異世界エイナール・ストーリーⅠ 少年コウルと女神エイリーンの出会い

コウルとカーズ、二人の剣がぶつかり合う。

一撃、二撃、三撃。

「なるほど、できる! だがーー」

カーズがコウルを弾き飛ばし、トドメの一撃を振るおうとする。

それをエイリーンの魔力弾が止めた。

「チッ、邪魔だな!」

カーズがエイリーンの方に向かおうとする。

だがそれはコウルによって遮られる。

「なるほど、二人でオレを止めようというわけか!」

一対一では、コウル、エイリーンはまだカーズに勝てない。

だが二人で攻めれば、その戦いは互角以上だった。

「このオレが……!」

押され始めるカーズはイラツキを隠せない。自分と互角に戦えるのはジンだけだったから。

「はあっ!」

コウルの一撃が、カーズの剣を吹き飛ばすと、コウルが剣を突き付けた。

「終わりです、カーズ」

コウルはカーズに降伏を願う。魔力砲を止めてくれれば、命を取る必要はない。

「舐めるなよ……」

カーズは後ろに跳ぶと、懐から黒い宝玉のようなものを取り出した。

「使いたくはなかったが……」

カーズが宝玉を握りしめる。

「な……」

カーズの魔力が増大し始める。コウルはそれを止めようと一気に接近し、仕方なくトドメを放とうとして、弾かれた。

「ぐっ……?」

「大丈夫ですか、コウル」

エイリーンが駆け寄り、二人でカーズを見る。

カーズの周りを闇の魔力ともいうべき、漆黒が包んでいた。

「この魔力は……!?」

エイリーンにはその魔力に覚えがあった。

だが、今はそれどころではない。闇の魔力を纏ったカーズが迫る。

「ぐっ!」

「きゃあっ!」

二人を吹き飛ばし剣を拾い直すと、カーズは機械を操作し始めた。

「もう、貴様らの魔力はいい。今の魔力とオレの魔力で!」

カーズが起動スイッチを押した。機械に発射タイムが表示される。

「あと10分だ。あと10分で終わる!」

「やめろっ!」

コウルの剣がカーズを斬った、と思われた。

カーズは闇の魔力で覆われた手で、剣を受け止めると、そのままコウルを投げ捨てる。

「おとなしく諦めろ」

「そうは……いかない。エイリーン!」

「はい!」

コウルは女神聖剣を呼び出し、カーズに突撃する。

さすがに聖剣相手には不味いと感じたのか、カーズは剣で聖剣を防ぐ。

光の魔力と闇の魔力が衝突する。

「うおおっ!」

「はああっ!」

コウルとカーズの全力の斬りあい。

しかしカーズの急ごしらえの闇の魔力では、コウルとエイリーン、契約した二人の魔力が上回る。

「カーズ!」

ついにコウルの聖剣の一撃が、カーズを切り裂いた。

「がはっ……」

カーズが吹き飛び、壁に叩きつけられる。

コウルはすぐさま、カーズに近づき聞いた。

「あの機械の止めかたは!」

カーズは笑った。

「も、もう遅い。魔力砲の起動は完了している。止められはせん」

「な!?」

発射タイムはあと5分。

コウルはとエイリーンは機械を調べてみるが、止める方法はわからない。

時間がどんどん過ぎていく。

「何か、手はないの?」

コウルがそう漏らした時だった。

「手段はある」

その声はリヴェルであった。

「リヴェル様!?」

「リヴェルさん、なぜここに!? いや、それより止める方法って?」

「止める方法じゃない。防ぐ方法だ。だがその前に……」

リヴェルはコウルに向き直った。

「コウル、お前は元の世界に帰りたいか?」

「え、今はそれどころでは」

リヴェルは空を指差した。

「あの空間の歪み。あれをくぐればお前は元の世界に帰れる」

「えっ」

コウルは機械の上。歪みを見上げる。

「コウル、エイリーン。お前たちが協力して、魔力で歪みを閉じるんだ。そうすれば、魔力砲は空に向かって発射され、天に消える。だが……」

もう一度、リヴェルはコウルを見た。

「あとは、お前が元の世界に帰って歪みを閉じるか、こちらの世界に残ったまま閉じるかだ」

「僕は……」

「時間がない。早く決めるんだな。」

コウルはエイリーンを見た。

「コウル、どちらを選んでも、わたしはあなたの意見を尊重します」

コウルの決断はーー。
