土曜日ということもあり、夕暮れの学校は部活や委員会で活動する生徒がまばらにいるだけだった。
そんなどこか寂しさ漂う空気の中、早足で保健室へと向かう。追加のメッセージによると、若林は今日も文化祭の準備で残っていたらしく、そこで貧血を起こして倒れたらしい。
人気のない廊下をかけぬけ、保健室のドアを勢いよく開ける。肩で息をする音が耳にこもる中、ベッドで横になっていた若林が驚いた表情で固まるのが見えた。
「拓海くん、来てくれたんだ」
「当然だろ。俺だけじゃない、田代も後から来ることになってるぞ」
「そうなんだ。って、でも、今日はせっかくの合コンじゃなかったっけ?」
「そうなんだけどさ、姫がきれいにぶち壊してくれた」
さりげなく冗談を口にすると、自分が倒れたせいだと勘違いした若林が小さく肩を落として顔をふせた。
「馬鹿、冗談だよ。実際は色々あって合コンは抜け出していたんだ。それより、具合はどうなんだ?」
「うん、少し寝たから大丈夫だよ。先生の話だと、寝不足と疲れが原因みたいだから、ちょっと休んだら問題ないと思う」
「そうか、ならよかったな。ていうか、倒れるくらい寝不足になるほど、なにをしていたんだ?」
そう口にして若林の横腹をつつくと、「ひゃう!」というかわいい声を上げて真っ赤になっていった。
若林の無事を確認したことで落ち着いた俺は、すぐに電話の件が頭をよぎって言葉に詰まってしまった。
――電話の彼女は、本当に姫なのか?
若林をベッドに寝かせながら、ついそんな言葉が胸に漏れてくる。おそらく、若林に今問い詰めてもきっと認めない気がした。
――彼女が姫だとわかるなにかがあれば
いずれ、彼女との関係はなんらかの形で終わることは間違いない。だからといって、その時までうやむやに続けることはできなかった。若林とは、これまでのような関係でいたいから、こんなモヤモヤとしたよそよそしい空気を作り出しかねない状況は俺には耐えられなかった。
どうするか見えない問への答え探しに頭が空回りだしたところで、息を切らした田代が姿を現した。
「姫、大丈夫か?」
「田代くん、来てくれたんだ。見ての通り、今は落ち着いているよ」
保健室に飛び込んできた田代に若林が笑って返すと、田代はほっとしたようにそばにあった椅子に腰をおろした。
「それはよかった。今日は藤原のせいで踏んだり蹴ったりだったからな。姫が無事だったことでよしとするか」
「田代、それを今言うか?」
険しかった顔を緩めた田代の悪態に、俺は軽く肘をついて返した。田代も俺と同じく心配だったんだろう。それを隠すための悪態とわかったからこそ、俺は笑って流した。
「なになに? 拓海くんがなにかやらかしたの?」
「やらかしたというか、まあ、藤原の名誉のためにひとつ言えるとしたら、意外とかっこよかったってことかな」
「なんだよそれ。意外は余計だろ?」
田代の皮肉めいた言葉に、鼻で笑って返す。一瞬、田代が合コンのことを話すかと冷や冷やしたけど、さすがは田代も若林に気を使ってその内容までは詳しく語らなかった。
「なんか、二人ともいい感じだね。さては、拓海くんも田代くんも本当は手応えあったんじゃないの?」
「手応えはわからないけど、久しぶりに女の子と話ができたのは藤原もよかったよな?」
「確かに話ができただけでも十分だったかな」
会話かどうかは微妙だったとはいえ、篠田と対面して話せたことは、自分の中で一歩前進できた感じはしたのでよかったと田代に同意した。
――え? ちょっと待てよ
そう答えた瞬間、胸騒ぎが広がると同時に脳内に彼女の声が蘇り、いくつかの疑問点があふれだしてきた。
――彼女が、正体をあかさないのはそういうことなのか?
