この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 獣人の女の子が目覚めた。

 お腹に入れたのは白湯だけど、顔に赤みが戻っていた。

 また白湯を一杯飲ませたら麦粥を少しだけ食べさせた。

「足りないでしょうけど、我慢してね。突然胃を動かしたら体に悪いから。ゆっくり馴染ませるほうがいいのよ」

 お腹に入れたら腸が動き出したんでしょう。トイレに行きたくなったようなので付き添いしてトイレに向かった。

「随分綺麗なカホね」

「カホ?」

「出すところ」

 あ、トイレのことね。カホって言うんだ。ちなみにここでは野屋って呼ばれているわ。

「こういうところは綺麗にしないと病気の素になるからね。しっかり掃除しないといけないのよ」

 クルスさんの許可をもらってしっかり掃除して抗菌付与を施したわ。

「マリカル。そこでしっかり手を洗ってね」

 なぜかは訊かないでね。

 部屋に戻り、鍵を閉めてマリカルの体を拭いた。

 新しい下着に着替えさせ、わたしの服を着させた。マリカルが着ていた服は洗濯に出しているのよ。

「今さらだけど、ありがとう」

「気にしなくていいわ。獣人の国、プランガル王国のことを聞きたいから助けたんだから。教えてくれたらここでの生活はわたしが引き受けるわ」

「そんなことでいいの?」

「プランガル王国のことを知っている人がいないからね。そこに住んでいたマリカルの話はとても貴重よ。もちろん、あなたに不利になることは言わなくていいわ。話していいことだけでいいわ」

 まあ、話していいことばかりしゃべっていたらどんな立場か自ずとわかっちゃうけどね。

「まずは体力を戻すことを考えましょう。あ、マリカルって何歳?」

「十三歳よ」

「わたしは十一歳よ。あなたを助けたティナは十二歳ね」

「十一歳なの? 随分と大人びているのね。雰囲気は……」

「そう? 年相応……じゃないわね。まあ、性格がそうさせるんだと思うよ」

 前世の年齢にプラスされるほど生きてないし、前世のわたしとキャロルの性格が合わさったのが原因じゃないかしらね?

「体はどう? 痛いところはある?」

「ないわ。魔法で治してくれたの?」

「ええ。痣はたくさんあったけど、骨が折れてはいなかったみたいよ。丈夫な体よね。獣人って皆そうなの?」

「どうだろう? 丈夫とか考えたことなかったし」

「ちょっと手を握ってみて」

 握ってもらい、少しずつ強く握ってもらったらなかなかのものだった。ティナより握力があるじゃない。

 付与魔法で握力を強化したのに痛みを感じるんだからリンゴくらい潰せそうな握力だわ。てか、リンゴを潰せる握力ってどのくらいなんだろ?

「マリカルは力強いほうなの?」

「普通じゃないかな? わたしはそんなに鍛えているほうじゃないから」

 鍛えてなくてこれな。やはり獣よりな体の構造なのね。

「これだけ力が出せるなら体は大丈夫なようね。治癒力も高いのかもしれないね」

 体重は……また今度でいっか。女性に体重を聞いたら失礼かもしれないしね。

 ぐぅ~。と、マリカルのお腹が鳴った。

「胃も丈夫みたいね」

 顔を赤くするマリカル。お腹を鳴らすと恥ずかしいって感じる羞恥心はあるんだ。やはりいい身分の子かもしれないわね。

「じゃあ、胃に優しいものを食べましょうか」

 野菜スープなら胃に負担を掛けないでしょうよ。

 従業員用の食堂に向かい、料理人のおじちゃんにお願いして野菜スープを出してもらった。

 お皿一杯の野菜スープをあっと言う間に完食。まったく足りてないようだ。

「いつもはどのくらい食べるの?」

「これの倍、くらいかな? でも今はお腹が空いてたまらないわ」

 治癒能力が高いんでしょうね。回復するためにエネルギーを求めているんでしょうよ。

「お腹、痛くない?」

「痛くわないけど、空腹で堪らないわ」

 そう言うので、焼いたモリガルの肉を出したらこれもあっと言う間に完食してしまった。

 ……丈夫な胃みたいね……。

 まだお腹が満ちないようなので、もう一品追加。これも完食したら一旦お腹を休ませた。

「今のでどのくらい満ちたかわかる?」

「全然満ちてない感じ、かな?」

「ここに来るまでちゃんと食事していた?」

「ううん。堅いパンと水で過ごしていたわ」

 ってことは、この状態は痩せている状態か。ただ、細身ってわけじゃないのね。脂肪を燃やして生きてたのかな?

「胃はどう? ピリピリした痛みや引っ張られるような痛みもない?」

「ないわ。ただ、お腹が空いた状態だわ」

 その言いようからしてお腹が空いた暮らしをしたことない感じね。今回初めて空腹を経験した感じか。

「……ごめんなさい。こんなに食べてしまって……」

 しゅんとしてしまった。

「気にしなくていいわ。獣人のことがわかってきたしね。胃が大丈夫なら満腹するまで食べてみましょうか。ただ、ゆっくり噛んで食べてね。消化が悪いと治りも悪くなるからね」

 わたしも手伝って料理をしてマリカルに出してあげた。

 それでもティナがお腹を空かしているときくらいかしら? 食べる量は人とそう違いはないのかもしれないわね。

 お腹を満たしたマリカルは、回復するために眠くなったようだ。

「ゆっくり眠って回復させなさい」

 ベッドに入らせると、おやすみ三秒で眠りについてしまった。これなら明日には完治してそうだわ。
 獣人の治癒力恐るべし。三日もしないで減った体重が元どおり。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んだ。

「……獣人って凄いわね……」

 この世界で最強生物なんじゃね? 

