放課後、文化祭の準備に取りかかった俺は、出し物のセットを作りながらこの気持ちをどうしたものかと思案していた。

 ――ほんと、彼女の目的はなんだろうな

 木材に釘を打ち付けながら、電話の主の狙いを考えてみる。気になる点としては、彼女は決して正体をあかそうとしないことだ。さりげなく聞いてもスルーされたし、どこに住んでいるのかといった情報も一切口にすることはなかった。

 だからかはわからないけど、自分のことを答えない代わりに彼女が俺のことを聞くこともなかった。それなのに、今にして思えば彼女は俺が高校生だと最初からわかっていたし、話す内容もまるで俺のことを知っているようだった。

 それに比べ、俺が彼女のことではっきりわかっていることは、声がきれいということぐらいだ。毎晩耳もとでささやかれる心地よい声につられて勝手な想像は膨らんでいき、いつしか一人の完璧な美少女像を作り上げていた。

 そんな妄想を抱くことが馬鹿らしいことは、自分でもよくわかっている。よくわからない幻想に恋をしていることが、いかに気持ち悪いかもよくわかっているつもりだ。

 けど、だからといって自分を制御できないのも事実だった。気づけば彼女のことを考えているし、早く夜にならないかと願う自分がいた。

「おい、藤原ちょっといいか?」

 答えの見えない彼女のことを考えていたところに、急に田代が俺の肩に腕を回してきた。

「な、なんだよ急に?」

 いきなりの田代の声に驚いたせいか、自分でもびっくりするぐらいに声が裏返ってしまった。

「実はよ、今度隣のクラスの奴と遊ぶ計画立ててるんだけど、その時に篠田真希を呼んでもらえるようになったんだ」

「篠田真希って、あの篠田真希?」

「馬鹿、声が大きいって」

 田代の口から出た学年一の美少女の名前に一気に興奮した俺を、田代が慌ててせき止めてきた。

「実は俺が狙ってる子をつれてくるように頼んだら、篠田もついてくることになったらしいんだ。まあ早い話、合コンみたいなもんと考えたらいい。なあ藤原、このチャンスにのっかってみないか?」

 突然の田代の提案に、一気に心音が加速していく。篠田と仲良くなれるチャンスということなら、男クラメンバーで拒否するのは若林ぐらいだろう。

 当然、田代の提案にのりたいのはやまやまだった。けど、過去の失態が急に脳裏に蘇った俺は、言葉に詰まってなにも言えなくなっていた。

「どうした?」

「いや、別にこのクラスの奴なら誰だってのっかる話だと思うけど、俺には荷が重いというか……」

「なんだ、まだ昔のことを気にしてるのかよ?」

「いや、まあ、そういうわけじゃないんだけど」

 図星をつかれ、否定する言葉を探してみたけどうまくいかなかった。田代の言う昔のこととは、俺が中学の時に経験した黒歴史だった。

 中学の時、初めて好きになった女の子と仲良くなれるチャンスを、今の田代のようにくれた奴がいた。そのチャンスにのったまではよかったけど、初めてのことだらけで緊張していた俺は、せっかく用意してくれた場で激しくスベりまくっていた。

 その時に味わった恥ずかしさと惨めさは、今も拭えないままでいる。初めて好きになった女の子から向けられた呆れた瞳は、今も思い出すだけで意識が揺らぐほど胸をかき乱してくるものがあった。

「だったらなんだよ? まさかお前、好きな女の子ができたとかいうのか?」

 言い淀む俺に不審な目を向けてきた田代が、さらに核心をつくような質問をしてきた。

「いや、だから、そういうわけではないんだよ」

「だったらなんだよ?」

 どう答えていいかわからず狼狽する俺に、田代が眉間にシワを寄せ始めた。といっても、田代は訝しげにしているわけではなく、むしろ俺を心配しているようにも見えた。

「なあ藤原、お前もっと楽に考えた方がいいぞ」

「なんだよ、楽に考えるって」

「お前がなんで断ろうとしているのかはわからないけどよ、ただ、昔のことを気にしているなら、その話はもう終わったことだとして割り切るチャンスだと考えてもいいってことだ。別に今度のことで彼女を作れとか言ってるんじゃない。もし他に好きな女の子がいるなら、その子にアタックする練習ぐらいに考えてもいいって意味だ」

 俺のことを案じてか、田代はやけに優しい口調でさとしてきた。確かに、今でも女の子を前にするとうまく話せず空回りするけど、田代の言うとおりに練習だと思えば気分はいくらかマシだった。

 それに、彼女と今後どこかで会うようなことになったとしたら、少しでもうまく話せるようになっておいて損はなかった。

「わかった、その話のるよ」

 一瞬考えたけど、俺は田代の話にのることにした。考えただけでもやっぱり緊張してしまうけど、決めたのには彼女の存在が大きかった。

「田代、お前って意外といい奴なんだな」

「馬鹿、意外ってなんだよ。誰が見ても俺はいい奴だろうが」

「でも、この話、鉄の掟に反しないか? 他の連中にバレたら、きれいに三枚おろしにされても文句は言えないぞ」

「その点は、はっきり言って気にする必要はない。いいか、リスク恐れてたら、結局なにも始まらないだろ?」

 今朝はあれほど鉄の掟を力説していたのに、今の田代はゴミ箱に捨てるかのように鉄の掟を雑に扱っていた。

 そんな田代の態度を、俺は嫌いではなかった。むしろ頼もしい仲間として尊敬の念さえ抱き始めていた。

「じゃ、詳しく決まったら連絡するから。楽しみにしておけよ」

 固い握手を交わしながら、田代が満面の笑みを浮かべてくる。その笑みに、俺も精一杯の笑みで返した。

 ――合コンか

 思いもよらない展開に胸がざわつく中、俺は彼女の幻想を思い浮かべて密かに気合いをいれた。