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大地が投げてきたボールをキャッチして、そのまま送り返す。
「なぁ大地」
「ん?」
「ヒーローになり損ねたな」
「おうよ。最後まで俺を信じてくれた監督を、欺いちまった」
「だな」
「……いや、慰めねぇの?」
「俺が? 大地を?」
「うん」
「はははっ。まさか。え、何、まさか大地、俺に慰められたいの?」
「……太一ってホントいい奴だよな」
大地は泣き笑いの顔で白い歯を見せた。褒めてんのか貶してんのか分からない。
ジーワジーワ、パシンパシン。
「あーあ。引退だよ。そんで受験だよ」
「頑張れ」
「他人事じゃないだろ、太一も。全国大会っていつ? 引退しないわけ?」
「十月。引退はしない。つーかできなくね? その全国目指してやってきたんだし。最後まで出させてよ」
音大に行く人ならまだしも、音楽系の進路を希望していない受験生が10月まで部活をやってていいのか、という声は親御さんから出ないわけではない。ただでさえ受験生にとって大切な夏休みを、コンクールに注いできたのだ。それが終われば受験に身を入れてくれる、と家族は考えるだろう。
勉強をしないといけないことは、本人が一番よく分かっている。楽器は一日サボると取り戻すのに三日かかると言われているので、休みは今日だけで明日からまた練習が始まる。だから勉強は二の次になる。それでも、俺たちは全国へ行きたい。いや、行くのだ。
「いいなぁ太一は。まだ部活やれんのか」
「だろ? 俺の青春はまだ終わらないんだぜ」
「……ダサいなそれ」
「安心しろ。言った本人が一番そう思ってる」
俺が投げたボールは、大地のグローブに吸い込まれるように入っていった。パン、と心地いい音が響く。
夏の空は心なしか位置が高い。
「でもさ、大地」
「うん」
「大地が空振り三振で終わってよかったって思うよ。これで見逃し三振だったら今日のキャッチボール断ってたわ」
そう言うと大地は「あはは」と声に出して笑った。
「そうだな。確かに最後は思いっきり振ったしな。だから悔いもない」
大地の投げたボールが俺のグローブにスッポリ入る。バシン。うーん、やっぱり強い。
「プロ目指さねぇの? 大地だったら球団から声掛かりそうだけど」
「んー。プロ野球選手になろうとは思わないな」
「なんで? 上手いのに」
「……じゃあ太一はプロのトランペット奏者になろうと思ってんの?」
「……いや? 思ってない」
「それと一緒だよ」
「あーね」
キャッチボールというのは中々面白いな。ただボールを投げ合うだけじゃなくて本音まで投げ合えるなんて。このまま大地の好きな人とか聞いてみたい気もするが、「女より野球!」って言われそうだからやめとこう。
「プロの野球選手は目指さないけどさ」
「うん」
「大学でも野球はやりたいと思うよ」
「……そうか。俺もトランペットは続けたいと思ってる」
「あ、いたいた! 太一ぃ! 大地ぃ!」
キャミソールと短パンにサンダルを履いた大地の妹が、手を振りながら公園に入ってきた。大地が「二人いると絶対太一を先に呼ぶよな」と呟く。そうなの? 気にしたことなかった。
海美は何かが入った袋をカサカサと掲げた。
「アイス買ってきた! 食べる?」
「おぉ、サンキュー。ほれ、太一」
「おう。いただきまーす」
大地から棒のついたアイスキャンディーを受け取る。やった、俺の大好物のゴリゴリくんのソーダ味だ。シャリシャリ触感がたまんないんだよな。いいね、夏最高だね。
海美は何事もなかったかのように「太一、全国出場おめでとー!」とアイスを掲げて乾杯を求めてきた。
おずおずと自分のアイスを差し出しながら「この前はごめんな」と謝罪を添えた。海美は一瞬キョトンとしたが、すぐ笑みを浮かべて「タイミングが悪かったんでしょ。全然気にしてないよ」とアイスをかじった。
海美っていい奴だよな、と時々思う。時々だけど。
「私の奢りなんだからねー。味わって食べてよ」
「げ。毒とか入ってないだろうな」
「何よ、太一。文句言うならあげません」
「いや、もう開けちゃったしな。食べないと溶けてもったいないし」
「別にいいよ。私が二個食べるし」
「いやいや……っておい、マジで食うなよ! おい、手を離せっ」
「うーん、美味しい! やっぱり自分のお金で買ったアイスは格別だよねー!」
「おいふざけんな……って近いんだよ! 離れろバカ」
「バカって言う方がバカなんですぅ」
「……太一。俺、帰ろうか? 邪魔だよな?」
「何でだよっ!」
数秒でアイスが砂場に吸い込まれるほどギラギラした太陽の下で、俺たちは確実に前を向いて進んでいる。立ち止まってた期間もあるけれど、進みだした時計はもう歩みを止めることを知らない。俺たちの青春も、きっと、そんな感じだ。
「ねぇ、写真撮ろ! 自撮り!」
「最近の子はすぐ写真撮りたがるよな」
「太一、それジジイの発言だよ」
「太一、それジジイの発言だな」
「ハモんな兄妹!」
今日もトランペットは高らかに鳴り響く。限りない青春を、歌うために。
「もう、いいから、ほら撮るよ~! ハイ、チーズっ」
パシャッ。
END.