「わたしの服じゃ着れなくなったわね。ティナの服でもダメそうね」

 どんだけボンキュッボンになるんだか。逆に獣人としての能力を阻害しているんじゃない? わたしもその半分は欲しいものだわ。

 なぜかまったく育たない胸部装甲。前世もなかったけど、まさかキャロルに生まれても薄装甲とはね。一度はバインバインを経験してみたいものだわ。

 ってことはどうでもいいのよ。今はマリカルの服だわ。

「クルスさん。カルブラにルクゼック商会ってあります?」

 確かレンラさんがバイバナル商会でも無下には出来ないって言ってた。なら、カルブラ伯爵領にもあるはずだ。

「はい。ありますよ。どうしました?」

「コンミンド伯爵領のルガリアさんか針師のロコルさんの名前で呼べませんかね? ちょっと協力を得たいんですよ」

「わかりました。声を掛けてみましょう」

 さすがクルスさん。すぐに行動してくれた。

 十時くらいにお願いしたのに、昼過ぎにはルクゼック商会の支部長さんと針師さんがやって来た。

 ……行動力、鬼早いな……。

「支部長のナグルカと針師のルーランです」

「お越しいただいてありがとうございます。コンミンド伯爵領のキャロルと申します」

 てか、なぜ支部長さんまで? いや、最高位の針師を呼び付けるのもどうかまと思うけどさ。

「いえ。コンミンド支部からはキャロルさんのことは聞いております。染物では大変お世話になりました」

 染物? 

「染物でそんな儲けられるものなのですか?」

 別にこの世界にもある色を再現しただけなんだけど。

「新しい色を出すのはとても大変なものです。しかも、簡単なもので色を出すなど新発見です。ルクゼック商会に無償で譲渡していただけるなどあり得ないこと。そのお礼を少しでも返せるのなら喜ばしいことです」

 クルスさんを見ると、何だか仕方がないって顔をしている。それは許諾って意味だろうか? いや、許容かな?

「じゃあ、針師のルーランさんにお力を借りたいのですがいいでしょうか? あと、布も用意していただけると助かります」

「そんなことでしたら喜んで。ルーラン。キャロルさんの力となってあげなさい」

「わかりました」

「じゃあ、ルーランさん。部屋に来てもらえますか? 獣人の女の子の服を作りたいのでご教授ください」

 女の子の服を作るので男性はご遠慮いただく。

「ルーランさん、本当にありがとうございます。針師のような方にわざわざ来ていただいて」

「いえ、あなたには会いたかったから構わないわ。ロコルさんはわたしの師匠でもあるの。あの人が認めた女の子がどんなか知りたかったのよ」

 ロコルさんは四十過ぎで、ルーランさんは三十半ばに見える。ロコルさん、わたしが考えるより優秀で偉大な針師みたいね。

「ルーランさんも固有魔法をお持ちなので?」

「わたしは持ってないわ。ただ手先が器用なだけよ」

 それで針師になるんだからルーランさんも優秀のようね。

「わたしも手先が器用なだけなので、特別な上手いってことはありませんからね。自分では一から作るのは時間が掛かるから助けを求めたんです」

 すぐに必要なもの。わたしが作っていたんじゃ一週間くらい掛かっちゃうわ。

「どういったものを作るか考えているの?」

「これです」

 紙に描いた服のデザインを見せた。

「随分と精巧な絵ね。あなたが描いたの?」

「わたしの固有魔法を応用した技ですね。見たことのあるものと想像したものを合わせて描くんです」

 試しに描いてみせた。

「……凄いわね……」

「まあ、ここまで精巧なものを描かなくてもおおよそで構わないと思います。作るときの大まかな想像図ですから」

 イメージとおり作れるわけでもなし。作っている間に変わってくるものよ。

「ロコルさんから基礎は教わりましたが、わたし、胸は平らなのでブラジャーを作るの下手なんですよね」

「わたしとしてはブラジャーが画期的だったわ。あんな風に胸を覆う下着があるものなね」

 この世界の女性はコルセットのようなカリーってもので胸を支えている。けど、大きい胸の人は結構痛いみたい。

 ……この世界の女性、大きい人ばかりなのよね。わたしはちっとも成長しないのに。おっぱいはミステリーね……。

「マリカル。ちょっとこっちに来て。ルーランさん。胸を測る方法ってありますか? ロコルさんは見ただけで把握してましたが」

 あの人、測るってことしなかった。見ただけでぴったりのものを作っていたっけ。

「そうね。見て理解するのが一人前だからね」

「物を測るものってないんですか?」

 職人さんも定規とか持ってなかったけど。この世界の人は目算能力に長けてんのか?

「ないこともないけど、あまり使わないわね。測るのは見習いのときくらいだわ」

 マジか。この世界の人、スゲーな! 目算能力、もう超能力じゃない。

「ルーランさん。ちょっとご協力お願いします」

 目算能力が凄いならそれを利用させてもらいましょう。
 さすが目算能力。かなり正確と思われる定規とメジャーが出来たわ。

「クルスさん。鍛冶屋さんを紹介してください」

「今度はどんなことを思い付いたのです?」

「長さの規格を作りたいだけです」

「長さの規格?」

 ルーランさんの協力を得て作った定規とメジャーを見せた。

「わたしは目算能力が低いですし、極めるつもりもありませんので、長さの規格を決めたんです。これなら書いて残せますし、他の者にも長さを教えられますからね」

 大体に長さはわかるとしても他の人と同じとは限らない。長さを決めておけば間違いはないでしょうよ。

「これをどうするかはバイバナル商会にお任せします。他のところと兼ね合いもあるでしょうからね」

 服飾系のギルドがあるみたいだから定規は嫌われるかもしれない。わたしが欲しいだけなのであとのことはバイバナル商会が決めたらいいわ。

「……わかりました。こちらで対処しておきましょう。鍛冶職人はすぐ用意致しましょう」

 その言葉とおり、次の日には職人さんを紹介してくれ、馬車で工房まで連れてってくれたわ。

「工房長のマルグレンさんです」

 連れてきてくれたのはルーグさん。どうも外に行くときの担当になったみたいよ。

 通されたところは工房の一室で、わたし、ルーグさん、そして、工房長のマルグレンさんの三人だけ。そこまで重要なことなの?

