住宅街を走っていると、前方からもこちらに向かってきている人の影が見え始めた。

「――――白野君!!!!」
「蝶赤先輩!!!」

 無事に曄途と合流ができ、膝に手を置き息を整える。
 優輝も流れ出る汗を拭いながら口角を上げ、曄途の肩に手を置いた。

「無事に合流出来たな」
「まったく、人にここまで心配かけておいて、平然とした顔を浮かべないでください」
「へぇ、お前も俺の心配をしてくれていたのか? それは嬉しぃねぇ」

 いつものようにおちゃらけた感じに言う彼に、曄途は迷うことなく大きく頷いた。

「当たり前です!! 僕の、大切な友人なんですよ。心配します!!」

 素直な言葉で怒られた優輝は一瞬きょとんとするが、なんと返せばいいのかわからず舌打ちを零しそっぽを向いた。
 黒髪から覗き見える耳は赤く染まっており、二人は笑った。

「素直じゃないんだから」
「うるさい。早く、この一輪の薔薇に白薔薇を入れ込むぞ」

 優輝がポーチの中にしまい込んだ、赤と黒の薔薇を取り出し、曄途へと渡す。だが、今までの話が分からない彼は、何故赤と黒が混ざっているのか、何故渡されたのかわからず困惑。
 一華が優輝を睨みながらも、ため息を吐き女神様との話を簡単に説明した。



「わかりました。では、これに僕の白い薔薇を足せばいいのですね」
「お願い」

 左手に黒と白の薔薇を持ち、右手を添える。息をゆっくりと吸い、曄途は個性の花である白い薔薇を出した。

 光と共に一輪の白い花が右手からゆっくりと出され、黒と赤の薔薇に重なった。


 ――――――――カサッ


「あれ?」
「ん?」
「交わらない…………?」

 出てきた白い薔薇は黒と赤の薔薇に入り込むことはなく、カサカサと音を鳴らすだけ。何度か重ねるが結果は同じ。

「なんで? 私達の時は重なったのに」
「新たに作り出さないと出来ないとかではないですよね?」
「え、マジ?」

 三人が顔を見合せていると、人の声が微かに聞こえ始めた事に気づく。

「っ、女神の効果が切れたんだ」
「まずい、早くしないと!!」

 一華と曄途が焦る中、優輝は冷静に右手を前に出した。

「さっきの、やるしかねぇ。三人で同時に薔薇を出すぞ」

 優輝の言葉に二人は力強く頷いた。

 三人は右手を前に出し、頷き合う。準備が整ったこと確認すると、一華が代表して音頭を取った。

「行くよ。三、二、一!!」

 一華の音頭に合わせ、三人は一斉にそれぞれの色の薔薇を光と共に出した。

 三人の薔薇は中心に花咲き、重なり合う。すると、強い光が放たれ、突風が吹き荒れた。
 吹き飛ばされそうな一華を優輝が支え、曄途は地面を踏みしめ耐えた。

「何ですかこれ!!」
「耐えろ!!」

 突風が三人を襲い、吹き飛ばされないようにするので精一杯の三人。何とか耐えていると、薔薇を包み込んでいる光から、黒、赤、白の薔薇の花びらが舞い上がり始めた。

「っ。これは――――」
「これって、優輝!!」
「あぁ、成功したらしいな」

 曄途が舞い上がる花びらを見上げ目を輝かせ、一華が優輝に向けて笑みを浮かべる。

 二人が見た、先程の光景と同じ。舞い上がった花びらは、三人を労うように星空を舞い踊り、中心の光は徐々に落ち着き、中からは三色の薔薇が姿を現した。

「これ――――あっ」

 一華が薔薇を見た後、二人を交互に見る。すると、自然と三色の薔薇は淡い光により空中へと浮かぶ。
 上へと舞い上がった赤と黒、白の花びらを追うように三色の薔薇は街を見下ろせる高さまで上がると、四方に飛び散った。
 流れ星が落ちているような光景に目が奪われる。

 三色に光る花びらが街に降り注ぎ、辺りを明るくした。
 先程まで殺伐としていた街は静かになり、警察や教師達、街人は星空から降り注がれる光に目を奪われていた。

「これで、個性の花は無くなるんだよね?」
「女神が言うにはな」
「なら、これで優輝は嘘をつかなくても良くなるね」

 満面な笑みを浮かべた一華に見上げられ、優輝は唇を尖らせ顔を逸らし、頬をポリポリと掻く。
 照れている彼を横目に、曄途は面白そうに笑った。

「素直なのは大事ですよ、黒華先輩」
「黙れ」

 二人の会話を見て、一華はお腹を抱え笑い出した。
 彼女の笑い声を聞き、二人はお互いにらみ合うが、すぐに笑いが込み上げ一緒に声を上げ笑いだした。

 その時、一華は思い出したかのようにポケットからある物を取り出し、優輝に渡す。

「そういえばこれ、路地裏で拾ったの。毎日つけているから大事な物なのかなって」
「ん? あ、これか」

 一華が取り出したのは、リング状になっているピアス。
 優輝がそれを受け取り、お礼を言って耳に付けていると、一人の足音が聞こえ始めた。
 三人が音の聞こえた方に顔を向けると、そこには、一人の燕尾服を着た男性が、ぼさぼさな白髪交じりの髪を、ぐしゃぐしゃと掻きむしりながら立っていた。

