」

 古着屋の場所を教えてもらい、ローダルさんと別れた。