❄︎ EP1.掃き溜めに鶴
 
 人の一生など、短日月。
 それは、願いと夢のなか。
 授業のスケジュールのように、貼付された連絡を、SNSでみて、手さぐりで生きていく。
「所詮、我がものとおもえば、軽し傘の雪でありんす」と、流行りのダンスを、着物をしゃんと着て、踊る。私の家族は、そういうだろう。浮世の苦楽は、いいかえようがない。かきおくことはできない。
 困難も、笑おう。そうしていよう。世の流れとは、逆とは逆に。雪混じりの雨に似た涙を流しても、惨めでも、愚かでも、楽しく。
 笑顔でいれば、先は明るいと教えてくれる。
 心の痛みをなくしては、幸せを掴めない。迷うことはない。
 人生は、ときに、摩訶不思議。奇想天外。所謂、不思議な体験をしない人はいないだろう。突如消えた、海のアトランティス、大陸のレムリア。でも、それは実現したと、みた人がいたように。
 化学の進歩、技術の発展。それでも、【魔法】のようなできごとは、あるのだ。
 なにが、幸せなのか。
 それがわからなくて、毎日を死にたいと願う日も、必死に生きて、雪月花をみたいと願う日も、真実は小説より奇なり。
 真実が捏造されることも、事実が歪められることも、みたことがみえず、みえなくなることもある。
 私たちは、みるが放楽。
 得恋したことが、心に響く。朝焼けとともに沈むような存在だろう。
 けれども最期、それもまた、潤しく愛おしい。一寸の露性の夢となる。ーー【琴のなる音】。ーー雪が降るなかで、そぞろ歩きの吐息を、唐墨を、丁寧に摺って、文字にした手紙を破り、その心を表現するように、ある人が舞う。ーー【笛のなる音】。ーー足をとめて、雪を、幻影のように懐かしんで手にとる。ーー【三味線のなる音】。ーー勘定は、日々新たにすべしとは、よくいった諺だ。
 誰かとの日々を実感して、うけいれて、生きていくのだ。
❄︎
 ちらりほらりと、雪まじりの雨が残す。髭をはやした、印象深い長命が、はなす。
「2035年8月。前代未聞の異常気象。世界中を驚愕させたこと。それは、四季が豊かな国での【魔法】。日本の夏は、世界一の暑さを誇る国であった。100年、いや、10000年前は、それほどではなかった。だが、60度が平均気温となる。外を歩くと肌は爛れて、永遠に焼き焦げの、あとをつける。熱帯地域で生息できない、夏の花は枯れて、虫や動物などの、死体をみるようになった。人々は、人工冷却の日傘や衣類、湿度をさげる扇風機を身につけて、灼熱の太陽のもとを歩く。熱中症で死者数が、人々の死亡原因となる。それは、日本だけにとどまらず、人類滅亡説が、あとをたたない」
「そんなときだった」と、きりきりと澄明な声が、「ここからは、僕の番よ」と、はなす。
「永遠に語り継がれる【真夏の豪雪】。このできごとは、60度の猛暑から、5度の真冬へ。真夏から真冬へ、と、気温と季節が、かわった。これが、のちに語り継がれる、【真夏の豪雪」。以降、日本の夏は毎日、28度を保つように、夏を快適に維持した。この日は、歴史に残る日だ。……まぁ、だいだい、間違いがないわね。これが、真実よ」
 その声の主は、雪の結晶を、手で創りながらいう。
「それで、この、はなしには、続きがあるのよ。ここで終わるって決めつけた、人に、ざまあ〜」
「『ざまあ』は、品格をおとすので、やめましょうか」
「そのジョークは、日本に、おいてきたみたいだわ」と、きりきりという声が、皮肉をこめたように、笑う。
❄︎
 夏休み前、高校の帰宅後。
 灼熱の太陽が、肌を焦がす。温度に奪われないように、生きるのに必死だ。
「どうかしているよ〜」と、本音が口から溢れる。60度。この気温は、異常だとおもう。
 加速する地球温暖化。日本で昔から親しまれていた、野菜が採れなくなって、熱帯地域の野菜が主流になっている。
 私は、暑さから、現実逃避をしたかった。
「ただいま」
 感知式の自宅の玄関。自動ドアは簡単にあく。皮肉にもあけ甲斐はない。
 ふと空を見上げると、綿飴のような雲が連結するようになっていた。
「あの日も、よく晴れた日だったのかな」
 私は、ため息のような言葉を紡いで、煙がでるアスファルトをみた。
 この瞬間でさえも、昔にしてしまえば、自分の身におきたことを、はなせるのだろうか。
「ただいま帰りました〜。藤さんねえさん。私の部屋にいるの?」
 帰宅した私は、ある人物の名前をよんだ。
「外出かなぁ?」
 玄関からぺたぺたと足をならして、洗面台へ行く。手洗い、うがい、ドライシャンプーをして、汗の痕跡をけす。
「冷房に、ばんざい」
 私は、家の階段をかけあがる。
 すると、自分の部屋の前で、自動であいた扉に、呼吸をあわせるように、右手を、「ぱちん」と鳴らして、私の帰宅を歓迎する人物は、VRのゴーグルをして登場した。
「おかえりなさい、いま、白熱のプレー中でありんす」
 律し去る第一声を発して、数秒かけてゴーグルをとる。優雅な所作。私は、汗ばむシャツを着がえるのを忘れて、眺めた。
「ただいま」
「今日の提琴は、どうじゃった?」
「『提琴』じゃないよ。ヴァイオリン」
「ふふふ。同じ言葉をいうのに、こうも響きがかわるとは、不思議なものじゃな」
 ただ、口に手を添えただけだ。だが、その仕草のひとつ、ひとつ、計算された電車のダイアルのようだ。隙がない。
「あら……、やけに、汗をかきんしたな」と、外出していない人物は、私の制服の濡れ具合から、不可知を考察したようだ。
「今日も、気温は60度だよ。汗より、滝が身体を流れているみたい」
「それは、汗ばむのお、お主も熱中症にきをつけなんし。私は、この暑さは、考えられんのじゃ」
「私もそうだよ。そうだ、室内でも熱中症になるらしいよ」
「ほうじゃ。塩分と水は、必須じゃの」
「藤さんねえさん、お願いがある。1階の冷蔵庫からアイス取ってきてよ〜。私とアイス食べようよ」と、私はいった。
「あいにく、都合があわぬ。花澪がアイスをとりにいけば、よいではないか」と、いう。
「階段の往復は、だるいもん」
「せめて『きだるい』とは、いってはくれぬか」
「いまはね、その言葉、省略されていて誰もつかわないよ〜。ねぇ、お願いだよ、階段おりるだけ、それだけだよ」
 指先の暇をもてまわすように、「いい度胸じゃ」と、指の関節運動をする、その手が、私の脇腹に手をやる。
「かゆいのお、のお、花澪」
「降参します、藤さんねえさん。かゆい、かゆい」
「ふふふ、それは愉悦じゃ」と、笑った。
 いまが楽しくて、嬉しい。
 この気持ちは、幸せだ。私には、いましか、みえないから。よくいう。恋をする。誰かを好きになる。愛が芽生える、普通の幸せ。だが、私には、他人ごとだ。みんなが、恋愛をする。それは、普通の会話もできない。その私が、普通の幸せを祈ることに、無理がある。
 私の家族である、藤。あたり前のようにいる空間で、私は、デバイスをスライドさせながら、ベッドに横たわる。
 窓から反射してみえた、雪がまじるような雨。この時期には、珍しい雨だ。
 濡れ鴉の艶やかな羽のような、黒髪。簪をした藤は、ベッドにいる私に、再度VRゴーグルを外して「憂いのお」と、いった。「なにの、はなしかな?」と、私はいう。
「花澪の表情じゃ。さては、恋の悩みかえ?」
「ないよ。私には、一生できない。いらない。無縁だから」と、ぽつりといった。普通の、あたり前に存在する、両親。血の繋がる親族は、なし。簡単にいうと、ここにいる、血の繋がりがない、従姉妹という設定の藤以外、私の家族はいない。恋人もいない。露程も疑うことを知らない、馬鹿な幼少期の自分を恥じる。うまい物を食わす人に、油断はしない。
 誰もが、私を利用する。【とあること】で、満身創痍の後遺症があり、公共の面前で、はなせない。
 言葉を、はなせない私と、仲良くしている偽善に、酔いしれる人。仲良い素振りをして、大人や他者からの評価を、あげたい人。共感性が高く、私といると、身につまされるような気持ちでいる人。消えない痛み。一生残るだろう。それも抱えて、人生を生きなくてはならない。
「花澪」
「ん〜?」
 藤は、私に、むかっていう。
「10年、花が満開に。さらに10年、花が満ちるときがくる。花がささらと綴じるときに、花澪は、誰といたいかえ?」
「藤さんねえさんと、いるよ」
「そうではない。もっとたくさんあえる。友達も、おもい人も、いつかもっと、幸せがくる。悲観は、お主に似あわぬのじゃ」
 これは、汲みとりすぎだ。でも、憐れ。鋳型にはめられた人間とは、私だろう。思い込みの代償。でも、愛を願うのだ。
 深海に沈みたくなるような質問。それを投げて、藤は、私の左側にきて、ベッドに横になると、甘美な声で、囁く。
「いつか、知るときがありんす」
 柔肌に、左右対称の顔。黄金比の顔。似ても、私と似つかない。私はテクノロジーに夢中だが、VRに夢中の人物は、
「つぎは、順調でありんす。私もVRが上達してきたのじゃ。勝てば憂いなし、酒も美味い」と、いう。
「今日も、相当な負けず嫌いだ」
「ふふふ、だが、いいことでありんす。世界は、簡単にかわるのじゃ。教え子に負けとうない。もっと極めぬと。『師匠は舞踊は腕良しだが、テニスは素人以下』と、いわれとうない」と、饒舌多弁にいう。
 藤の言葉なのか。それは、花街の人の言葉なのか。語尾は、ききなれない人が多いだろう。私は、うまれたときから一緒なので、違和感のかけらもない。夏の入道雲を左右に追う目は、儚く纏う夏風に、「憂いのお」と、放つ。
 気分がかわったのか、VRのゴーグルを外した目は、
「お座敷で舞い、稽古や教養を学び、四季を楽しみ、その日、あける日をまつ。花澪らには、考えられん。鳥籠にいた鳥が、自由をみて、浮世を夢みた。それが、いま、ここにいることが、面白うある」
「面白いこと……?」
「私も知らぬ。いま、花澪が生きていることが、私は嬉しいのじゃ。それ以上のことが欲しいのか。これ以上の面白いことは、この先もありんせん」
「たまにはいいことをいうね〜」
「花澪、弱さ。それは大事なことじゃ」と、花が揺れるように笑う。
 突然、藤は、すべてのノイズをキャンセルするように、真剣な顔で、私の顔をわざとみないように呟く。
「明日は、夏休み前につき、学校まで一緒にいくことにしても、悪うない」
「ありがとう」
「ふふふ、そうじゃ、たまにはよいことじゃのう」
 藤の、艶やかな指先、細やかな動き。そばにいるよ、というように、私の頬に添えられた。
「ありがとう。藤さんねえさん」
 理解も共有も、誰もが痛みを本音を覗くこともない。
 個性を認めない、尊重しない、自分だけが浸る世界。この連鎖は、とんでもない。私が最期の日まで、【とあること】は心の傷。弱く脆く、儚い。一生懸命の傷が、身体についた部分。心も身体も、ボロボロの私。大切な人たちを失わないと誓った日、私は18年間で、誰かが背おうべき、なにか、を背おいながら生きている、自覚がある。
「ありがとう」
 藤に、いちばんの【魔法】。どうしようもない、特別な言葉を。
❄︎
 藤は、実のところ、私の【前世】らしい。だがしかし、私に藤の記憶などない。まして、藤以外の、他の【前世】の記憶もない。完全なる藤の自己申告によるものだが、あながち嘘ではないと、私はおもう。
 喜色満面のVRを楽しむ人物と長くいて、嘘をつけないと、私は知っている。
 本来、私は、藤に縁なく【現世】に誕生日するはずが、守護のように、私がうまれたときに現れた。藤は、私の【前世】で、転生のはずみに生じた、狂いなのか。藤は、私の守護霊か、妖類か。口では、説明できない。
 だが、私の両親が亡くなったときに、私以外に姿がみえなかった藤は、この世の全員が、みえるようになった。藤と、はなせるようになった。
 つまり、高価な和装の、20歳後半くらいの女性が現れた。いまは、28歳でとおしている。なぜか、藤は歳をとらない。それに、どういうわけか、人の記憶を、その場で操れる。藤は、私の姉として、人の記憶に、はいりこんだのだ。
 前世が花街の芸妓・藤。見惚れるような舞。日本舞踊が得意な女性だったらしい。(今もそうだが)、優雅で退屈な毎日を苦手とする。努力家。負けず嫌い。賢く、しなやかな振る舞い。この世の人とはおもえない、美酒のような人。