「じ、じぃや?」
「坊ちゃん、今の話は、なんでしょうか? 個性の花が、なくなる? そんなこと、あってはなりませんよ。個性の花がなくなってしまえば、貴方の価値はガクンと下がってしまいます。時期社長として、それはあってはならない事なんですよ。坊ちゃん?」

 俯かせていた顔を上げると、三人は驚愕。恐怖で体が動かず、震えてしまう。

 顔を上げた執事は、気が狂ってしまったかのように焦点の合っていない目、土色に近い肌色。憔悴しきっているような顔を浮かべ、曄途を見ていた。

「坊ちゃん、だめです。さぁ、こちらに来なさい。貴方はまだまだ前に進めます。私を信じてください、昔のように――……」
「ひっ!?」

 曄途に手を伸ばし近づいて来る執事に、一華は小さな悲鳴が口から零れる。同時に、優輝が執事に向かって走り出した。

「黒華先輩!?」
「優輝!!」

 二人の声を背中で聞き、優輝は執事に向かい走り、手を伸ばした。

「悪いが、あいつは俺達の友人だ。お前の人形にするわけにはいかねぇな!」

 伸ばした手で執事の胸ぐらを掴み、力任せにぶん投げた。


 ――――――――ダンッ!!!


「がはっ!!」

 投げられた執事は、背中を地面に強く打ち付けたため、目を見開き動かなくなる。優輝はそんな彼を蔑んだ瞳で見下ろした。
 目を細め、動かなくなったことを確認すると、ポケットに手を入れ背中を向ける。

「個性の花で、これ以上人生を狂わされてたまるか」

 誰に言う訳でもない言葉は、誰の耳にも届くことなく虚空に消えた。
 一華達へと戻る優輝。二人は彼に怪我がないか不安そうに見上げている。

「優輝、怪我は?」
「ん? あぁ、だいじょっ――……」

 何時ものように”大丈夫”と言おうとした優輝だったが、一華の顔を見て言葉が止まる。

 不安そうに、本気で心配してくれている一華と曄途に、優輝はいつものように言えない。
 言おうとすれば、胸が締め付けられ、苦しくなる。

 今まで感じた事はなかった、気にしたことはなかった苦しさ。これは、個性の花がなくなるのと関係があるのか。
 胸を押さえ、顔を俯かせた彼に、二人は顔を青くして慌てた。

「え、まさか怪我したんですか!?」
「黒華先輩!?」

 慌てる二人の声を聞き、優輝は突如お腹を抱え笑い出した。
 口を大きく開け、豪快に笑う。なぜ彼が笑い出したのかわからない二人は目を丸くし、お互いに顔を見合せる。
 何も言えないでいると、優輝が目に浮かぶ涙を拭き二人を見た。

「あー。いや、悪い悪い」

 まだ困惑している二人の頭をなで、笑みを向ける。

「な、な?」
「壊れました?」
「白野、お前俺に対して当たり強くね? 大事な友人なんだよね?」
「普通です」
「そんなことないだろ…………」

 今度は自身の頭を掻きながらため息を吐き、立ち直す。
 まだ心配している二人を見て、優輝は自身の腕に手を添えた。

()()()()()()()()()。見てみるか?」
「はい」
「即答かよ」
「優輝の”大丈夫”と”怪我はない”などと言った言葉は信じないと決めたので」
「酷いなぁ」

 空笑いを零し、優輝は腕まくりしようと袖を掴む。一瞬、躊躇したが、覚悟を決め、一華達の前で初めて腕をさらした。

「「っ!!」」

 優輝は色白の腕には、無数の切り傷。結構前に付けられたものばかりで、痕になり残っていた。

「これって…………」
「まぁ、お前らの予想通りだと思うぞ」

 優輝の切り傷は、自分でつけた物。

 昔は黒い薔薇と言う理由だけで酷い目にあわされてきた。そのため、精神は安定せず、よく自傷行為をやっていた。
 高校生になりだいぶ落ち着いたが、昔行ってしまった行為は消えない。体に消えない傷として刻まれ、一生背負って行かなければならなくなる。

 二人は彼の腕を見て、言葉を失った。
 そんな二人を見て、優輝は申し訳ないと眉を下げ、袖を下げ腕を隠そうとする。

「わりぃな。気持わりぃもん見せて…………」

 悲し気な笑みを俯かせ、袖を下げようとすると、それより先に一華が彼の傷ついた腕を優しく両手で包み込んだ。

「っ、一華?」
「優輝。もう、一人で背負わないで。今は私がいるよ?」

 涙の膜が張られている黒い瞳を向け、彼の真紅の瞳と視線を交差させる。

「これからは、優輝の傷は、私も背負う。ずっと、一緒だよ」

 一粒の涙を零し、一華が優輝にお願いした。
 驚きで開かれた真紅の瞳は、彼女の浮かんでいる優しい笑みを映し、微かに揺れる。
 震える唇を動かした優輝の頬には、一華と同じく、一粒の雫が流れ落ちた。


 街に降り注いだ花びらは、三人を祝福するように舞い落ちる。
 最後に残ったのは、三人の未来を明るくする、笑い声だった。