今夜も、いつもの時間と変わらないタイミングで彼女から電話がかかってきた。

『あれ? でるの早かったね。ひょっとして、私の電話待ってた?』

『別に、スマホさわってただけなんだけど』

 十分前から落ち着かずにベッドで悶えていたことを棚に上げて、俺はいつものように悪態ついた。

『なにそれ、なんか迷惑そうじゃない?』

『別に。迷惑と思うならかけてこなければいいんじゃないの?』

『ひど。てか、君、絶対モテないよね』

 なれない悪ぶりに四苦八苦しているところに、彼女から強烈な一撃が突き刺さってきた。

『あのな、心配されなくてもこれでも需要はあるんだけど』

『へー、需要ってどんな需要?』

『まあ、一つ言うとしたら今度合コンに呼ばれてる。しかも、参加者には学年一人気がある女の子もいる』

『合コン?』

 馬鹿にされたことに焦った俺は、強がりからつい口を滑らしてしまった。おかげで色々聞かれるかと思ったけど、彼女はなぜか黙ったままだった。

 ――もしかして、嫉妬してくれている?

 明らかに伝わってくる不穏な空気は、彼女が嫉妬している証拠だった。となると、それは俺にとっては嬉しいことだった。

『でも、そのわりにはあまり嬉しくなさそうなんだけど』

『あ? 別にちゃんと嬉しいけど』

『ちゃんと嬉しいって言葉、なんか変なんだけど。ひょっとして、他に本命の子がいたりして?』

 ちょっとひがみを含んだ声で、彼女がたたみかけてくる。田代にも言われたけど、どうやら俺は相手に心を読まれやすいのかもしれなかった。

『そうじゃないんだけど、ただ』

『ただ?』

『ただ、わけあって面と向かって女の子と話すのが苦手なんだよ。だから、また失敗するかと思うと気か引けるというかなんというか』

 彼女に誘導されるまま、つい俺は本音を口にしてしまった。当然、彼女がそれを聞き逃すはずがなく、猛烈な勢いで過去のことを聞いてきたため、仕方なく黒歴史を伝えた。

『というわけで、今でも馬鹿にされるのが怖くて女の子とはまともに話せないんだよ』

『なるほどね。でも、君はそれでも合コンに参加を決めたんだからさ、少しは前進していると思うよ』

 馬鹿にされるかと思いきや、彼女はまるで俺の背中を押すように励ましてくれた。

『なんか今の言葉、まるで姫みたいだな』

『姫?』

『あ、いや、俺の友達のこと。俺が壮大に失敗してしばらく周りから笑い者扱いされたんだけど、そいつだけはずっと俺を慰めながら励ましてくれたんだ。そのおかげで、なんとか立ち直ることができたんだ』

 若林のことを説明する間、昔のことが頭によぎってきた。みんなに馬鹿にされ、不登校になりかけた俺を、唯一変わらず接してくれたのは若林だけだった。

『だったら、姫って男の子は君の救世主なんだ?』

『まあね。あいつもちょっと変わっているけど、俺にとってはかけがえのない大親友でもあるかな』

 若林に関しては、感謝してもしきれないくらいに恩を感じている。実際、若林が変わらず接してくれて、一緒に色んなことを泣き笑いできたからこそ、立ち直れたと本気で思っていた。

 そんな胸の内を明かすと、彼女は嬉しそうに笑っていた。その笑い声に、いつも築いていた変なフィールドがいつの間にか薄れていることに気づいた。

『君、今うまく話せてるよ』

『え?』

『やっと素の君が見れた気がする。いつも変な感じなのに、今の君は普通に話せてるよ。だから、もっと自信を持ったらいいんじゃない?』

 茶化すように笑ってくる彼女だったけど、その口調に嫌味は感じられなかった。

『別に、俺はいつも通りだけど?』

『その強がりがなかったら満点なんだけどね。まあ当たって砕けろの気持ちでさ、合コン楽しんできたらいいよ』

『砕けたら意味ないだろ』

 けらけら笑う彼女にツッコミを入れる間、なぜか胸の鼓動は今まで以上に勢いを増していた。

『あのさ』

 からからに乾いた口からむりやり言葉をひねり出したけど、その先がなかなか言えずに口ごもる。本当は彼女のことが色々知りたいのに、なぜか急にまたいつもの自分に戻ったような気がした。

『あ、ごめん、もう終わりにするね』

 タイムリミットの十二時をいつの間にか迎えていたようで、彼女は慌てて電話を切った。

 ――ったく、お前はシンデレラかよ

 強制終了となったやりとりの余韻が残る中、徐々に彼女への疑問が膨らんでいった。

 ――なんで十二時なんだ? というより、そもそもお前は何者なんだ?

 ベッドに寝転び、なにもない天井に彼女の幻想を浮かべながらひとり呟いてみる。

 当然、答えは返ってくるはずはなく、また今夜もあまり眠れそうにない気がしてきた。