❄︎ EP2. 真夏の豪雪

ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 人は、裏切る生きものだ。家族、兄弟、友達。ただの知人、顔見知り。
 怨恨が多い。
 だが、稀に、本当に知らない人に予告もなく、いつ、殺されるか。わからない。可能性。古来から生死は、排除から育つものだ。コミュニティの残酷さに、嫌気がさす。
 山頂からみた、その様子は、滑稽。不愉快。可哀想。
 流れに抗って、地獄の果てまで。
 世界のすべてを知ったら、人は非情になるだろう。無情になるだろう。権力者たちを吊しあげるだろう。骨の髄まで、いき渡る血流の流れが、鼓動を早くする。だが、近年さらに複雑化する。仕向けているのは、情報の偏りだ。
「能うかぎり、努力をする、今日の仕事も、仮面の笑顔で終えた」
「お疲れさま。仮面舞踏会は、ここにあるのね」と、きりきりとなる声は、ひやかす。
「なにを食べても、誰といても、どのような仕事をしていても、結局人は、叩かれる。不評の嵐の原因。俺が付注であるならば、あとは、誰かが笑覧する、祭りが、はじまるだけだな」
「有名人のメリットは、なにかしら?楽しいこと?人脈?報酬?」と、歯軋りのような声がする。
「考えたこともなかったな、深い森にいるようだ。違うことをして、それが成長になる。なんとかなる。その精神が身につくよ」
「ミゼラブルな人への、優しさは、捨てられたのかしら?」
「ああ、とうの昔に……、優しさとは、愚かなものだからさ。口からでれば世間。誰かが、俺も含めて、生きしんどいときが、いつか、なくなればいい。不必要に求められるもの。人の心はわからなくとも、自分の心に従う。俺は、わかる。手にとるように。だから、子供の頃から、この仕事が得意だよ。氷の仮面を被る。苦境のなかで、微笑み、自分だけを信じる。そうしたら、そばにいる仲間も、愛せるからさ」
「アナタは、詩人よね。小フーガト短調をはじめてきいた、その、エレガントな気持ちをおもいだす。いい心構えよ」
 博覧強記。俺の手ほどの大きさで、年齢不詳。両足を宙に浮かせているのは、【雪の妖精】のメザミ。俺と、メザミは人間と妖精という、種族を超えた存在だ。
 メザミの左肩からしたは、黄色の鱗がある。額には、雪のタトゥー。
 水色の髪は、性別不明のように、中性的な顔を演出する。そんな雪解けの蕗の薹をみつけるような、照明の役割をはたす。
 メザミは、俺の唯一の家族。そして、親友で、理解者。
 雪がメインの【魔法】をつかう。心は若く、冒険が大好き。白銀の花園に丁寧に計画的に、緻密で正確性のある妖精という題名をつける。チープなことが苦手。派手を好む。だだ、安全対策や行動には、伏線がある。つまり、敵にいたら、厄介だ。
「協力の依頼はしてみたの。でも、他の妖精は、ダメね。遊び心がない、安全地帯にとまりがち。どこか、人間に似てきたのかしら。僕たちだけで、計画を実行しましょう」
「そうだな。所詮は、悲しき現実。誰でも夢はみる。でも、行動と実行の勇気がない」
「それに、さまざまな人や自然、動物、生き物たちのためでもある」
「楽しみましょうよ。一雫の雪を。【真夏の豪雪】を、この世に魅せるのよ。雪の、美しさをね。さぁ、いまこそ降臨した、雪の力をみせようじゃない」
「俺は、最後でいい。誰かを、幸せにしたかった。摩天楼の雪と、踊りたいな」
「オリバー、アナタを選んだ、僕を魅せてくれる、煥発の希望だよ。試すように力は走る。この世の美しい生きかただね」
 転換期にしよう。
 俺に力はないから、特別な協力者と力をあわせる。
 暴走でなく、力自慢でなく、ひとつの願い。いつもおもう。誰かの役に立ちたい。切実な【雪の妖精】のメザミとなら、どこまでも俺は、成長できるとおもった。心も身体も、自由を愛すメザミとなら。
「メザミの感性は、驚異的な先天性。俺は、メザミに感謝をしている。この実行が、誰かのためになるかは、わからないが……。『理想の姿を保つ、完璧な人』には、疲れたよ。俺たちで、雪を降らせる。正しいことをしても、これが、【闇堕ち】で、俺たちは機関からは、逃げられない。でも、それでも、誰かの役にたちたい」
「メランコリーな雪に、乾杯ね」と、俺は、メザミに、ウインクされる。
 その目から、微粒子状の結晶が硬化されて、俺の紫の瞳のなかに、化学反応のような調和がみれる。「準備はいい?オリバー」と俺は、自分の名前を呼ばれた。
 冬茜を脳内に再現する。両手を空へと、手を覆う。気温を下げるのに、時間と膨大な体力が、俺からなくなるのを感じる。
「ご笑覧あれ……、澱みに半壊する人の心に、万代不易の四季。この夏の温度よ、ひやせや、ひやせ」
 システム構築のような、近代的に整った、依存的な確率。
 俺とメザミは、雪という繋がりの【魔法】で、生きている。災いの原因。快楽と秩序を破壊した、生きているのは、人間だけだと。この楽園で構築された、独自の自然ありきの幻で、雪と舞い、踊る。心を八面玲瓏にする。両手を空にかかげる。メザミの右羽を喰べる。
 雀百まで踊り忘れず。この強力な雪を降らせたのは、いつぶりだろう。忘れない。
 この言葉で、雪が降る。いつもより、降らせる。貯蓄したような、身体からの雪は、随分と、メザミの瞳を必要以上に輝かせている。
 メザミの羽を喰べることは、なにもおもわない。無味無色の喰べた羽なのか、翼なのか、きがついたら、すぐもとどおりに生える。俺とメザミは、いう。唱える。
 言葉の最後まで、自由を忘れないように。
「『洒落た、永遠の雪を、ここに』」
「熱中症で、死ぬ人が、いなくなりますように。没義道な所業がなく、円滑な未来がありますように」
「願いが多いわね。『洒落た、永遠の雪を、ここに』。以外は、うけつけないわ」と、きりきりメザミは、笑う。
ーー逆説的な、炎熱の魔法のなかで。【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
❄︎
 朝日はよい。でも、不思議と感覚があるのか。太陽をみるのは、いまでも慣れない。
 私をみる太陽に、目を細める。星冴ゆる月をみて、朝日に眠い目を擦りながら、藤の花は、華を咲かせる。そして、今日も咲き誇る。満月の障子。行事ごと。兎にも角にも、私は、生まれながら、母の背中をみていた。
 花街で生きていた、世界。稽古、花街の厳しさ。たたきこまれた、仕草、所作、教養、大好きな舞。
 友であり、仲間である。花街の人は、歳を重ねるほど、美しい。
 私は、春も、夏も、秋も、冬も、その季節に移りゆく人の、絶対的なおもいでに、いつも傘をさす。奇跡で眩しいものが人生だということを、私は知っている。人を、それはそれは、【魔法】のような楽しい時間を、夢の世界に誘う。関節の動きの、ひとつひとつを誰かに、アナタに、届くように。
「お主は、いまでも、私の弱点じゃ」
 それさえも、愛おしい。時間という人間の分岐点のなかにいる。
 私を、過去の記憶が、そのままに残したまま、【今世】の、花澪とともに生きる。面白い時代に、きたとおもうのだ。
「このごろは、サイレン音が、虫の声より、大きくきこえるようになってしまったのお」
 私と花澪の洗濯ものから、玫瑰花の香りがする。
 一軒家の庭に干しながら、私は、「暑さだけが、憂いのお」と、いう。
 私は自分の【現在】であり、家族の花澪には、ただ、生きてほしい。笑い、泣く、喜ぶ。本人にとって、悔しいことの人生。
 いつか、どの縁が運んでくれるか、私は、花澪の、これからの先の未来を、愛おしくおもう。
 花澪が、言葉をとり戻す日が、絶対にくると、私は、信じている。
「夏休み前の、終業式の日なのに、寝ているのでありんすか?」と、いう。そろそろ起こさないと。「よう咲いてくんなんした」と、庭のハイビスカスをみながら、私は、微笑みながらいった。
❄︎
 藤は、私の姉という設定。役所などの書類上は、従姉妹だ。
 日本舞踊の師範として、私の亡き祖父母の家で、いまは、ともに日々を送っている。生花に美容が趣味だ。
 私の高校代や、家計の生活費、家事に掃除に洗濯をこなす。以外にも、料理ができる。それにヴァイオリン、絵画の油絵、習字などの習いごとは、藤が月謝を払ってくれる。
 いまは、人々にみえるようになった時代にあわない。異世界の住人のような、美しい藤。最初は、近寄りがたいとうつるが、もち前の社交性が長所で、いつのまにか、輪の中央にいる。
 私がうまれたとき、当時、両親に自分の姿が、みえない、きこえない、それを面白いととり、彼女は、自分のことを、「藤さんねえさん、それが私の名前じゃ」と、いった。
 私が最初におぼえた言葉は、「ふじ」。みんなが目から鱗だったと、得意げに、花が溢れた笑みをする、あの日を私はおぼえてはいないが、藤がはなすたびに、ありえそうなことだ、とえている。変にいえば自由すぎる、そういうマイペースなところがある。
 藤については、自分の最期は、銭貸屋の店主(私は昔の呼び名はわからないが)、松左衛門身儲けされるが、藤をとりあい、同じように、藤を愛した、藩主の源二が放った刺客に、首を掻っ切られ殺傷されたらしい。ああ、怖い。
 だから転生したのか。しかけたのか。
 よく私もわからないが、それから、いまに至る。そして、藤が仕掛けたのは、高度な【魔法】のようなもので、亡き祖父母も従姉妹として、その存在を納得させた。
 妖しい。美しさ。それに、妖艶に人は惹かれる。
 夏の青鳳蝶をみるように、その存在に、希少価値をおもうのだろうか。妖艶なまでに、煌めき、私の隣を、悠々と並び、歩く。藤は着物を崩さずに、姿勢もかえずにいるものだから、目立つ。ただでさえ、日本舞踊の師範が少ない。人々を魅了しながら、でも一方で、藤は視線に慣れているようで、まったくといっていいほどに動じない。息を呑む。美しい所作。歩くだけで、チップが飛びそうな、藤の所作や、美貌。この姉は、平凡な私を、幼少期から目立たせた。
 私には、2人の幼馴染がいる。
 由依と、玲央だ。
 由依は、私がであったなかで、いちばん明るい。愛嬌がすごくて、めちゃくちゃ笑う。ダンスとメイク、流行りのできごとが大好きな表情が豊かな陽キャだ。そういえば、課題をすることはない。
 玲央は、常識人で、約束を守る。信頼があつい。いままでに、嘘はついたことはない。クールで努力家。怖くみられがちで、勉強も、部活もこなすけれど、ひとりの時間が好きらしい。意外とモテる。私や、由依に課題をいつも、うつさせてくれる。
 藤は、また2人とは違う。あたたかみがあって、共感力がとにかく強い。面倒みがよい。とにかく、人を大切にする。多利益主義だが、自分も楽しんでいる。藤のことは、妖艶さのある、記憶力のよい、愛情表現が、細やかな人。
 この世で、いちばん無償の愛をくれる。たわいのない日々に、穏やかな日をくれる。たくさん私に、経験をさせてくれる。形ある、形ない家族だ。
「おはよう。暑いね〜」
「ときは早いのお、」と、1人だけ薄紅色の着物を着る。
 藤は、夏休み前、私の幼馴染の2人にあいたかったらしい。極熱のなか、着物を着崩さないで着る藤は、そこの心意気が崩れない。揺るがない心が、備わっているのだ。
「花澪、おはよう。きゃあ、藤さん〜、元気だった?」と、栗色の明るい地毛の由依。太陽が、その場に、そのまま現れたように、明るい雰囲気が醸しだされた。
「『おはよう』」と、私と、藤はいう。由依の水色の瞳が揺れて、「わぁ。もう少しで、人工冷却の日傘からでるところだった。いま外にでたら、肌や髪が爛れることになる。ああ……、危なかった」と、いった。
「由依、危なかったね」
「お主ら、日傘をさすことを、忘れぬようにな」
「あ、そういえば、そう、花澪、昨日の【M’ygUel】の、リアタイのライブみた?」と、いう。
「由依は好きだね、そういうカルチャーとか、芸能人」と、私はいう。どこかできいたことがある。
「【M’ygUel】?ああ、新しくデビューした、海外でも人気の新人グローバルアイドルだ」
「もう、花澪をみてほしかったよ。全員、系統がちがう、イケメン」
「そういうことなら、私も、みたかったでありんす。昨夜は、花澪とトランプしていたもので、みてなかったでありんすな、ああ、残念」と、藤はいう。食い気味に、由依は、「アーカイブとか、SNSで流れてくるでしょう」と、いう。
「たしかにね、私も学校についたら、みてみよう」
「お主の思考など、盧生の夢のようじゃ。デバイスばかりみている花澪を、由依も注意しておくんなんし」
「藤さんねえさん、時代的に離れるのは、難しいとおもうよ」
「由依も、でありんしたか」
「ほーら、藤さんねえさんは、古風だから、」
「なにと、花澪。人は、誰にもわからぬもの。成長も、学びも、意欲的で行動力で示していくものでありんす。お主は、ことを進める時間の無駄がありんす。たまに思う直感も本能的なのも。私に負けないように、朝の携帯のアラームを1分おきに、1時間ならすのはやめんさい、耳障りじゃ。デバイスの、アラームのスムーズ機能は……」と、藤は、扇子で私の頭上を扇を広げて、ぱしんっと軽くならす。
「おはよう。ああ、わかるかも。それは、俺も苦手だわ」と、私、藤、由依に、いつのまにか追いついた玲央は、「アラームスムーズ機能、あれいるかな?」と、いう。
「『おはよう』」と、3人は、玲央と挨拶をかわす。
「えー、まって、私がわからない」と、私は、いう。朝が苦手なので、アラームを、1分おきにつけてしまうのだ。そのようにしているうちに、毎朝、藤が起こしてくれる。藤は、絶対に、スムーズ機能を許さない。スムーズより、スムーズなのだ。
「優しい、おねえさんがいて、花澪は無敵じゃん」と、由依は、私の横にきて、にっこりと、微笑みながらいった。カールが生まれつき強い。まつ毛が綺麗な、由依の目。「『無敵』だね、確かに。認めよう〜」と、私はいう。
「花澪、夏休みのサッカーの試合、藤さんと、由依と応援にきてくれよ」
「玲央の応援?おー、いくよ。私と、由依と、藤さんねえさんといくから、頑張ってね」
「おお、ありがとうな」
「玲央も最後の夏でありんすか」
「そっか、3年最後の試合じゃん、頑張れよ、エース」
「シュート、きめてよね。応援しているよ」
「俺は、花澪にみてほしいから、頑張るよ」と、気色ばむ顔で、玲央がいう。私は、触れてはいけないところに、介入してしまったのかもしれないと思った。少し静かにしておこう。私は、そうおもって、少し歩幅をゆっくりにした。誰かの顔色が変わるのが、私は誰よりも、わかる。
 いつも、人の心にはいるのが、私は、怖いのだとおもう。そういう卑怯な自分が嫌い。でも。嫌われたくない。失いたくない。転写したマニュアル通りの顔は、いつみても、精彩がない。「それが、私」。藤や、由依、玲央といると、不可解な自分に、最近きがついてしまう。きっと、いままでは、きがつかなかった。些細なことに、逐一に、心が揺れるのだ。
「だってさ、花澪」
「うん、応援に行かせてね」
「おう、ありがとう」
「応援なら、私は得意じゃ。たこうつくがな」
 みんなが無邪気な子供みいつも通りなのを安心して、私は微笑みをかえした。
「刎頸の交わりはよいのお」
「よくわからないけれど、最高って意味だよね?マジでいえてるわ、藤さん〜」と、由依は、藤に笑いかけた。
❄︎
 淡い薔薇色の髪色。首までかかる髪を靡かせる。
 目の瞬きの隙を、あたえない。
 君が笑顔を振り撒くから、直視できない。そんなジレンマと、友達と心がいう。そういう感情にぶわっと、襲われる。そういうもは、いつからだろうか。
 心の柔らかな部分だけ齧りとる。優しい、強い、君、が好きな自分がいる。
 それと同様に、欲しいのは、快適な温度だ。
 恐ろしいことに、気温は、60度で。砂漠より暑い。
 熱中症の警報が毎日なる中、俺は、人工冷却の日傘や衣類、湿度を下げる扇風機を身につけて灼熱の太陽のもとを歩く。目が焼ける。そんな太陽と、熱風が、高校に行く足をとめそうになる。喉を焼くような暑さに項垂れる。呼吸が毎日苦しい。
 でも、夏風が吹く。
 花澪がいるだけで、世界が華やかな偉観にかわる。無雑な表現が多い、たまに、語尾を伸ばす。君のことが、俺は好きだ。だけれど、この気持ちはいわない。いえない。友達でもあるから。
❄︎
「これにて、式を終わります。よい夏休みを。では、解散」
「長いよ、本当に長いなあ、よくネタがあるよね、はなすよね、長々とさぁ〜」と、誰もいない校舎裏の花壇で、私は、由依と2人だけではなす。
「まぁまぁ。さぁ、もうあとは、夏を満喫するよ!」
「そうだね、由依。楽しもうね〜、あ、予鈴なるね。そろそろ教室に戻ろうよ」
「レッツゴー」と、由依はいう。
 終業式が、やっと終わった。
 式の時間は、退屈。私は。いつもほかごとを考えながら、人の話を聞いている。自分以外の人がいま、ここで居眠りをしているようなら、それも高校生らしな、とか、携帯を触り、その動画の音楽で注意される同級生も、こういうことが、人と人の認識の違いなのだな、と思った。
 校長先生のやけに、傲慢そうな黄色のネクタイ。高校生活最後の夏という認識のなかで、長いはなしをきいた。そこに、ひんやり冷えた体育館で、生徒会の集まりなのか、堂々としている玲王は、顔色ひとつ変えずにはなしをきいていた。
 無事に、たくさんの課題を山積みにされて18歳の夏休みを実感した。
 私は、教室からでる。
「またね、花澪」と、クラスメイトたちの会話に「うん」と、頷き手をふる。口から言葉がはなされることはない。
 小学校、中学校、高校。
 藤、由依、玲王。その3人以外と、私は、はなすことができない。高校のクラスの人との会話は、筆記や私の声をもとにした、AI音声である。そして、厄介なことに、過度の人混みのストレス下において、3人のうち、隣にいてもはなせなくなる。学校、電車、公共交通機関、スーパー、デパート。公共の面前である。
 他者の介入で、藤も、由依も、玲央も、私との会話は、不可能だ。【とあること】の影響で、いじめられそうなときも、毎年ある。タイミング次第だし、クラスの雰囲気のようなもので、私がターゲットになる。
 けれど、そのたびに、由依と玲央が守ってくれた。2人の幼馴染は、こんな私にも、つかず離れずの距離で、でも、大事なときにいれくれる。大切な友達だ。
 家に帰ろう。
 そのとき、下駄箱で、靴に履きかえようとしたとき、「花澪、やっとあえた〜」と、呼びとめられた。
「夏休みがはじまるね」と、左横から小鳥がうたうような声がする。
「放課後、いつもありがとう。この夏も、よろしくね」と、私にいう人物。弟おもいの、クラスはちがう、紅茶色の髪に、緑色の瞳。私の友達で、この学校の成績を3年連続1位をとっている、マリアだ。
 私の放課後は、障害者デイサービスの児童指導員のボランティアに行く。そこで、手話、ヴァイオリン、絵画の油絵、習字を教えている。
 日ごとに違うことを、習ってくれているのが、マリアの弟、悠貴くんだ。
「こちらこそ、いつもありがとうね」
 AI音声いらずの、マリアに、私は手話で、おもいをかえす。
 私は【とあること】があって、心身的外傷の後遺症で、公共の面前で、声がでなくなってしまった。
 以来、悪夢の過去は、私の精神に負担をかけ続ける。剣あとのよう。心を深くさす。深く、深く、それは刺されたまま。血はとまらない。身体の止血は、治りが早い。だが、心は守れない。大好きなパパとママを失った。
 あの日に苦しみながら、日常をすごしている。いつまでも消せない、心の傷を抱いて。
 普通の高校に入学しているが、クラスメイト、先生。
 人々との会話は、私の声をサンプルにしたAIの音声でメインで、次は筆跡、放課後のボランティアでは、手話もいれる。
 だが、ひとつ奇跡がある。藤、由依、玲央、3人だけは、昔のまま、はなせるのだ。
 だが、それ以外の人々との会話は、困難なままだ。【とあること】の後遺症。毎年のように、哀れみの目をむけられる私。可哀想な子と、憶測でいうはなし。
 私は可哀想ではなく、ひとりの人間であるという証明をするように、決死の努力を重ねた。
 あの日以降、手話の勉強をした。ヴァイオリン、絵画の油絵、習字。学校以外に、おぼえたいことはある。根性で、習い事はやめなかった。
 私は、それが、誰かの幸せに、未来に繋がることを、当時は、おもいもしなかったが、いまは、実感できている。過去に私が藤と通った場所。放課後の障害者デイサービスの児童指導員のボランティアにいまは、教える側として学んでいる。自己表現として、好きだった。ヴァイオリン、絵画の油絵、習字。これらを、必要と、楽しみと、それぞれのおもいのなかで、いま、繋がった。
 私は、幸せなのだとおもう。生きる時間を、ものごとをとおして、人と、共有できるのだから。
 私が、人の役にたてるなんて、考えもしなかった。この場所に行くことも、この行動に背中をおしてくれたのも、藤だ。性格を知って、人と触れあうことが好きな、私。【前世】だから、余計に私に共感できる。しっているから、このことを、提案してくれた。
「悠貴くんも、夏休み?」
「うん。今日から夏休みだよ。私の高校最後の夏休みと、弟の小学校最後のが、まさか、一緒になるとは、おもわなかった」
「あはは、確かにそうだね。マリア、夏休みを楽しくすごそうね」
「うん、もちろん。あ、私ね……、花澪と同じ学校でよかった。こうして、弟のはなしができるから」
「私もだよ。悠貴くんとマリアがきてくれるから、友達がいるのは、楽しいことで、嬉しいことだよ。悠貴くん、朝顔を育てている日記を、今年もみせてくれるかな?絵が上手で、文字は、丁寧で。観察過程は几帳面で。そういう懸命になにかを進めることができる人にあえて、私は、嬉しいよ」と、本心を伝えた。
 ものすごいスピードの手話は、私が、AIで音声入力する会話の時間よりも、柔らかく包みこむ。そんな、あたたかいような時間だ。
「花澪、悠貴のことを、褒めてくれてありがとう」
「事実だよ?」
「ううん、耳がきこえないことで、自信がなくなったり……、悠貴は、絵とであえて、習字とであえて、心から成長できたとおもう」
「なんか、わかるよ、本人じゃないから、全部ではないけれど、そういう、みつめあえるであい、私も救われたよ」
「じゃあね、私、バトミントン部の練習あるから」
「マリア、最後の大会の日はいつ?私、応援に行くよ」
「ありがとう来てくれるの?また連絡するね」
「うん、またね」
「うん、またね。花澪」
 耳が聞こえない家族をもつ。同じ高校の友人。マリアは歳の離れた弟、悠貴くんの姉。人それぞれの個性が、もっと、平等に美しい、とおもわれる世になればいい。
 耳の聞こえないには、段階できなことがあるらしい。
 私は、心からくるはなせない。悠貴くんは、補聴器をつけて、手話をメインとしてはなす。
 人は、誰の心の奥まで、わからない。
 もっと、もっと、誰かの役に、たちたい。マリアがいってくれたことが、嬉しかった。教える側にいても、辛いこともある。胸が痛いこともある。でもそれは、いろんな人と関わって知ること。人は、ひとりでは学べないこともある。
 もちろん、それ相応に対するための、ひとりの時間がいる。他者の介入なしの、自分が誰かに繋ぐ、努力の時間。
「ありがとうか……、こちらこそだよ」と、私は、マリアにいう。
 そのとき、私は、あっと、驚いた。
「え……靴が、片方ない」
 下駄箱のなかには、片方の靴がない。左足。
 久しぶりのことだ。あきらさまな、できごと。今日で、2回目だ。犯人はきめつけより、現実的な嫌がらせをしてくるから。逆にわかりやすい。
 玲央のことが好きな、ほかのクラスの子の仕業だろう。
❄︎
 藤、由依、玲央が近くにいない。そのような私は、誰かにとって、興味の対象で、よく接しかたのわからない、ときに、迷惑。
 いつも誰かに人と違う、特徴があるから。
 そのような理由で、私は誰かの、嫌いにあたいする対象らしい。諦めは、心の養生だ。まやかしのようなことを、平気でする人間に、関わらないほうがよい。
 こういうときに、性格がでる。喧嘩や、はなしあうことができる、藤、由依。意図を探り、とえる、玲央。私は、そんな人とは、はなしもしたくない。悲しい。しょうがない?私は、誰かに、試されているのだろうか。
 私が幸せであることを、誰かが僻んでいる。歪な感情をおこさせてしまうのだろうか。由依の荷物で、玲央の恋愛の妨げだ。
「もう、いいよ。私を、巻き込まないで……、心の負担だよ」
 私は、人として、無責任かも知れない。
 でも、自暴自棄な青春と題して、この場を離れたかった。玲央のことが好きな人たち。だいたい察しがつく。
 そのみえない場所で、それも、みんなが、本当は、私がいない世界を望んでいるのかも知れない。
 もう、やめて欲しかった。まだまだ多情多感な18歳の私にできることは、いまは、静かに、藤のいる家で、アイスでも食べること。私と、玲央は、友達だ。なのに、「友情の成立はない」と、貫く人たちもいることを、高校生という時間は、多感なのだと知る。玲央を、幼馴染を、解放してあげたい。
 由依だって、本当は、心のなかで、私といて幸せなのだろうか、藤も幸せなのだろうか、と考える。余計なことに考えをまわして、塞ぐ。この世は、漠然としている。いつも、この先の幸せが、必ずしも、あるとは限らない。
 私にできること。勇者ではない、限りあるのだ。
 下駄箱にいても、しょうがないので、私は、由依、と玲央をおいて帰ることにした。靴は、上履きで帰ればいい。靴なんて、どれも一緒だ。でも、これは、藤が買ってくれているものだから、藤に心配をかけさせたくない。
 私の存在。誰かの迷惑になる。
 先ほどまで、マリアと嬉しいはなしをしたばかりなのに。
「ごめんね、先に帰ります」
 こういう悲しいときは、ひとりで心を閉じたい。
 私は靴を履いて、人工冷却の日傘をさす。
 校舎のエントランスを抜けると、突如ひんやりとした風を、私は感じた。
「夏休み、楽しもうね」と、本心より晴れやかな、AI音声のメッセージ。
 私は、携帯に連絡だけ残して、学校を去る。
 気温が下がるのを、感じる。
 60度の夏。その体感に、ひやっとした肌感を感じるとは。心が冷えたのだろうか。
 試しに、私は、恐る恐る、かつ、慎重に、丁寧に、日傘を時計まわりにとじてみる。
「空が、曇っている……」
 みたことのない、試験管のなかの墨汁。フライパンに油絵がまざったような、曇天。
 秋の終わりのような空。徐々に寒気さえ、おぼえる気温があった。違和感がある。変なことがおきそう。そのような文字が、脳裏に浮かんで、ようすをうかがうように、きょろきょろとする。
「雨がふるから、肌寒いのかな?」
 この世は、ぬかると負ける。私は、校舎からでて、家方面へと歩く。
 今朝は、私と、藤、由依、玲央。4人で登校した。帰りは、高校生活最後の夏休み前とこじつけて、由依と玲央と帰宅したかった。
 これは、私の問題なのだろうか。どうしようもできない。踠き、足掻き、抵抗する。でも、私の理解者など、共感者などいない。孤独の心がみるのは、悲壮。いつか、誰かが私の心を、救ってくれたら。私は、その人のことだけを知りたい。その人を、私とは、おなじ気持ちには、させたくないと思う。
「どうか、幸せをください」
 私は、癒えない悲鳴を、呟いた。制服のカッターシャツに、北風のような風が纏う。
 そのとき、どこか遠くのほうで、音楽がきこえた。
 藤の影響もあり、なれ親しんだ楽器たち。
 その旋律。私が、風邪をひいたのかともおもったが、きき違えるはずがないのだ。
ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 突風が巻きあがる空に、覆うのは、灰色の雲。
 晴天から曇天に照明をかえたようだ。
 人工冷却が必要な衣類、日傘は必要ない。
 逆に、いまの気温が寒い。私は、デバイスから、端末に命じるように、衣類のスイッチ、手持ちの扇風機のスイッチきった。
 急な気温の変化。怖い。驚いた。
「藤さんねえさん?」
 そんなことが、あるわけない。
 藤が外で演奏することは、ないだろう。踊るのが大好きな藤。
 3つの楽器を、同時に弾けるほどの器用さは、さすがの藤でも、ないはずだ。
 このような編曲を、この懐かしいようで、あたたかい、そんな曲を弾いたことをきいたことがない。
 藤の好みではない。それに、この違和感を表現することは、不可能に近い。
「ここに、藤さんねえさんがいるわけないのに」
 嘘みたい。あたたかくて、繊細、綺麗な曲。どこか懐かしいのは、私が、寒いと、夏におもうからだろうか。ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
「誰かが弾いているのかな?」と、私の声に続く。ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 デバイスをみる。2035年、8月。60度の猛暑は、現在の表示。
「え、20度?」
 いつの間にか、変化している。
「え……」と、私のあいた口が、ことの重要さを私に理解させた。
 意味がわからない。ただ、現実と体感が、温度の下降を示す。
「へ?そうだ、SNSやニュースで情報は……?」
 しゃりん。という音がする。
 日傘を閉じたあとで、私は手を宙に届くように、無意味なんかではない。背伸びと同時に、いまなら、この寒さが天候の変化だと、心の貧しさではないと分かりそうだから。
「ゆ……き……?」
 私は、吐く息を。宙にだして答えていた。
「真夏の雪、嘘でしょう、はじめてみた……」
 願いは、幸せは、日常の言葉をとり戻す。
 その夢を、実現するのに、人と歩み寄ろうとして、うちのめされそう。
 泣きそうないま、自分もことを愛したい。
 自分もまわりの人。その幸せを、本当は祈りたい、と思ったときに、【真夏の豪雪】が降る。ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 私は、夢をみているのだろうか。吹雪のなか、不思議な白い温度できえていく。
 この真夏の雪に、どこか、私は、懐かしい気持ちと、涙が溢れた。
 道は私と藤の家を通過する。
 楽器の音がする場所が、どこかわかった。
 私は、歩みを、はやめた。
 家から少し離れた、高台にある【大寿の姫】と呼ばれる古い木。
 凍りつきそうになる寒さも、振りはらうように、私は、嬉しい感情になって走る。頬にあたる雪が、【魔法】のように、それは、それは、なめらかに、体温という、温度で溶けていく。
「なにかある」と、私は、心を躍らせた。
 気温は徐々に低下する。真夏の雪、その自然が「ありえない」ことだと認識する寒さが、人を困らせることがあるとは。通行人たちは、ひどく怯えたようすで歩く。通りすがりの自転車に雪がかかり、ワイパーで、雪をはらう。自転車のヘルメットが、雪があたっていく。
「なんて、綺麗な雪なの?」
 本当をいうと、両親を亡くしたことを、いまでも鮮明な記憶として、脳裏に焼きついている。犯人が捕まり、断罪がくだされていても、癒えない。私の両親、パパやママにはあえない。その【とあること】のできごとで、言葉が話せない。
 それから、恐怖に陥った人間は、不安に怯える。
 でも、そんなことを、いまだけは忘れそうだ。
ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
「私に、幸せをください」と、いう。
 この国で、一番古い木。【大寿の姫】。
 私は、安全対策の柵をくぐって、上履きでのぼる。
 罰当たりになるのかもしれない。でも、この光景は、忘れたくないと、身体がいうことをきかない。幹の部分に、足をかけた。鞄の荷物は重くなるといけないので、写真を撮ろうとおもう。
 デバイスだけ。財布も、教科書も、今は、課題だった、どうだっていい。
 雪が真夏に吹雪を舞う木に、私は、手をのばす。今なら、この奇跡を信じれる。この瞬間の【運命】を、近くでみれそうだ。慣れ親しんだ、音が、私を手招くように。
 このようなことは最初で、最後だと思うから。
 私に魅せてほしい。【魔法】があるのなら。非現実的な嘘も幻も、幸せの瞬間にたちあえるのならば、この目で、耳で、肌で。五感で、デバイスの写真に収めたい。
ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 だが、束の間の幸せに、私は、急に足を滑らせて、木の幹からおちそうになった。
 現実に思考をもどした。それは、そうだ。
 豪雪になって、視界を遮る吹雪。容赦ない雪の攻撃。
「つんだのかも……」と、私は、木からふりおとされた。
 やっと理解した。死は、いつも隣にあるのだと。死はつきまとい、人々に平等に訪れるのだと。
 私は、目をつむった。これが、私の最後だ。18歳か。なんとも、絶妙な悲劇のヒロインだ。
 やり残したことが、たくさんある。18歳の高校生活で、少し藤に反抗的な。
 由依、玲央を、おいて帰ってしまった、今日。私は、後悔する。回想が巡る。でも、気がついたことはある。
「幸せのなかに、いつも、私はいたね」
 吹雪く木の揺れは、自然の強さを、私に証明した。
ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 そのときだった。
 身体が軽くなるのを感じた。あたたかい温度に、ふわっと包まれた。身体も心も。
「え……?」
 誰かの腕がみえた。血管に血をかよわせている。
 それから、腕の上の首をみた。黒いシャツの隙間に、雪がはいるのに、寒さに平気なようだった。
 もういちど、私は目をつむった。
 それから、私は、誰かに、お姫様抱っこをされていることに気がついた。
 間一髪、私を助けてくれた人物の顔をみた。
「ありがとう……、え?」と、私は言葉をいう。
 藤、由依、玲央。その人々以外で、私が誰かに、私が言葉をはなすことは、ないのに。
 怖い。
 妖しく愁に満ちた色気、紫の瞳。豪雪のなか、雪の中央にいる。その怪しい色のある紫の瞳が印象的な謎に満ちた人物。
「綺麗……」と、私はいう。
 その瞬間、私と、その人物は、目があう。
 普段の私は、人と数秒以上目をあわせない。でも、なぜだか、私は、その人物から目が離せない。
 アナタは、誰?ーー記憶は知らずとも、身体が震える。私には、ないはずのおもいが、頭を渦巻く。「【運命】?」
「私を助けてくれたの?」
「……」
 返事はない。
 豪雪のなかで、非常に高度な冷静さを秘める。
 私は、その人物に、こうきかれた。
「大丈夫か?怪我はない?」
 奇しく、容姿端麗。
 紫の瞳が、雪に反射するのを眺めながら、「うん」といい、首を、こくんと頷く。
 それよりも、この音楽と身体と心が反応するような、気持ちは、なにだろうか。ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。先ほどより大きな音で。私と紫の瞳をもつ人物は、みつめあったままだ。
 紫の瞳は、いう。
「どこかであった?」
ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。心臓の音が鼓動が高鳴る。ドキドキではなく、生き物のようになるのだ。
 そして、言葉をつづける。
「それとも、【運命】ということ?」ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。どこか懐かしく、どこか悲しそうで、綺麗で危ない人だとおもった。
 そして、私たちは、お互いにみつめあったまま、お互いが、お互いに惹かれるように、顔を近づけた。
 それから、身体が息を、呼吸は心拍数をあわせたように、目をあわせてキスをする。
 豪雪のなかで、我にもあらず、そこには、ふたりだけがいた。
 この瞬間も、心臓の音がうるさくなるのを抑えるように、欲望か、渇望か。
 得体のしれない。感情でうめられたものが、アナタに出会って、解放される。
 その雪が、降る。
 豪雪の沈黙のなか。
 スマートな感情は、嘘がつけない。情熱のおもいのままに、私も、その人物も、いったのだ。
「『アナタは、誰?』」
 
