「太一。改めて全国出場、おめでとう!」

 キャッチボールにしては獲物を目がけて飛んでくる鷹のような速さの白球が投げられる。

「ぎゃっ! おい怖ぇよ! 俺が野球から離れて何年経ってると思ってんだよ!」

 大地と同じように剛速球で返したいのだが、いかんせんすっかり肩が弱くなっている。腹筋なら負けない自信があるのに。

「悪い。どうしても太一を前にするとバッテリーの血が騒いで」
「……お前、俺のこと好きすぎない?」

 パシン、パシン、とリズムよくお互いのグローブにボールを収めていく。あぁ、そうそうこんな感じだった。でも何か少しだけ違和感がある。

「なぁ大地。何か、球、小さくね?」
「は? そりゃ太一の手がデカくなったんだろ」
「……なるほど」

 成長の証を確認するのに結局野球なわけか。思わずフッと鼻から息が漏れた。

 公園の木に止まったセミがジーワジーワと大合唱している。太陽は真上にあり、大地のおでこには玉の汗が浮かんでいた。

「そうそう。海美のやつ、本当に実況してきてたぞ。コンクール終わってスマホ見たら通知が200件越え。グループメッセでもそんな溜めたことないのに。あれは恐怖だったわ」
「ははっ。それはそれはご迷惑をおかけしまして」

 パシン、パシン、ジーワ、ジーワ、パシン、パシン。キャッチボールとセミの声が交差する近所の公園。大地とキャッチボールをしながら、俺は昨日のことを思い返した。


────


 試合もコンクールも昨日だった。野球の決勝戦は午後二時から、吹奏楽の支部大会の出番は午後四時から。会場に向かうバスの中で、海美から一通目が来た。

『もう少しで始まるよ! 太一も頑張って!』

 イルカが「ガンバ!」と書いたプラカードを持っているスタンプがその後に続く。

 俺はスマホの電源を切った。別に海美の通知がうるさかったわけではない。野球の結果で一喜一憂されないように、スマホで試合結果を追うことをコンクール組全体で禁止されていたのだ。決めたのは自分たち。野球部も頑張ってるから俺たちも頑張ろう、というモチベーションにしたかった。

 出番が終わる頃には試合も終わっているだろう。結果を知るのは自分たちの演奏が終わった後だ。

 そりゃ気にならないわけがなかった。なんせ甲子園の決勝だ。テレビ中継だってされている。うちの家族も大地の勇姿を見ようとテレビにかじりつくと言っていた。息子のコンクールよりもそっちが大事だって。まぁ別にいいけど。

 でも本番が近づくにつれ、俺たちは目の前のコンクールに集中した。楽屋での音出し、チューニング、課題曲の出だし、自由曲の出だし、曲のイメージ、音の処理、縦の線と横の線……すべてを55人で共有して舞台裏で出番を待つ。

 舞台裏に行くとまだ前の学校が演奏していた。不思議なことに舞台裏だと他校の演奏がめちゃめちゃ上手く聞こえるからすごく凹む。

 俺は目を閉じてソロの部分をイメトレした。派手すぎず地味すぎず、跳躍は力まないで、十六分音符による三連符は転がらないように。頭に鳴り響く吹奏楽の音に合わせて、青い空に白球が打ち上がるのが見えた。誰かが「オーライ!」と声を上げる。そこにトランペットの音を重ねて、一緒に甲子園に連れて行ってもらう。

 野球部の甲子園と、吹奏楽部の甲子園。舞台は違えど、目指す場所は同じだ。

 大きな拍手が観客席から聞こえた。前の学校の演奏が終わり、椅子と譜面台の位置が職員の手によって変えられていく。

『コンクールのソロで音外したら腹抱えて笑ってやるよ』

 誰が外すもんか。今に見てろクソ大地。

 俺は目を開けて、舞台へ行くための一歩を踏み出した。