「初めまして。キャロルと申します」

「随分と礼儀正しいお嬢ちゃんだな」

「コンミンド伯爵領でご令嬢のお友達を経験した子ですので」

「なるほど。バイバナル商会の秘蔵っ子ってわけかい」

「はい。バイバナル商会が後ろ盾となっています。クルスからも粗相がなないようにと厳命されています」

 マルグレンさんへの警告、かな? そうだったら物騒なことよね。張本人が言うなって話だけど。

「また面倒なことを持ち込んでくれるな」

「また?」

「キャロルさんが考えた金具なんかはここで作っているんです」

 それはまたご苦労様です。そして、ご迷惑お掛けします。

「で、今日はなんだい? 重要な話があるとか手紙には書いてあったが」

「これです」

 と、定規を渡した。

「ロコックか」

「ロコック?」

「物を測る道具のことだ――が、これは凄いな。明確な考えがあって深い理があるように見える。これはお嬢ちゃんが考えたのか?」

 そんな理あったか? 当たり前にあるようなものだったからその価値を知らないってことなんだろうか?

「針師の方にいろいろやってもらって導き出しただけなんですがね」

 他に上手いことも言えないのでそう言っておく。

「金属盤に刻んで欲しいんですよ。それを基準にしたいので」

「金属は伸縮するぞ」

「そこはわたしの固有魔法で暑さや寒さに左右されないようにしますし、わたしが使えればいいんだから問題ありません。そもそも規格なんてよく使う人が決めたらいいんです。わたしに合わせることはありませんよ」

 わたしが使えたらいいのだから、他がどう変えようと気にしないわ。

「四つ、お願いします。二つはバイバナル商会に。残りはわたしが使いますんで」

「これ、弟子に見せてもいいか? 数字に強いヤツがいるんだよ」

 ルーグさんを見る。わたしはどちらでも構わないので。

「秘密は守ってもらいますよ」

「当然だ。漏れたらおれが始末を付ける」

 どう始末を付けるかは聞かないでおく。わたしの平穏のために。

 で、連れて来られたのは十六、七の男の人だ。職人より商人になったほうがいいような見た目だった。

「これを見ろ」

 定規を持つと目を大きくさせた。

「……美しい……」

 はあ? 美しい? 何が? どこが? 意味不明なんですけど!

 ルーグさんを見ると、ルーグさんもよくわからない顔をしていた。だよね~。

「よく出来ているだろう。それを作ったのはそこのお嬢ちゃんだ」

 わたしを見てさらに驚くお弟子さん。わたし、何かやっちゃいました?

「き、君は数学者なのか?」

 この時代にも数字を研究する人いるんだ。まあ、元の世界でも紀元前からいたんだから不思議じゃないか。どうやって生計を立てているかは想像出来ないけど。

「そこそこ計算は出来ますけど、円の面積を求めろとかは無理ですよ」

 底辺×高さ÷2は知っているわよ。

「円の面積を出せるのか?」

「出せるんじゃないですか? 三角形の面積は出せるんですから」

 わたしは小学四年生か五年生までしかない。ただ、すべてが解けるとは言わないでおくわ。

「あ、角度を測るのも必要だった」

 木工品を作っているとき角度を知りたいと思ってたんだっけ。職人さんに任せていたから忘れていたわ。

「円は何度だ?」

「何度? 三百六十度、ですか?」

 人生百八十度変わったって聞くから足して三百六十度になるんじゃない?

「そこまで知っているのか!?」

 はぁ。知っていると驚きになるのか?

「どこで学んだんだ?」

「お城、ですかね。計算を習ったのは」

 別にウソは言ってない。足し算と引き算は習ったからね。

「……こんな小さい子が……」

 何か話が進まないな~。

「もし可能ならこういうのも作ってください」

 話を進めるために木で作ったコンパス(円を描くヤツね)を出した。
 この世界というか、この時代というか、感覚に頼りすぎじゃない? まあ、それはそれで凄いことだし、職人としては間違ってないとは思う。けど、そこに辿り着けるの何人よ? 一握りの人材に任せていたら技術は発展しないんじゃないの?

 ってまあ、元の世界の技術まで持ち上げたいわけでもなし。わたしが暮らしやすく、わたしが使えればそれでいい。ここで潰されても、さらに伸ばそうとも好きにしたらいい。判断はバイバナル商会に丸投げです。

「あの、鉄板って、どこまで薄くできます。もちろん、それなりの強度がないと困りますが。あと、針ってここでも作れますか?」

 せっかく来たので金具関係のことは尋ねておくとしよう。

「また、仕事を増やす気か?」

「いえ、どこまで出来るか知っておきたいだけです。作るなら他でお願いしますんで」

 手工業だもんね。あれもこれもは無理だとわかりますよ。

「……強度がどれだけのもんかわからんが、やろうとおもえば紙くらいまで薄くは出来る。針は細工師の領分だな」

「手で薄くするんですか? それとも水の力を使ってですか?」

「手だな。水車は金が掛かるし、場所が限られてくる」

 水車を利用した技術はあるわけだ。普及はしてないだけで。

「今、薄い鉄板なんてあります? あればもらえる助かります」

 細工師さんなら作れるかもしれないし。材料だけもらっておきましょうかね。

「何を作ろうとしているのですか?」

「髪留めとピン留めです」

 パッチン留めと安全ピンね。何気ないものだけど、それらがない世界だと不便で仕方がないわ。ないときってどうやったらたんだろうね?

