翌朝、目を覚ますと既に月子からサークルメンバー全員に向けてメッセージが届いていた。「みなさん、お知らせしないといけないことがあります」いつになく神妙な出だしに、寝ぼけ眼を擦る。
 ――結城佑くんが、亡くなりました。
 えっと声が漏れ、思考が停止した。一番に思い浮かんだのは、これはまだ夢であるという想像。しかし、背筋の凍る感触も、指先の震える姿もあまりにリアルで、とても夢だとは思えない。詳細はまだわからないが、追って連絡する。月子はそう締めくくっていた。
 瑞希の手からスマートフォンがシーツの上に転がり落ちた。頭が真っ白になり、激しい動悸がする。四月一日に死ぬ。彼の言葉は本気だったのか。
 ふらつく足取りで廊下に出て階下の居間に入る。仕事に行く準備をしていた母がおはようと言うが、返事が出ない。「どうしたのよ」という台詞を背に、リモコンでテレビの電源を入れた。チャンネルを回すと、ローカルニュースの番組で、まさに彼の死が放送されていた。
 深夜、会社帰りの住民が、浮月川の河原で少年の遺体を発見したらしい。死因は恐らく溺死。ズボンのポケットに入っていた生徒手帳から名前が確認され、その後家族の立ち合いにより、南浜高校一年生の結城佑と断定。死亡時の詳細な状況等はこれから捜査が行われる模様。
 力が抜け、瑞希はその場にへたり込んだ。その様子を見た母は察したらしい。「結城くんって、この前来てくれた……」引きつった声に、瑞希はかろうじて頷いた。
 佑が入っていたサークルの代表として、月子には直接両親から連絡が入ったそうだ。翌日には、佑は下浮月橋から川に飛び込んで自殺したという事実が彼女から知らされた。信じられない思いで、瑞希は月子に電話を掛けた。電話の向こうの彼女もショックを隠し切れず、声を強張らせていた。
「警察が調べたら、部屋に遺書があったんだって、ご両親が教えてくれた。橋に行く途中の道の監視カメラにも映ってて、下浮月橋から飛び降りたんだろうって。だから、事件性はないって……」
「遺書って、なんでそんなことを」
「そこまでは、聞いてないよ。……でもきっと、とても辛いことがあったんだね。あれは冗談じゃなかったんだ、ちゃんと話を聞いてればよかった」
 月子は後悔しているが、その「辛いこと」を瑞希は知っている。彼の人生には「辛いこと」が多すぎた。全てが彼をいじめ、追いつめ、死を選ばせたのだ。
 けれど、なぜ一年後に死を設定したのだろう。どうして一年の余命を自ら課したのだろう。
 もっと聞けばよかった。問い詰めて気にかけていれば、佑は選択を変えたかもしれないのに。エイプリルフールだなんて馬鹿にした自分が憎らしくてたまらない。素直に言葉を伝えて、君は大切な存在なのだと訴え続けていれば、生きる道を選んでくれたかもしれないのに。
「あとで皆にも伝えるけど、明日お葬式だって。ずっきーも来るよね」
 結城佑の葬式。容易に頭に意味が入ってこない。ニュースも目にしたのに、月子から話を聞いているのに、まだ何かの間違いではないかと思っている。同姓同名の別人で、自分たちの知る佑はちょっと延山に留まっているだけで、すぐにひょっこり姿を現す気がする。そんなに心配でした? なんてけらけら笑いながら。
 行きますと返事をして、瑞希は電話を切った。見下ろしたスマートフォンに指を滑らせると、一昨日の会話が表示される。おめでとうの言葉。間違いなく、結城佑が茜瑞希に送った言葉。
 どこにいるの。
 送信ボタンを押したが、返事が届くことはなかった。