彼は一人でいたから、きっと寂しいんじゃないかって思って。
 俺は、ひとりぼっちで怖かったから。


谷原(たにはら)、お昼、よかったら一緒に食べない?」

 四限目終了のチャイムとともに次々とグループごとに机をくっつけ始める。まだ入学式から二週間も経っていないというのに。
 俺にもいつも誘ってくれる人たちがいる。
 弁当を吐き出してしまわないように無理やりお腹に押し込んで、みんなと同じタイミングで相槌を打って、出来る限りつまらなくならないように返答をして。
 だけど、どうしてもうまく笑えなかった。それでも誰も気がつかない。俺の貼り付けたような下手な笑顔を誰も不自然に感じない。そのおかげで俺はなんとか寂しい思いをしないで済んでいるわけだ。

 高校に入って自分から話しかけるのは初めてだった。心臓がドクンドクンと波打つ。断られたら、無視されたら。そう考えると怖くて、でも、もしも彼が一人で寂しがっているなら、その気持ちがわかるのは俺だけかもしれないから。
 彼はスマホを少しいじってからイヤホンを外した。「なに?」という目で俺を見てくる。きっと聞こえなかったのだろう。

「ごめん、あの、もしよかったら昼ごはん、一緒に食べたいなって」

 緊張して声が硬くなった。うまく笑えているだろうか。彼が安心できるように。
 何も答えない彼に、「あの」と口を開きかけた、が。

「おまえ、オレをかわいそうとか思ってるわけ? おまえみたいに周りに合わせてヘラヘラしてる奴が一番ウゼえ。しかもいい子ぶって。ほんと迷惑」

 胸がズキっと痛んだ。恐れていた通り。
 なんだかもう、笑えてくる。

「そっか。邪魔しちゃってごめんね」

 俺はそそくさと彼の机から離れた。
 勇気なんて出さなきゃよかった。俺みたいな人間が誰かのために、なんて考えるべきじゃなかったんだ。
 
「おい栗岡(くりおか)、早く食べようぜ」

 呼ばれて振り返るといつものメンバーが俺を待ってくれていた。
 そうだ。俺はもう一人じゃない。今までとは違うんだ。
 大丈夫。自分に向かって強めに言い聞かせる。ここは新しい世界のはずだ。

「ごめんごめん。今行く」

 ああ。また、頬が強張っている。

 みんなの話は面白い。みんなは俺なんかにも優しい。だけど、俺はみんなが、人が、やっぱり怖い。
 誰もが少しずつ自分を見せて、相手を知ろうとして、受け入れようとして。そんな時期だってことはわかるけど、俺はきっとこれからずっと、誰にも心を開けないと思う。