❄︎ EP3. 出会い

ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 いつからの、記憶だろうか。
 味わった苦痛は、泣きたいほど心を痛める。
「どうして、できないのか?」と、いわれてきた言葉。
 割れる。ズキンという頭痛とともに、微かにきこえる。
「ああ……、世界はどうしても、規則や論理に、縛るようだ」と。自分にむけられる、罵倒。
 蔑む目と、卑怯な数々の言葉。
 疲れが増すと、つきまとうようにきこえてくる。
「疲れている……」と、実感した。
 目を隠すように、手で塞ぐ。微睡のなかで、過去という過酷な亡霊の幻聴をききながら。
 俺は、絶頂も、不幸も、同じくらいに等しく存在するものだとおもう。
「緊張すると、いまだに、肩があがりますね〜」
 だが、同時に、そのような緊張ばかりの日々で、それを知ることにより、弱みを握られて、自分の地位がさがることを怖がる。     
 誰かに、感情の配布が。
 つねに監視下にあるように、知られているのではないか、とおもってしまうときがある。
 ここには、必要な情報が流れてくる。
 必然的、完璧、誠。
 【倒叙】の系列の、まちがうことはない。
「なにかが、おかしい」
 俺の日々は、ありとあらゆる事態を想定して、入念な毎日だ。準備。規則正しく規律に実直だ。
 その胸のざわつきは、予兆だったのかもしれない。くるくると椅子を左回転させて、いると、「お、日本に豪雪ですか……?」と、直感的に呟いた。その瞬間、「ばごーん」と、いう、雪崩のような音がして、俺の部屋のドアを、誰かに蹴られた。
「ああ、いたか。ウバロ、た、た、大変なことが、雪、が……起きた」
「上長、ドア、蹴るのはやめましょうね。【木の妖精】は、これが続くたびに怒ってしまい、もう、なおしてくれないので。いつもの主語がなく、前後の文から、俺が考察するほうが、得策ですかね?急がなくても、ずっと、ここに俺はいるのに」
 自己中心的な圧力が、俺の部屋にかかる。それは、面白いことの前兆だ。俺の考えの先、備えの範囲外がおきたのだ、と悟った。
「いま、上長がドアを蹴り破ったのも、俺には、大変なことですけどね〜。俺に伝えたかったのは、まさに起きた、日本という国の夏に降る雪、のことですかね?」と、いう。
「さすがだ、それ、そのことだ」
「『さすが』ですか。上長、ねぇ、別に、いいんじゃないですか。地球上、どこにでも、雪は降りますからね。ちょっと、放置しておきましょう。俺は、忙しいのです」
「そういう訳にはいかない。この魔法は、【雪の妖精】の仕業だ。妖精か人間。どちらかが、規約破棄か……、最悪は能力以上の協定の【闇堕ち】かもしれん。早急に調べないといけないのだ」と、ドアを蹴り破ったのに、もう、それ以上のパニックはないのだ、といいたいように、頭を抱えながいう。
 俺は、椅子からたち、本棚の【雪の妖精】との規約書をもつ。
「古すぎて、読めないかな?」
「なんとか、してくれ、ウバロ」
 俺は、その【雪の妖精】の最新ページを捲る。
 考古文字のような文を読む。そこには、なにか、新しい文が記載されていた。
「いつの間に……?」
「いや、本当にぬかりない妖精ですね〜」と、俺は言葉にして、読む。
「『お久しぶりね、ウバロ。この頃の異常気象について、アナタは、どうお考えかしら?僕は、自分の友達の人間と結託して、日本に、雪を。真夏に降らせることにしたの。みんなもどう?と、他の妖精に打診したけれど、相手にされない。妖精って、薄情じゃない?そこが面白いのだけれど」
「なにがいいたいのか……」
「上長、少し、お静かにね」と、いい、続きをよむ。
「『僕の拠点はいま、日本なのよ。でも、真夏に60度の日本で生きるのは、酷よ。熱中で人や、植物、生き物への被害が相当よ。雪の妖精として、できることを考えて、【真夏の豪雪】を降らせたの。それじゃあ、機関にあとは任せるわ。なんとか、アナタたちが、この【真夏の豪雪】について寛大であることを、祈っているわ。じゃあね、メザミより』。まぁ、契約以上に、雪を降らせたけれど、なにか問題でも?っていう文が、丁寧にこれは、ありがたいですね」
「ばちこーん」と、今度は、床にひびがはいる。
 上長が、ご乱心だ。
「せ……、宣戦布告だ!」
「はぁ、落ち着いて、上長。妖精太古録からも【雪の妖精】の契約に、人間側のオリバーとの、この夏に【真夏の豪雪】は、規約にありません」と、答えた。微かな記憶。
「【魔法】には、性質がある。それは、人間には性格があるように」
「違うものが、同じときであう。ときに奇跡的な【運命】は、意図せずはじまります。限りなくね、それは面白い。【雪の妖精】と【雪の妖精】を従える、人間のオリバー。事情はどうであれ、ここまで注目された事実だけをみて、ここはこの2人を連行しないといけないなぁ〜。ああ、違います。この機関は、めんどくさい〜、だるい〜、とかは、いってないですよ?心のなかはそうでも、行動は違いますよ。あはは、そういうふうに、このウバロ、意外ときっちりとね、連行します。してきますよ〜」
「ああ、ウバロ、頼りにしてるぞ」
「あ、上長、待って。ひとつだけ確認をよろしいですか?機関からは俺、ひとりで行くかんじですか?万が一、ね、ないとはおもいますが、俺になにかあったら、どうするのですか?」
「そのときは【魔法】で返せ。許可しよう。ウバロは規約士だ。契約に関することならいい」
「いまの、第3者がきいたら、この機関は、ブラックのなかの最上級だな、っておもいそうだな。上長、アナタ、無茶苦茶ですね。まぁ、【魔法】は使わない、なにごとも、穏便な【運命】になるようにしましょう。うん、物騒なことは、やめて、そうならないようにしましょう」
「ああ、よろしく頼む」
「では上長、またあいましょう。『いまからいくように』と脳に信号を送らなくとも、はなしをしてくれればいいのに……」
「善は、いそげだ」
「フィフィさんは、いそぎすぎです。けれどね、そういうのが、上長のいいところですね」と、俺はいう。俺は、【妖精規約士】という職務をしている。
 自然災害、【魔法】、妖、この世の、超人的なできごとも、すべては、この機関が中核だ。
 太古から地球を自然を守る。
 各生命体、動植物、妖精と、人間、その他に生まれたもの、など。
 物理的な助け合いの契約に立ち会い、お互いを信頼。
 亀裂がなく、自然界の力を安定させる、そんな古風なベース機関である。秘密裏なため、名前はない。場所は、湖、海、山、火山。僻地の谷底。それは、場所をかえる。いつも、平等に均等を保つためらしい。
 俺は、ここのナンバー8。役職は、【妖精規約士】。
 妖精と【魔法】を扱う。
「実は、全妖精のトップだ。いぇーい」
❄︎
 紫の瞳のアナタと桜色の瞳の私。
「あれは、琴、笛、三味線で、まちがいでは、よね?」
 私の家で、1階の藤の日本舞踊の稽古場に、私は、珍しくいる。
 私は、音の真相をききたくなって、低音に、もたれるように、高音に、よりかかるように、不可解な【真夏の豪雪】と、あの日の音楽と、あの紫色の瞳の人物のことは、ずっと考えている。
 起きて、寝る。ごはんどきも、夏休み課題を進めるときも。
 なにをしているときも、私とともに【大寿の姫】の下にいた、紫の瞳の人物。
 私は、おもいだしては、繰り返して赤面している。
 お姫様だっこされた。
 正式な手続きのない、私のロマン。
 驚くほどに、突然で、あの日の特別な気持ちは、まだ、私を、ふわふわさせる、空想の【魔法】をかけたようだ。やすらぎと、微笑みが眩しい、その人物の心の居場所。忘れることのない気持ち。いまこの胸に、頭に、身体まで、覆い尽くされている。
 私は、尖らせた口を。悪戯に、藤の琴を弾く右肩に、顎をのせていた。
「なにじゃ、おもい人でも、できんしたか」と、冗談でいう藤に、「ん?おもいびと?あはは、なんだろう、それは」と、嘘をつくが、とても下手な嘘だ。
「お主が夢想家だとは」
 私にそう、微笑む。
 私の頭を撫でる、姉であり私の【前世】の藤は、
「好きな人でもできたのかい、ため息は恋の象徴じゃからな」
「ため息までついていた……?」
「重病でありんすなぁ」と、いって、楽しんでいるようだ。
 紫の瞳で、正体不明の人物に。一目惚れした私のようすが、普段と違うことにきがついたようだ。
「バレやすい性格なのかな、私は」と、いう。
「それは、私も、そうでありんすから、そういう変化には、きがつかぬほうが、難しい」と、いう。
 あの【真夏の豪雪】の日に、紫の瞳で、正体不明の人物に、私は一目惚れをした。そして、お互いえおおもうように同時に、キスをした。
「だぁあああ」と、私は叫ぶ。
「耳が張り裂けそうじゃ。浮かれるのものぼせるのも、溺れるのもときにはよいが。しかし、私が集中できん」
「あ、ごめん」
「素直で、よろしいこと」
「あのさ、藤さんねえさんは、ひとめ惚れ、【運命】とか、曖昧で根拠のない、恋のことを、信じる人?信じる人?信じるよね?私の【前世】なら、なんとなーく、この、なんだろう、ふわふわな、縁日のわたがしみたいな、そういう気持ちに共感できるよね?」と、私はいう」
 その瞬間、藤の息つぎをするような呼吸音がきこえた。
「え?わかりあえないか……、いやまぁ、藤さんねえさんは大人だし、うん。そういうのは、信じないか」
 私は、咄嗟にきいたことが、変なことを聞いたのかもしれないのは、わかる。
 でも、人生の先輩なら、わかっているのだろうか。
 藤は、しばらく、なにかを考えるように、エステティックで長いまつ毛を5秒ほど琴に落す。それから、「いい質問じゃ」と、言葉を繋げていった。
「かつては、奇跡や【運命】など、無縁のたちであった。長らくして大半は、嘘のような【現世】に以前と変わらぬ私で、遠くをみるようなことも……、なかった。小さな、叶えたい【現世】の夢をみるようになった。今をまた、花澪と、ともに生きて、私の【現世】で花澪の姉として、ここに存在する、ということが、おきているのじゃ。どのような、嘘、誠、人生は、花のようにささらと綴じる。いつまでも、永久の輪に、とどまることはできぬが、その生涯のなかで、摩訶不思議である、ひとめ目惚れや、【運命】。非科学的で、信憑性のないことも、心がそう、ある。と、信じるのなら、いつの間にか本物、という、【運命】になっていくのでありんす。私は、そのときに、人が信じないようなことが、美しいとおもう。先は優しい夢でかとな。なんせ、自分が、【運命】の当事者でありんすから。だから、花澪の気 きもちは、忘れないようにしてほしいものじゃ。彩のなかで、夢をみるのじゃな」
「すごく、いい言葉だろうけれど、長くて……。きっと、そうなのだろう、ということをおもうけれど、事実はわからない。要約してよ。いい〜?」
「いまの、最高峰の表現が伝わらぬとは……、そういうところじゃ。簡単に伝えるほうが、得策でありんしたな。ひとめ目惚れや、【運命】は、可能性としてある。好きならとことん、進め。それが、私の見解じゃ」
「きゃぁ。本当にじゃあ、【運命】は、なくはないんだ」
「少女少年に、【運命】に疑いをもつ時代がくるとは。恋に触れてこなかった、うちの花澪にも……、夢をみたがらない、現実的で簡素で、人間味がないところもあった花澪にも……、おもい人ができるとは。好きになった人物は玲央ではないかえ?」と、名指しで芯をつくご指名があったが、あいにく玲央では、ない。
「玲央ではないよ?どうして、玲央の名前があがるの?」
「ほう……」
「玲央は、私と由依の幼馴染で、男女とか、古くさいことを超えた、友情関係なの」と、説明する。藤の確実に、今、故意にしただろう、「ほう……」という、ため息のあとに、私は、「初恋のその人は、多分この人だとおもう、確証はないのだけれど。名前も歳もわからないんだ、そこまで、はなせていないから」と、いった。
「どういうことじゃ?」
「割愛するけれど、あの【真夏の豪雪】に、私を助けれくれた人なの」
「お主のことを心配して、迎えに行こうとおもったときに、花澪は帰宅して……、お主はお風呂にはいり、そのまま、寝てしまったからのお。そうでありんしたか、お主は危ない目にあって、その相手に、助けられたのでありんすか?」
「あながち、間違いではないかもしれない〜?いやいや、でも、あれは、いいや、うん」
「私に、嘘をつく勇気は?」と、藤の瞳が、真剣に漲り、私の本心を見破ろうとしているようで、嘘をつくきなどないが、いつしかぜんぶみ破られそうなので、「【大寿の姫】にいた」。と説明した。
「花澪……、予測不可能で、危険な日に、あのような高い木に登っていた?」と、藤は、私にいって、睨む。
「そうきますよね」と、私は、怒らる寸前で正座した。
「お主に、危機管理は、備わっていないのでありんすか」
「はい、すみませんでした」
「ない寿命が、短くなるおもいでありんす」
「え……寿命?」
 ぽつりと私がいうと、私の肩にパンチがはいる。
「私がいま、生きているのが、おかしいでありんすか?」と、いう。いけない、地雷を踏んだ。
「まって、藤さんねえさん、先にいったのは、藤さんねえさんだよ、私は正当防衛のツッコミだったよ」
「こほん、本題に戻ろうぞ」と、藤は軽い礼儀に近い、咳払いをする。
「はい」と、私は素直に、畳に正座をした。
 私と藤は、薙あわせにような畳の凸凹に沈んで、「どうしたら、【大寿の姫】に行くという思考回路になるのじゃ」と藤は、再度いう。そのといに、私は、
「それは【琴のなる音】と【笛のなる音】と【三味線のなる音】が【大寿の姫】の木からきこえたから。その場所に行ったきっかけは、音楽がきこえたからだよ」
「それも、また、なんと偶然的な、はなしでありんすな……、それは嘘……ではないんじゃな?」
「うん。学校の帰宅途中から、きこえていたよ。私は、てっきり、藤さんねえさんかともおもった」
「まさか……」と、藤はいい、冗談だろうというような顔をした。
「え、まだ、初恋のはなし、途中だっけれど、そのまえに、どうかしたの?」
「ああ、外出してくるでありんす。夜ごはんは、悪いけれど、ひとりで食べておくんなんし」
「えー?ちょっと、藤さんねえさん」
 ことの経緯は途中だが、私のはなしに、余裕がなく、深刻そうな顔をした藤がいた。
 委細かまわずに、稽古場をでる。
 琴と私を置いて、また顔をだして、
「戸締まりを忘れずにするのじゃ」と、いい残す。まるで、伝言のようだ。
 雲隠れするように、着物を腰をかがめるような中腰で歩く。
 藤の走るような背中を、「ひとりにしないで」と、追いかけようとも、藤は、私よりも今は外へ出る、誰かに会うことを決意したようだった。私は、大声で、玄関にむかう藤に、「どこにいくの?」と、いう。
「心配しなくとも、大丈夫でありんす、確かめたいことが、あるだけで、花澪は、普段どおりに、すごすがよい」
 そうして、この日、私の家族の藤は、どこかへ行った。
 あとにも先にも、藤のあのような、真剣で、心がとり乱したような、ようすをみたのは、人生で初めてだった。
 おもい出せば、この日に、藤が、私の家に、帰宅することはなかった。
 私のいつも隣で、たわいのない喧嘩をしたり、会話をしたり、冗談で笑いあったり、ことあるごとに数々の相談してきた。そんな、藤がいない。この家は、湿気がおおい。
 夏が家に表現されたようで、じめじめとする畳の淵を、私は、跨がないように、
「どうしてしまったのだろう、藤さんねえさんは、いつ帰るのだろうか」と心配して、呟いた。
 2035年、8月。私の、夏休みの前日の終業式の日で【真夏の豪雪】の日。 
 前代未聞の異常気象。
 世界中のニュースとなる。四季が豊かな国。
 日本の夏は、世界一の暑さを誇る国になった。
 早朝から60度の直射日光のもと、外を歩くだけで、肌は爛れて、肌を焼け焦げる。
 四季の風情である、夏の花は枯れ、虫や動物などの死体を、みるようになった。
 人々はついに、人工冷却の日傘や衣類、湿度をさげる扇風機をみにつけて、灼熱の太陽のもとを歩く。
 熱中症で死者が、毎日でる。
 ネットでは、危険な毎日、地球温暖化対策を怠った人間への罰、と、いう人類滅亡説が巻き起こり、波紋を呼び、あとをたたない。
 そんなときだった。
 後に語り継がれる【真夏の豪雪】、
 自然か、神か。科学の進歩か。
 いまだに説がとびかうのは、摩訶不思議な事件で、事実のことだ。
 突如、急にさがる温度。
 密雲の配下に、舞い零した白い雪。
 それは、やがて、威力を変えて、60度の猛暑から5度の真冬へ。真夏から真冬へと気温は、季節さえ変えた。
 これが、のちに語り継がれる、【真夏の豪雪】だ。
 人々は、日本が、どのようになるかとおもった。
 だが、しかし、あの日以降、毎日28度を保つように、日本の気温が夏を快適に維持しだした。
 この日は、世界中の歴史に残る日だった。
 そうして、私と、私が一目惚れして……、お互いに、惹かれあう磁石のように、キスした相手と、であった日だ。
 いつもは、下世話な芸能ニュース、政治、ときに事件性のあることを伝えるメディアも、ここ数日は、【真夏の豪雪】について盛りあがっている。
 デバイスから流れるSNS、記事、テレビも、雑誌も、新聞も、街歩く人やカフェの会話も、あの日のことで、もちきりなのだ。
 同時に、若者のなかでは、携帯で流れてくる、
「魅力的なダンスや舞台の演技力で引っ張りだこ、海外でも注目の新人アイドルグループ【M’ygUel】のオリバーさん。【真夏の豪雪】の日から、行方不明で、事務所や関係者にも、連絡がないとのことです。警察は、事件性があるとみて、オリバーさんの周辺関係者から、はなしをきいています」
「人気上昇中、実力派アイドル【M’ygUel】のオリバー、失踪」
「【真夏の豪雪】の日にきえた、天才アイドルの行方は?」
 そのことをみるたびに、私は、その写真や画像、動画から、【真夏の豪雪】でみた、怖いくらいに、美しく、妖しく、愁に満ちた、色気のある紫の瞳が淡く光る謎に満ちた人物では?と思った。
 特徴的な瞳の色、左右で少し異なる比率の美しさを際立たせるような、二重幅の違い。
 卵型でやや面長な輪郭に、少し濃い眉毛。
「【真夏の豪雪】の日にであって、雪のなかにいて、寒そうではなかった人、雪より、綺麗だった人」
 私は、この人をみるたび、あの日の人物ではないかと思っている。
 もちろん、数秒のことで、性格、住居も知らないが、目撃情報だけでも、伝えるべきだろうか?
 でも、本人かどうかも、確証がない。わからない。
「会いたい」と、私は、あの日から、この人物の安否を、しりたいとおもう。
 さらに、あの日、キスをしてからの記憶がない。
 曖昧な靄のなかに、私の恋心をとじこめた人物に、触りたいと、おもった。
 途轍もない体温を帯びた、初雪のように煌めき。目の保養のような人。
「初恋なのだろうか」
 木から落下しそうになり、助けてくれたお礼をしたい。そして、「どうしてキスをしたのか」、しりたい。
「なんで、藤さんねえさんは、ぜんぶをはなす前に、家からでて行ってしまったのかな?」
 決意表明したかのように、目を大きく、みひらいた。藤のあの顔は、篤実な性格が滲みでていた。藤がいない。その寂しさは、かえられない。過度な期待しないということを決めた。自分にも、他人にも。
 されど、ときが違えば、環境が違えば、私は、恋に溺れたり、怖いくらいの妖しく、愁に満ちた、色気のある紫の瞳の、オリバーというアイドルであろう人物のことを、いま、この瞬間も、おもうことは、ないだろうか。
 未解決で、行きさきと確証のない、わがままな恋におちる。いま、私は、そんな人生で、最後で最初のきもちのなかにいる。
 雪に愛されている、正体も全貌も、アナタのことは、なにも、しらないのに。穏やかな日々に、豪雪のような、勢いのある、アナタ。
 私は、また、ため息をつく。
 磯の鮑の片おもい。
 ただ腕が痺れるくらいに、オリバーの画像や動画をみつけて、「本当に妖しい人だ」と、いうしかできなかった。
❄︎
 雪溶けのような、キス。
 どこにもいなさそうで、いつでもあえそうなキミ。
 そんな人であった。輝くジュエリーのようだった。
 キミにあえないのは、禁断症状のように、胸が能動していく。
 チクチクとする。脈拍が、その高なりが痛い。
「感慨に耽るのも、人間の努めよ。楽しみなさいよ。いいときに乾杯ね」と、いう。
 俺の目のまえで、仁王立ちする態度が大きくて、ウインクをする。この妖精は、面白いものをみるように、きりきり笑う。
「下手な芝居だな、メザミ」と、俺はいう。
 俺の横で、「みるめがないわね」と、納得する才気煥発で、俺の手の大きさほどで、年齢不詳の両足を宙に浮かせた【雪の妖精】。人物という言葉が正しい、とはおもわないが、敢えて、つかわせてほしい。メザミのかわりは、俺には、いないから。
 左肩からしたは、黄色の鱗があり、雪のタトゥーを額につけている。
 水色の髪は、性別不明のように、中性的な顔を演出する照明のような役割を果たす。
 俺の唯一の家族であり、親友であり、理解者であり、魔法などを信じない。そんな俺にこそ、みえる。幼少期からの家族。冒険者のような妖精だ。名前は、メザミ。白銀の花園に、丁寧、計画的、緻密で、正確性のある妖精だ。
 つまり、チープなことが苦手、派手を好むが、安全対策や、行動にも伏線があるような、敵にいたら厄介な妖精だ。
 なにげなく、メザミとみた、アクション要素のある、頭脳戦のホラー映画で、その映画の、あまりにも完璧で、欠陥のある言葉、棘、世間への皮肉、面白さをいちばんに求め、危険を好むが、すべての駒の手配が済んでいる。
 敵をどこまでも弄び、読みが深い。
 だが、肝心なところで、最愛のひとりだけを守る。
 そんな悪役をみた俺は、この性格がそのまま、【雪の妖精】メザミのことだと思った。
「メザミ、俺は、どこか負傷したか……?」
 憶測では語らないでおく、正直なはなしを、ただ、したい。
「あら、オリバー、アナタ、どこか痛むの?」と、雑踏から逃れるように、隠れ蓑にした場所で、俺らは、たわいもない会話をするように、いま、生きる。
「なんだろう。こう、胸が苦しい。酷い頭痛がする。いままでに、このようなことはなかったんだ」
「あら、先日の善意的なおこないに対する代償かしら。僕に、できることはあるかい?」と、メザミはいう。
 日頃から自信家のメザミが示すのは、【真夏の豪雪】のことについてだ。
「なにもない」
「いつもないでしょうが。なにもなくても関係ないのよ。事実のみ、そこに存在するのだから。心臓や脳の検査する?」
「急に?痛いとはいえ、急にそこまでする必要はないよ。問題点は、疲労だとおもう」
「万が一に備えるのよ。備えあれば、憂いなしよ」
「メザミは、面白いな。ことをいちいち、おおごとにする傾向は、誰に似た?」
「どうでもいいのよ。私は、生まれながら孤独な存在よ。でもね、唯一の近い場所にいる同士として、アナタが、つまらないとかんじるときに、面白い空気に変えるのは【雪の妖精】の仕事よ。オリバー自分らしく、しっかりしなさい」
「ああ、そうだな、不躾がましいけれど……、ありがとうな。そういう友達はメザミだけな」
「僕に、ありがとうは?」
「もういった」
「はなしを逸らしたわよね。その、痛いのなら、心臓や脳について検査することを、考えるべきだわ」
「俺は、正しいことをした。その代償が、とんでもないものであっても、しょうがないとおもう」という。
 ただ、これは、疲労ではないよう。そんなきがする。
「オリバー、メランコリーはやめなさいよ、似あわないわよ」
「なぁ、メザミ。日本に雪を降らせてくれて、ありがとうな」
「なに?お礼なんか、いって。なにか……裏が、あるんではないでしょうね?」
「俺は、素直に、災いとは、おもってないけれど、理解してくれる正義感と共感のできる、固定概念に捉われない人たちが、災い転じて、福となることに、そう、なればいいとおもう」
「え?暮らしやすい快適さに、災いではないでしょう」
「俺もそういったぜ、でも、ぜんぶが叶う世界ではないのだと。この世の残酷さは、いつも痛感しているよ」
 慎重そうにみえて、俺は、どこか不意打ちに弱い。
 予想外の展開には、少し戸惑いをみせる。【真夏の豪雪】の日、雪を降らせた俺は、メザミより、綿のようにように、どっと疲れがでて、メディアにでれるような精神状態でも、健康面でも、なかった。だから、避難所のような場所に、いま、いる。
 俺は【真夏の豪雪】を降らせた人物、というよりは、大注目のアイドル【M’ygUel】の失踪したオリバーとしての一面に、フォーカスされている。
「隠蔽でもないよ。これが、世間の反応。【真夏の豪雪】のように、おぼえていたい当事者より、アナタ自身は、大注目のアイドル【M’ygUel】のオリバー失踪という焦点で、目がむけられている」
「なぁ、メザミ、世に対する操縦、俺には、むいていないようだ」
「もっとも、操縦しようなんて、オリバーには無理よ。それと、むきあうのは、逆に労働的にむいてないと、忠告をしましょう。でも、アナタが、アイドルとしての、歌や踊りの仕事をするときの、楽しそうな顔は、本物よ。オリバーが、楽しいというなら、僕は、いつでも、その舞台でともに踊りたいんだ。楽しいことは、その瞬間は、妖精は、大好物だからね。それに、加担するのよ、僕もいつでもね」と、声がわりのないメザミは、左肩の黄色の鱗の皮膚を、ここでみてろ、というように、色を魅せる。
 この妖精のいうことは、あながち間違いがない。人間の大人というのは、子供より厄介だとおもう。
「それで、本題なのだけれど、痛みは、恋でしょう。キスした子は、彼女なの?」
「は?……、うぁ、とんでもねーわ。どうして、そのことを?血、違う。てか、なんで?妖精の情報網、怖すぎるわ。人間の探偵より優秀だぜ」と、俺は赤面する。
「あれれ?僕は、なにを隠そう、掟破りかつ、優等生なのだよ。【雪の妖精】の僕にはね、悪いけれど、ほしくもない情報が、調達できるのだよ。癒されないことをきくことも、事実とは無関係のことをきくこともある。好きなのでしょう?」
 自分が思う以上に、メザミは優秀だった。
「僕から、いくつか質問しようか。愛らしい、その悩める、恋について〜!」
「は?揶揄うのはやめろよ」
「まぁ、オリバーの好きな人が、どのような人かきになったから。きいたけれども、後味悪くなりそうだし、気色悪いし、もういちど、あってみて、その気持ちを瞳をみて、伝えてきなさいよね」
「メザミは、まっとうなことをいうのか……、きもち。『俺は【魔法】が使えます。雪が操れる【雪の妖精】と共鳴したとき、その魔法は使えます。メザミは妖精だけれど、家族です。俺が【真夏の豪雪】の日、俺とメザミがいた、【魔法】をつかっていて場所に、キミは、偶然きた。そのとき。木から落下したキミとであって、【運命】を感じました。キミが好きです。俺たちは、であってばかりだけれど、不可解なことを信じて、心臓が苦しくなるよ。これは、恋におちたとおもうよ』。そういうのか?」
「な〜に、その拗らせかた。オリバー、乙女には、限界よ」
「メザミは味方か?どういう立場で、はなしをきいているんだよ」と、俺はいう。
「第3者として、面白い料理がでてきたと、おもった。その料理は、どのような味がして、どのような盛りつけでくるのだろうか、とおもう。こういうのはね、見物が、いちばんいいのよ」
 柔らかい笑顔の仮面に隠された、妖精のメザミの狂気。
 有耶無耶な心。葛藤をする俺。対して不堪しているのが、相当、楽しいようだった。
「あう方法は、考えるわよ?僕に任せてよ、まずは、その子のこと教えて頂戴、喰べたりしないから。他の妖精たちと、情報収集して、オリバーと、その子をあわせるわ」
「のりきだな。素早い計画性だけれど、なにか、とんでもない、裏がありそうだぜ」
「僕は他の妖精より、表裏が少ないけれどね。ただ、たまには面白いとおもうのよ。僕とは違う、人間に対して。その他の、生き物のことについて、興味をもつことは、偉大なる一歩よ」
「俺からしてみたら、妖精も生き物」
「僕からみたら、そこのトマトは食べ物、まぁ、どちらも生きている。そうよね」
「ああ……、途中から、予測不可能な言葉になったけれどな」
「僕の、何万年の退屈は、オリバーといると、おさらばできている。日々アップデートしていく感覚は、アナタのおかげね」
「そうかもな」
「減らず口を、なくすこともできるわよ、オリバー」
「【雪の妖精】と、機関の間の【規約違反】じゃないか?人間の減らず口をなおすこと。ああ、うん。いまさら、俺がいうのもどうかという、きもちもあるけれどな」
「時代によって価値観は、更新していけばいいのよ。のんびりと。ただ、やるからには、むきあう覚悟が、必要なのよ。確実に、事態を捉えられる狙いでね」と、きりきり笑う顔は、どうやら道化師のように、楽しいことを企んでいるようだ。

