神社へ戻ってからも、清掃や祈祷といった一日の業務を通常どおりにやり終えて。

結衣たちは、再び犯人探しに乗り出した。

街の方へ出ていき、妖を見つければ聞き込みを行うなど、精力的に動く。
しかし別の証拠が出るわけでもなく、すぐに行き詰まった。

そこで一度集まって作戦会議をしたところ、深夜〇時にして、事態は思わぬ方向へ転がった。

今の状況はといえば、結衣は恋時とともに拝殿の陰に身を潜めている。
反対側の柱には、ハチと雪子も控えていた。

まるで刑事映画のワンシーンのようだ。あんぱんも牛乳もないけれど。

「証拠がないなら、作ればいい。って、伯人くんも無茶言うよね」
「そうですか? これくらいは知恵の範囲ですよ」

「少なくとも私にその知恵にはなかったよ」
「善人の結衣さんらしくて、いいと思いますよ。俺はそこまで白くはなれないので。それより、そろそろお静かに」

恋時は一本立てた人差し指を、唇に触れさせる。

その美しさときたら、このうえなかった。
今日の新月とは真反対、欠けているところが見当たらない。

今日一日、仕事を行いながら、結衣は彼をよく観察してみた。その結果として、ポケットの中の根付けと一緒にはやはり思えなくなってきていた。


姿格好は部分的に似ているけれど、別物としか思えない。

ぼろぼろになって色褪せた根付けと違って、なにせ恋時は完璧すぎるのだ。
薄明かりでもぼうっと輝く白銀の長髪も、見入ってしまうほど朱に澄んだ瞳も、それから──

「……どうかされましたか?」

まじまじと見つめてしまっていた。

どきっとして結衣が身体を跳ねさせると、脇に置いていた箒を引っ掛ける。

からんからんと軽い竹の音が、静かな拝殿に響いた。

恋時は結衣の肩を捕まえると、いよいよ結衣の口を掌で覆う。何度か頷くと、すっと離してくれた。

「いつ件の妖がくるか分かりませんよ。それとも、その箒で戦うおつもりですか?」
「……ご、ごめんなさい」

いわゆる待ち伏せ作戦だった。

金庫が盗まれたのは、銀行に行く直前で、お金が溜まっていたタイミング。


つまりもしかするとその妖は、お金のあるなしのを見抜けるのかもしれない。

そう推理した恋時が発案し、雪子が「なんかちょっと楽しそうね、漫画みたい」なんて深夜ごろにありがちな胡乱な調子で話に乗り、実行とあいなった。


結衣は、賽銭箱へ目一杯に心配の眼差しを送る。

囮にするため、中には実際お金を入れてある。今度こそ、生活費の一部だ。つまり今、結衣たちは明日からの生活を囮にしているに等しい。

気が気でない状態でいたら、拝殿の階段下が、つと淡く光る。
灯籠はもちろんつけていないから、なにかがきたようだ。

なにがでるのだろう。少なくとも、善なるものではない。

結衣は、唾を飲みくだし動向を注視する。
それは小さな球体だった。夜風に身体を乗せて、こちらへ悠々漂ってくる。


近くの木の葉を体に巻きつけると、それはやがて粉塵となり、腕と足となった。

木霊、だった。古くから生える大木に宿るとされ、なにかのきっかけで本体から別れた妖だ。

見る限り、化け妖になっているわけではないらしい。

今日の地鎮祭で聞いた、切られた大木の話がよぎる。滅多にみられない妖だけに、その木が化けたものなのかもしれない。


結衣は思わず飛び出しかけるが、恋時が腕を柵がわりに、通せんぼをする。
少し眺めていると、木霊は器用にも賽銭箱の中へ腕を潜らせた。


そして、決定的瞬間を捉えた。

お賽銭の一部を、自分の身体の中へ取り込んだのだ。

今度こそ、間違いない。反対にいた雪子やハチ同様、身を乗り出しかけるが、やはり恋時は手のひらを前後させ、全員を止める。

そして、どういうわけか、結衣の首、膝に手が回った。

目を瞬いていたら、次の瞬間には抱え上げられていた。

(……どういうことなの! というか、この歳でお姫様抱っこはないよ!)

仮にも二十手前である。

悲鳴をあげたいぐらいだったが、どうにか口を抑える。

恋時はほとんど無音の忍び足で、結衣を自宅の廊下まで連れて行った。
片膝立ちになった彼が、丁重に下ろしてくれる。

「なんで、捕まえないの!」

この家の壁は信用が低い。

なお小さな声で、結衣は抗議をした。
今この瞬間だって、お金が取り込まれていっているのだ。

「もし捕まえ損ねたらどうするのですか。逃げられてしまえば、意味がなくなってしまいますよ。それに、今、あの木霊が、盗んだ金庫を持っているわけじゃありません」
「そうだけど、またお金盗られちゃったらなんの意味もないよ! それに、明日はあれで野菜の特売りに行かなきゃなのに」

「大丈夫ですよ、心配いりません。盗らせてるんですよ、わざと」
「なんで、わざわざ……?」
「後ろをつけていくためです。あの木霊は、これからどこかへお賽銭を持っていくでしょう? たぶん、昨日の金庫と同じ場所へ」

なるほど、と結衣はそこでようやく納得できた。

盗まれた金庫のところまで、当の妖に誘導してもらおうというわけだ。

なにからなにまで、よく頭が回るものである。
改めて思えば、これも結衣の根付けにしては出来過ぎだ。IQが高すぎる。

「それにきっと、まだ金庫のお金は使われていませんよ。あの妖は、また盗みに入った。
 人なら理由がない場合もあるやもしれませんが、妖がお金を盗む場合は、明白に理由があるでしょうから、あの金庫のお金ではその目標に足りなかったと考えられます。……って、結衣さん?」

また答えの知れぬ問いを、考え込んでしまっていた。
結衣は、生返事をする。


「あ、うん! とにかく、尾ければいいんだよね」
「では、行きましょうか。ハチくんと雪子さんには、家で見張りをしていてもらいましょう。場合によっては、共犯がいる可能性もありますから」