「これは、ルクゼック商会の分野ですかね?」

 髪留めは違うとしても安全ピンはルクゼック商会のほうがいいかも。ブラのワイヤー、ルクゼック商会から仕入れているし。

「取り上げ、どういうものか教えてもらえますか?」

 紙をもらい、パッチン留めと安全ピンの図を描いてみた。

「儲けにならないと思うのでわたしがやりますよ」

 そもそも大金を生むようなもの世に出してない。パッチン留めも安全ピンも儲けにならないでしょうよ。

「いえ、キャロルさんの考案したものならバイバナル商会が預かります」

「そうですか? まあ、髪留めなら女性相手に流行るでしょうし、がんばってください」

「流行るのですか?」

「流行ると断言出来ますね。男の方にはわからないと思いますが」

 わたしもそれほど女歴が長いわけじゃないけど、おしゃれはしたいものだ。髪留めなんて格好のおしゃれアイテムだわ。

「……キャロルさんがそう断言するなら本当なんでしょうね……」

「確かめたいのならルクゼック商会に任せるといいですよ」

 髪にティナの似顔絵を描き、おしゃれな髪留めを足した。

「これを見せて動かないようなら向いてないんでしょうね」

 さすがに女失格は言いすぎだろうからそう言っておく。

 鉄板をもらい、あとは工房に任せて帰ることにした。お弟子さんには引き止められたけど。

「随分と掛かったね?」

「また仕事を増やしてたんだろう」

 お店に着いたときはすっかり暗くなっており、留守番していたマリカルに心配され、真実を見抜いたティナに呆れられてしまった。

「欲しいものがたくさんあるのが悪いのよ」

 変に前世の記憶があるからこの世界を不便に感じてしまう。手間も楽しいにもほどがあるのよ。パンが食べたいからって種蒔きからしてられないでしょう? それと同じよ。

「マリカル、ごめんね。服を作るのが遅くなっちゃって」

「キャロは拘りすぎ」

「こればかりは性格だから仕方がないわ」

 前世のわたしはそこまで拘りがあったわけじゃない。両親から受け継いだ性格なんでしょうね。お母ちゃんも拘り屋だから。

「マリカル、もうちょっと我慢してね。最高の服を作るから」

「いや、そこまでしてくれなくてもいいのよ? そんなにしてもらっても何も返せないから」

「大丈夫大丈夫。これはわたしが好きでやっていることでもあるからね」

 冒険は? とかは訊かないで。出来るようになったらやりますんで。

「そう言えば、マリカルがここに来た理由、聞いてなかったけど、言えること? 言えないのならこれ以上訊かないけど」

 今さらかい! とか突っ込まれそうだけど、今さらなので仕方がありません。突っ込みどうぞ。

「聖女を捜しに来たの」

「聖女? 聖なる女って書いて聖女と読む的な?」

「ま、まあ、そんな感じね。プランガル王国に渦という厄災が起きると予言がされたの。わたしは聖女を見付けるために旅に出たの」

「聖女はともかく、そういうのは大人の仕事じゃない? マリカルが捜す特別な理由があるの?」

 まさかプランガル王国の王女様とか?

「わたしは占い師の家系で、わたしは探し物を見付けることが出来る特殊能力を持っているのよ」

 占い師? 特殊能力? わたしみたいな固有魔法ってこと?

「ここに聖女がいるの?」

「ううん。ただグルークスが西を指したから西を目指しているの」

 ダウジング? みたいな鎖に水晶が付いたものを出した。そんなものどこに隠していたの? 具現化系? 眼が赤くなっちゃう系? ジャンル変更なの?
 聖女探索はプランガル王国の命であり、マリカルみたいな特殊能力者が国外に出されたそうだ。

 深刻ではあるが、まだ十三歳のマリカルにはそこまで期待はしてないみたい。本隊はいて、マリカルたちのような者は万が一の場合に備えての要員みたい。

「万が一って?」

「わからないわ。ただ、聖女は突然現れるときもあるんだって」

 自然発生するのか、聖女って? 何か隠しているわね、プランガル王国は。

 まあ、わたしには関係ないこと。まずはマリカルの服を完成させて、プランガル王国の情報をいただくとしましょうかね。

 ルーランさんのお力によりマリカルの服は完成。なかなかいい出来で、ルクゼック商会で飾るらしいわ。

「店先にガラスの部屋を造って飾るといいかもですね。いい宣伝になるんじゃないですか?」

 ネットで見るんじゃなく、デパートとかでウィンドショッピングをやってみたかったわ。まあ、今のわたしでは見るより作っちゃうかもだけど。

「ガラスの部屋に飾る、ですか」

「まあ、ガラスは高いし脆いから店内で人形に着せるでもいいかもしれませんね。目で見たほうが自分が着ている想像がしやすいでしょうからね」

 マネキンってまだ発明されてないのかしら? 武器屋で木を組み合わせて防具とか飾ってたのにね。

「……人形に着させるか……」

 イメージが出来たみたいで考えに入ってしまったわ。

「ティナ。マリカルを連れて町中を歩いてきてよ。どこの服と訊かれたらルクゼック商会だって答えておいて」

 一番の宣伝は着ているところを見せること。町を歩いて見せてきてちょうだいな。

「キャロは?」

「わたしはまだ作りたいものがあるから」

 ルーランさんが持って来てくれた布がまだあるので家で着る用のワンピースを作ろうとしましょう。

「ルーランさん。ありがとうございました。思ったより早く作れました。またカルズラに来たらよろしくお願いしますね」

「もう帰るの?」

「はい。そろそろ帰ろうと思います」

 お使いクエストはとっくに終わっている。長々とお世話になりすぎたわ。そろそろ帰るとしましょうかね。次は討伐依頼とか受けてみたいわね。まあ、そうそうないものだけど。 

「……そう。残念だわ。まだあなたから学びたかったのに……」

「わたしこそルーランさんからたくさん学ばさせてもらいました」

 針師となると国宝級の技になるから見本とはならなかったけど、発想や改善はとてもためになったわ。やはり本職は凄いわ。

「あ、男性服も作りたいので、もうちょっとご協力をお願いできますか? たくさんお世話になったので、クルスさんとルーグさんに贈りたいんです。あ、わたしのお金から出しますね」
 
 手持ちのお金をルーランさんに渡した。

 バイバナル商会に預けているお金から出るとは言え、それではプレゼントにはならない。手持ちから出すとしましょう。

「いえ、資金はルクゼック商会で出させて。服はあなたからの贈り物としていいから」

「それだとわたしからの贈り物にならないのでは?」

 結局、ルクゼック商会の商品になるんじゃない? いや、ルクゼック商会で売り出すのは好きにしていいんだけどさ。

「心が籠っていれば問題ないわ」

 ま、まあ、確かにそうだけど、そんなんでいいんか?