❄︎ EP4. 恋は思案の他

ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 ピカタという、料理に興味があるようで、メザミは、「これがつくれるかしら」と古い記事を、俺の近くにもってきた。
「これを今日のメニューに加えるのか?」
「僕は、人間の食事とは、違うものを喰べるから、おいしさがわからないけれどね」
「ははは、そういう冗談で、和ませようとしたんだろう。つくるよ。そうすれば、きつい未来を回避できるはずさ」
 悪魔のように、きりきりと笑う。ここは【雪の妖精】のメザミが、みつけた、ダーツバー。
 妖精にしたら、記憶を改竄することは、朝飯前まえのようで、きりきりと笑いながら、俺の横で、「いつだって、面白いことが転がっているのよ。それに、自分で、きっかけをつくってしまえばいい」と、こういった。
 アイドルという自覚がある俺は、自宅からでる覚悟をした。
 俺は、いつも重大な決意のときは、メザミと一緒にいる気がする。
「ここにを占拠して、本拠をおきましょうか」
 ダーツバー。
 場所のオーナーの、はとこだ、という、勝手な【魔法】をかけて、ここにくる人々の会話を【真夏の豪雪】と、機関と、俺の【運命】の相手はなし、それから、を本業のアイドルでもある【M’ygUelのオリバー】。
 この、4点の情報をきくことにしている。
 俺は、ここのバイトとして働いている。【真夏の豪雪】の翌週に、翌日に急に、
「今日から、ここが家よ」と、ついてきた先がここだ。
 俺は、心底、【雪の妖精】メザミが、仕事での、俺の上司ではなくてよかったおもう。
 そして、ここで働くにあたり、俺は紫色の瞳を隠すために、黒色のカラーコンタクトを使用して、髪の毛にウイッグを被せて、黒髪にして、そのうえで橙色のサングラスをかけ、口元のほくろを、メイクさんがくれたコンシーラーで隠している。
 声も、地声より、低い声を出す。
「メザミ、収穫は?こっちはあいもかわらず、ねーよ」
 妖精というものは、役割がある。それぞれの役割が大きいので、ルールが意外と厳しいらしい。そういう掟みたいなことが、あったりする生き物らしい。
 メザミ以外の、ほかの妖精はみたこともないので、俺はほかの妖精が、どういう姿、形、大きさをしているのかは知らない。
 メザミ曰く、
「【魔法】を人間に供給する妖精は、僕以外には、いないとおもう。だって、人と関わるのに、メリットが少ないからさ。僕は、そういうことより、面白さで、オリバーといるけれど。ときに、自分の羽を人間に喰べさせる所行で、それを、ほかの妖精に、笑覧させる。それで、楽しい気持ちを抱くのは……、きっと、僕だけだよ。生き物はね、環境変化のストレスに弱いでしょう。僕があえて、それを演出するの、率先して、人といることの醍醐味は、妖精界への飽きもあるのかもしれないわね。そういう妖精が、ひとりいても、最高でしょう」と、いう。
 妖精大半が、人間に無関心らしい。
 俺たちが、妖精に無関心なように。姿形も、【魔法】も、みえないように。
 けれど、どこで、どう違うのか。
 俺の隣にいる【雪の妖精】のメザミは、興味本位、利用価値本位、多文化、異職業交流。
 人間の俺と一緒にすごしてきた。
 であう前のメザミが人間とともにいたのか、ほかの妖精といたのか、ほかの人とは違う、なにかといたのいか。
 ひとりでコツコツ【雪の妖精】という役割を担ってきたのかは、きいたことがないからわからない。お互いに、もし、必要ならとうの昔に、はなしをしているだろう。
 あの【真夏の豪雪】以来、メザミの額の雪のタトゥーが、さらに濃くなったようなきがする。
 水色の髪は、以前より深い青を帯びて、毛先にかけて、水色から白色へ、グラデーションのような髪色に変化した。性別不明の中性的な顔は【真夏の豪雪】以来、目つきが鋭くて、妖精という名前より、小悪魔とかに近い。
 顔つきで、ヴィランのようになったきがするのは、きのせいだろうか。
「誰だって、成長期はあるよな」
 きりきりと、笑いながら「どんなのか、みたいわね、成長を」と、余裕そうにいる、メザミは、その意味そのままの、「コンコン、ってここにはドアはないわね。まだ、探し出せないみたいね。4つの情報について」と、小芝居をいれながら、俺以外の人間にみえないこといいように、「意外とさまになっているわよ。その姿」と、囃したてる。
「メザミ、これは想定外だぜ。知りたいのは、とくに、メザミがきにする機関のことか?」
「そうね。まあ、縁が深いところなのよ。考えかたの違いを主張しては、ぶつかり、解決できないまま歳をとる。犬猿の仲よ」
「『犬猿の仲』ね。メザミが、クレイジーだからじゃないか?」
「まあ、お褒めの言葉は、いいから。僕の可愛い子よ、早く情報掴みなさいよね。オリバーの対人スキルが、まぬけなことが証明されたわね。きりきり。ざまあ」
「おい、『ざまあ』はないだろう。メザミ。俺が、いまほしいのは、そういう言葉じゃねーぞ。『お疲れ』とかいえよ……、久しぶりにきくな、口癖」
 俺は、メザミの口癖が、「ざまあ」と、「笑覧」と、いう言葉だと、忘れていた。
「僕が?オリバーに『お疲れさま?』ないわよ。精神状態、脈拍数、心音は常に一定なのよ。乱れないわ。妖精なめんな。ほら、あの客、テッキーランが、なくなりそうよ」
「テキーラな」といい、「あのテーブルにいってくる」とメザミにいう。キリキリ笑いながら、「頑張りなさい〜」と、いってくる才気煥発な妖精を、俺は無視した。
 幸せとは努力の決断の際に、勝利を勝ちとったものだけのことをいう。
 枯木や土、土壌がむきだしの、茨の道。
 現実の道路より、未来への投資や、メンテナンスのほうが遥かに費用が嵩む。
 日々更新されていく技術が、最先端の誇りとなって、過去の栄光が霞んでいくのが、ただ、人は怖いのだろう。流行というものも限られてくる。兼ねて隠した地雷は地面からささる。 
 今日も電波から流れてくる。怪しく、疑わしい。世のすべて。
 曖昧な関係のまま、淡々と笑える。氷のように薄っぺらい。雪の帯は、夢をみて、夢をみつけて、夢に焦がれ、夢に傷ついて、最後は俺が、笑う。
 絶賛の夏を創ったのは、俺と【雪の妖精】、メザミ。けれども、俺たちは禁断であることをした。
 それは、時期はずれの、規則違反の夏の雪を降らせたこと。
 各妖精たちには、誕生と共に役割があたえられるらしい。妖精の習性、生き方を俺は知らない。
 メザミは【雪の妖精】として、その誕生の日から、この世界中に、この世に雪を降らす役割を担ってきた。
 各妖精がつかえるのは、名前をつけられた、効力に対する実行。(メザミの場合)、誕生とともに、あたえられた役割、雪を降らせること。実現するための、膨大な自然界との力を操ることができる。
 ただ、メザミは長い生涯で、死にかけた孤児であった俺とみつけた。助けてくれた。
 妖精だけの、本来の力である【魔法】に関して、自然の力をわけてくれる。妖精と一緒にいる物珍しい人間は、俺だけだというし、そのようなもの好きはメザミに続かないらしい。基本、個人プレーの妖精のなかで、【雪の妖精】と、人間の俺が協働する。それは、規約や契約を破った妖精と、人間のことを、【闇堕ち】とよぶらしい。気色の悪い。
 歪みだらけの響き。本当に雪を降らせた意味を知らない。機関に対して、俺は、文句をいっている。
 自然災害、魔法、妖、超人的なできごとも、機関が中核だ。
 太古から地球を自然を守る各生命体、動植物、妖精と、人間、その他に生まれたもの、など。
 物理的な助け合いの契約にたちあい、お互いを信頼して亀裂がなく、自然界の力を安定させるベース機関である。
 この場所は、秘密裏なため、名前はない。
 だが、そこの機関に目をつけられていたが、とうとう【真夏の豪雪】の一件で、たちあわなくてはいけなくなった。
「俺たち連行されるのか、だるいな」
「英雄は、ときとして、悪雄になる。真実は奇なりよ、諦めなさい、楽しい休憩中とおもえば、いいじゃない」
「アイドルの活動のこともあるからな。でも、妖精というものは、機関の情報を掴むのが早いな」
「僕は【風の妖精】と親しいなかでね。口が軽いから。そこの、おしゃべり屋さんのところが、まぁ、ありがたいのだけれども。こちらに、機関が僕たちを探しているというのよ。……まぁ、これも計画のうちだから、安心しなさいよ」
 メザミに【真夏の豪雪】を実現したいと願ったのは、俺だ。
 60度。熱中症で人々が死にかけている現状に、俺は人を救いたかった。
 一心で、最大の魔法である【真夏の豪雪】をメザミとたてた。俺は、正しい。
 でも、いまのままだと、人間界以外では、悪者だ。
「ここの居場所がつきとめられても、機関の勝ちとはいわせないわよ?そうは、うまくいかないものよ。もしも、みつかったときは烙印ね。つねにゲーム感覚のように、この状況さえも予測済みよ」
「メザミの根本的な強さが、羨ましいよ。でも、暑さに苦しむ人を救う、なにが悪いんだよ。【規約?契約?古いんだよ、アホが」
「まぁ、そうなのよね。オリバー、清い正しさは、いつか勝つわ」
「俺を拾ってくれた日のこと、おぼえているか?昔もそういったよな」と俺がいうと、「微妙な記憶ね」と、メザミはきりきり笑った。歯が口から飛び出す笑顔だ。
「嘘よ、微かにおぼえている。強かったわよ。眩しい命だったわ」
「あの日のこと、ありがとう」
「あ〜ら、僕に、感謝が言える日がきたね、これも成長ね。ほら、それでね、アナタ、やあね、身構えないの、オリバー。探していたあの子のこと、わかったわよ。よくいる場所が、ここらしいわよ」
「え?いつの間に?どこだ?」
「やけに食い気味ね、面白いわ」
「いや、別に?お前が、居場所わかるとかいうから?そのついで?」
 俺は、メザミと少し離れるように、距離をおいた。
 俺の過去の記憶は、最悪だ。孤児だった。
 貧困も笑えるとこ、幼少期、家がなかった。記憶のあるときから、都会の路上で育った。強く生きるしかなく、戦闘能力、貪欲、負けず嫌い、この性格は、そのころにできた、人格形成だ、と納得している。おもいでは、美化されるというけれど、この事実が美化して、このクオリティーなら、ご笑覧あれ。
 もがいて、足掻いて、吐いて、倒れて、匍匐前進で生きて、孤独より貧しい飢えをの厳しさ。
 コンクリート、砂の上、段ボール、公園、ベンチの役割は移住。ここらで眠たいとおもえば、座れればいい。
 寝れる場所を探す。
 固く冷えて、誰も探してくれない出口のなかに、俺は、毎日いた。
 はなすことも、書くことも、本屋というところでできる。
 年頃の子供より小さかった俺は、頬がこけて、背骨がでていて、脱水症状があるような子供だった。
 日本にストリートチルドレンがいる。などと、誰が想像したことだろうか。
 両親がいない。家がない。食事がない。
 生きることに必要なことは、自分で工夫するしかなかった。
 兄と妹がいた。僕たちは3人で生きた。都会の人は、しらないのだろう。
 子供が、電車で寝ていても、不審におもうことはない。都会には、仕事で規則的な、この国でいちばん人口が多いから。
 兄が、必要なご飯は、どこからかもってきてくれた。
 服も違うものを着たりしていた。
 俺は記憶あるかぎり、公園の水を飲み、転々と生活していた。
 聞こえてくる街の、正午と夕方の音楽が時間を教えてくれた。
 幼稚園は行っていない。
 みんなが居場所があるときに、自分はただ、彷徨いながら、いまの場所がどこかもしらず、夢中でいつも探していた。
 奇跡を信じるより、稼ぎたい、ここからぬけだしたいという、そんな幼少期の気持ち。
 勇敢な兄と妹と手を繋いでいた、毎日の絆。今も大切な、本当の家族に【雪の妖精】の存在は、いっていない。
 紆余曲折した。
 はなしは戻る。
 ある日、それは突然のことだった。衣食住のない、俺の家族は壊れた。
 兄と妹が消えたのだ。
 俺が河川敷で蟹をとっている際に、「ここで」と、兄がいった。見晴らしのいい空が、快晴の日に、飛行機がみれる場所に、兄も妹も戻ることはなかった。日が過ぎた。俺は、蟹を逃したり、捕まえたりして、約束の場所にずっといた。
 また日が過ぎた。蟹が窒息するように、爪を動かさなくなった。どれほど過ぎた……?、朧げな記憶はそこで終わった。
 俺の記憶が正しければ、俺は、病院にいた。河川敷にずっといる子供。同世代の子供が、俺をみつけたらしい。
 食事がない俺は、栄養がなく、点滴の管をつながれていた。目がさめた俺のまわりには、たくさんのしらない顔がならんでいた。   
 俺は囲われているようだ。大人の制服をたくさんみた。しらない人が、ひっきりなしに、俺のことを、どうにかして、生きさせようとしているようだった。
 滑稽にも、そのなかで、最初に俺にはなしかけてきた人は、こうった。
「お父さんか、お母さんはいる?名前は?君の家族は?」
 丁寧な正しいい現代の価値観で、口を開いた。
 この大人たちは、みたことがないのだとおもった。人が死にかけて、初めて人は、異変にきがつくのだと。俺は震えた。
 人の目が濁っている。
 微笑みのなかの陰り。助けようとしなかった人たちが、俺をみて、
「綺麗な子」
「可哀想に」
「ご家族はどこにいるの?」と、気色の悪い言葉遊びをする。ああ、忘れた。こういうとき、どうしたらよかったか、を。そのとき、俺は夢にわざと引き寄せられたように一度目を閉じた。声がした。
「『この大人たちにいうのよ、名前は、オリバー4歳」』」
 俺ではなく、俺の頭のなかで、意識がすっきりするような感覚がして、
「『安心して頂戴、私は味方よ。ほら、何度もアナタを呼んでいるのに、漸く声がきいてもらえるなんて、遅いわね』」と、誰かがはなす。
 雪、銀色、そこの雪の空間のなかに生きている。森の木々、川の氷、狼、鹿、咲き誇る花たちと雪の結晶。満月。
 夢のような空間に俺はいて、みたことのない、綺麗な生き物が、俺の頭のなかで、対面した。
 退屈と深刻を両目に宿して俺にいった。
 なぜか、惹かれる。嘘。誠。でも、俺のベッドにいる、そんな人々より信用できる瞳をしていた。
「オリバーよ。アナタの名前。この世界は、嘘と汚れと搾取の世界。人の命を奪い去り、命を大切にしない人々の世。始めまして。僕は【雪の妖精】のメザミ。今の状況に、困惑しているでしょう。でもね、大丈夫。いまは、生きるためにはなしましょう。大丈夫、アナタは、強いでしょう?」
「誰?なに?生きるための、準備?」
「そうよ。この点滴は、生きる栄養を身体にいれているの。それで、命を繋ぐのよ。でもね、これがなくても、アナタが生きていけることができるわ。ご飯も、家も。勉強も、させてあげる。ぜんぶ用意してあげるわよ。私と契約すれば、お兄さんも妹さんのところにも、案内してあげれるわよ。この人間たちは、いまから、命を、アナタの発言から予測して、値段をつける。それって、もう情けなく、怒り心情でしょう。アナタは、自分を強くしたくない?お兄さんと妹さんも、こういう大人に売られたのよ」
「『売る』ってなに?ふたりは、生きているの?」
「笑覧ね。どの生き物でも、子供って、本当に無垢なのね。日本という国ではない、そんな、場所にいるのよ。攫われて、売られたの。子供はね、いつでも、お金になるのよ。子供という生き物は、どの生物も、共通でね、売るのよ。利益があるから。幸いにふたりは、生きている。いま、アナタが、ここで2人を助けたいのなら、僕も協力するわ。でも、アナタも、僕の協力をすることになるわよ。勝つための人生を生きるなら、大人たちに強く、言葉をいうのよ」
「わからない。でも、助けることができるのなら、またあえるのなら、暮らせるのなら」
 そうだ、生きるのだ。
「今から、僕の計画をはなすわ。アナタは、そのとおりに、動いて頂戴。困っている運命に、弱いタチなのよ。そして、無計画が、この世で、哀れだとおもうのよ」と、いう。
 その言葉は、いかに強く、あの日ほど、心から感謝した日はない。
 互いに利益ある合理的な関係。
 最高だ。
 俺は、怪訝そうに、俺のようすを窺う大人たちに、薄ら笑いを浮かべて、語らせないとおもった。
 模範的な態度で。この【雪の妖精】の知恵を、大人にはなして、人生という設計図を学ぶ。
 それは緻密で、白銀の世界にただひとり、降臨する雪の王が、俺とメザミを、であわせてくれた最初の【魔法】。
 以来、【雪の妖精】とのであいから、権力、品格、財力、衣食住、兄妹たちも守れるようになった。
 だが、それ以上に、【雪の妖精】と【魔法】。
 この能力があれば、俺は、誰よりも強く、俺が正解のルールであることを忘我するように、メザミとともに苦楽をふたりでしながら生きてきた。回想のような昔のできごとが、いまの俺たちの絆を強くする。
「あのさ……、どうでもいい情報ならおもいだした。俺たちが、であった日のこと。そんなこともあったな」
「オリバー、しっかりしなさいよ。ほかごとを考える余裕があるなんて……、いい度胸じゃない?であい?いつ?どのような内容のことよ?」
「俺たちだよ。妖精は賢いから、過去を忘れないだろう?」
 気軽にいられる仲になった、俺たち。
 メザミも、計画の次の段階である、機関と、たちあうこと。そのうちあわせを、お互いに擦りあわせなくてはならない。
「楽しみね。ウバロにみつかるか、逃げ切るか」
「ウバロ……、俺は機関のことあまりおぼえていないんだよな」
「そうよね、そういうものよね、まぁ、どのような状況になろうとも、楽しむことを忘れないことね」
「マジかよ。危機的な状況で、楽しいと思えるのは、逆説で心強いぜ」
「なにごとも、笑覧のはなしよ。あの子の居場所、いまからいうけれど、かわりに、頼みごとをしていいかしら?」
「ああ」
「緑花区街丘、放課後の障害者デイサービスのボランティア。ここにいるわよ」
「ん?……放課後の障害者デイサービス?」
「詳しいことは、オリバーで調べなさい。まずは、ここにいくことね」
 協力を懇請していた自分のなかで、ここまで嬉しいことはない。そうか、あの子は、ボランティアをしているのか。パズルのピースを重ねるように彼女のことを、ひとつ、ひとつ、知れることが嬉しい。
「動いていている最中に、機関が俺らの居場所を、しることはないか?」
「バカだね。僕は、そこまでおちぶれていないよ、それから【恋の妖精】より、伝言。『頑張って〜』だってさ」
「そんな、妖精もいるのか?」
 俺は口をあんぐり開けたまま、天を仰ぐ。
 これでは看板に、偽りがあるようだ。妖精とは、危険で綺麗。人とは異なる魅力が、素敵な生き物なのだ。
 そうだ。するとメザミは面白いのか、こう、俺にいった。目端がきくメザミのなかでは人間の一喜一憂さえも娯楽なのだろう。いかにもメザミの堂々としているところが、羨ましい。
「妖精はね、うんざりするほどに、意外と多く生息する生き物なのよ」と、そういう当たり前のことを残すように、情報を残して教えてくれて、最後に、お願いをされた。
「いつか、ときがきたら、オリバーもメディアに、『ざまあ』って、いってみてよ」
❄︎
ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 口は、なんのためにあるのだとおもう。生き物は、敵と味方をわける。それは、自分が生きていく為でもある。無意識のうちに、人をきずつけて、きずつけられて、他者と交流し、団結し、群れから引き離して、殺害する。これは、古来からの、生物の習性であり時代が変化しても、もともと備わるものは、なおらないものだとおもう。亀裂の争い。古来人に備えつけられたものであって、根深い。でも、お互いに歩み寄り、違う考えをうけいれる。
 そういう、努力をしないといけないのだ。わかっているのだろう。きっと、誰より、わかっている。
「大丈夫、恋も、家族もうまくいく」 
 これがもし、憶測での内容だとしても、噂を鵜呑みにするような人がいても、自分が安全地帯にいて、自分だけは、そこの関わりから免れるようにする立場を選んだとしても、そこにいるリーダーに嫌われたら、生きていけないコミュニティを、生き物は形成していくけれど、AIの発達により、これは自然では、ないことがわかりだした。そもそもどのようにして、人は心に安らぎをもたらすのか。現代人は、どのようにしたら、満たされるか。それは、デバイスのSNSかもしれない。
 自分と考えの近い人を斡旋するような、自動システムにより、私たちは、堂々としていられるのであろう。
 オリバーの【真夏の豪雪】についての議論は、人々の関心をあつめる。
 例えば、異常気象の根本から解説されるところもあれば、どのような経緯で、どのような理由で、という、人ではないものの仕業や、自然というときもある。それほど、人々を助け、勇気があることが、【魔法】だと胸に隠す。オリバーは、日本国民を救ってくれたような、ヒーロー。
「オリバー」と、私は、その名を呼ぶ。
 知らない名前だとは、おもえない。どこか不思議と、心休まるような名前だ。初恋。このことだけが、心に響いている。いつまでも消えないで。。
 ただ、どうしてオリバーがアイドルから、表舞台から姿を消したのか、わからない。
 海外からも注目の、大人気新人のアイドルで注目をあびていた人物。
 そのような人物がどういうわけで、【真夏の豪雪】を降らせて、私とであったのだろうか。
「憂のお」
 ため息のようにいう。言葉にした文字は、普段は、藤が、私にいう言葉だ。
 本当に、この世にノンフィクションというもので【魔法】が存在して、それを使える人物がいる、ということを知った。
「あの紫の瞳の人は、魔法使いなのかな?」
 憶測は、危険だ。
 第一に、直接的に、オリバーが雪を降らせた。という、事実的目撃をしたわけではない。
 ただ、オリバーが、その雪に愛されるように【真夏の豪雪】の日に、その場にいて、体温もかわらず、そこにいたことだけが、事実だ。
「どうしたらいいか、わからないね〜、オリバーは行方不明だ」
 有名人相手に、一方的にこちら側だけ、アナタのことを知っているということは、相手側からしたら不気味だろう。
「もういちど、あえますように!」
 最近の私は、乙女。甘く、優しい、私がつかうことは、ないと思っていた言葉をつかう。それが似合う。
 それに、深まる謎は、もうひとつ。私は得て。その内容を口にだすことにした。
「なぜオリバーと、会話できたのか。あ、また考えている。うわ〜、重症じゃん」
 だが、ものすごく個人的にひっかかる言葉だ。
ーーなぜ?ーーどうして?ーーあなただけに話せたのか?
「それに、もうひとつの疑問、『琴、笛、三味線』の音がどうして、【大寿の姫】から聞こえたのか……?」
 謎ときにかりだされた、探求のパラドクスのように、きがきでない。
 誰かのことを知りたいと、私が包み隠すことなくおもうのは、最大の関心ごとが、アナタにあるからだ。
 素直に、ききたいことが山積みで、会いたいとおもう。この気持ちに、嘘は、なにもない。
 人とはなすため、歌うため、それらを、うまくやりくりして。上手に生きていくのが世の常だとおもう。
 起死回生の奈落の底にいるような毎日で、アナタにであえたことを、私は脳内で変換して、「愛なのかな?」と、称することにした。
「今日は、考えごとに多く費やして、ぼんやりする〜」
 オーブントースターで焼いた、盛り耐性のない緑色のピーマン。黄色、赤色のパプリカ。藤が好きなメーカーのチーズ。ピザソースをのせて、食パンにもりつけて、黙々と食べた。
「美味しそうだ」
 沈黙が怖くて、ロイヤルミルクティーと、少し焦げ目のある部分を、歯で溶かしやすいように食べたのだった。
「藤さんねえさん、……いつ帰ってくるの?」
 庭からリビングの朝の光は、はいるけれど、藤がいないと毎日は、皆既月食の日のように珍しく、不安な気持ちになる。
 きっと、なにかの情報を掴みにいったのだろう。自由な行動力。そこに私も、本当は、参加したかった。
「悩みがふたつ、藤がいない我が家と、私の恋愛について」
 いつもある日常が、簡単に壊れたようにおもえた。藤は、どこにいるのか連絡をしてくれたから、居場所はわかる。藤の友人の別荘。その人物に、私はあったことがないが、どのような人物かきになる。
「そして、オリバーには、どうあうのだろう?まぁ、もうあわないから【運命】という最強の言葉で花火をつけたのかな?」
 幼馴染の由依や玲央に、相談しようか、とも考えた。
「藤さんねえさんが、帰ってこない、そして、花澪は、恋愛をしたの」と。 
 けれど、一方は朗報でも、もう片方は悲報。藤がいない、とんでもない悲しみ。空虚のなかで、誰かの帰りを待つということはこんなにも怖くて、待ち遠しくて、嬉しいことのように感じた。
「そして、春の予感」
 両方同時に訪れることは、嘘のような、きれいごとのような必然のできごとのように舞う。扇の持ち手をかえる。くるりと。
 そんな藤の優雅な仕草が、私は好きだ。
「絶妙にふたつとも、苦いよね」と、はなし相手のいない私は【とあること】について思い出す。
 明明、7歳。花澪、私の誕生日。習い事の帰り。
 歩道側に父親、私、私の右手側の母親。あまり顔をおぼえていないけれど、柔和な人柄で温厚で生真面目な父親と、ロジックで行動力がある、毎日楽しそうな母親。当時の年齢でとまっている、ふたりの年齢。いつか、私もおいつくことになるのだろう。
 私は、帰宅途中に、両親に手を繋がれて帰宅する最中だった。
 いつもなら車で、習いごとの場所まで送迎したくれるはずが、この日は、私の誕生日ということで、車ではなく、駅前で祝うことにしていた。(ついでに、このときは、藤は、まだ私にしかみえない存在で、藤の存在は、私の母親に伝えると、「この子はみえるのね」とかなんとかいっていたが、「みえることは、ママとの秘密よ。花澪といつもいる人も、きっと、そう願うわ」といっていた。ひとり娘が、変人あつかいをされるのを、母親は予想できたのだとおもう)。