「僕は……」

コウルは元の世界の思い出と、目の前のエイリーンを比べる。そしてーー。

「……この世界に残ります」

「コウル!」

「そうか」

エイリーンは喜び、リヴェルは淡々と呟き歩き出す。

「来い。歪みを閉じるぞ」

「は、はい!」

リヴェルに続き、機械を上るコウルとエイリーン。

高い機械を上り終えるころには、機械の時間は2分を切っていた。

「魔力を集中して、あの歪みにかざすんだ」

二人は言われるまま、魔力を集中する。

「そのまま閉じるイメージを!」

「はい! ……リヴェルさんはやってくれないんですか?」

「俺は干渉してはならないんだ」

リヴェルはそれだけ言うと、カウントを指す。あと1分を切っている。

「エイリーン!」

「はい!」

二人は集中した魔力で、一気に閉じるイメージをした。
歪みが縮み消えていく。歪みが完全に消えると、そこは塔の天井に戻った。

「お、終わった……?」

「まだですコウル!」

エイリーンがすぐさま下に降りるよう促す。

そう、ここはまだ機械の上。このままいては発射に巻き込まれる。

慌てて降りる二人。リヴェルはいつの間にかその姿を消していた。

「伏せてっ!」

下まで戻ってきて二人はすぐさま伏せた。ほぼ同時に魔力砲が発射され、衝撃が走る。

「っーー!」

ふたりで互いに押さえあい、吹き飛びそうになるのをこらえる。

数秒後、魔力砲の衝撃が収まり、辺りは静まり返る。

「こ、今度こそ……?」

「はい、終わりました。……いえ、まだ終わってないかもしれません」

「え?」

エイリーンは壁のすみに倒れているカーズに近づく。

カーズはまだギリギリ息があり、消えていなかった。

エイリーンはカーズの横に転がる、宝玉を指差す。

「カーズ。あなたはそれをどこで?」

「……教えると思うか?」

エイリーンは首を横に振る。だが構わずに、宝玉を拾った。

「だ、大丈夫? そんなに普通に拾って」

「大丈夫です。もうこの宝玉に先ほどの力は感じません」

エイリーンはにこやかにうなづいた。

「ふ……すでに心当たりがあるようじゃないか。食えん女め」

カーズは吐き捨てると、そのまま消えていった。

「エイリーン。その宝玉に心当たりがあるの?」

「ええ。あまり考えたくはありませんが……」

エイリーンは少し悩む表情をしたがすぐに言った。

「戻りましょう。神の塔へ」

二人が遺跡の塔から出ると、そこにはワルキューレたちがいた。

「お疲れ様でした。コウル様、エイリーン様。エイナール様がお待ちです」

「ありがとうございます。ワルキューレ」

コウルとエイリーンはワルキューレに連れられ、神の塔へ戻る。



「よく戻りました。コウル、エイリーン」

二人はエイナールの前に跪く。

「エイリーン。無事に女神見習いとして、カーズを討伐してきました。私は嬉しく思います」

「ありがとうございます」

エイリーンが頭を下げる。

「そしてコウル。契約者として、よくエイリーンを助けてくれました」

コウルもエイリーンに合わせ、頭を下げる。

だがすぐに、エイリーンが質問をした。

「エイナール様は全てご存知なのですか?」

「というと?」

「今回のカーズの計画。そしてーー」

エイリーンは宝玉を取り出す。

「ーーこの宝玉のことも」

エイナールは躊躇いもせず頷いた。

「気づいてしまったのですね……」

「はい。あの子は……エルドリーンは?」

「もう既にここにはいません。行方はさすがに私にも……」

「わかりました。ありがとうございます。エイナール様」

エイリーンが立ち上がる。

「わたしがエルドリーンを止めてきます。姉妹として」

そう言うと、礼をしエイリーンは下がっていく。

コウルはわけのわからないまま、自分も礼をしエイリーンに続いた。

「エイリーン、どういうことなの?」

エイリーンは立ち止まり、コウルの方を向く。

「こんかいのカーズの一件。わたしの姉妹、エルドリーンが糸を引いている可能性があります」

「え!」

前に神の塔に来たときに出会った、エイリーン似の少女をコウルは思い出す。

邪神見習いと言われていたが、コウルにはそんな悪い人とは思えなかった。

