前後左右、どこを見ても人ばかりで、この中から誰がどこにいるかを見つけるのはどんなかくれんぼ絵本よりも難しいと思っていた。
ザワザワしていて、声すら通らないこの中で。
でも彼女だけは違ったんだ。
まるで透視メガネをかけているみたいに、まるで彼女にだけスポットライトが当たっているかのように、一瞬にしてどこにいるのかが分かる。
そしてまっすぐ彼女に向かって手を伸ばせば、この一瞬は僕たち二人しかいない空間になったかと錯覚してしまうほど、簡単に手を取れる。
名前を呼んでも、対静かな空間で電話をしているのかと思うほど、一度も曲がることなく一直線に彼女の元へと届く。
人生初めての恋はわからない事だらけで、きっと何度も傷つけてしまうようなことをしてきたと思う。
でも今日、どうしても伝えたいことがある。
大事な指輪が入ったシックで頑丈な、黒くて小さい紙袋を片手に、彼女の待つ家へと急いだ。