 池袋駅の通魔無差別殺人にて、両親を亡くした。数々の悲鳴、人々の恐怖の顔。嫌なことほど、おぼえているのだ。
 この事実の真相は、当時、違法賭博で家を担保にするくらいの危険な賭けをして、仕事をなくして、借金まみれの闇金におわれる50代の男性が、自身が賭けごとをしていた違法賭博場にのりこみ、出勤前の賭博場のディーラと口論になり、この人を刺殺して、のちに精神鑑定にかけられて、それは「演技だ」と虚偽をいい、死刑判決された事件だ。
 ディーラーを刺したあと、ビルの歩道に足跡を残るように鮮血とともに、血の滴る新品の鋭利な包丁で、みず知らずの、幸目があっただけ人物を、次々殺害していった。
 特に、理由はないそうだ。
 それだけの言葉で、理性を失った汚らわしき悪行。東西弁せず、計画がない。顔も名前も知らない、部外者の人をまきこむ。
 ありえない発作のような、突発的な衝動に駆られておこなった愚行。恨みは骨髄にいる。赦されない。
 私が死んでも。死刑された、この人物だけは、赦さない。一生分の悲しみが、この人生には、待っている。
 攻撃だけが人生ではないが、これはそれ以下。語るほど、私は懼図。
 被害者は私の両親、それから、15人以上にのぼる。小学生や私くらいの高校生もいた。
 池袋駅が騒然として、人が怯えるなか、私を隠すように武器である包丁を取りおさえようとした父親が、力に負けて、その後、母親が刺された。鮮血が迸るなかで、私は、両親の血が目にはいって、憎き犯人の顔は、もう忘れた。
 刺されてもなお、私を守ろうとする両親が覆いかぶさって、私は生きていた。
 恐怖の中で震える私に、「怖いのはわかるが、しっかりしておくんなんし」と、私にいう。藤が声をかけてくれた。
「花澪」と、いったあとに、自分の出血箇所を片手で覆いながら、反対の手で、私を抱きしめていたのが、記憶違いでなければ、最期の言葉だったと思う。母親の最期の言葉は……、本当はこういうことを、忘れずに胸に刻んで生きていくべきなのだろうが、池袋駅周辺の、血の海のなかで、唯一まともで、動揺するまわりの人間とは異なり、
「花澪、ママの携帯から救急車を呼ぶのじゃ」とかいって、指示する藤の言葉が印象的だ。
 震える私は、とりあえず藤のことを信用していたので、母親のデバイスをもって、藤に「……ば、番号は?」と、きいた。根弱した母親が、「花澪に、なにもなくてよかった」と、笑う。ーーああ、この言葉が。母親の最期の言葉だった。
「花澪、処置をすれば、助かる命もある」と、藤がいう。
「うん」と、私は、いう。
 これが、私は公衆の面前、つまり烏合の衆のなかではなした、最後の言葉だ。
 この【とあること】の後遺症で、言葉をはなせないストレスを今日まで伴う。唾棄すべき、いや、それだけでは足りない犯人への恨みと、私のトラウマ。残酷性を帯びたものは、青い炎をつけて歪んでいく。この日、かけつけた救急隊員や、病院関係者による懸命な措置もあったのだが、両親は、帰らぬ人となった。
「誇らしい、花たちじゃったのお」と、藤は、私の両親の命日に毎回そういうけれど、私は、そうはおもわない。
「生きていていてほしかった。まともじゃない人間と戦ってくれたのは、誇り。でもね、私が成長するところをみる。両親には、責任的義務があるでしょう……」
「ふたりが必死に花澪を守ると決めて、身体を張って子供を守る。この花が綴じた気持ちを、犠牲を、そう悲しいこととして、自責な言葉にしないでおくんなんし」
 私が満身創痍で、はなせなくなった。
 そんなとき、藤が、私の姉として【現世】に姿を現した。
 女神のように、容姿端麗の和装の女性が降臨したようだった。
 私の両親にはともに親がいて、祖父母が県外にいるが、藤が、なにをどう説得して、人を納得させて、今の状況を創りだしたのかは私は知らないが、私の姉として市役所や戸籍上では従姉妹として、幻の存在を本当にさせて姿をあわらした。
 この世に【魔法】があるとしたら、藤の存在もそのひとつだと思う。怖くない、安心できる。あまりにも完璧すぎて、不気味なときもあるけれど、私は藤のお陰で、今日まで生きてこれた。
「あ、今日、10時からボランティアの日だったわ」
 そのとき、私の携帯が鳴る。着信相手は、藤だ。
 私は、いつもの5億倍くらいのスピードで携帯をとる。
「もしもし」と、きき慣れ親しんだ人物の声がする。どうして、電話の最初は「もしもしなのだろう」と思う。「こんにちは」や「元気?」というのが、照れくさいからだろうか。
「……もしもし、じゃないよ。藤さんねえさん。早く帰ってきてよ〜」。藤ロスで、限界な私は、泣きそうな気持ちを抑えながら、右手の携帯を普段は添えない左手で震えを抑えるように、「いつ帰る?」と、きいた。
「それが用件がまだ終わっていなくてな。もう少しかかりそうでありんすな」
「え……いつ?」
「……お主、泣いておるのか?」
「泣いていないよ、別に藤さんねえさんがいなくても、私は大丈夫だもん」
「そうじゃな、大丈夫なくらい強いな。今日はボランティアの日じゃのう。楽しんで行きなんし」
「えーん……、それだけの電話?」
「じゃあ、また。すぐ帰るからのお」と、電話がきれる。
 深い川は、静かに流れる。藤は。なにかを考えて行動しているのだ。無意味なことはない。
「私の【前世】っていうのは嘘でしょう。似ていないもん。私、このように人の行事のことおぼえていないもん」
 かしかりのない。あえてもらうことのほうが大きくて、藤には感謝しかない。こういう人がいつも私にはいてくれるのだとおもうと、とても嬉しくて、心強い。
「ありがとう。早く帰ってきてね。『おかえり』って、私にいわせてね……」
❄︎ 
ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 俺は自分が、スターであると自覚している。
 渇望され欲望され忠実に、自分を魅せる。隴を得て蜀を望むのは、端なくも、【真夏の豪雪】に運命を感じた、キスを自分からした人物だった。あれから、たくさんの情報をききだした。
 本来はスターがすることではないかも知れない。でも、知ることからはじめたいとおもってしまった。
「恋愛、迷子はどこにいるか」と、とわれたら、俺だといおう。
 俺は、カクテルのチャイナブルーのような空下、オリジナル性の強い紫の瞳を隠すサングラス、白のバケットハット、それからパンデミックが緩和した数年後でも、夏場に黒いマスクをする。メザミは、俺の恋が面白いようだ。
 そもそも妖精という種族は、恋をするのだろうか。恋愛が、どういう意味をもち、どう役割を担い、どう影響するかを知りたいが、肝心のメザミは、
「妖精の恋は、恋の妖精の支配下だよ」と、胡散臭い冗談のような、本気のような目をして、きりきり笑った。
 あの子、初恋の情報を集めるのに、苦労はそこまでしなかった。
 なぜか。この花澪という少女は、特別であるらしい。
「名前は花澪。18歳。特技は、ヴァイオリンと絵画の油絵と習字。幼少期のトラウマによる満身創痍で、精神負担がかかり、公共の場での会話が不可能。家族構成は、保護者で従姉妹の藤。放課後の障害者デイサービスの児童指導員のボランティア。薔薇色の髪に桜色の瞳。よくする髪型は、ポニーテール」
 情報力がある有力者のおかげではなくて、彼女自身が目立つ存在のようだ。
 誰かを痛めつけたり、貶す世界とは無縁そうな人だ、とおもった。
 同時に、俺の世界線とは、違うところにいる人だとおもわれる。
 唯一ひっかかった点は、「『会話が不可能』」と、いう情報だった。
 でも、俺と会話した、ような、きがする。きがするではなくて、正式な言葉を、薄紅色の唇からきいた。
「理由があるのに、俺とはなせた。意味は、なにだろうか?」
 あの日からずっと、同じときに、この俺が、囚われているようで、それも少し悪くない。悲喜交々至る。本当は、誰より愛したいのだと。それ以外は、あの日をおいかけ続けていて、いまになる。
「きっと初めての勇気になるだろうな」と、言葉にだす。
 放課後の障害者デイサービスの児童指導員のボランティアの終了時刻まで調べた。16時半。意外と早い時間だ。そこへ待ち侘びたように俺がいたら、きがつくのだろうか。そもそも俺を覚えているのだろうか。「怖い。誰?どうしているの?」といわれないだろうか。
「であうことが、今日のゴールにしよう」
 まずは自己紹介。それでいいんだ、オリバー。格好つけるとは、また違うのだろう。
「拗らせとは、このことか?」
 ドラマでやった役がようやく理解できた。きりきり笑うメザミは、今日はひとりにさせてほしいと俺から懇願して、「それなら、僕も楽しいことをしてくるよ」と、どこかへ飛んでいった。メザミがいないのに、その笑い声だけ耳につく。
「メザミもいたらな」と俺は、【雪の妖精】のことをおもいだしながら、初恋の第一歩を踏みだすのだ。
❄︎
 ニュアンスの柔らかさ、褒めること。人と比べないこと。その人の個性によって、教える側ができること。
 私は、夏休み期間は、ほとんど放課後の障害者デイサービスの児童指導員のボランティアでいることに時間を費やし、講師料としてささやかなお手伝いをしている。
 ほとんどなにもできていないのに、お金をいただくのがボランティアとはわからないけれど、少しでも生きる希望になってくれるできごとが体験できるなら、それは、私が生きる意味があったことになる。
 藤、由依、玲央以外は言葉がはなせない私にとって、「言葉がはなせないこと」は他人ごとではない。ことは、大きく人生を左右することを私は知っている。
 ここにくる児童たちは、さまざまな個性が美しい。
 どれも特別に、煌めく。
 私は、手話、ヴァイオリン、絵画の油絵、習字の講師の先生の補佐としている。
 もともとは、藤がみつけてくれた場所で、ここで手話をおぼえた。今日を生きる希望を学んだ場所だ。感情が高ぶると、私の手話は丁寧より、情熱的になるらしい。
 私が、小学校の高学年から通いだした場所。
 木の造りで、段差のない土足可能な場所。
 教室のようにかこいがなくて、どの場所も廊下のような場所から、教室のような広さがみえる。生徒の途中退室は、もちろん可能で、殆どがご両親やご家族と一緒にきている。
 私がボランティア参加しているのは、10歳から15歳までの児童限定の教室である。
 免許がない私は、専門に教えることはできないから、あくまで主体ではあるが、サポートの先生たちがついてくれる。もっと小さな子どもたちは、私はまだ教えたことはない。
 個性を認めてもらえた逃げ場でもあった。私はここがあったから、いまがある。あたたかい先生たちに、異なる境遇を抱えた子どもたち。
 幼少期から習いごととして、両親の事故のあとも、継続して続けていた、ヴァイオリン、絵画の油絵、習字を希望者の子供達に教える側になって、私以外に、職員の先生たちがついてくれているので安心してできている。
「ゆっくりでいいよ。きてくれて、ありがとう」と、手話の先生が私にいってくれた言葉が、いまも残る。
「廣木先生、出雲先生、今日は何名くらい、参加希望がありますか?」
 私は公共の場ではなせないので、AIの自動音声で、次の習字のサポートの先生にAI音声ではなす。
「楽しみですけれど、緊張してきました」
「もう、ヴァイオリンと、絵画は、終わったのでしょう。助かるよ。ありがとう」
「いいえ、私も、ここの先生や、仲間がいてくれたから」
 精神的な強さが、優しさが。滲みでる人物は、「5人だよ、あとはご家族のお母さんがた。あと、そうだ、申し込みに、悠貴くんとマリアちゃんの名前もあったわね」と、ショートカットの黒髪が似あう、淡い豹柄の眼鏡の女性はいった。廣木先生だ。
 もう一人の人物は、美容部員のヘアスタイルのように、後ろに髪をまとめている。いつもお洒落で、ハンドメイドの髪飾りが素敵なのは、過去に無口で、少し怖い印象をもっていたけれど、いちばん安心感があり、華やかなクールさより、実直さが素敵な出雲先生だ。
「マリアもいますか?嬉しいです」
 同級生と会えることも、ここにいて嬉しいことのひとつだ。一緒に笑ってくれる時間をみつける人は、簡単にいるかもしれないけれど、誰かのために泣ける人がいる、それがマリアだ。
 廊下から丸見えで天井窓から光が注ぎ込み、はなしをしていると、「花澪、花澪〜、きたよ」と、マリアは私に手を振り、マリアの横で、うつ伏せで寝たふりで、机にいる弟の悠貴くん、そして、教室に今日参加する、習字を一緒に学ぶメンバーとご家族や保護者がいた。知らない顔も知る顔もあるなか、廣木先生、出雲先生、私という順番で教室で、まずは会議室のようにかこわれている場所にはいり、
「『こんにちは』」と挨拶する。廣木先生と出雲先生は言葉で、私は言葉がはなせないので、手話をする。
 廊下からみえる、小さい木たち。花たち。私たちが植えたものもある。誰でもいつか、好きなことにであえるといい。
 私が、ヴァイオリン、絵画の油絵、習字、そして手話を学んで世界が広がったように。
 藤が日本舞踊、生花、茶道、和楽器が好きでよくきくことも。お酒が好きなことも、誰だってある。世界は広いから。ここの場所にいると心が温かくなって、泣きそうになるのは、優しい人たちがいるからだろうか。
 それとも、藤が、私の居場所を作つくろうとしてくれた過去を、おもいだすからだろうか。
❄︎ 
 ものがたりのページをぱらぱらめくる。アミューズの始まりだ。自信がないとえば嘘になる。
「誰ですか?記憶にございません、お帰りください」と、ドラマのようなせりふをいわれたら、俺の初恋とは、ドラマで演じた皆が、その最終にむけて盛りあがりをみせる。
 グラフのように、その主役の俺と花澪は、(本名を調べた)。【運命】のなかにいるしかない。
 そのイメージとは、願っていたかたちとは、かけ離れたものとなる。
 親しくない人と距離を置くのが、本能的に正しいのは、危険だと脳が理解できるからだ。
 でも、その脳の働きさえも無視できる。それが、俺とかか、メザミのような性格なのだろう。いかに強い好奇心が自分にあるか俺は、自覚している。だがある層からみれば、大抵の烏合の衆からみたら、俺は愚の骨頂である。俺がしていることは犯罪になりかねない。
 でも、あうだけあいたい。いいじゃないか。オリバー。
 お前らしく。
 ルールとマナーをわきまえて、「やあ」といえばいい。それも違うか。
 この【運命】という謎があるかも知れないから。愛さえあれば。相手の目をみて。うん。よし。
 俺の相棒、【雪の妖精】は、今、地球の裏側で雪を降らしている。時々いなくなるのは、雪を降らせにいくときだ。
 それが、メザミの役割でもある。
「面白いのよ、地球はね」と、全世界たびにでて、地球が誕生したときからいる。そのメザミのいう言葉は、あながち間違いではなさそうだ。
「ねぇ、ママ、あそこの門に、背の高いお兄さんいるよ」
「本当ね、でも、人をじりじろみないの」
「俺のことか」と、きがついた。
 世間からバレることを避けたい。いつも念頭に置いている。【M’ygUel】のオリバーだと、バレないように変装までしたのだ。
 そのとき、俺が待ち伏せをしている、放課後の障害者デイサービスの門の遠くから、「花澪ちゃん、今日もありがとう」と、いう声がきこえてきた。
「花澪……?」
 途切れ途切れの会話のなかで、AIのような本人の声で、「またきます」と、いう声がきこえた。
 ドクン。
 心臓が、雨のなかの雷のように、激しくなる。この瞬間も、心臓の音がうるさくなるのを抑えるように、欲望か、渇望か、得体のしれない感情に、心拍数が頭まで響く。
「今度、カフェにいきませんか。それか、水族館か動物園、どちらかいきませんか。テーマパークや、VR体験、謎解きはお好きですか?すげえ、はなすじゃん、俺。いいたいこと、したいことだけ完璧じゃん」
 ひとりごとを、繰りかえす。
 そんなイメージトレーニングをしていると、門の前の俺は、こちらに歩いてくる花澪をみた。
「きた……、でも、ここしか出入り口はないから、そういうものだよな」
 むしろこちら側が、出待ちしているのだ。
 当然歩いてくるのに、きまっている。知らない素振りは今更できないし、後悔や悔いを残す人生は、おくりたくない。
 当然のようにここに、待っていればいい。
 会うまで、1秒。2秒。3秒。逆に換算して計算してもいい。居あわせた雰囲気を、そこにだせばいい。
「いかにも、偶然であるように、装うことが大切」
 メザミがいたら、合縁奇縁の状況を面白がっていたのだとおもう。反逆児の【雪の妖精】。ストレスとは、無縁のメザミ。
「ん?」と、俺は掠れた声で、ひとことそういった。
 渇望していた人にであったときに、最初におもったことは、「髪の毛に葉っぱがついているよ」と、いうことだ。緑色のいきいきした鮮度の、向日性に忠実に育った。葉をのせて歩いている。
「なんだろう、無意識に可愛いとは、こういうことなのか」
 群集心理のなかで、教科書にもなかったことが、そこにあった。
 ふわふわしているというか、どこにでもいそうで、いつかどこか遠くへ羽ばたく準備段階。美しい瞬間のそばにいるようだ。
「葉っぱがついています」
 俺の第一声は、こうだった。
 あとになって、それは途轍もない軽快の良いリズムで、浮かれていて、鴇色に揺れる俺のピアスをみつめて、、そこから視線をあわせて、お互いがようやく並んだ、海外から上陸したスイーツの店に並んで、その席について、何時間もまった甲斐で食べれる、いままでにない、価値観と触れあうように、「『あ……』」と、お互いにいう。俺は、
「もしかして、この前の……、奇遇ですね」と、演技初日のことをおもいだして、へたくそでバレバレの、これ以上にない、究極の嘘をついた。
「『えっと……の、この前の雪の日の……』」
 俺がはなそうとすると、同じ言葉が、その人物からもでてきて、異口同音の言葉が、心をくすぐる。
 いちいち大袈裟な電子ツールではなくて、AIでもなくて、心のこもった下手くそな文字の、ラブレターのようだった。
「あはは、なんか、なんというか。今更だけど、初めまして、俺、オリバーです。実は、おはなしをしたいとおもいまして。アナタにあいたいと、ずっとおもっていました」
「あ……」
「この前の、雪の日に会った者です。とかね、急にいわれてもね、驚きますよね。よかったら、おはなししませんか?この前の雪の日から体調は、大丈夫そうですか?」
 陽だまりに、沈黙が流れる。
 そうでもしないと、俺が、どきどきに負けて会話を続けていくことができなさそうだ。不信がられないかを、この場合の空気を、把握できそうだったからだ。
「うん」と、その人物はいう。桜色の瞳が徐々に細くなって、三日月の目になった。俺は、我にもあらず赤面した。「可愛い」と、いってしまう。それから、言葉をつづけた。
「ありがとう。大丈夫です。あ、私、人と、はなせないのです」と、儀礼的な訪問に、回答がくる。
「ん?え、今、めちゃくちゃはなしていますよ。綺麗な声で」
「ほ…本当に?」
「お?うん。俺が嘘ついてどうするの?いい感じにはなせているよ。あ、つい、敬語じゃなくはなしてしまいました」
「え……」
「その反応は、自分に、自分が、驚いている感じですか?」
「はい」
「そっか。アナタの声が聞けてよかった。俺とは、はなせるみたいですね、嬉しいな」
 いつも通りの自分を景気いいように作ってみようとしたキャラを超えて、薔薇色の髪の人物は、愛され体質なのかも知れない。  
 いつものメザミといるときのようなオリバー。
 俺でいるように、自分のように振る舞えた。メンバーといるときは、もっと格好つけたり、負けん気で強気でいる。戦友で友達のようなメンバーに、心をここまで初対面でみせたことはなかったから、正直自分でも、はじめましての、一面に驚いている。どうしてかは、わからないけれど。俺が繕うものを、この人物は、持ち合わせた内受の洞察力で、見破りそうだと感じたからだ。
「改めまして、俺はオリバーです」
「あ、私は花澪です、今日は目が紫じゃない?」
「うん。カラーコンタクトをつけているよ」
「そうなのですね」
「うん、紫の自分の瞳が好きだけれどね、目立ちやすいから。これ、内緒ね」
「はい」
「花澪って、いい名前ですね。由来とかあるの?」
「特には……ないと、きいたことがないものですから」
「そういうものだよね。意味があっても、なくても、俺が好きな響きだ。綺麗だよ。俺も、由来とかきいたことはないよ。きっとあったにしろ、ないにしろ、この名前が、俺が好きなんだ。あ、俺は、というか、両親がいなくてさ。兄と妹がいて、今は友人と暮らしているって感じだけど」
 会話の量が、2対8くらいで、俺がはなしている。
 恋愛コラムや、SNSでは聞き役に徹しろ、とかいてあった。あれは、人による。まずい。
 自分のまわりが、普段からおしゃべりが多いせいか、自分の性格もあるのか、とにかくはなしていた。
 すると、桜色の瞳から突然、頬を伝う涙が流れた。
「え、泣いてる?どうしよう、どこか痛い?辛いことでもあった?」と、俺はいうが、本人は左右にゆっくり首を振る。こういう展開は、初体験で、その瞳は、俺に、語りかけるようにはなした。
「多分、アナタにあえて、嬉しいから……」
「え……、あ、ありがとう」
 俺は、ちょっと照れているのだろう。甘い気持ちは、味わい深いのだ。
「随喜だ。俺も同じですよ」
「本当に?」
「あ、それいいね。あ、そうだ」
「ん?」
「あ、この前、落下しかけたときに、捻挫とか大丈夫かとおもいまして」
「ありがとう、キックできるくらい、回復です」
「ん?キックするんだ?誰に?」
「身の危険があれば、誰にでも」
「あはは。花澪ちゃん、面白いね」
 こういうことがあるのか。自分の芯がある。曲げないところ。
「敬語はやめようよ。気軽にさ。キスした……、あ、うん」
 揶揄いたくなって、その言葉をいった自分にも赤面した。
「いまの、忘れて」
「時間かかるかも知れないです」
「まぜこぜでいいよ、敬語と。ん?キスのほう?」
 凍りつかない真夏は、ある意味では緊張する。
 俺は、それからおもいだしたように、今日の目的をはなす。
「今度、カフェにいきませんか。それか、水族館か動物園、どちらかいきませんか。テーマパークや、VR体験、謎解きはお好きですか?すげえ、はなすじゃん、俺。いいたいこと、したいことだけ完璧じゃん」と、練習した台詞を、まるごと暗記したみたいで、俺は一気にその言葉をはなした。
「急のはなしだけれど、知りたいとおもったんだ。だめかな?」
 これで断られるのは、結構きついのかも知れない。だが、「水族館かな、あんまり行ったことないから」と、いう言葉が、返答としてかえってきた。
「よっしゃ。ありがとう。じゃあ、水族館デートを楽しみにしているよ。当日の予定とか、また連絡しよう。日にちが空いている日、何日か、教えてくれたら嬉しい。当日は、家まで車で迎えに行くよ。住所ききたいから、SNSでも、個人宛携帯でも、なんでも連絡して?あ、はい。ちなみにこれ、俺の番号」
「ありがとう」
「え?どうした?」
「なんか、どきどきと安心が、両方心にあります」
「あはは、それは、もう、夫婦とかがいうことだぜ」
「だぜ?」
「うん。だぜ?治安悪い?」
「印象にないから驚いただけで……す」
「そういうものだよな、うん。わかるよ。花澪ちゃん、そういうのを、知っていけばいいのだとおもう。徐々にさ」
 俺は、デバイスをとりだして、桜色の瞳にみせる。
「じゃあ、また。水族館デート、プラン考えよう?当日のみたい魚とか、ショーはある?」
「急だから……、どうだろう」
「テンションあがっちゃって、申し訳ない」と、いう。冷静にいられた。そんな、いつもの俺が、この瞬間だけを刻むように、とろけそうな笑顔を、ひとりじめしたいという。
「俺は、恥ずかしいくらいさ、いま、必死。デートのプランを考えるのが、こんなに楽しいなんて考えもしなかった」
「結構、展開が、タイミングが、早いとおもいました。私は、水族館に行くのなら、イルカがみたいです」
「イルカ……。せっかくなら、水槽にいる姿より、もっと、イルカの輝く瞬間がみたいよね。ショーはどうかな?」と、俺は、デバイスで水族館のイルカショーのタイミングをみる。
「一緒にみる?タイムスケジュールをみようよ」
「はい。あ……14時とかよさそうですね。お昼すぎで、人も少なそうですから」
「確かに、そういえば、もっと意見の少ない人かとおもった。いいとおもう。自分の意見が、相手にいえることは、大切だよね」
「共感します」
「おう、じゃあ、14時にイルカショーで了解した。じゃあ、デートの日まで、俺のこと忘れないで」という。
 話せただけで、嬉しい。そのうえ、望蜀して、水族館デートの約束までした。
 俺は意外と、好きな人に、積極的なタイプだと知った。意外な自分の一面。
「うん」と、簡潔で、詮索がそこまでない。桜色の瞳は、虹彩にゆれる。
「楽しみにしているよ、じゃあ、またな」
「またね、ありがとう」
「こちらこそ、本当にありがとう」
 凄くクールなイメージに、少年と大人の狭間にいるような人物だ、とおもってもらいたかった。少し恥ずかしいけれど、おもいはちゃんと伝えたいとおもった。
 俺たちは、その門のまえで、どれだけ、はなしをしていたのだろう。
 いつの間にか、外の雰囲気が、街灯がついて、温度と空気が、しめやかに太陽と月の、いれかわりを物語っていく。
 俺は、なにかが、これは、心の癒なのか。
 時折魅せてくれる、揺れるポニーテールが、未来の恋の準備をしているようだった。いまは、明確ではない。なにかが、俺自身のなかで、癒えるようにかわっていくのを知った。
「可愛いな」