「それに、キャロルさんが考えてキャロルさんが作るのだからさらに問題はないわ」

 うん、まあ、そういうことにして作るとしましょうか。

 規格を作ろうとしていてなんだけど、ルーランさんの目算能力はありがたいわ。わざわざ二人を読んで寸法を測ることもしなくていいんだからね。びっくりプレゼント作戦が出来るわ。

「それで、どんな服を作るの?」

 これですと、この時代に合う感じの背広を描いてみた。

「コルディアム風ね」

「コルディアム風?」

「コルディアム・ライダルス王国の貴族が似たような服を着ている」

 もしかして、転生者かもしれない人の国かしら?

「この国では流行ってないんですか?」

「貴族の間では着ているって話は聞くけど、ルクゼック商会は庶民向けだからウワサ程度にしか入って来ないの」

 住み分けかな?

「じゃあ、庶民向けに作りますか。貴族みたいにたくさんお金が使えるわけじゃないですからね」 

「それならルクゼック商会の工房に移らない? さすがにここでは限界があるわ。ルクスさんにはわたしたちのほうで説得するわ。もちろん、あなたに迷惑をかけないと約束するから」

 確かにここでは狭すぎるか。

「そうですか。ではお願いします」

 任せてと、即行動に移すルーランさん。支部長のナグルカも来てルクスさんの承諾をもぎ取っていたわ。

「ティナは、マリカルからプランガル王国のことを聞いて書き写していて」

「ボク、字、苦手」

「なら、練習よ。文字はこれから先使うものなんだから」

 ティナな感覚派だけど、頭は悪くない。ちゃんと学べば人並み以上に出来る子なのよ。

「毎日ルーグを向かわせますので、何かあれば遠慮なく言ってください」

 わたしを捕られないようの措置なんでしょうね。

「なら、焼き菓子を持って来てください。頭使うと甘いものが欲しくなるので」

 それなら毎日来る名目にもなるでしょうよ。

「わかりました。朝と夕に持って行かせます」

「はい。よろしくお願いします」

 ってことで、ルクゼック商会の工房に場所を移した。
 ルクゼック商会は服を扱っているだけあって工房は想像以上に大きくて、針子さんも十人も抱えていた。

 ルーランさんの他に針師がいて三つのチームに分かれているみたい。

 今回はルーランさんのチームについてもらい、背広作りを開始した──けど、他のチームも声をかけてくるのでなんだかわたしがチームリーダーっぽくなり、あっちのチーム、こっちのチームと、背広にとりかかる暇がない。わたし、何しにここに来たんだ?

 何て考えている暇もなく、デザインを描いてはそれを形にしていく各チーム。ちょっと休ませていただけませんでしょうか。もう限界です……。

 限界を何度か突破し、気絶するように眠ること十数日。わたし、何してんだろうと自問自答するようになってきた。

 それでも背広は完成。やっと服作りから解放された。

「……痩せたね……」

 久しぶりにわたしを見たティナが呆れていた。

 食事は三食いただいていたけど、それ以上に消費が激しく働いていた。やはり働きすぎってダメなのね。せっかく得た命、大事に使わないといけないわね。 

「ま、まーね。もう何もしたくない。帰りは馬車で帰りたいわ」

「だろうと思って馬車で迎えに来たよ」

「ティナ、ナイス」

 こういう気遣いが出来る子なのよね。

 ルーランさんや弟子の針子さんたちと馬車に乗り込み、バイバナル商会へとレッツらゴー。久しぶりに帰って来た。

「……随分と掛かりましたね……」

「ええ。帰る機会を失いました」

 とりあえずお風呂に入って何も考えず眠りたいが、まずはルクスさんとルーグさんに背広をプレゼントした。

「わたしたちに、ですか?」

「はい。お世話になりましたのでそのお礼です。普段着なので使い潰してくれて構いません」

 ルクスさんやルーグさんは肉体労働はしていないけど、毎日着ていれば肘や膝など磨り減るもの。気に入ったのならルクゼック商会に発注してください。

 二人に着てもらい、ルーランさんに細かいところを直してをしてもらった。

「どうです?」

「……ぴったりです……」

 それはよかった。お休みなさい。

 ………………。

 …………。

 ……。

 で、気持ちよく目覚めました。

「睡眠は大事って学べた時間だったわね」

 苦労に見合うかはわからないけど、これからは睡眠はちゃんととることにしましょう。

 何だかやりきったことで消失感が半端ないわね。生き急ぎすぎると早死にしそうだわ。

 今生は楽しむと決めたけど、もっと健康に気を使って長生きしたいものだ。

「おはようございます」

 ベッドで惰眠を貪ろうとしたけど、キャロルの性格がそうさせてくれず、早々に出て店に向かった。

 ルクスさんは背広を着ており、いつものようにサービスカウンター的なところで書き物をしていた。

「おはようございます。よく眠れたようですね」

「はい。ぐっすり眠れました。背広、よく似合ってますね」

 西洋風の顔立ちで、背も高くスタイルもいいから背広がよく似合っている。

「でも、髪型はもうちょっと整えたほうがいいかもですね。ルクスさんは長いより短いほうがカッコいいと思いますよ」

 そう言えば、ルクスさんって結婚しているのかしら? いつもお店にいる感じだけど。

「帰ったら散髪用のハサミ、作ってもらおうかしら?」

 ハサミはあるけど、散髪はナイフで切っているのよね。付与魔法でよく切れるようにしてたから気にもしなかったわ。

「……少し、人生の歩みを遅くしては如何ですか……?」

 あ、そうだった。ついさっきそう考えていたじゃない。キャロルの性格、社畜体質?

