「ようこそ異世界エイナールへ」

「異世界……エイナール」

青年は頷く。

「私の名前はジン。きみより先にこの世界に来た者……かな。きみの名は?」

「僕は……孝瑠です」

青年、ジンは名前を確認を確認すると。

「孝瑠。『コウル』だね。よろしく、コウルくん」

と呟いた。



「さてコウルくん。いくつか聞きたいことがある」

ジンは、コウルにパンを勧めながら、表情を引き締める。

そして質問をしていく。元の世界での情報。エイナールに来た経緯。そして――。

「あの少女は?」

「いえ、それが……」

エイナールに来て、倒れているのをモンスターに狙われているのを見つけた。

コウルにわかる情報は特になかった。

「ふむ……」

ジンは、いまだ寝ている少女を見る。

(服装からして彼女はこの世界の人間のようだが……)

「ジン……さん?」

「ああ、いやなんでも――」

ジンがコウルの方に向き直ろうとしたちょうどその時――。

「う……ん」

少女がゆっくりと目を覚ます。

起き上がった少女は、何もわからない様子でコウルとジンを見つめた。

「気がついたか」

「大丈夫?」

二人は少女に駆け寄る。

「わたし……は……」

「きみは荒野で倒れていたんだ。何か思い出せる?」

「荒野……」

コウルが聞くと、少女は少し考えてすぐに首を振った。

「すみません。何も思い出せません……」

「記憶喪失か」

「名前はわかる?」

再び少女は考えこみ、そっと呟いた。

「エイリーン……エイナール」

「「エイナール?」」

コウルとジンは顔を見合わせる。

エイナール。つい先ほど出たこの世界の名前。

「偶然ですかね?」

コウルが尋ねるが、ジンは無言のまま。

(この世界、姓を持つものは珍しい。

それに加え、この世界と同じエイナールの姓を持つ者……?)

考え込むジン。その彼をさらに驚かす出来事が続く。

「その腕は……」

エイリーンがコウルの腕を指す。

モンスターに殴られたときのケガ。一日ではさすがに治っていない。

「失礼します」

エイリーンがコウルの腕に手をかざす。

すると彼女の手のひらから光が溢れ、コウルの両腕を覆っていく。

「これは――」

「な――」

溢れた光が消える。痛みが突然消えたコウルが包帯を剥がすと、その腕は綺麗にケガが消えていた。

「ジンさん。この世界、回復魔法があるんですね!」

ケガが治り、喜びながら腕を見せるコウル。

「いや、私もこの世界に来て数年経つが、回復魔法など初めて見た」

(この少女。一体何者だ……?)

ジンは怪訝な表情でエイリーンを見るしかなかった。



一段落つき、食事を取り終わると、ジンはハッと思い出した表情で二人に問いかける。

「来たばかりのコウルくんと記憶喪失のエイリーンちゃんに聞いても無駄だとは思うが――」

ジンは写真を取り出して二人に見せる。

今より少し若い。今のコウルくらいの高校生らしきジン。

そしてその横の肩を並べる青年。

「この男を知らないか?」

コウルが知るはずもなく首を横に振る。

だがエイリーンは突然、頭を抱えうずくまった。

「大丈夫!?」

「す、すみません。何か思い出しそうなのですが……」

「いや、無理に考えなくていい。すまない」

写真をしまいながら言うジンだが、心の中にある思いがあった。

(彼女は、あいつを知っている……?)

だがコウルとエイリーンがジンの思いに気づくことはない。

ジンは一人、少女エイリーンの様子を伺い続けようと心に決めた。



「さて、コウルくんはまず服を調達しないと」

「え? あ、はい」

コウルは改めて自分の格好と外の人たちを見比べる。

制服はどう見ても場違いだった。

ジンに案内され、町の服屋に行き、見定める。

「う、う~ん」

元の世界での私服は基本親任せだったコウルはあれこれ見比べて悩む。

そんな中、ジンがいくつか見繕って服を持ってきた。そして――。

「こ、これでどうですか?」

見繕われた服から一番好みのを選んで着てみた。

「うむ。いいと思うよ」

「よくお似合いです」

似合うと言われ、コウルはあっさりとその服にするのだった。



「さて、後は――」

宿に戻った所で、ジンは自身の荷物袋を開け、一本の剣を取り出した。

「コウルくん。これをきみにあげよう。お古だけどね」

「え、いいんですか?」

コウルは剣を受け取り、そっと鞘から抜いてみる。

少し青みがかった刀身の、いわゆるショートソードといった所。

お古とジンは言ったが、綺麗に輝く刀身はとてもそうは見えない。

「ありがとうございます!」

コウルは礼を言うと剣を鞘にしまい、新品の服の腰の部分に、慣れないながらも剣を掛けた。



宿を出て、三人は町を出る。

見ず知らずの地であるコウルと記憶喪失のエイリーンはジンに付いて行くだけである。

そこで改めて、コウルはジンに聞いた。

「ジンさんは何か目的があるんですか?」

「うん? そうだね。きみたちにも言っておかないとね」

そう言ってジンは先ほどの写真を取り出した。

「私の友人……だった、カズ……いや、カーズを止めることだ」

「友人を……止める?」

「長話だが聞くかい?」

「そうですね。話してくださるなら」

ジンは頷き、空を見上げて語りだした。

「私とカズは元の世界では幼馴染でね。遊んだり、競い合ったりしたものさ。

学校でも試験や体育で競い合っていた。ただ――」

「ただ?」

「あいつは人づきあいが苦手かつ少し尊大でな。またあの頃はクラスメイトも悪が多かった。

成績優秀、運動神経抜群なカズは、いわゆるいじめの標的にされた。

私も止めようとしたが……まあ、止めれなくてね。私も標的にされたものだ」

「……」

コウルはその状況を想像し心を痛める。

「それだけなら、まだよかった。だが、あいつの妹にまで手が及んだ。そして――カズの妹は自殺した」

「!」

ジンは表情をゆがめ、二人もショックを受ける。

「そんな中、何の悪戯か。私とカズはこの世界に飛ばされた。私はある意味助かったと思った」

「なぜ……?」

「カズはあのままでは、いじめっ子を殺しかねないほど病んでいた。

こちらの世界にいれば何もできず、そのうち落ち着くと思っていた。だが甘かった」

「え……?」

「真実はわからないが、カズは元の世界に干渉する方法を見つけた。

そして、いじめっ子どころか元の世界そのものを滅ぼす手段がある」

「な!?」

元の世界を滅ぼす。急に出てきた大きな事態にコウルは驚きを隠せない。

「この話はあいつ自身がしたことで信憑性はわからない。だが本気の目だった。

その場で止めようとしたが。あいつは姿を消した。そして今に至るわけだ」

ジンは一呼吸ついて、二人を見る。

「私の……あいつを見つけ止める旅。きみたちにも背負わせていいのかな?」

コウルの答えは。

「ジンさんとそのカズという人の事情に、僕が突っ込んでいいかわかりません。

でも、世界を滅ぼすなんて言われたら放ってけるわけないです!」

強くうなずいた。

そしてエイリーンも。

「わたしは、あなたたちの言う元の世界というのがわかりません。

でもわたしは二人に助けられました。そのお礼をしなければなりません。

それに……その人のこと、わたし何か思い出すことがある気がするんです」

ゆっくりうなづいた。

「ありがとう」

ジンは姿勢を正し礼をする。

ここにコウルとエイリーンのひとつの旅の目的が決まった。