❄︎ EP.5 エセンタル

ーー抑揚をつける【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 水族館デートの日。
 冬麗のような景色はすぎた。たった一度の真夏の豪雪は、花のように舞い、しずり雪は、風花してきえた。
 もとどおりの気温、夏の風物詩、風鈴や蝉の声、60度はなくなり、あの【真夏の豪雪】以来、私たちは、快適な夏の生活を、おくることができている。地球全体の影響は、私にはわからないが、どこかに、きっと、影響したに違いない。
 どきんと、心臓音がする。すぎていく変化は厳しくて、心を熱くして、ときに氷点下までさげる。
 国際ホールに集まって、そのいちどきりの夢を、あの夢をみる。涙の夜を。美しいだけでは、この世界は、あらわせられない。
 文字通りに、浮かれている私は、「この服は、どうだろうか」と、由依と以前、買い物にいったときにかった、大量の夏服のなかから、私にあいそうな淡い色あいで、選んだ。もしも、あのとき、由依と服を選ぶことがなかったら私は、このようなデートの日に、着るような、特別な服ではなかっただろう。
 アイロニカルなようすでいた、あの頃の恋心を知らない、子供の私はいない。
 いまは、世界中の恋する人を応援できるし、私が応援したい。それから、恋を知らない人がいつか、焦らなくても、そのときがくるといってあげたい。終極の目的で恋は、完結できないのだ。
 嬉しい。
 そうおもえる人に、であえた私は、特別な、いまをすごせている。
 ゆっくり生きることに、間違いはないのだ。それに辛い人生のあとには、いいことがある。
 誰が好きとか、幻月のような、その世界の光。そこには、広大なあたたかさだけが残る。あの偶然の【魔法】が教えてくれた。運命は、いくつになってもあると。そこには、見返りのないただ、愛がある。
「緊張するのは、私だけかな?」
 時間という時間が、とまってしまわないように、化粧も、香水も、なにを、はなすかも考える。こういうときに、藤や由依のように、自分も自信がもてたら、それが最大の武器になりそうなのに。
「どうしたら、好きになってもらえるのかな?」
 そういう自然な、ときめきに憧れる。大好きな人と一緒にいられることの、喜びは、なににもかえ難いことだ。
「もうすぐ、待ちあわせの時間だ」と、私はいう。消えない熱と頬の赤みを帯びて、私は、まちあわせの水族館のベンチにいる。心をおち着かせるように、静坐する。
 サンダルに、私の目の色とよく似た、桜色のマニキュアを塗ってみた。おもえば、私は、オリバーの名前を知っていたが、いかにも、知りませんというふりをした。それは、いいことだったのかはわからない。心がそこは、ひとりの人間として、本人を捉えるようにいった。
「散歩日和の空だなぁ、ピクニックとかもあいそうな、綺麗な入道雲。忘れたくないな、今日を」
「けっこう、印象画とか好きだったりする?正解?」
 軟文学のシンボルのような、登場の仕方に、私は、おもわず、とび跳ねていた。
「うぁあ、びっくりしたぁ」
「あはは、おはよう、花澪」
「急に呼び捨て、そ……、それもスマートに」
「不意打ちに弱いよね、そういう感じするよ、たてるかい?」
「うん、自力でたてます」
「いい天気だね。俺は晴れが、いちばん好きだよ」
「大体の人は、そういうかもしれないけれど、私は最近は、雨の雰囲気が好きです。淑やかな、私の知っている人に似ているから」
「淑やかな人、そんな人は、俺のまわりにはいないから、花澪が羨ましいね」
「もう呼び捨てで、定着ですか?」
「あはは、そうか、ガード固いね。名前は呼べば呼ぶだけ、親密度がでるよ」
「そうなの?」
「ほら、呼んでみて、オリバーってさ」と、私の隣にいる紫色の瞳は黄色のサングラスをかけて、全身黒の服を纏いながら、金色と銀色のアクセサリーをならして、「俺さ、水族館にきたことが、ないんだよね」といった。
「えー」と、私は驚く。顎が外れそうだ。
「そういう場所に、これることがなかったのかな?縁が、遠かったとおもう。普通とは、無縁の生きかたを選ぶことの代償は、そのぶん、みていないこともあることだな。今日は、新鮮だよ」
「『【普通】と、は無縁』とは、どういう……?」
「あるときは、人を、忌み嫌って暴れていた。あるときは、人前にたつ仕事をして、いまは、花澪の隣にいるよ」
「はぉ……」
「好?」と、オリバーは、私を覗き込むように笑う。
 その笑顔は、失踪中の【M’ygUel】の氷の王子こと、オリバーとはおもえない。
「もっと、クールな人だというイメージが、ありました」
「ああ、そういうものが、イメージ戦略だけれど、いまは必要ないからね。俺が【M’ygUel】てこと、知っていたんだね?」
「あ、うん。でも、確証はなくて。いま、本人からきいたよ。そっか、まぁ、色々あるけれど、今日だけは、なにもかも忘れて、楽しもうね」
「お、そうだね」
「あはは、なにを驚いているの?」
「人混みでも、はなすようになったね」
「あ、本当だ……」
「俺は、花澪にとって、いい意味で化学反応のような存在なのかもな。【運命】の」
 春が、到来する。
「あ、イルカショーが、はじまるね」
「ショーの開始は、もっとあとだぜ?あ、じゃあ、手を繋ごう。そして、水族館へ……」と、オリバーがいうので、「『レッツゴー』」と、私たちはいった。
 チケットがあるから、売り場に並ぼうとした私を、オリバーは、「いまはね、デバイスで購入できるから」とQRコードをみせてくれた。「恋しちゃうね」と、心でいう。 
 私は、オリバーの行動力に、誠実さを感じて、嬉しくなった。目にとまるものが、美しく映る。
 世界が、きらきらした宝石みたいにみえる。
 水族館の入り口に、フォトジェニックの場所があって、私たちは、
「今日の記念に、カメラで撮りましょうか?」という水族館のスタッフのかたの声掛けに、同時に、
「『はい』」といった。それからお互いに微笑んだ。「素敵なおふたりですね」と、いい、「では、何枚か撮りますよ〜」といってくれた。オリバーの携帯のケースが、雪の結晶だったことに私は、そのとき、知った。
 本当に、雪が好きなんだな。
「お姉さん、もっと笑って」と、そのスタッフの方は私にいってくれた。
 でも、写真に慣れたプロが、隣にいるから、私はおもわず、その横顔にくらっときた。
「俺じゃななくて、カメラに集中ね」と、オリバーはいう。しまった。ついつい、見惚れてしまっていたのだ。
 私は、なにだか、とても嬉しくて、オリバーの横で身長差を気にしながらも、
「しかたないな、画面みていて」といって、私に、
「はい〜こちょこちょ」と、急にふざけてくるオリバーのおかげで、「今の笑顔、最高ですよ」と、スタッフの方に褒められて、写真撮影をおえた。
「『ありがとうございました』」と、私たちは、同時にお礼を伝える。感銘を伝えるように、いま、この瞬間さえも、ともに、同じ言葉がでる。
 撮影がおわったとき、そのあとは、トンネルのような水槽、魚たちが踊るなか、目的のイルカショーもみた。
 私も、久しぶりの水族館だったし、オリバーは初めての水族館で、
お互い、「あ、この魚、色が綺麗だね」とか、「泳ぐスピードはやいね」などと、みるものすべてになにげない、幸せを、かみしめる会話をした。
「なんか、楽しい」
「俺も」
 時々、子供のような顔になり、魚を追いかける紫の瞳は、「俺は水槽にいれない魚かもな」と、不意にいった。
「きっと、この狭い水槽のなかの日常に、疑問を感じて、脱走するのだとおもう。俺は、そういう魚」
「へ?そういう魚の、種類は?」
「種類?エイとか、サメとかクラゲとか、そういう呼び名の名前の種類?」
「あ〜、そういうことね。そういう魚がいるのではなくて、オリバー自身が魚だったら、逃げるのだ。ってことね」
「あはは、そうそう。俺が逃げたら、最初に捕まえて、俺のことを、花澪は、保護してな」
「そうしたら、私の水槽にいるよ?」
「そこは居心地はいい、安全な場所なら、魚の俺は、この上なく俺は、幸せだよ」と、オリバーは私にいって、イルカショーの後に、最後にあるいちばん、大きくて開放感のある、映画館のスクリーンのような階段がある水槽のまえで、私の口にキスをおとした。
「眩しいな、水中にも光が入るんだな」
「うん」
「花澪、俺とつきあわないか?世界中の誰より、愛しているんだ」と、照れくさく笑う。見た目に反して、告白にあどけない顔を、私にみせる一面も、愛おしくて、ずっとみていたいとおもった。
「オリバーがよければ……」
「よっしゃあ」
❄︎
 他人は他人で、自分は自分だ。
 できないことは、無理だという。本日メザミ、はデートの俺と花澪のことは尾行せず、あとで合流する、とだけいい、水族館のおみあげ売り場にいるといった。
 まさか、人が妖精の姿がみえないことをいいことに、シロクマのぬいぐるみのうえで、寝ているとはおもわなかった。
 まぁ、メザミらしいといえば。そうだが。
 こういう時間は果てなく、面白いとおもう。
 メザミとその、緊張と圧迫感のなかで心苦しいのは、ウバロに俺。背景に隠れた意図を、よみとろうとおもった。
 いつかは、くるとおもっていたから。よりによって今日だとは、おもってもいなかった。
 ただ、なんとなく、遠くにある嵐の予感に、戦闘態勢にある、自分がいる。いつ連行されるかわからない。最後まで、抵抗しよう。抜け道を探す。今日の収穫は、水族館デートができたことだ。このこと以外は、心のなかが、「こいよ」と、いっている。「突撃するタイミングが最悪ね」と、メザミの言葉に、「ああ、正直に邪魔だな」と、俺は、即答した。
 妖精規約士のウバロは、匂やかな花束のような香りがした。
 存在感があり、親近感がある。最前線にいつもいる桃李のような性格をそこに表した。能ある鷹は爪を隠すが、この人物という、この妖精が、そうだとおもった。花澪を巻き込みたくない一心で、俺とメザミと、ウバロ3人で、はなすことにした。
「水族館デートにくる、空気読めない奴。信じられねーわ」
「僕のプライドにも、この恋の邪魔は、許したくはないね」
「あいたくなかったのですがね、機関の、はなしでもしましょうか。もちろん【魔法】は、なしでね」
「ウバロ、露骨な敵意をありがとう。性格の悪さだけは、はっきりした」
 散々だ。邪魔。もう、すべてが流れの反対で対流する。もう嫌だ。
「頭にくる妖精規約士だな」と、俺はいう。
「邀撃できるのが【雪の妖精】と、オリバーさんアナタというのは、些か好ましくないですね〜」
「俺らもアンタのことよ、んでねーしな」
「ちょっと、オリバー。いま、ウバロが張り切ってしきっているのだから。面白いとこだから、邪魔しないで頂戴」
「メザミ?」
「そうでもあるけれど、妖精の血が騒ぐのは、面白いことに飛べることを知っているからでしょう」
「相変わらずの変革者ですね、【雪の妖精】」
「正義中毒という機関の駒としてアナタ毎回私相手じゃぁ、大変でしょう。ざまあ」
「【雪の妖精】との交渉の要決ですか。それはね、アナタは頭脳的で楽観主義者、ポジティブに枠に嵌められない。どうですか、ここで取りひきをしませんか?」
「戦闘ならいつでも、どこでも、喜んで〜」
「メザミさん、チョコレートはあいもかわらずお好きですか?」
「は?ウバロ、なにぬかしたこというんだよ」
「え?オリバーさんしらないの〜?メザミさんはね、唯一の人間界の食べれる食べ物で、唯一の好物がチョコレートなのですよ。ほら、今は戦闘とかはなしあいとかは一旦休息して、ね。食べます?スイスのお土産ですよ」と、メザミにいう。
 続けるようにウバロ妖精規約士は、
「ここのメーカーと、あとは、最近できた人気のショコラティエのチョコレートも、ほらまえから有名で、メザミさんが好きなトティーアンソーンのチョコレートもありますと」と、いう。
「は?、なに?メザミもウバロも、なに?そんな、チョコレートなんかで、メザミが転がされるわけ、ねーよ」と俺がいうと、
「ウバロのいう通りだね、休戦しようか〜、体力的に無意味なことはしたくないからね。僕としても今回の件は、はなすことで解決したいとおもうよ。それにね、わざわざお土産あるなんて悪くないじゃない?どれから食べようかしら。オリバーも食べましょうよ」と、メザミはきりきり笑い、しかも、いままでにないくらいのテンションの高さで、食いついた。
疑いもしないで、チョコレートを食べている。
「お先に、いただきます。もってきた本人もいただいちゃって〜あ、これも美味しい」と、ウバロはいう。
「あら、これ、美味しいところのお店よね。よく知っているのね。ウバロは、お土産のセンスいいわね」と、メザミはかえす。
「これね、俺いつもおもうのですが、食べないとわからない、経験しないとわからない、みたいなところ、ありませんか。そういうのはね、迷わずに挑戦しようとおもうのですよ。俺は、半分は人間の血があるので、ほら、チョコラの祭典にね、いつも行くのです。そういう意味もあって、好きな季節は冬ですかね」
「もう。わかっているじゃない」
「え、もしかしてメザミさんも、冬が好きです?」
「うん、好きよ。雪の出番じゃない。まぁ、どこの国でも降らせるのは【雪の妖精】の出番じゃない?パフォーマンスしている自分が、僕は大好きなんだ」
 妖精規約士って、おもっていたのと随分違うと、おもった。堅苦しい法律の鬼みたいなイメージだった。
 なになら、いちばん人生をエンジョイしていそうな、高収入にいそうな人間でいう、勝ち組の余裕みたいなもの、そういうのがあるそうな人柄だとおもった。「半分人間?」と、俺はいった。
「そうなんですよ、妖精と人間の子が、俺で〜す」
「はじめて、ききました」
「でしょうね、例外ですから〜、俺は、特別なのです」
「ウバロはね、誰にでも、ずっと平和主義よね。こういう感じよ、いつも、いつもでも、長いつきあいだからいうけれど、妖精の部分も、人間の部分も、あるから【魔法】が強いのよ、妖精規約士のトップなのよ」
「え、トップ?」
「まぁ、あれ?人はみかけによらぬものっ〜っていうことさ〜」と、ウバロはいった。
 機関は、どんなところか、同時に興味が湧いたが、俺の常識が覆りそうなことがおおそうで、興味があるけれどないふりをした。ウバロは続ける。
「基本は平和主義ですよ。動態を詳しく、調査することが、機関の職務ですからね。俺としても、半分は、出張が嬉しいことは秘密ですがね。それにしても、甘いものは美味しい。いつも機関での仕事で、缶詰状態ですからね〜。ウチ、人間界の古代史に載らないくらい、古くからある機関じゃないですか?空気感とかね、尋常じゃなく重いですし、みんな歳とってしまって、仕事がめちゃくちゃに?ほとんど?妖精関連は、ウバロでいけ、みたいなね、そういう嫌な?流れ?きてますよ〜。だからね、つい最近、人間界の禁断のお菓子に、手をつけたのです。現実回避の甘いものには、詳しくなってしまいましてね。……ほら、機関。ちょっと本題を話しますと、こちら側としてもね、穏便に、はななすことで、いいんじゃないかな?と、おもいますよ。これは、個人の見解でメザミさんの担当になっているのは、事実で、機関の?上は?考えは、監獄いきとかいってましたけれどね、あ、確定ではないから、知らないですけれどね。おふたり、頑張ったんじゃないですか。60度を28度?くらいでしたっけ?に雪を夏に降らしてかえたんでしょう。まぁ、結果がでてね、自然界の調和や草木花、天候、あ、その日は、おいておきますよ。なにより、安全に暮らせるようになって、熱中症を減らしたことも事実ですからね。半減されるとおもいますよ。でも【真夏の豪雪】を頼んだのは、オリバーさんですよね。そこらへんのこう、なんというか、状況がはっきりしていると楽です。いろいろね」
 売り言葉に買い言葉を、俺とウバロは続ける。
「『楽です。いろいろ』とは?」と、俺の言葉に、
「オリバーさん、あのね、妖精は忙しいのです。年中無休。そりゃあ、きが強くもなりますよ。個人で動くことも増える。いま、日本が真夏でも、くるっと方角返せば真冬の国もあるわけだから、そこに雪を降らせることもメザミさんの仕事。そうおもうと、【雪の妖精】仕事できるわ。と、思いません?ねぇ、アナタもアイドル、忙しいでしょう?」
「なぜ、そのことを?」
「うちの子はね、優秀なのよ。私の自慢よ」と、メザミの横槍がはいる。半畳を入れるのは、妖精の性なのだろうか。
この妖精2体が、かわり者なのだろうか。
「オリバーさんは困っている人を放ることはない。多人利益主義でしょう。実に、アメージング。メザミさんと、正反対の素質ですね。蛇と鰐が一緒にいるようだ。面白いですね。俺はおもいますが、才能がある人の自己主張はとても必要です。もっと勢いに乗ってね、滝まで登りましょうね。あ、おちるのは、自己責任ですね、これは、笑覧ものだな」
「はい?」と、いう。
 ああ、喧嘩は降りものだ。だが、こういう掴みどころのないのが妖精なのだ。うけい、これをうけいれるしかない。
「う〜ん、メザミさんが、羨ましいです。こういうね、アットホームなこと?本当に、心の拠りどころがね、生き物には、必要だとおもいますね。妖精規約士はですね、いちよう、いちよう、いちよう、妖精を束ねる者ですから」
「ウバロは、規則の鬼の管理下のもとに、忠実で楽しいの?」
「メザミさんほど、楽しいを意識して生きている、そんな妖精は、少なくはないでしょう。多くもないでしょう。どっちですかって、知らないですよ。妖精ほど、自由で、自分勝手な、美しい生き物はいませんから」
 外交的な交渉術。
 否定と肯定を織りまぜて、納得させる術のような、危険のある、はなしかた。だが、誰もわるい気分にはさせないように、肺力がある。
 ウバロも大きく括ると、メザミの仲間だということが、なんとなくわかる。それに、緊迫感をかんじる俺に、状況に動じない。妖精はさすがは、俺より長生きしているからか、元々の肝の座りかたが、違うのだとおもった。安定している。危険に対して。
 状況判断が早い。
「はぁ……、ウバロといると、調子狂いそうだな」
「それでね、人間と妖精の協定は本当に稀で、稀で、稀で、微笑ましいことですけれど、今回はね、規約違反のことを、人間側サイドから吹き込んだ、と、いうことになるのだけれど、それであっていますか?」
  風雲丘を告げるように、「ああ、俺がメザミに頼んだ」と俺が、
「違うわよ【雪の妖精】、僕の気まぐれよ」と、メザミはいう。
 死中に活を求める生活で、漸くここまで、俺をひきあげてくれたメザミ。
 本当は、半分が興味本意だったのかもしれないけれど、いつまでも追求する。
 あきのない、メザミの探究心と生活向上。俺を守ってくれたことに、かわりはないのだ。
「ほらでた、お互いが、この、お互いを守る?いいですよ、好き。好きな展開ですけれどね。いや、好きですね」と、ウバロは続ける。
 髭を蓄えた妖精は、瞬間的ににっこりと笑って、俺は、
「エビデンス集めに、チョコレートで、メザミは、きがひけるかもしれないけれど、俺はその行為にすら疑いをもつ。毒がない確証もないし、ウバロの腹のなかが、まったくわからない」
「オリバーさん、いちいち考えすぎでは?」
 まったく、はなしならない。このウバロという妖精規約士は、「心が解れるよ、さぁ、召し上がれ」とチョコレートをさしだす。「心がほぐれるわね、オリバーは裏読みが得意なのよ、まぁ、僕は、先読みが得意だし、妖精の身体には、本来解毒剤のような成分があるから、別に毒を盛られても、むしろ面白くて、ゾクゾクするわね」と、いうメザミに、
「そこの解釈も、少々違いますけれど、まあ、俺は毒とかそこまで姑息なやりかたはしないですよ。平和的に和やかに生きましょう」と、八面玲瓏のようなウバロ。
 情緒の安定が、強いのかもしれないと思った。規則正しい、時計のような針が秒針を進めるように、絶妙な距離と妖精がもちあわせる。
 荒れるような神経のもち主ではない、そのことだけ、確かだとわかった。それが、妖精規約士なのか。
「妖精も、妖精規約士も、ヤバい奴しかいねーの?」
 俺の本音は、こうだ。声は嘘を、声色は偽りを申せない。いま自分の間の前にいる、人間ではない、妖精と妖精規約士に、嘘がないことだけは、人生経験談として鍛えた判断で、俺の頭が従ったようだった。
「うわ、このチューブ型のチョコレート美味しいね、虹色なんだ。【虹の妖精】よりクオリティー高いわね」
「よくできた代物なのですよ。ああ、よかった喜んでもらえて」
「それで、ウバロ。続きは?」
「せかしますね、オリバーさん」
「まぁ、個人の考えですけれどね。具眼が、俺はいちばん大切にしなければいけないという立場であると、自覚しています。でもね、あえていわせてもらいますけれど、妖精の規約の、違反は、違反です。これは、実際のできごと。です、です、ですね?」
「オリバーは、関係ないわよ。たまたま、いまの選択が、日本にいて、オリバーといるだけ。雪を降らせてといったのは、僕側だよ」
「は?メザミ、それは、嘘だ。俺がいった」
「友情の笑覧も、ここまでとしましょうか」と、慣例に従うように、メザミをいった。
「では、人間側に妖精の力を鼓舞する【魔法】の指示はなかったと」
「ないわね」
「メザミ、あれは、俺が頼んだことだ」
「オリバーさん、人間というのは風雲児でいたいとおもう。だが、そこで浅はかな夢だけをみて、一生を終える。死んだとき、人間が後悔することが、幾つあるかご存知ですか。それはね、碑文にも彫りきれない。後悔、懺悔、悔い。そして、ほんの少しの、幸福をお刻む人もいるでしょうか。これが現実で、事実です。でもね、オリバーさん。メザミさんは、アナタとだから、今回の【真夏の豪雪】を、ともに実行したいと、考えたのではないではないでしょうか。美麗なメザミさんの雪の印、タトゥーはね、人との関わりや、使用した【魔法】の意味が少なくとも、いい行為、と。妖精として役立ったとき、強くうきあがるものです。この輝きに俺は嘘はないとおもうのですよ〜。大切なもの、人ですか、この場合は。秘密の共有は、絆を強くする。俺はね、細かいことは、そこまできにしないで、第3者で立体に、物事を判断して、規約違反ではありますが、気温低下のためにたちあげる、勇気のある本当の、偉大な功績は、拍手で讃えたいです。味方ですよ。個人的に」
「機関への違法行為、なのにか?」
「オリバーさん、そこは、俺だけではなんともですね。でも、助ける、いいかたが、可笑しいか、誰かを、結果的に助けたことは大きいと伝えたいです。では、長いつきあいの【雪の妖精】を、妖精規約士の管理下のもと、書類手続きで、済まそうとおもいます。一度、機関に一緒に行きましょうか。あ、ここで飛んで、他の国に逃げても、俺がみつけるの得意なの、メザミさん、ご理解いただいているとおもうので、自由を選ぶライフスタイルは、ここでは通用しないこと。頼みましたよ」
「あ〜ら?今回は、僕も、オリバーも、規約違反の【闇堕ち】ではないの?僕の書類手続きだけでおわりなの?」
「うるさいですね。何度、いわせたら理解ができるんですか。まぁ、こんな感じで今日は。これからもね。おふたりが幸せなら、それでいいです。あ、3度目はないことを、忘れないように。それから、メザミさんチョコレートを、ぜんぶ〜、喰べちゃってください」
 もっと傲慢で、規則正しく憲法のような規約書を指南してくるだろう、とおもっていた想像とは、異なる展開だったので、思考に、おいついていけなかった。
 ウバロじゃなかったら、俺とメザミは、追放されていたのかもれない。離れ離れだと、お互いがいないと、困る。
「ウバロ、お前はいい妖精だな」
「オリバーさん、いい妖精はいません。いいも悪いも個人の主観です。妖精は妖精、人間は人間。そこだけいつも、忘れないようにしましょう」
「ね、オリバー。ウバロのことおもいだしたでしょう」
「前にも、こういうことが、あったきがする」
「人間の一生なんて、妖精の一生より短いのですから、そこは長く生きている生き物として【雪の妖精】が精力的に、いまを生きているのも、オリバーさんとの絆だとおもっています。考慮しましたよ。でも、ああ、書類が。ああ、メザミ、肌の艶よくなりましたね。人間と生きているのは、楽しいですか」
「楽しい……?」と、俺は言葉を口にした。
 こういう考え自体が、妖精特有なのだろう。
 楽しいか、楽しくないかで、なにかを判断するユートピアを俺はもちあわせてはいない。
 はなしていると、価値観や、責任の違いが、「へぇ」と、感心するものばかりだった。
 これが、よくメザミがいう、面白いと、いうことなのかもしれない。
「ウバロもしてみればいいんじゃないかしら、なにごとも経験と体験よ。じゃあ、オリバー、ウバロと書類書きに行ってくるわ」
「ほら、このように、ちょっとした悪戯する妖精いるでしょう。そこに人間いたらもう、てんやわんやで。妖精だけで、十分ですかね〜」
「ウバロのその様子も、面白そうなのにね」
「メザミ、具体的に書類は、なにを書く?ここに、俺のところに、いつ戻る?」
 メザミは、きりきりを、いつも以上に、大きな笑い声をだす。「妖精はね、約束しない生き物なのよ」と、答えながら。
「3度目はないからね、オリバーさん。さようなら」
 先端が19世紀の黄金時代のような、舳先の船をウバロは、宙にうかべた。
 きっと、大切な人から貰ったプレゼントなど、丁寧に大事にとっておき、そのうえ、メンテナンスまで怠らないような性格だろう。こういう人物がいたら俺の身近にいたら、波瀾万丈な日々が、おちついて、すごせていたのかもしれないとおもった。
「「『洒落た永遠の雪を』」
 俺とメザミは、ウバロの宙を、浮く船を、太陽との隙間に帆影のかかる陸と空にいて、同じ時間に同じ場所で、別の方角にむかって、進むように言葉をそろえた。
「永久離れるわけじゃないのだから、大袈裟な呪文ですね」と、ウバロの小言がきこえる。
「いいじゃない。こういうことが、大切なのよ」
ーーまた会える。【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。