「あ、キャロルさん。背広、とても心地よいですよ」

 ルーグさんがやって来た。その顔はニッコニコ。背広を気に入っていることがよくわかった。

「それはよかったです。カルブラに来てからお二人には何かとお世話になりましたからね。帰る前にお礼がしたかったんです」

「帰るのですか?」

「はい。冒険者としての訓練もしたいですから」

 体力を付けたり技術を身に付けたりするために実家を出たのにね。やっていることはクラフトライフだわ。

「そうですね。少し、落ち着いたほうがいいでしょう。キャロルさんが動くと忙しくなりますからね」 

 はい、まったくそのとおりでございます。

「あ、でも、帰りは馬車を用意してもらえます? 荷物がたくさんあるんで」

 さすがに鞄に入れてたらアイテムバッグ化出来ることがバレてしまう。ここは荷物を抱えて帰ることにしましょう。わたしたちを護衛してくれているサナリクスの面々と一緒にね。

「わかりました。いい馬車をご用意しましょう。何か必要なものがあるなら遠慮なく言ってください。すぐに用意しますので」

「それなら麦酒を樽でもらえますか? ちょっと蒸留酒作りに挑戦したいので」

 この時代にも蒸留酒はあるらしいけど、極秘扱いされているみたいよ。市場にも滅多に出て来ないんだってさ。

「お酒に興味がおありですか?」

「いえ、傷口を綺麗にするための薬として使おうかと思って」

「薬、ですか?」

「傷口から悪いものが入ると肉が腐るって話、聞いたことありますか?」

「ええ、まあ」

「そんなとき傷口を洗うために蒸留酒が効果的なんです。怪我したときのために作っておきたいんです」

 回復魔法を使うにしてもバイ菌が付いたままで回復させたら大変でしょうからね。

「完成したらからならずマルケルに報告してくださいね。あと、そのことは口にしないように」

「え? あ、はい。わかりました」

 ないものを作り出すのって本当に面倒よね。バイバナル商会がバックにいてくれて本当によかったわ。
「マリカル。わたしたちは帰るけど、あなたはどうする?」

 プランガル王国のことはティナが聞いてくれ、雑ではあるけど結構書き写しててくれた。あとは帰ってから纏めたらいいわ。

「……わたしは……」

 どうやら決めかねているみたい。まあ、頼りは自分の占い(ダウジング)だけ。そんなあやふやな道標に頼るのは自分でも不安なんでしょうよ。

 ……やらせるほうも鬼よね。それだけ切羽詰まってんのかしら……?

「じゃあ、一緒に来ない? まず拠点を決めて聖女の情報を集めたらいいんじゃない? 見落とさないための人員なら余計にそうしたほうがいいと思うよ」

 マリカルの占い(ダウジング)も気になる。もう少し一緒にいたいわ。

「い、いいの?」

「構わないわよ。ねぇ、ティナ?」

「いいんじゃない。マリカル、山菜とか獣を探すの出来るって言うし」

 占い(ダウジング)、そんな使い方があるんだ。探し物屋とかやったら儲かりそうね。

「じゃ、じゃあ、一緒に行かせて」

 ってことでマリカルを連れて帰ることをルクスさんに伝えた。

「そうですか。帰りはルーグに送らせますね。あれにもいろいろ経験させたいですから」

 出張ってことかな? まあ、商人は移動が多いとかマルケルさんが言ってたっけ。ほんと、大変よね。

 それから三日後、用意が出来たとのことでお別れ会をすることにした。

「キャロが見送られる立場なのに何で料理してるのよ?」

 それは何でかしら? まあ、好きな食材使っていうし、好きなもの作って楽しみましょうよ。

 お世話になったマリーレさんやラレア様(お弟子さんも)、ルーランさんたちも呼んでもらい、お別れ会を楽しんだ。

「キャロルさん。ありがとうございました。いろいろ学べて楽しい時間でした」

「わたしこそたくさん学べて楽しかったです。いつかコンミンドにも来てください。発表会でも開きましょう」

「発表会?」

「皆が作った服を発表する会です。技術発展するにはやはり見てもらうのが一番ですからね。優秀作品には賞とか与えてもいいかもです」

 もっと女性服が広がるならお洒落も発展するでしょうよ。わたしもいろんな服を着てみたいしね。

「……発表会ね……」

「まあ、あくまでもわたしの勝手な妄想なんで流してくれて構いませんよ。やろうとしたらいろいろ大変でしょうからね。やるんならまず内部でやってみるといいですよ。問題点が出て来るでしょうからね」

 競争はいいことばかりじゃない。嫉妬や不正を生むこともある、って聞くしね。まずはルクゼック商会内でやってみるといい。それで価値があると判断したなら発表会に移ったほうがいいと思うわ。

「キャロル。これを」

 ラレア様がやって来て本を差し出してきた。なんです?

「医学書よ。人体に興味があるなら読んでみなさい」

「あ、いや、医学書って貴重なものですよね? わたしに渡していいんですか?」

 これ、きっと高額よ。金貨うん十枚もするものだわ。知らないけど。

「貸すだけよ。あなたの魔法で写したら返しに来なさい。あと、あなたの見解も書いてくれると助かるわ。ゴブリンの解体書、とても興味深かったからね。でも、無闇に人を解剖したりしないようにね」

「さすがに人は解剖したくないですよ」

 わたしは別に解体新書を作りたいわけじゃない。健康に長生きしたいだけ。病気や怪我に備えたいだけなのよ。

「でも、人の解剖は医学の発展には必要だと思いますよ。人なんて簡単に死んじゃいますからね。人を知り、怪我を知り、病気を知れば人は百年は生きれると思います。あ、食事も大切ですね。食べすぎ飲みすぎは健康の大敵ですから」

 わたしもよく食べてよく動かなくちゃならないわね。今生は長生きしたいし。

「あなたは本当に変わっているわね」

「そうですか? わたしとしてはやりたいことをやっているだけなんですけどね」

 いや、前世の常識が出ちゃえば変わり者に見えても仕方がないか。前世の記憶があるってのも面倒よね。

 カルブラで出会った人らと最後のおしゃべりをし、次の日は朝早く出発する。

 馬車は四台も列なり、護衛のサナリクスが引き受けてくれたみたい。

「今回は儲けられるほどの仕事だったんですか?」

 銀星ともなればもっと高額な依頼を受けられたんじゃないの?

