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「朝日、図書室行く?」
お昼ご飯を食べ終わったあと、琉斗が言った。
「え、行く!行きたい!」
本大好き。一日で20冊は読める。
図書室まであるのか。まあこの規模ならありそう。琉斗って本なんか読むのかな。
『まったくと言っていいほど読みませんよ。』
「あ、そうなの。」
そろそろsoraが勝手に読み取って話してくるのも慣れてきた。
じゃあなんで作ったんだろう。
『いつか来る人のためですよ。』
……ふーん。待ってる人がいるんだ。琉斗には。
この星で一人待ち続けるほど大切な人がいるんだ。
別に、だからといって、なんでもないけど。
誰なんだろう。どんな人なんだろう。
私の心は読み取ってるはずのくせして、soraは答えてくれなかった。
吹き抜けのほんとにショッピングモールみたいな場所を歩いていく。
建物の端まできたところで大きな木のドアがあった。木のドアと言ってもアンティーク系ではなくまっすぐな一枚の板という感じで美しい木目が映えていて、シンプルながらにオシャレだ。
ドアの横にはプレートがかかっている。【一期一会な図書室】
一期一会?本が、ってことかな。
ドアに近づくと自動で開いた。高級そうな見た目に反して自動ドアらしい。
「うわぁ……!」
すご、かった。
建物は高くて5階くらいまである。
螺旋階段のようになっていて、壁も階段も全てが本棚でできていた。
見た目のデザインとしては木の箱が複雑に重なっているような感じで、木の色もそれぞれ違うのでおしゃれだ。
中央はやっぱり吹き抜けで、天井は鮮やかなステンドグラスになっていた。
色とりどりの光が柔らかく降り注ぐ図書室はとても心地の良い空間だった。
おしゃれで近代的なデザインではあるものの、木の使い方や所々にはめられたステンドグラスやプリズムによって少しレトロな感じも出ていて懐かしさもある。木や本の紙の匂いが鼻をくすぐるけれどホコリっぽくはなく清潔感がある。
「いや〜、作ってから初めて来たけどなかなかいい出来じゃないの。」
「完成形見てなかったの…!?」
「本読まないしねぇ。」
「……。」
〈こんにちは〜朝日ちゃん!soraちゃん!あ、琉斗来たの?〉
コロコロと可愛い音をたてながらロボットがやってきた。話したってことはAIなんだろう。
この空間にロボットってちょっと合わない気もするけど、木を基調としてデザインされていて光も温かみのある薄いオレンジなので不思議と馴染んでいる。
「おい何だよ創った人に向かって来たの?ってなんだよ〜!しかもおまけ感半端ないし!朝日たちとの扱いの格差ひどすぎだろ〜!」
「琉斗、そんなAI相手にキレないの。ガキじゃあるまいし。」
『いや、ガキですよ。』
「ああ、そうだった。ごめんsora。」
「二人とも酷いよ!?」
〈仲良しだねー!〉
「そんなことない!」
「だろ!」
二人の声が重なった。
「はぁ!?いつ私があんたと仲良しになったっていうのよ!」
「俺と朝日は永久に仲良しだ。」
「カッコつけて謎ゼリフ吐かないでもらえます?」
〈まぁまぁ朝日ちゃん。どうせこいつの思い込みだってことは分かってるからほっとこ。〉
「おい!だから創り主に向かって…」
〈っていうかそうだ朝日ちゃん!!私ず〜っと待ってたんだよ!!〉
まだ何か言いたげな琉斗を放置して木のロボットが言った。
「待ってたって…私を?」
〈うん!あ、その前に自己紹介させて!!私は図書室司書のヒナです!〉
「司書さん、なんだ。」
〈うん!そうだよ!でねでね、私朝日ちゃんが好きそうな本たくさんリストアップしてあるの!読んでほしいなぁ!〉
ヒナはロボットなのにキラキラとした目で私を見上げてくる。
話し方やサイズ、声が小さい子供みたいでめちゃくちゃかわいい。
「私の好きそうな本?」
〈琉斗が私の中にプログラムした朝日ちゃんの好みの本から分析してこのタイプが好きなんだなと思って探した本たちがあるんだよ!〉
ステラに持ってきたやつは何十回も読み返してて大切なやつだけど飽きた。と言うか本を読む、という感じじゃない。
本が読みたい。でもこの中から選ぶのはあまりに無理な気がする。
じゃあやっぱりヒナに選んでもらったやつ、という選択肢が一番有効そうだ。とかなんとか言い訳気味に考えるけど結局は普通に本が読みたい。気になる。
もういい加減琉斗がなんで知ってるんだよってことは置いとくとしよう。
「読み、たい。」
〈やったぁー!!じゃあじゃあ、用意するね!〉
「うん。お願いします。」
〈何冊読める?〉
今日6時に帰って10時に寝るとして単純計算4時間。
「6冊くらいかな。」
〈オッケー!じゃあせっかく最初だし張り切っちゃお〜!!みんなー、いくよ!準備オッケー?〉
[イェッサー!]