EP.6 骨肉に至愛

ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 秀才、天才。どれも、カテゴライズする人々が心底滑稽だ。
 血液、DNA。この事実的決定の神秘で解明できる本物だけが好きだ。この響きがアメージング。
 海も、空も、陸も運転できる所有権をもつ。
 私は欲望に、自分にだけ、愛を捧げる。私のような【本当の完璧で完全体を成した美】は、特に優秀である。
 それ以外は、悪いけれど興味ない。私以外は、名のある主人公でもまち人でも、なに者でもない。
 ただ、考えをかえたいのならば、私のもとで【綺麗】になればいい。
 私の病院で、医師を、私としたことに対するリスペクト。私の腕に対しての、素直な金銭感覚。自分をかえようとする勇気。羨ましいくらいに、自分を愛するようになる。それを求める人は、善良。この善良の人が、好き。そのような人だけ私は、私以外の人に興味をもてる。目的はくだらないと知りながら、その心意気が、面白いから好きになれそうだ。整形。お互いに綺麗という、芸術のはばを広げる。実に社会貢献。等身大の私の美的感覚調整が、誰かの幸せになる。
「今日のゲストは、いま、いちばん知りたい、この人。確かな人気と、その技術は緻密で美しい。呉屋美容整形外科の呉屋善偉子(くれやよいこ)院長先生です」
 新人キャスターが棒読みで紹介したのは、私だ。
「さぁ、ショータイムよ」と、私は、自身の登場に、スタンディングオペレーションをした。
 あの朝にもらった、しょうもないなりやまない拍手。
 その音は、3拍子と4拍子の往復。私は、あの場でスローダンスしたいと思った。狂うほどに、朝から美しい私に、踊りたくなった。だが、皮肉にも朝は、気乗りしないタイプだ。「おはようございます。呉屋です」と、私は渾身の一撃で、大女優のような、演技中の口角を、普段は微笑みもしない角度であげた。人々の目が、眼球が私をとらえる。なにを考えているのか、ここでクイズの答えあわせを。
 いい気分なので、しようとおもう。
「いまの流行は、どのような整形が多いのでしょうか」
「整形にはリスクもありますが、そこは、どうお考えでしょうか」
「先生は、整形されていますか?」 
 ひな壇ではなく、円卓を囲む人々は私に口々にいう。
 私は「はいはい」と、心のなかでいう。
 モニターの画面の私は、その茶番をただ、きいているように頷く。私がアップされる。
 ここが大事。この沈黙と微笑み。【本当の完璧で完全体を成した美】の私が、どう語るか。「みなさん、呉屋先生に、ゆっくりおはなしくださいね」と、新人キャスターが、私の状況をみていう。きっと、このキャスターの顔を、黄金比にするのなら、上顔面を狭くしたほうがいい、と即座におもった。だが、いわない。
 ここからは、有料。でも、そんな時間が好きだ。「烏合の衆の憂い」と、画面をみながら、私は高笑いをする。全身を揺らしながら、
「自分が正しいと、エゴで歌う。正義中毒者の歌は、音程がばらばら、きいてられないわね」
 真っ直ぐな目で、綺麗に興味もない人が、趣味をきくように、憶測、冗談、囃したてで、整形のことをきく。
 私にはなった、言葉をいう人の真剣さではなくて、エンタメの中心で、自分が、私と会話できていると思っているのだ。香水の香りもない、爪の手入れもない、髭の手いれも、いき届かない。自己管理ができない。
 ただ、口先で生きようとする。シャツの少しのシミも、気にしない。身勝手な口煩い傍観者で、実際には、整形しようとしたことも、するきもない烏合の衆。この現場に、綺麗を追求したい人がいるだろうか。朝の情報番組で。そのはなしをするなら、アナタたちより、メイクさんと、はなしたい。本当に綺麗を求めるのなら、もう私が手術しているからだ。「整形を、ただの文化的興味で、はなさないでほしい」とは、おもってもいわない。
 ただ、こういえばいい。
「キャストのみなさんと、私の専門的な、おはなしを、たくさんのしたいのですが、コメントがきていますね。次のコーナーは、この番組の長年のファンの私や、視聴者のみなさまが大好きな『今日のごはん』です。時短で節約レシピもあり、旬の野菜をつかう。私の楽しみで、参考にさせていただいております。そのコーナーです。今日は『朝ごはん』特集ですね。楽しみだなぁ。今日は、こちらの番組によんでいただいた、1人のゲストとして、視聴者のみなさまに、素敵な朝をお届けできればとおもいます。視聴者のかたのコメントもおまちしております。改めまして、本日は、よろしくお願いします」
 朝の情報人気番組に似あう、爽やかで、疾走感のあるコメント。
 どの方向でとられても、私が美しい。どの方面や人の心に対して語り、すべての空気を、私のものにする。違和感なく、さらに裏回しまで、考え抜いているコメント。製作陣にリスペクト。演者には配慮と、進行役が進みやすく、さらに視聴者がみているから、下手なことをいうと自分の首をしめますよ、ということを、さらりと伝える。日本という国に根強く存在する同調圧力に、このメディアや企業、会社やスポンサー、さらに視聴者は弱い。
「ほらみて、ご覧のとおり、拍手喝采で満場一致の結論。呉屋善偉子は、容姿端麗、気が利く、品がある。おまけに病院の評価もいい。勝ちぐみ。人生成功。SNSの発展で、さらに影響を個人が担うことになる。リスク回避は、マネジメント。この、人間という生き物は、自分以外には興味あるようで、結果エゴ。自分という拙い価値観で生きており、第3者が、きにかけてくれる言葉を、いつも欲している。想定内の質問のときは、全員に響く言葉を返すの。それが、ただひとつ、綺麗でいる証拠」
 デバイスと、車の車両の2つの画面の私を眺めて、私は、
「今日の私のほうが、美しいけれど」と、いう。
 先週のTVが流れて、私が院長を務める呉屋美容整形外科は、予約が以前より殺到した。当然だ。結果と過程どちらも大切で、それを、物語るように、人は、綺麗のロールモデルを探しているのだ。だから、そこに甘い言葉を残す。
「世の中は【本当の完璧で完全体を成した美】に弱いのね」
「その考えもそうですが。お嬢さまの風変わりなご趣味と、そのナルシストゆえのサイコパスに、誰もきがつかないのが、条野は背筋が凍るおもいでございます」
「あら、私の活躍に、なにか不満でも?秘書が、運転手までするとは、お父さまも人手不足なのね」
「お嬢さま、違いますよ。本当のお嬢さまの、ご趣味と、性格に、みなさま心身ともに思考がおいつかなくなり、疲労しますので、こうして、私がお支えさせていただいております。危険なことを犯される心配で、胃薬の減りが早いです。古くからいるお父上の執事代表として、条野は、お嬢様の執事と運転手になったのです」
「その錠剤は、ラムネでしょう。どこのメーカーの?」
「本物の胃薬です。そういうところですよ」
「なにが?ジョークよ、堅物。嫌ならやめてしまえばいい。私は、誰も必要ではないの。貢献しようとする、慈善活動もしない、屯って、悲観しかしない。真実より、大きな役にたたない。偽りをつくりあげている、情報操作のことに、きがつかない。だから、若い芽が摘まれる。本当に、頭にくるわね。偽の情報で、パニックになる人たち。その上の世代を崇める。自尊心だけがたかくて、人口ピラミッドの、イカれた国。ああ、若者がかわいそうよ。ダメダメいわれて大人になって。それで、精神科の受診が、増えるだけじゃない」
「私の蠢動は、無意味ですね」
「条野、いつでもいいわよ」
「いえ、お父上の執事でございますので、特に、お嬢さまとはなにも」
「後ろ盾があるといいわね」
「それは、お嬢さまもでは?」
「わかるでしょう。うまれもったものは、かえられない。かえるのには、勇気がいる。でも、そんな勇気がある人を、私は、愛すの」
「極論ですね」
「【本当の完璧で完全体を成した美】でいること。俊英した役は、オスカー賞ね」
 白髪の白髪混じりで、紺色のスーツに、黄色の蝶のネクタイをした運転席の人物は、「多重人格を演じることは、なれましたか?」と、きいた。その声色は、どこか、悲しそうな呟きだった。
「うん、とても。それが人々の願いだから。私も、瑞祥の、この顔にあう、この国で、暮らしやすい性格の多くを、研究して、模倣しているだけ。それは、呻吟した幼少期の、いちばんの功績よ。私は、自分だけに利益があればいい」
「そうですか……」
 この人物は、条野という。私の父親の執事だったが、いまは、私の秘書と運転手をしている。私は、秘密にするつもりはないが、私の愛するものを、納得しない、気味が悪い、怖い人だとおもわれないように、人に知られない、みせない、触らせない、係だ。半ば、私の監視役でもある。
「いいですか、お嬢さまのご趣味は、誰にも触れてはいけないのです」と、バックミラー越しに私にきつくいう。
「別荘の内情も、お父さまや、お母さまにまだ、秘密にしているの?」
「……もちろんでございます、演じられている性格が、本物だと錯覚なされています」
「親も他人というけれども、本当ね」
「努力の賜物といえば、そうなるのかも知れませんが」
 そうは、問屋が卸さない。これは、私の意志。目的達成。親も世間も騙せたら、勝ったも同然だ。
「おい、サイコ女。あたり前だろう。なにをいいやがるんだ。口紅のように赤いジャンデリア。自分の抜けた毛髪、爪、瘡蓋の皮膚を掻破させて、1体の全身模型の骨につける。それで目は、自分のをくり抜いた?それをジターンと名付けて、『私はジターンと婚約している』だと?気色の悪い。別荘の散弾銃で剥製や、昆虫採集してピンで部屋中に飾る。おまけに、自分の特大の写真ばかりの、あの別荘を正気でいられる人がいるか?悪趣味女が」と、隣の席から寝ていたはずの人物が起きて、「ナルシストもいきすぎれば、本当に歪んでいるな」と、答えた。この人物は条野の親戚で、この男も私の第二秘書として雇われている。警備会社からうちに就職した。
「新入りは黙ってなさいよ。条野の親戚で、私と歳が近いからって勝手にはなすんじゃないわよ」
「俺は、アンタが暴走したときに、アンタを、いつでも眠らせることができるんだぞ」
「は?弱いわ。私は、新里の骨と肉、ぜんぶ解剖して、臓器を瓶に詰めるわよ」
「アンタの本性、病院の関係者や、世界の、すべての人物に晒してたいぜ」
「その前に、私が、アナタを泣くほど楽しませてあげるから。安心しなさい」
「マジで、ヤバいな、呉屋善偉子」と、私に対して減らず口で、後ろは短いのに横髪だけ長い、アンバランスな茶髪だ、名前は新里。顔は黄金比ではないが悪くない配分をしている。「もうすぐ別荘に着くわね。久しぶりの私のおうち」と心を躍らせる私に、新里は「俺は、吐きそうだ」、条野は、「以下同文です」と苦虫を噛みつぶしたような表情だ。
 山角の道路をまがると、セキュリティーが厳重の、重厚感のある外壁に自動認識の顔を、私は承認させて、呉屋家の別荘であり、私の住居であり、地球上でいちばん、快適で幸せで、自分を偽らないで、暮らせる場所に到着する。
 私は、しばし、バカンス休暇という名のもと、この家でのんびり3日ほど暮らして、東京にもどるつもりだ。
「仕事も、趣味が少し反映されているから私は、頑張れるのね。頑張る私は本当のことをいうと、太陽より眩しいわね。あら、私の門にいる美女は?」
「ん?おや、珍しいことが。藤さま……ですかね?」
「なにか、面白いことでもあったようね、深刻な顔をしているわよ」
 日本舞踊の師範だと思えない、装をあらたに登場する美しい女性。
「なんで、サイコ女、笑っているんだよ」と、新里は、いう。
「私と唯一友達でいられる、精神的に強い藤。彼女の、あのような【へもへのもへじ】のような顔、はじめてみたから」
 私の言葉に、午睡を遮るような、息があう成人男性2人のため息がきこえた。
❄︎
 そこは、私の友人の別宅で別荘だ。名前が世間に知れている。この人物は、いつでも人のみえる場所にいる。例えば、街の看板、雑誌、メディア、SNS。人からみれば、同型の対象の彼女は、社会的成功者なのだとおもう。
 あらゆる富も美貌も名声も。ただ、本人は、それが、あたり前だとおもっている。
 それが、この国の1パーセントに満たない、上流階級で、特権階級の人間だ。
「サイコ女。その……友達もサイコか?」と、眉に皺を寄せて、私をしたから値踏みするような人物は、条野さんのほかに、善偉子の執事ができたのかとおもい、驚いた。
「サイコ女とは、善偉子のことでありんすか?」と、私は、その声の主に声をかけた。
 空即是色な言葉は、幾多のことをみてきたから有言葉だろうか。それとも、憶測だろうか。
「私に、人が訪ねてきたのが珍しいのよ。友達いないから。この人は、堅物でしょう。私、コイツのこと嫌いなのよ。むしろ、自分以外は好きにならない主義だからね。素晴らしいでしょう。燦々と輝く。この美しさは、誰も真似できない、私だけの、完璧な追求先は自分ね」
「時代が変わろうとも、お主が変わらぬのが、いいところであるな」
「そうそう。こういう言葉が、私を踊らせてくれるのよ。さすがは、藤。わかっているじゃない。これはね、世界がついてくれないのが、しょうがないの」
「ふふふ」
 世間の輿望を担う。
 善偉子は、本当の自分を、生きるために隠している。国が違えばいいかもしれないが、日本では、危険とみられる本性を隠すように、彼女は幼少期に別の人格を、演じることにした。
 カールのある長くて濃いまつ毛。マスカラやつけ、まつ毛、まつ毛のパーマをなしにしても、化粧なしで、ここまで美しいのは、黄金比の骨格のなかに配置されている、顔のパーツだろう。美容整形外科医の彼女は、この顔をうまれたときから、授かっている。175センチの身長は、ヒールがよく似あう。
「この、新人執事は、元・警備会社にいた脳筋なの。規則正しく、礼儀正しく、深淵の正義という定義で、もがいている。そこが、魅力的に面白いでしょう。たいていの上位の経営者は、すべて、サイコパスだと、おもいこんでいる世間。それは、サイコパスということではなくて、みてきたこと、経験値、人の動かし方、物流、金融の流れに、人より執着があり、守ろうとするからよ。この、バーチャルで、なにでも体験できて、脳が勝手に、偽りの理想が叶う。成功体験を提供すると人々は楽で、楽しい。そこに、喰らいつくの。これは産業が、ここに注目されるから。烏合の衆には、それが、幸せの法則に。でも新里は、誰かに、そういう圧力に、屈辱をうけた目に遭わされたみたいな、はなしかたでしょう。頑固なのよ。この世は、一寸先は闇。どれもこれも、実際の場所にいて、他人のこともききながら、真実を見抜く力がないと。自分のみたことから、さらに、右、左、それから前方も後方も確認して、斜めさえもみる。そういうことをできないで、加工だけをみる人間のはなしは、つまらないのよ。そういうものだから、正直で、固定概念があるの。私は、嫌いじゃないわよ、新里みたいな、人柄。でも。どこの国にも蛇はいる。つまり、財産と本音は、隠さなければならない。結果、本物は表に姿はみせないし、隠すの。それの苦労が、演技ということになる。これは美学のなかね。でも、私益の、なにがいけないことなのか。でも、新里、安心しなさい。藤は、多利益主義よ。私の名前が、よく似あうわ。国が違えば、論争もかわるのよ。二極化は、幼少期に嗜んだ、ごっこ遊びにすぎないの。賢いとは、善と悪ではなく、最悪、次悪の区別がつく。最悪を避けて、そのつぎ、をとるのは、必要な処世術よ」
「相変わらずの、言葉でありんすな」
「ひとつ違うのは、私は、表にいること。裏にいると烏合の衆が、私の【本当の完璧で完全体を成した美】みえないのは、可哀想でしょう。出直してこい、とおもうでしょう」
「私は、お主のこということに、不思議と刺激をうけるが、境界線の先にある、善偉子の領域には、はいりしんせん」
「上手いわね。藤は、より若返ったようね。最初会った時期から、なにもかわらない。ベニクラゲのようにね。まぁ、今日は、この山奥の我が城、別荘へようこそ。でも、よく、自宅ではなく、別荘にいると、わかったわね。いつということで、シャンパンで乾杯しましょうか。と、いうわけで、新里は外に」
「ああ、いわれなくてもな」
「あら、これが、皮肉にも空気をよむ、ということらしいわ」
 善偉子がそういうと、渋々その人物は、靴をだんだん鳴らすように部屋から、退出していった。
「相変わらずの、ハードボイルド小説の、主人公のような性格じゃな。お主のテレビの姿には、いつも違和感がありんした。本来の辛辣なものいいが、お主らしいな、私は隠す必要がないとおもうのじゃが」
「そうね。私も、この自分のほうが違和感なし、自分以外は違和感にのよ。でも、人は弱いようで、私の行動、言動に傷つくの。演じるのは好きだけれど、私は太陽のように永遠ではないの。であれば、その点、私のジターン。芸術は長く、人生は短いにふさわしいわね」
「お主が婚約した、この骨のことでありんすか?」
「私の、この考えについて、経過をみてくれるだけでいい。私はね、見た目より内面が人だとおもうのよ。面を剥がしたら骨肉しかない。【本当の完璧で完全体を成した美】は、骨肉の配置のバランスのこと。あと、この骨、ではなくて、名前があるのよ、藤。婚約者の名前はジターン。人体の骨肉の動きは脳の指令に忠実でね、ダンスするようなの。でも、脳がないと、私のことを振り返ることはないでしょう。話せない、食べない、歩かない、感情がない、表情がない。でも、いつもいるのよ。私だけのことを味方でいて、静かな味方。誰もが、敵じゃない、この世界。だから、唯一の離さない永遠の味方がほしいのよ。私への、無関心な手控えのなかに、棺のなかも一緒だと書き留めておくのをいま、考えたわ。藤、ありがとう」
「私は、なにもしておらんがな」
「そうね」と、私たちは条件反射のように同時にシャンパン従順に、この場合の空気に触れ合った。「これ、美味しいらしいのよ」と、善偉子は笑う。「誰かと飲むのはいいことね」と、いった。
「お主もお酒は、好きでありんしたな」
「強いよ。藤もでしょう。では、今日は、どうしたのかしら?」
 長い左薬指から、右薬指に。最後は親指をかけて指をくんだ。それから、その人物は、私のはなしに興味をもったように、「さぁ、藤のはなしをきかせてほしいわ」と、いった。「では本題にはいろう」と、いう。善偉子は、首を右に15度傾けて、「よ、まってました」と、いいながら笑った。
「【真夏の豪雪】のニュースは、善偉子の耳にもはいったと思うが……」
「ああ、そうね。私は、人間ができることではない、とおもうわ。事実、夏に雪が降った。科学ではないわね。もちろん、私の医療分野でもないわ。自然界の力かもしれない。もしくは……、人ではない種族」
「やはり、人ではない。そうでありんしたか……」
「自然界の恩恵か。でも、私は助かったとおもうのよ。60度はもう、クレイジーにもほどがあったでしょう。でも、それと、藤に、なにの関係があるの?」
「鋭いところに、いきなり、言葉を走らせたでありんすな」
「まわりくどいのは、美学でもなくて、本音には、本音で答えるわよ」
「あの日、うちの花澪が、【真夏の豪雪】に、【琴のなる音】と【笛のなる音】と【三味線のなる音】がきこえてきて、【大寿の姫】という、古木のからだったこと。私が、慣れ親しんだ演奏した音や、踊ったりしている音がきこえて、私にあえるのかとおもい、雪が降るとき、木に登って、あの【魔法】のような夏の雪の日に、【運命】というべき、人とであった。それから、恋をしたのじゃと。その人物に……、この人物が、人間か。どうか知りたいと、おもったのじゃ。人や、たくさんのもの、事柄をたくさんみてきた私の、勘じゃがな」
「おお、おもっていたよりも、興味そそる内容ね」
「私には、ちっとも。わかりんせん」
「これも私の、勘にすぎないけれど、それは、妖精の力なのでは?」
「よ、妖精とは……なんじゃ?」
「藤は、きいたことない?名前だけでもね」
「お伽噺だけの存在か、とおもっておりんした。それだけで、存在するとは……」
「うん、妖精はいるのと、断言できる。なんならあったことも、何回もあるから」
 善偉子はそういうと、シャンパンを含みながら、笑う。
「うん、偶然のできごとが幾重にも重なるから、なんともいえないけれどね」
「背中を刺された気分じゃ……」
「それは簡単、【魔法】が、つかえること。それ自体で、人間ではないのよ。ただ、可能性として、その人物が【魔法】がつかえるからといって、人間でないとは限らない」
「妖精ではなく、人間?お主の言葉に、私は今、理解に困っておる」
「特別にいうわよ。あ、ジターンもきいていてね」と、善偉子は、顔色ひとつ変えずに、続ける。
「AとBがいる。Aは妖精、Bが人間。AとBが、DNAのように、まじりあうことで、ジャジャーン。そこにCの登場。強力な【魔法】が、発動できるのよ。まぁ、妖精と人間の協定は、両者なんらかの、メリットがないとしないわね。そもそも、妖精の役割があるのに、そこから人をつかって、ルール違反をしたら、いかなる理由があろうとも、禁術ね。規約違反で、機関に捕まるわけで。それに、人間を好む妖精がいることが、もの珍しいけれどね」
 そうか、と納得した。
「善偉子がいうと、可能性もなくはないのお」
「まあ。どちらにしろ、雪を降らせたのだから【雪の妖精】が関わっているでしょう。この妖精のことは、よくわからないけれど、ひとことでいえない、正統派ではないわね。妖精の悪の見本のような妖精ね」
「花澪が、恋したのは?」
「『A、妖精』」と、私と善偉子は、口を揃えた。
「うん、そうじゃな、言葉にしたほうが現実的じゃ」
「嘘でしょ。信じたくなくて、相談できる人いなくて、ここにきたのがわかるから、魔女の『勘』だから」
「お主は、魔法がつかえないであろう」
「いいわよ、そういう冗談。魔女の子孫であるだけで、そういう能力的なことは、うけつがないのよ。むしろ劣るみたいなのよ。魔女であった、おばあさまが、人間のおじいさまと、戦争中に結婚した、という事実だけ残ってここにある」
「はなしを戻してもいいでありんすか?」
「あら、脱線していたのね。私ってば、本当に自分が好きなのよ、分かってね」
「先刻よりずっと。じゃが、魔女も子孫云々より、個人の問題点と、私はおもうのじゃが」
「藤は、真面目だね、疲れるときない?この地球を、滅亡させたいとかない?」
「そのようなことは、ない。考えたこともないのじゃ。花澪の幸せが、私の幸せでありんす。善偉子が、勝手すぎるのじゃ」
「でもさ、こうも考えない?おばあさまが魔女の私は、いわゆる血筋があるだけで、この素晴らしいクオリティーでしょう。本当の魔女なら、もっと、実用的なのかな?はなしは、逸れたけれど」
「紆余曲折とは、このことじゃな。まぁ、魔女とは本来、優秀な女性で医学に精通しているもので、頑張り屋であるもののことをさす。お主は、十分それに値するでありんす」
「うちの執事たちに、きかせてやりたいわ」
「それで、はなしをもどすのじゃが『A、妖精である、B、人間であり、妖精を従えている』の、おおよそこういうこと、でありんすな。ただの人間といかないのは、これは、私の【現世】も、私らしい」
「花澪ちゃんの【前世】だから、80パーセントくらいは、藤と似ているの?」
「にてはおらぬな。少々異なる性格じゃ」
「へえ〜、私からしたら、藤の存在、と花澪ちゃんの関係が、この世でいちばんの、七不思議だけれどね」
「既往は、私にはとわないでおくなんし。お主のいうことは正しく、でも心が痛い真実じゃな」
「でも、魔女は嘘が得意らしいけれど、血筋があろうとなかろうと、個体として存在した、私は、嘘がいえないのよ。藤は、もと人間で、私は、魔法使いの子孫っていうだけ。花澪ちゃんは、藤の【現世】。花澪ちゃんの初恋は、【運命】の相手は、妖精か、人間であり妖精を従えている。選ばれし、勇者のような人間ね。あら、本当に生きていて、面白いことがおきるのね。まさしく、真実は小説より奇なりよね。日常のほうが面白いのだから、文字嫌いな書店嫌いな人が、増えてもしょうがないわね。でも、本も面白いと私は思うのよ。物語があるのは、太古からだし、それをまとめて、独自の文化に築きあげて、売れゆきを、きしなかった。純粋に、本を楽しんだ時代の人は、その本質を理解していたのよね、これ、私、呉屋善偉子の美学。30万部しか売れないの」
「また、お主のはなしか。善偉子のように、花澪も、自己表現が、私にこう、すらすらとできればいいのにと、おもうときがある。家族だから、いいづらいこともあるようでな」
「すらすらいうと、顔色をかえて警備員を連れてくる、うちの父上や母上に藤が、私のこと褒めてくれたことを、自慢してやりたいわね」
「ときに、長所と短所は、紙一重でありんす」
「まぁ、いまは、藤より、初恋に夢中なんじゃないかな?18歳だよ?いいじゃん。お姉さんは、応援するよ?」
「はぁ、応援したいのじゃが、……どうしたらよいのだろうか」
「お宅の花澪ちゃんが、とられても、別に【雪の妖精】も真夏に雪降らせてくれたから、いま、日本は、60度という異常気象じゃないわけだし。なにかわるいこと、をしたわけではないから、むしろ面白いほど、挑戦的で好ましいけれどね、私は。事実は1つでも、真実は複数。これ、手術のときもそうだよ」
「いや。ただ、普通に正体が、怖いとおもったのでありんす」
「わかった、これだ。初恋相手が、妖精でも、妖精つきの人間か。そこをきにしているのか。世間体とか、きにしちゃうんだ。あ、藤は、なに、そういう恋の例外は、ダメなの?寛容的だとおもったのに、意外だわ」
 否、そうなのであろうか。心配する。家族だから。
「それか、自分の家族をとられそうで、怖いとかやめてよ」
 否定も、肯定もできない。
「え?まさか、図星?そうなの〜、藤にも弱点があるとはね」
 いい意味あいのある、含蓄のある表現だ。
「うちの子がまっているから、帰るとする。礼をもうすでありんす」
「子煩悩だねぇ、意外な一面をみたわ」
「『家族』。お互いに、唯一の宝物じゃからな。善偉子、ありがとうでありんす」
「解決はしなくとも、進捗は秒読みだね。エンパワーメント、最強ね。また教えて〜」