「儲けられる仕事だったし、楽な仕事だったな」

「美味しい仕事すぎて太っちゃったわ。コンミンドまで歩かないとね」

 ナルティアさん、確かに太ったような気がする。どんだけ食べたのかしら?

 旅はこれと言ったトラブルもなし。この世界、どんだけ平和なのかしら? 冒険者、何で廃業にならないのかしらね? 謎だわ。

 道もよく馬車移動なので歩いて五、六日の距離も三日でコンミンドに到着してしまった。案外、近いものね。確かにお使いクエストとしては手頃だったわね。

「お帰りなさい。結構長い旅になりましたね」

 コンミンドのバイバナル商会に着くと、マルケルさんが迎えてくれた。

「長旅じゃなくて長居でした。クルスさんたちにはお世話になりました」

「ふふ。困惑するクルスの顔が見れなくて残念です」

 困惑してたか、クルスさん? いつも平常心でいたけど。

「まあ、なんにせよ。無事、帰って来れて何よりです。依頼、完了です」

 あ、依頼を報告して本当の終了だったわ。

「はい。ありがとうございます。また何かあったら依頼してください!」

 わたしたちの初依頼、完了です!
 挨拶を終えたら実家に向かってもらった。

 荷物の半分は支部のものなので、残り二台で実家に向かうことにする。

「ルーグさん、残らなくてよかったんですか?」

 報告とかしなくていいのかしら?

「カルブラでも娯楽宿屋を開くための視察で来たので、まずはあちらに挨拶しておきたいのです」

「ルーグさんが任せられるんですか?」

「はい。よく見てよく学んで来いと言われました」

「ルーグさん、接客とかしたことあるんですか?」

 あまりお店に立っているところ見たことないけど。

「十歳から二十歳まで見習いとして店に立っていました。これでもお客様には可愛がってもらいましたよ」

 冷静さを見せてはいるけど、ルーグさんには愛想がある。確かに接客に向いているかもしれないわね。

 久しぶりの実家はさらに賑やかになっていて、何か見知らぬ建物が周りに建てられている。発展するの早いわね。

「お母ちゃん、ただいま!」

 もはや産まれ育った家はなくなり、宿屋らしい宿屋が建っている。わたし、一年くらいカルブラにいたのかしら?

「お帰り。あんた、何か縮んでないかい? ちゃんと食べてんの?」

 やはりわたしは育ってないようだ。見た目が八歳くらいから止まっているみたい。あ、でも、身長はちょっと伸びているから成長してないってことはないみたい。

 ……日本人だった記憶を持つわたしとしては充分年相応に見えるんだけどね……。

「あ、こちらルーグさん。カルブラ伯爵領の支部から視察に来たからいろいろ教えてあげて」

「ルーグです。キャロルさんには何かとお世話になっております。しばらくここで修行させていただきます」

 マイゼンさんとナイセンも出て来たのでルーグさんを紹介。あとは任せてお風呂に入ることにした。

 夕方近いのでお客さんはそれなりにいたけど、お風呂は大きくなっており、湯船も十人は余裕で入れるくらいになっている。そう問題なく入れるわ。

「何だか恥ずかしいわね」

 カルブラでは小さなお風呂だったので二人がやっとで、マリカルと入るのはこれが初めて。尻尾ってそこから生えていたのね。

 まあ、パンツを作ったからどこから生えているかは想像が出来たけど、実際生えているところを見ると不思議なものよね。

「は、恥ずかしいからそんなにマジマジ見ないで」

 こりゃ失礼。つい気になって。

「意外と毛は生えてないんだね」

 獣人だから体毛が凄いと思ったらツルッツル。肌艶もよく赤ちゃんみたいにもっちもちだった。

「止めなさい」

 ティナにチョップされてしまった。ハイ、ごめんなさい。

「この辺、獣人なんていないから珍しく思われるけど、悪い人はいないから許してね」

「一番珍しく見てたのはキャロだけどね」

「ナハハ。つい珍しいものに意識が行っちゃうのよね」

 その耳も調べてみたいわ。頭から耳が生えるとかどうなってんのかしらね? 顔の脇に耳がないって不思議だわ。

「耳が頭の上にあると、髪を洗うの大変そうね」

 獣人はあまりお風呂に入らないようだけど、髪と尻尾は清潔にするようで、国いたときは布を濡らして綺麗にしてたみたいよ。

「そうね。わたしは耳を動かすのが下手だから雨の日は大変だったわ。耳の中に水が入って乾かすのに手間で手間で。いつも布を詰めていたわ」

 獣人も大変みたいね。

「雨の日のためのフードを作ってあげるわ。あ、わたしの魔法で水が入らないようにすればいいのか」

 水反射とかでいいのかな? 

「それは助かるかも。お風呂は気持ちいいんだけど、湯気が耳に入っちゃうから」 

 今はタオルを巻いているけど、長時間入っていたら湿っちゃうわね。なんだっけ、頭に被るヤツ? お風呂キャップ? まあ、タオルはたくさんあるし、試しに作ってみましょうか。

 お風呂から上がったらよく冷えた山羊の乳を飲む。これも根付いてきたわよね。紅茶(コーヒー味)を混ぜたらカフェオレになるんじゃない? これも試してみようっと。

「ここ、おもしろいわよね」

「マリカルが喜ぶならプランガル王国でも娯楽宿屋は受け入れられそうね」

「そうかもね。ただ、水が豊富なところじゃないと無理かもね。プランガル王国の半分は水が少ない地だから」

 獣人なだけに肉食が中心で、羊や牛のほうが多いとか言われているみたいよ。

 ……元の世界にもそんな国があったような……?