不意にたどり着いた疑惑が、少しずつ形になろうとしていく。ひょっとしたら、彼女の目的は今の俺たちみたいに話ができただけでも充分だということではないだろうか。
――だとしたら、彼女は
なにかがはっきりと形になりかけていた。後一つピースがはまれば完成するパズルのように、彼女の見えない目的が明らかになる手応えがあった。
「姫が本当に女の子だったら、俺たちはこんな苦労しないんだけどな」
「あのね、ボクも本当に女の子だったらこんな苦労はしないんだけど」
いつの間にか田代と若林がじゃれあっていて、互いに交わす冗談めいた言葉が聞こえてきた。その瞬間、彼女との電話のやりとりが脳裏に広がると同時に、彼女が若林だと確信できる光が思考を明確にしていった。
――姫が女の子、姫は苦労している、って、そうか、そういうことなのかよ
彼女の目的が判明する最後のピースがはまり、ようやくたどり着いた答えを前にして、俺はただ虚しくて複雑な気持ちが強くなっていくのを感じた。
そんなどこか寂しさ漂う空気の中、早足で保健室へと向かう。追加のメッセージによると、若林は今日も文化祭の準備で残っていたらしく、そこで貧血を起こして倒れたらしい。
人気のない廊下をかけぬけ、保健室のドアを勢いよく開ける。肩で息をする音が耳にこもる中、ベッドで横になっていた若林が驚いた表情で固まるのが見えた。
「拓海くん、来てくれたんだ」
「当然だろ。俺だけじゃない、田代も後から来ることになってるぞ」
「そうなんだ。って、でも、今日はせっかくの合コンじゃなかったっけ?」
「そうなんだけどさ、姫がきれいにぶち壊してくれた」
さりげなく冗談を口にすると、自分が倒れたせいだと勘違いした若林が小さく肩を落として顔をふせた。
「馬鹿、冗談だよ。実際は色々あって合コンは抜け出していたんだ。それより、具合はどうなんだ?」
「うん、少し寝たから大丈夫だよ。先生の話だと、寝不足と疲れが原因みたいだから、ちょっと休んだら問題ないと思う」
「そうか、ならよかったな。ていうか、倒れるくらい寝不足になるほど、なにをしていたんだ?」
そう口にして若林の横腹をつつくと、「ひゃう!」というかわいい声を上げて真っ赤になっていった。
若林の無事を確認したことで落ち着いた俺は、すぐに電話の件が頭をよぎって言葉に詰まってしまった。
――電話の彼女は、本当に姫なのか?
若林をベッドに寝かせながら、ついそんな言葉が胸に漏れてくる。おそらく、若林に今問い詰めてもきっと認めない気がした。
――彼女が姫だとわかるなにかがあれば
いずれ、彼女との関係はなんらかの形で終わることは間違いない。だからといって、その時までうやむやに続けることはできなかった。若林とは、これまでのような関係でいたいから、こんなモヤモヤとしたよそよそしい空気を作り出しかねない状況は俺には耐えられなかった。
どうするか見えない問への答え探しに頭が空回りだしたところで、息を切らした田代が姿を現した。
「姫、大丈夫か?」
「田代くん、来てくれたんだ。見ての通り、今は落ち着いているよ」
保健室に飛び込んできた田代に若林が笑って返すと、田代はほっとしたようにそばにあった椅子に腰をおろした。
「それはよかった。今日は藤原のせいで踏んだり蹴ったりだったからな。姫が無事だったことでよしとするか」
「田代、それを今言うか?」
険しかった顔を緩めた田代の悪態に、俺は軽く肘をついて返した。田代も俺と同じく心配だったんだろう。それを隠すための悪態とわかったからこそ、俺は笑って流した。
「なになに? 拓海くんがなにかやらかしたの?」
「やらかしたというか、まあ、藤原の名誉のためにひとつ言えるとしたら、意外とかっこよかったってことかな」
「なんだよそれ。意外は余計だろ?」
田代の皮肉めいた言葉に、鼻で笑って返す。一瞬、田代が合コンのことを話すかと冷や冷やしたけど、さすがは田代も若林に気を使ってその内容までは詳しく語らなかった。
「なんか、二人ともいい感じだね。さては、拓海くんも田代くんも本当は手応えあったんじゃないの?」
「手応えはわからないけど、久しぶりに女の子と話ができたのは藤原もよかったよな?」
「確かに話ができただけでも十分だったかな」
会話かどうかは微妙だったとはいえ、篠田と対面して話せたことは、自分の中で一歩前進できた感じはしたのでよかったと田代に同意した。
――え? ちょっと待てよ
そう答えた瞬間、胸騒ぎが広がると同時に脳内に彼女の声が蘇り、いくつかの疑問点があふれだしてきた。
――彼女が、正体をあかさないのはそういうことなのか?
不意にたどり着いた疑惑が、少しずつ形になろうとしていく。ひょっとしたら、彼女の目的は今の俺たちみたいに話ができただけでも充分だということではないだろうか。
――だとしたら、彼女は
なにかがはっきりと形になりかけていた。後一つピースがはまれば完成するパズルのように、彼女の見えない目的が明らかになる手応えがあった。
「姫が本当に女の子だったら、俺たちはこんな苦労しないんだけどな」
「あのね、ボクも本当に女の子だったらこんな苦労はしないんだけど」
いつの間にか田代と若林がじゃれあっていて、互いに交わす冗談めいた言葉が聞こえてきた。その瞬間、彼女との電話のやりとりが脳裏に広がると同時に、彼女が若林だと確信できる光が思考を明確にしていった。
――姫が女の子、姫は苦労している、って、そうか、そういうことなのかよ
彼女の目的が判明する最後のピースがはまり、ようやくたどり着いた答えを前にして、俺はただ虚しくて複雑な気持ちが強くなっていくのを感じた。