❄︎ EP7. 麗日の果実
 
 あの摩訶不思議な【真夏の豪雪】から、1ヶ月経過した。
 夏休みも終わり。私は学校に行き、テストをこなす。
 オリバーは、謎の失踪の事実さえもけすように、SNSやテレビ、CM、その他、メディアに、個人としても、アイドルグループ【M’ygUel】のオリバーとしても復帰した。そこには、日々、クールにふる舞う、紫の瞳がある。
 今日は、やっとオリバーとあえる日だ。多忙ななかで、まめに連絡をくれる。
 動画だったり、今日のできごとだったり、そういうオリバーの優しさが、私は、大好きだ。
 この美しい人が、私の彼氏とは、今でも実感はないけれど、それよりも、窓にうつる景色の変化や、人のことをよくみていて、声かけてくれるオリバーの内面が、好きだ。
 ぜんぶ、好きなのだ。
「人を好きになることの、愛おしさ」と、私はいう。過去の傷も、抱きながら、生きようときめた。
 愛している人、愛したい人。愛した人、愛を捧ぐ人、愛を、うばいたい人。
 怖くて、心配になるときのほうが正直多い……。なんて、口に、できない。
 この、楽園にいるような、夢を望みたい。誰かに自分が、必要とされること。熱い、身体中に熱を、おびる。
 血液をめぐる。
 柔らかくて、激しい。激痛が走るのが、嬉しいとおもうなんて。簡単な言葉は、ここにないと。
 痛いほどのすべての欲は、アナタだよ、オリバー。
 同じ景色も、みる人が違えば、おもいも、景色もかわる。私は、自分の爪を弾く。弦のように音のなる心臓は、早送りした風船みたいに、いつか溢れそうだ。
「このような気持ちを、教えてくれて、ありがとう。存在が【魔法】のような、オリバーに愛された、恋のはじまりだね〜」
 私が愛する【運命】の人は、雪のような冷えた手を、私とだけの、おもいのなかで。繋いだ手は、離さないと。
 そう、寝ている。
 あうのは、別れの始めで、であいの大切さを知る。
 18歳の私が、【運命】という輪廻が、正しくありたいと願う、片方と、継続の幸せの在処をさがす、その片方を結び、ひきあわせる。方程式として完成させた。
 紫の瞳が魅せた、アナタの【真夏の豪雪】のつぎは、初恋の【魔法】だ。
 何年たっても、奇跡を忘れないようにしたいから。
 何百年、ときがすぎても、かわらぬ一途な愛を誓いたい。
 姿かわれど、誰よりアナタを愛したい。約束は、美しい。けれども、守れない約束はしない……。
 誰かの歌う声が、共鳴するように、心のなかには、オリバーだけがいる。
「雪花はひらいて、ささらと綴じる。いつの世も、アナタだけを、ただ、運命の中で探して……」
ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 私にとって、オリバーにとって、どのような日になるか。
 至宝の意味をもち、理由があるようで、なくもない。事実をみて、逃げないこと。目のまえのことを中心とする以外に、先見性をもてるか。その準備は、できているか。
「雪花はひらいて、ささらと綴じる。いつの世も、アナタだけを、ただ、運命の中で探して……」
ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。 
 危うさのある瞳は、もう輝きに変わる。
❄︎
ーー【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。
 今日は、やっと、やっと、やっと、時間ができた。ここ数日で、仕事の穴は、絶対にかえす、と決めて。そして、俺の、愛する人にあいたい。その一心で、毎日、頑張れた。
「氷の王子から、最後、ひとことコメントをお願いします」と、音楽番組で言葉を向けられた俺に、「私の前では、氷の王子じゃないね〜」と、いう、眩しい桜色の瞳の人物を、俺の膝の上に連れだす。
「ひやあ」
「あはは、驚きすぎだろう」
 いちいち反応が可愛くて、少しだけ困らせてしまいたくなる。
「花澪が好きで、愛している。ただの、恋人に夢中な人だよ」と、俺はかえす。これ以上に、望みはない。
「ふふふ、オリバーにも、そんな一面があるなんて〜!」と、薔薇色の髪が、俺の部屋の、間接照明に光る。綺麗だ。
 テレビにいる自分より、いま、花澪といる自分をみてほしくて、俺は、テレビをそっとけす。
「花澪だから、自分を、さらけだせるのだとおもう」と、いう。
 最近は、仕事も大事だけれど、それ以上に花澪のことを考える。それが動力なのだと思う。メザミがもしいたら、この俺を、祝福してくれたとおもう。
「私ね、オリバー。本当にオリバーを愛しているよ」と、柔らかな声は、甘く俺の耳元で囁く。
 それは、花園の木漏れ日のなかで、内緒ばなしのような、罪悪感があるのは、俺の膝の上で、君がリラックスをしているからだろうか。俺は、もっと抱き寄せよせて、
「あのな、それはヤバいよ……、無邪気って反則に可愛すぎる」と、いった。無自覚の天使。
「ん?」
「花澪、ちょっと反則返し。イタズラしていい?」と、いう。
 抱きよせようとした、花澪の首の角度を奪い、キスをする。口先の舌をなかにいれて、だして。
「ンンッ……オリバー」と、名前を呼ばれてもやめない。大切な人の温度を抱きしめた。
 俺は、本当に、身勝手かもしれないけれど、雪どけの硬い結晶を、太陽のもとに降らせるように、自由自在に花澪の身体を、ぐちゃぐちゃにしたい。幸せがとけそうだ。
 ふたりだけの、世界は。
 複雑に、絡みあう時間が、なくなればいい。こういうのは、俺はわからないまま、最期まで、ひとりだとおもっていた。恋を知らない俺は、冷たく、人として、誰かを愛せない。
 花澪が、言葉をはなすことができるようになった、といった。
 もう、学校でも、はなせるようになったと。
 痛かっただろう、7歳の【とあること】が。言葉を失うほどに、傷つけられて。
 それを知ったとき、俺だけは、一生。花澪を裏切らない。守りたい。支えたいとおもった。
 花澪の、ブラウスを脱がす。歯止めがきかない。
「花澪……」
 スカートの脚を順番に下から、俺の手であらゆる部分を、冷たい手で触る。「ッ……」と、花澪はいう。
 それさえ、可愛い。それから、俺が選んだ、シルクの厄介な紐を解きたいが、一旦焦らすことにした。
 浮かびあがる中心部だけ、円を描くように、指をじっくりと、ゆっくりとおとし、シルクの布越しにキスをする。
「ひゃあッ……」
「また驚いた……?」と、俺は、露わな素肌を、噛みつかないように、頭は、感情を整理しないで、いまだけ、ひとりの人間として、花澪のなかにいたい。
 みつめあいたい。乱れて、繋がって、そう、確かめたい。
 俺の素顔をみせたい。いいのか、俺。
 歯止めが効かなくなってくる。カーテンより、真っ黒な部屋に浮きあがる花。
 月明かりの下の、優美で、気品高い薔薇をみつめて、俺は心からの本心を伝える。
「綺麗だ……」
 口から耳へ、頭へ、額へ、頬へ、胸から下へ。合図するように、くねくねする。愛おしい人の足まで、じっくり味わい音をたてるように、キスする。それでも、愛しさをいうのには、たりなくて、求めるしかできない。
 これが、本当のきもちだと。
「オリバー」
「花澪」
 お互いの名前をよぶだけなのに、いつも安心する。触り心地のよい肌の感覚に、さらにキスをおとす。
「あのね、ね、きもちッいい……です。ッ……ンンッ」と、俺たちは、キスで、呼吸を忘れる。
 絡みあう身体の温度に、吐息が漏れる。
「愛しているよ。花澪、今日も、綺麗すぎ。ねぇ、今夜の花澪。ぜんぶ、俺のものにしていい?」
 自由に乱れる音が「うん……」と、息を塞いで、感覚だけが、君を求める。
「ンッ……ァ……、オリバー、私たちは、ひとつにな……る?」と、花澪の不意打ちは、俺をもう、本能に抗えなくした。
 これだから。
 俺は、心を甘く壊す言葉で、撃ち抜かれた。
 その言葉をいった本人は、俺から隠れるように、その言葉の間の隙をみて、照れてながら、シーツに埋もれた。
「なるよ、花澪……。俺のほうが、花澪を愛している」
 両手も、両足もシーツからめくって、お互いをもとめるように、絡みあう。罠にはまるように、花澪は、頷く。
 その笑顔に、俺は理性を崩した。
「俺、大事にするから、最後ま……」
「おーい、オリバー。俺やで〜!」と、いう声。関西弁の声がして、俺の携帯がなった。
「この声は、はぁ、嘘だろう?冗談だろう……」と、俺は呟く。
 携帯には【ゼノン】の文字。ゼノンは、俺のアイドルグループのメンバーで、リーダーだ。
「だいたい、俺の、いまの事情くみとれよ」と、心で叫んだ。
 ああ、もう。葛藤する理性と、悶々とする気持ち。きっと、大切な電話なんだろう。
 なりやまない電話は、現実へ少し、俺をもどす。仕事と恋愛。どちらも大切で選べない。
 格闘する俺に、花澪は、くすりと笑う。
「ねぇ、オリバー……、電話を、とらなくて、大丈夫?」
「ん?全然、問題ないよ。誰にも邪魔されてたまるか。あとで、かけ直すよ」と、いい、抱きしめる。
 だが、しつこい電話は、まだなる。花澪も、驚く長さのコール。
「あ、あの……また次は?」と、花澪は我にかえったのか、もっと、すっぽりと、全身を月が包むように、シーツにうもれた。
「ねぇ、花澪。明日は、ぜんぶ、繋がっていい?」と、俺はそういって、脱ぎ捨てた服を、自分に纏う。
 花澪の服を、丁寧に広げ、上半身をシーツからおきあがった、下着だけの花澪に、服を着せながら抱きついた。
「友達は、大切にね」と、花澪はいう。
「明日は、花澪を離さないから。覚悟しておけよ」
 俺は、君に促され、でも、幸せをおもう。相変わらず、電話は、なる。
「明日は『全部』するから」と、再度念を押す。俺は、大人げない。
 薔薇色の髪と、桜色の瞳。俺が全部ほしい、心と身体。その愛で、満たされて、確かめたいんだ。
 確実に、花澪の口に、印をつけるようにキスをする。
 一方的な約束をする。それから携帯に手をのばす。
「俺だ。ゼノン、なにの電話だ?」と、いつもの俺にもどって、俺の部屋のベッドの背後にいる花澪が、
「氷の王子だね」と、いう。
 俺は、まだ恥ずかしくて、花澪の着替えをみないように、さめた態度でリビングに移動して、メンバーからの電話をとった。
 愛のプライドは、友情よりも強いのだ。
 この気持ちは、穏やかで、優しく、ずっとほしかった。

❄︎ EP8.魔法に愛されしものたち
 善美を極めた建物で、善偉子の別荘をでた私は、条野さんという善偉子の執事さんに、わざわざ私と花澪の家の近くの駅まで、おくってもらうことになった。
「本当になんと、感謝をお伝えしたらよいのじゃろうか」と、私はいう。唯美なことを追求する。 
 それが、誰がなにをいおうと、偽らない。善偉子のよいところ。
「お嬢さまが、アナタは『特別な存在』と、おっしゃっていたものですから」
「私もじゃ。変わり者同士、好きでいられるのかもしれぬな」
 すっかり空は太陽と月を入れ替える。【前世】の私。
 花街は、夜の住人の歩いていく道。月光を浴びるのは、珍しいことではなかったもだが、いまではすっかり、こちらのほうが、珍しいことに、逆となった。
「小耳に挟んだことで、私が口だしをすることではないのですが、ひとつ、宜しいでしょうか」
「ええ、いつでも」
「幸せになれなると私は、おもいます。アナタも、花澪さんも」と、運転席の人物は、いう。
 私に帰り際に、睨みをきかせてきた、新しい執事には、まだ、私は歓迎されてはいないようだった。
「【秘密の幸せ】のなかで、免れない罪で、【現世】を生きている私は、それだけで幸せでありんす。この先も、私は、花澪と生きたいと願う。これは罪でありんすか?」
「アナタには、幸せなときが、みえるでしょう。どこにいても、花澪さんは、アナタがいちばんの味方で、家族だとおもいます。私は、アナタ様より若輩者ですが、生きる輝きをもつ人は、そうそういないと、お嬢さまがアナタさまとであったときに、おっしゃっていた言葉です。私は、それを、どこか信じています。お嬢さまは、不躾ないところや、歯に濡れ着かけるようないい方で本性を隠していますが、結構、芯をつくことをいい、そこを他人が怯えるだけなのです。そういうお嬢さまが認める人は、アナタしかいないのでしょう」
「善偉子は、審美眼のある条野さんとすごせて、幸せ者でありんすな」
「お嬢さまとの暮らしは、纏綿のときです」
「ふふふ」と、私は笑った。
 待機するように、信号待ちに軽く交わす言葉は、条野さんの善偉子への本心だろう。
 欲張りな善偉子の看板が、街のモニターに映る。そして、その人物は、こういう。
「私だけみて、私をみて。私を知って。その前に、自分をみて、自分をみて、自分を知りましょう。アナタは、アナタだから美しい。さらに、完璧を求めたいのなら、呉屋善偉子にお任せを。【本当の完璧で完全体を成した美】のアナタを追求しましょう」
 私と条野さんは、タイミングを同じくして、笑った。
「本性を隠すことは、なくなったのかえ?」と、私がいうと同時に、「松左衛門……?」と、私は最愛の人の名前をよんでいた。
「どうされましたか?」
「知り合いに似ていたもので、驚きんした……」
 でも、脳がいう。誤魔化しも、誇称でもない。はっきりと、私は、おもう。
 きっと、これは、私が夢にまでみた光景だと。
 いつからだろう。それが、本当になると信じていたのは。終わらない時間だけが、そこに絶望や、悲しみではない。あれは、私のかつての、愛した人の【今世】だと。
❄︎
ーーこの世は、前途洋洋たるものだと信じている。【琴のなる音】【笛のなる音】【三味線のなる音】。 
 蝶を追いかけ、砂糖菓子を、みんなとわけあう。ゆっくりと華やかに。
 綺麗な花街に、咲き誇る花。
 どの花も、個性に溢れていて、私は、それが、花より美しいとおもっていた。人の生きる美しさ。
 困難に立ち向かい、歩く。誰かに心を踏みにじられたときには、音が教えてくれる。艱難汝を玉にす。この世のことは、なんとかなると。その精神で、生きればいい。
 いまでも時折、花澪くらいの年頃が、懐かしいと、おもうときがある。
 花街に、予鈴のような慈雨が降るとき、いつもアナタは、やってきた。
 私の約束を守ることはなく、飛躍しながら【今世】でもであえた、【前世】のおもい人に、瓜二つの人。
 活力ある魂の美しさを、語るにあたって、本質的な内面や、想像力の枯渇がない人。
 生まれかわっても、はなし声、仕草、好き嫌いが激しいところ、情熱的なところ。
 警戒心なく、初見の人にも、わけ隔てない、アナタは、かわらないだと。【前世】の記憶がない人が正常で、私の姿や形があるのは、未解決な誰かのおかげの、超常現象のような【魔法】らしい。
「雪花はひらいて、ささらと綴じる。いつの世も、アナタだけを、ただ、運命のなかで探して……」
 私が歌うと、私の右隣に、黒い人影ができた。
 それから、気軽く肩をさわる手を、パシッと払う。
「お、いい反射神経だね。ちょっと、顔だと、危なかったかなぁ」と、私の隣のカウンターに座った人物は、そこにいる、客の複数のアイデンティティに笑わせる。そんな雰囲気に、かえた。それから耳元で囁くように、
「いやぁ、遅れてごめんよ。昨日呑みすぎて、爆睡していたから。急に藤さんから、ご連絡があって、それはもう、是非、呑みたくて。ご一緒に。それで、支度するのに、てまどったってわけね。初恋みたいじゃんね!わざわざ、藤さんが、僕とあいたいなんて、いってくれるなんて、嬉しいからさ〜。あ、なにが好き?ん?もう呑でいるの?うわぁ、僕のは?あ、今日は、着物ではないのか。いつもに増して、艶っぽいわけだ。あ、勘違いしないでね。いまのは、セクハラじゃないです。本心で、アナタに惚れそうなんで、先にいうよ」
 この口数が多く、嘘か、誠か、わからない会話に、私は「ふふふ」と、笑う。泣きそうな顔を、自分の瞳から、涙をながさないように、辛抱しながら、この人物の、はなしをきく。
 この人物は、善偉子の家から帰宅するとき、街でみかけた人物だ。
 あまりに、【前世】の、私の最愛の人に、服装以外は瓜二つだったので、私は、この人物を見かけた瞬間、条野さんに「ここで」と、いい別れを告げて、車を停車してもらった。
 私は、初対面の人物に、いきなり「どうして、ここにいるのじゃ?」と、声をかけてしまった。
 これを、ガロアは、人生最大の謎と大笑いした。
「ここにいるから、いるんだけれど」
 言葉の声音も、最愛の人に瓜2つで、私は、その場で、【今世】で、はじめて、涙を流した。
「ええ?ちょっと、大丈夫ですか?」と、まぁ、普通は、そうなるであろう。私の態度は、ガロアにとって、人生最大の驚きだったらしい。その後の会話は、紆余曲折あったが、【勘違い】ということで、シラをきった。
 だが、陽気な性格なのだろう。
 ガロアから私は、連絡先をきかれ、教えた。そこから。カジュアルな、会話のやりとりがつづき、私たちは、時々食事をとることが増えた。
 最愛の人は、【今世】ではガロアという名前だ。29歳。海外に国内や海外に寿司屋をかまえる、グローバル企業の御曹司で、兄がいると知った。
「え?いいにくいこというかも……、なにかあった?」
「内面は、かわらないようでありんすな」
「ん〜?たまに、どこか違うところにいるみたいなとき、あるよね」と、夜に輝く星のような人は、「はなしかたは、どうやって習得したの?」と、話題を私にふる。
「私の、はなしかた、でありんすか?」
「大抵の人は『ありんす』とは、無縁でしょうが。あ、すみません、僕、ハイボールで。彼女は、日本酒の『藤朔』のボトルで。ちなみに『冷』で呑むので、おちょこは、2つでお願いします〜!」
「日本酒を、私は、呑むのでありんすな、名は『藤朔』という、お酒で?」
「そうそう。あ、この日本酒はね、昔、とある人が……、誰かは、忘れたけれど、花街の芸妓に惚れて、酒造屋さんの従兄弟に頼んでつくった、その日本酒らしい。それが、現代も残る。これってさ、なかなかイケてる、愛だと思わない?あ、その芸妓は名前も、藤という名前なのだと。日本舞踊の達人だったらしいね。どこか、藤さんみたいだと、僕は考えたよ」
「ーーなぜ……、そのことを?」
「なんで?だろうね。お酒が好きだから、カクテル言葉とか、お酒の成分、例えば日本酒なら、軟水とか、鉱水とか。どの蔵で造られたとか。そういう事実と歴史が、好きということもある。また、僕は、愛のはなしが好きでさ。結婚式、とか、友人が子供をみる、とか人にとって、育みゆくものの、あたりまえが、あたりまえではないと、おもうから、好きなんだよ。けれど、いつかそういうことを、大人になると、胡散くさいと、おもう人が増えるでしょう。でも、藤さんとはなしているのは、むしろ愛に近い。新鮮で、おちつく心のよりどころ。そのような、気持ちになるんだよな。変でしょ?僕たちは、であって、間もないのに、藤さんは僕に、こういうこといわれて。いや、魅力的な藤さんは、沢山の人に、なにか、いわれるかもしれないけれどね。僕は、昔から【運命】だけは、否定的なタイプだった。でも、藤さんじゃなきゃ、僕が嫌みたい。散文的な表現や、雰囲気は、藤さには、似あわないきがしてさ。こういうロマンチックな、はなしとか、雰囲気とか、ゴージャスで輝いているのが、似あうからさ。これ、口説いてるからね。アナタは、僕の【運命】の人だよ、なんてね」
「ふふふ。そうでありんしたか。お主は、よく弁がたつ。この日本酒は……、そうでありんしたか」と、私は頬に伝わる涙に、浸ってしまいたかった。ああ。季節がいくらすぎようと、藤の花が咲く前の、春雷のようにきがおけないところが……。健康な私の肉体は、年老いることはないだろう。蒼い痛みの、大輪の藤。単純の明日だけ、みてくれる人が好きだ。
「『いつまで泣いているんだよ、笑った、藤が好きだよ』」
「……驚愕じゃな」
 涙は、とまるどころか、私の身体を覆いつくすように、ガードするように、そばにいるだけだった。
「『いつまで泣いているんだよ、笑った、藤が好きだよ』」。昔、アナタの【前世】にも、私は、同じことをいわれた。すべて、お酒のせいの、心からのもてなしを、この男はしてくれているのだろう。
「ちょっと、大丈夫?カウンターが涙の海になるよ。僕の肩で泣きなよ。こっちにおいで、可愛い人」
「お主は、意地悪じゃな」
「むしろ、親切だといわれるね。もしかして、泣き上戸なの?」
「今日だけじゃ、今日は、心が泣きたい日なのじゃ」
「そっか。藤さんは、雨が降るように、人をよせるように泣くね。あ、違うんです。嬉しくて、僕の彼女、泣いていますから、皆さん、心配しないでね」
「え?私は、いつ、お主の彼女になったのじゃ」
「真面目だねぇ、そんなの簡単。いまだよ、いま、この瞬間の、はなしさ、僕たちは、つきあったのさ、はい。握手をしようか」
 おかしい。アナタと、はなしをしているはずなのに、違うところが、たくさんある。
 アナタは、このように、人前でも揶揄ったりすることは、なかった。なにかが、かわろうとするのだ。
「僕のこと、好きになりなよ」
ーー誰かの幸せに届きますように。私のおもいは、いつまでも、アナタだけのもの。ーー【琴のなる音】。練習がもっとしたくて、誰よりも稽古熱心な私が、いつも人前では、器用よく美しい踊りなのに、アナタのまえでは、困ったように、弦を弾くから、緊張しているようだ、といわれた。ーー【笛のなる音】。斬新な即興を、なぜか、アナタが演奏するから、私は、おかしくて、優雅で退屈な毎日が嫌いな、猫のような努力家で、負けず嫌いで、賢く、しなやかな、自分の毎日と、プライドとの戦いに挑む、ふる舞いも、馬鹿だ、とおもえるほど、大笑いした。この世とはおもえない、美酒のような人だ、と、いう。私の心も、身体もアナタだけに。ーー【三味線のなる音】。「藤さん?」といま、私をよぶ声。
 私は、かつて花街の、伝説の芸妓だった。日本舞踊の天才で、人一倍花街で生きて、大胆な性格で。今度は、私も返答したい。この欲張りで、自分勝手で、優しい人物に。いつまでも枯れない。雪解けの、明けがたに、咲く花。紫の群をなして。【今世】は、否されることなく、アナタの側にいたいと願う。
 鮮明な時間のなかで、人が交わる。不安で泣きだしそうな、おもいのなかでゆれ動く、ときを誰もとめれなくて、眠れない夜もあるだろう。でも、「馬鹿だなあ」と、笑いとばしてくれる人がいるならば、私のこれからは、もっと、ちがう方向をみるだろう。輝くだろう。夜から朝が私の生活の時間だったが、その昼間と、夕方の時間に、アナタがいるから、時間が増えたように、おもうのだろう。「私は、お主がたぶん、好きなようじゃ。髀肉の嘆は、まだ、私の舞を、みせれていないことじゃな」
「専門用語は、あいにく。日本舞踊のこと?」
 店内の照明が、私のおもいを隠すように、私より、お酒を照らしてくれてよかった。いい内装の店を、選んだとおもった。
 このようなことを口にして、私は、あろうことか赤面した。
 本当はもっと、「出会えてよかった」や「アナタの【前世】とはおもい人だった」といいたい。
 でも、これ以上の幸せを願い、祈り、体感した私は、いまのアナタを知りたいとおもう。
 あの頃のかわらない、私ならこういう言葉は、口にできなかっただろう。でも、いまは違う。ともに、歩みよりたい、とおもった人がいたときに、私たちは、さらに先に進める。
「アナタのことを、教えてほしいのじゃ」
「ちょうど、おなじことを、僕もおもっていたんだよ。……奇遇だね」
 誤魔化さないで、素直な飾らない自分でいることは、私としては、少々危険であるかもしれない。
 でも、アナタがいてくれる、ということだけで、私は楽しい。
「いつも、奇遇でありんすな」
 私の言葉はいつも迷いなくアナタを探していうだろう。
 この口は、アナタに気持ちを、ぜんぶを、つたえるためにあるのだろうか。私の涙は、花街の慈雨。一番孤高の気高く、一夜限りの人の夢を、具現化する。
「で、藤さんは、僕の恋人だけれど、自慢したいから、写真で、記念撮影しない?」
「ここで?」
「うん、いつも、このときのふたりが、いちばんエモいから」
 私の、長い冬が終わる。
 長い眠りのなかで。優しい事情に手招きされて、恋しい空気のなかで、大切にしたい。
 愛のなかに、おわりがないことを、花が、いちばんよく知っている。まだ、この命が続く限り、人の数だけ、物語は、おわらないのであろう。
 そして、花澪の恋も、なかなか面白い。それに、いつの間にか、花澪は、声をとりもどした。
 私の願いのひとつが、叶っていった。
 それも、【運命】に示唆されたように。私の使命で託されたことは、この少女のそばにいること。そして、縁を、成長を、喜怒哀楽を、ともにすること。
「雪花はひらいて、ささらと綴じる。いつの世も、アナタだけを、ただ、運命の中で探して……、いや、この歌の歌詞は、少しかえたほうが、よいでありんすな」と、いう私に、「そうでありんすな」と、いう声がする。
 花澪の【前世】で、いまの時代に生をうけた。
 過去ではない、過去の私にいいたい。
「いまを楽しんで、生きてあげておくんなんし」

❄︎【完】❄︎