ヒナの声に反応してまたどこからか新しい声が聞こえてきた。
こんどはたくさんいるようだ。
〈彼らは書庫に隠れてるAIたち!〉
[ですです!]
〈番号行きまーす!187番、5538番、7793番、4628番、324番、11758番!お願いしまーす!〉
[オッケー!!]
その瞬間図書室の各地にあるプリズムが動き出した。
プリズムは全部棚につけられてたらしく、棚自体が動いているらしい。
本はそれぞれ一冊につき一つの木の箱に入っていて、それが積み重なって棚に見え、階段に見え、オブジェに見えているだけ、という感じのようだ。
本はそれぞれ引っ込んだり押し出したりとお互い動きながらだんだんと集まってきて最終的に受け取り口までやってきた本をヒナが回収する。するとまた棚が戻っていって…
どんどん動いていく色の濃さの違う木たち。キラキラと光を撒いたように輝くのはステンドグラスの光をさらに弾くたくさんのプリズム。動かしてる機械の音なのかぶつかっている木の音なのか、棚が動くのと同時にコトコトとあちこちから音がした。その音とプリズムの光がデュエットをして、まるで音楽のように聞こえた。
驚くほど同じタイミングですべての棚が止まると同時に図書室に満ちていた音楽はぴたりと止まり、それぞれの場所で静かにひっそりと光を反射するだけになった。あまりの静かさに時が止まったかのように感じた。
一番の驚きと言えば、図書室がさっきと全く違う景色になっている事だろうか。
棚の並びや木の色、プリズムの位置が大きく変わっていて、あるものは同じなのに違う場所のようだった。
「おお!プログラム失敗したかと思ってたけど上手くいったねぇ!」
……そうか、これ琉斗が作ったのか…。
ありえない。めちゃくちゃすごい。
「一回一回内装が変わるようになってるんだぜ!2度と同じ内装にならないようになってるんだ!だから一期一会な図書室、ってわけ!はー、こんだけの数の棚があるからどっかで詰まったりぶつかったりするかなーとか思ってたけど意外となんとかなるもんだね!」
〈はい、朝日ちゃん!本です!〉
「…っ、あ、ありがとう。」
あまりにびっくりして、ヒナに話しかけられてもすぐに反応できなかった。
手渡された本には全て綺麗なブックカバーがかかっていた。柔らかな手触りの布は触り心地が良くて気持ちいい。
発色がいいながらに優しい色合いのカバーはただピンクや水色なんて言うにはもったいない色をしていた。
「綺麗なカバーだね。」
〈でしょでしょ〜!上から順に虹色、瓶覗、月白、白藍、若苗色、金糸雀色、っていう色なんだよ!全部日本の伝統色なんだよ!〉
「虹色…?」
どう見てもピンクだし…。少なくともレインボーカラーではない。
〈日本の伝統色で明るい灰みのピンクを虹色というの!〉
「へぇ、可愛い…。」
〈全部の本に違うデザインのカバーがかかってるんだよ〜!!明日も楽しみにしといてね!え、明日も来るよね?〉
「うん。そのつもり、と言うかそうしたいなぁ、と思ってる、けど。」
〈よかったぁ!明日も用意しとくね!〉
「ありがとう。」
そして私たちは図書室を後にした。