その電話は、毎日決まって二十三時にかかってきていた。

 今日も変わらず定時にかかってきた電話をとると、神聖な男子高校生の部屋には似つかわしくない軽やかな女子の声が響き渡り始めた。

『今日もちゃんとでてくれたんだ』

 明るく弾むような声から、彼女の緊張が解けるのが伝わってくる。それもそのはず、俺が彼女の電話にでる義務も必要も本当はなかったからだ。

 彼女とつながったのは、一ヶ月前のことだった。突然かかってきた知らない番号。最初は無視したけど、くり返しかかってくるしつこさに根負けしてでてしまった。

 予想通り、間違い電話だとすぐに気づいた。けど、思いつめたように話す彼女になかなか間違っているとは言い出せず、結局、一方的な話を延々と聞くはめになってしまった。

 そのことがきっかけで、顔も名前も知らない彼女と仲良くなった。彼女は知り合った男性に電話するつもりだったらしいけど、なぜかその後も俺に毎晩電話をかけてくるようになっていた。

『別に、暇だからでただけ』

『なにそれ、電話くるのを待ってたとかかわいいこと言えないの?』

『あのな、どこの世界に間違い電話を待つ奴がいるんだよ』

『それはもちろん、君だよ。それに、これは間違ってかけてないから。君と話したくてかけてるんだからね』

 彼女に対してまだ抵抗がある俺は、ぶっきらぼうにしか対応できなかった。そんな俺に、彼女はあきれることなくたたみかけてきた。

 本当は、電話がかかってくるのを待っていた。二十三時が近づくにつれて、一分が一時間に感じるくらい首をスカイツリーのように長くしていた。

 なのに、電話がかかってきたとたん、変なフィールドができたかのように素直になれなかった。変に悪ぶった態度は、かなり痛い奴と思われているだろう。それでも自分をうまくコントロールできないのは、元々自分の意見をうまく言えない性格が災いしているからだった。

 もちろん、もっと素直になって楽しめばいいというのはよくわかっている。これまで、何度も引っ込み思案のせいで青春を灰色にしてきたのも事実だ。

 けど、わかっていても自分では変えることができないでいる。今も本当は色んなことを彼女から聞きたいのに、馬鹿みたいな態度を取ることしかできないでいた。

『君ってさ、彼女いないよね?』

 俺の心境などおかまいなしに、急に彼女がずかずかと俺のプライベートに踏み込んできた。

『あのな、彼女がいたらこんな電話にでるかよ』

『そっか、そうだよね、そうだよね』

 ちょっと慌てながらも、どこか安堵したような口調に、胸の中が一気にざわついていく。俺に彼女がいないとして、それをよかったと思うかのような彼女の態度に、なぜかテンションは爆上がりしていった。

 その後も、日付が変わる直前まで他愛もない話は続いていき、最後は後ろ髪を鷲掴みされる気持ちの俺に、彼女はこれまで同様にきっちり一時間で電話を切った。

 ふっと息をつき、そして長いため息をつく。ピッチの上がった鼓動だけが、静寂を取り戻した部屋に広がっていた。

 画面が暗くなったスマホを握りしめ、ハイテンションになった気持ちが落ち着くのを待つ。会話の後に襲ってくるのは、今日も素直になれなかったことへの後悔ばかりだった。

 ――ほんと、おかしな話だよな

 真っ暗になったスマホの画面。そこにわずかに反射した自分の姿に呟いてみる。この状況は、考えるまでもなく本当におかしな話としか思えなかった。

 名前も顔もわからない相手。わかっていることは、同じ年齢と耳触りのいい柔らかな声をしているというだけだ。

 ――ほんと、どうかしてるな

 たった一ヶ月間の他愛もない電話だけの関係。なのになぜか俺は、彼女の声にがっちり心を掴まれてしまっていた。