「あ、ルーグさんもお風呂ですか?」

 ベンチに座って山羊の乳を飲みながら涼んでいると、ルーグさんがやって来た。

「はい。試してみないとよさがわかりませんからね」

「ゆっくり浸かって汗を流してください。冷たい麦酒を用意しておきますから。葡萄酒も冷えたのは美味しいみたいですよ」

「こんなところがあったら仕事をサボる人がいそうですね」

「奥さんがそんなことさせないから大丈夫ですよ。サボっていたら蹴り飛ばされますからね」

 この時代の女性はとにかく強い。ぐうたら旦那は蹴っ飛ばされても文句は言えないわ。

「ふふ。わたしも蹴られないよう働きますか」

「忙しいから休む暇もないかもしれませんよ。いっぱい食べてがんばってください」

 いつでも人手不足みたいに忙しい。きっとこき使われるでしょうね。

「キャロル! 手伝っておくれ!」

 うん。娘のわたしも当然のようにこき使われますわ~。
 旅の疲れを癒す暇なく二日も手伝わされ、やっと山の家に帰ることが出来た。

「三日くらいはのんびりしようか」

 初めての土地に来て二日も手伝わされたマリカルも疲れた様子だ。旅の疲れを落とすことにしましょう。

「いいね。旅より手伝いに疲れたよ」

 身内だからって容赦なく仕事を回された。ああやってブラック企業が出来ていくのね。労働基準局が生み出される前になんとか労働改善させないとね。

「マリカルはそっちの部屋を使って」

 客室をマリカルの部屋にしましょう。

「いいの? 立派なようだけど?」

「構わないよ。わたしたちが留守の間、誰も泊まった様子もないしね」

 きっとレンラさんが気を利かして誰も泊めなかったんでしょう。ここは、わたしたちの家だと思ってね。

 そのレンラさんには先ほど迎えられたので、ゆっくり過ごしたらお風呂の用意をして交代で入った。娯楽宿屋なのにゆっくり入れたのは帰って来たときだけ。あとは入る暇もなかったわ。鬼ね、お母ちゃんは。

 その日はダラダラと過ごし、次の日は運んで来たものを整理することにした。

「休むんじゃなかった?」

「あ、うん、まあ、本気を出してないから暇潰しみたいなものよ」

 もしかしてわたし、ワーカホリックか? 朝起きてから動きっぱなしなんだけど! お母ちゃんの血かしら?

「じゃあ、ボクも暇潰しに狩りしてくるよ。マリカルも来る? 獣の位置教えてよ」

「いいわよ。ただお世話になるのも悪いしね」

 なんだかんだとワーカホリックなわたしたち。じっとしてられない性格なのね。

 二人が出かけ、のんびり荷物整理していたらサナリクスの面々がやって来た。あ、バイバナル商会で別れたままだったわね。

「いらっしゃい。中へどうぞ」

 とりあえず中へと通してお茶を出した。

「今回の仕事、ちゃんと儲けられました?」

 前に訊いたときは問題ないって言ってたけど、結構長い期間をわたしたちの護衛に使った。バイバナル商会はそんなに使ったのかしら?

「希に見る儲けであり楽な仕事だったよ。逆にこんなにもらっていいのかと訊いたくらいだよ」

 相当使ったようだ。大丈夫なの、バイバナル商会は?

「まあ、そろそろマルカットラに行こうとは思っているがな」

「マルカットラ?」

「マルカットラって呼ばれる大森林が広がっているところで凶悪な獣が生息するところさ。魔石を宿した魔物もいるんで一人前になった冒険者が目指す地でもある」

 へー。この世界にはそんなところがあるのね。ちょっと見てみたいわ。

「お嬢ちゃんはダメだぞ。銀星でも厳しいところだ。物見遊山で行く場所じゃない」

「本当だぞ。旅がしたいなら他を回れ」

「そうよ。あんたは戦いに不向きだからね」

 何て止められてしまった。まあ、わたしも戦闘向きじゃないのは重々承知している。勝てない相手には迷わず逃げを選択する女だ。

「そうしますよ。まだ死にたくないですからね」

 せめて前世の年齢以上は生きたいものだわ。目標は老衰での死だけど。

「そんなところに行くならリュックサックは人数分必要ですね」

「ああ。奥まで行くとなると数十日は掛かるだろうな」

「数十日もですか。何だか過酷そうですね」

 大自然の中で数十日も生きなくちゃならないとか、想像するだけで体が痒くなりそうね。水浴びも出来ないんじゃない?

「ちょっと待っててください。職人さんたちに聞いてきますんで」

 人数分となると予備を渡しても足りない。作り置きがないか聞いて来ましょう。

「おう。疲れは取れたかい?」

「はい。ぐっすり眠ったら元気になりました。リュックサック、五つありますか?」

「あるよ。倉庫にあるからもってきな」

「ありがとうございます」

 お弟子さんも来て、工房も増えたので倉庫も二つ出来ている。バイバナル商会はここをどうしたいのかしらね? 民宿に影響ないといいけど。

 リュックサックのタイプは三種類くらいあるので、十五個持って戻った。

 好みのものを選んでもらったら一日一つずつアイテムバッグ化する。わたしの魔力では一日一個が精々っぽいのよね。

 予備のを二つ渡し、人数分が完成するまで買い出しを勧めた。

 魔力を使うと体がダルくなっちゃうけで、動けなくなるわけじゃない。カルブラで手に入れたバルボナでパンを作るとする。

「いい匂いですね」

 もうちょっとで焼き上がる頃、レンラさんがやって来た。

「出来たら食べてみてください。とっても美味しいですよ。まあ、バターや砂糖をたくさん使っているから食べすぎには注意、ですけどね」

 カロリー多めで一日二つで止めておいたほうがいいかもね。

「甘いのですか?」

「甘いですね。くどいのが苦手な人には一つも食べられないんじゃないですかね? カルブラでもダメな人はいましたから」

 素朴なパンばかり食べていた人にしたら濃すぎるんでしょうね。砂糖を抜いて作ってみようかしら?

「いろいろ学んで来たようですね」

「はい。たくさん学べました。やはり土地が違うと料理も違うんですね。味の濃さも違ってました。汗をそんなに流さない町だからですかね? 村では濃い味付けが好まれてましたから」

「そうかもしれませんね。わたしもそう濃い味は苦手ですから」

 やはりそういうものなんだ。味の調整が難しいわね。

「気に入ったら民宿でも作ってみてください。やはり本格的な窯じゃないと上手く焼けないので」

 出来上がったバルボナパンを食べてもらい、感想をもらって次に活かすことにした。