「なんでそう思うの?」

「この宝玉です」

先ほどエイナールにも見せた、カーズが使っていた宝玉。

「この宝玉を使ったカーズが見せた闇の魔力。その魔力は邪神の魔力。しかもエルドリーンの魔力でした」

「邪神の……魔力……」

「エルドリーンの魔力は、わたしと同じくらい。それに姉妹です、間違いありません」

エイリーンは力強く頷いた。

「コウル。カーズの討伐は終わりました。その……次はエルドリーンを止めるため、わたしに力を貸してくれませんか?」

エイリーンは輝く瞳でコウルを見つめる。

その瞳にコウルは照れながらも頷く。

「僕はエイリーンの契約者で、こ……恋人だからね。もちろん力を貸すよ」

「ありがとうございます!」

エイリーンはコウルに飛び付く。コウルはそれを受け止め抱きしめた。

横でワルキューレが見ているのも気づかずに。

「コウル様、エイリーン様。お部屋の用意ができておりますので……」

ワルキューレはそう言ってそそくさと去る。

「……今日は休もうか」

「は、はい」

見られていたことが恥ずかしくなり、二人もささっと部屋に向かうのであった。



「で、どうしようか」

翌日、朝食を食べながら、二人は今後の予定を話し合う。

「エイナール様も行方がわからないとのことでしたので、邪神界に向かおうと思います」

「邪神界?」

聞き慣れない単語に、コウルはオウムのように返す。

「わたしたちがいるこの世界。コウルやジン様の言い方を借りるなら『異世界エイナール』は正式には『女神界エイナール』といいます」

エイリーンは語る。世界はいくつも存在し、コウルの元の世界も今の世界も、一世界に過ぎないこと。各々の世界はそれぞれの神によって守護されていることを。

「そして、邪神の地『邪神界エンデナール』。邪神見習いのエルドリーンはここにいる可能性が高いです」

「『邪神界エンデナール』……。そこにはどうやって?」

「この塔から、直接飛ぶことができます。エイナール様の許可がいりますが」

朝食を食べ終わると、二人はすぐさまエイナールのもとに向かう。エイナールはすぐに許可をくれた。

塔の一角。魔力が貯まる部屋。そこから邪神界に飛ぶことができる。

「ワープみたいなものかな」

「わーぷ?」

「ううん。なんでもないよ」

二人は魔力の貯まる床に乗る。二人の姿は魔力となり一時的に消えた。





「エルドリーン。来たようだぞ」

「はい、わかっております。エンデナール様」

邪神界の神の塔。そこにはエルドリーンと大柄な男、邪神エンデナールがいた。

「我は構わぬが、お主が姉妹であるあの女と対するのは何故か聞いておこう」

「姉妹だからこそです。私はエイリーンと対せねばならないのです」

「そうか。好きにするがいい」

「はい」

エルドリーンが去る。邪神エンデナールは不敵に笑っていた。

「来なさい、エイリーン。私があなたを……。そしてコウル。あの男を……」

エルドリーンもまた不敵に笑うのであった。
邪神界エンデナール上空。

「うわああっ!?」

「コウル、手を!」

女神界エイナールから飛んだ二人は、邪神界上空に出現していた。

落ちるコウルをエイリーンが何とか手を取る。

「あ、ありがとう」

「いえ、まさかこんな上空に出るとは思ってませんでした」

ゆっくり着地しながらコウルは聞いた。

「直接、こっち側の本拠地につくわけじゃないの?」

「普段でしたら、こちらの神の塔に行くはずですが……エルドリーンが妨害したのかもしれません」

二人は辺りを見回す。何もない。

「また荒野かあ……」

コウルがエイナールで最初に出会った地の荒野。今いる場所はそこによく似ていた。ただーー。

「空が暗い……」

雲が出ている訳でも夜でもない。その空はただ妖しく暗い光の空だった。

二人はとりあえず町を探し歩く。その道中、モンスターの轟きが響く。

「モンスター!」

コウルは剣を抜き、モンスターに斬りかかる。

モンスター退治も慣れたもの。そう思っていた。

「グオオッ!」

「なにっ!?」

モンスターは器用にコウルの剣をかわすと、武器を振るう。

コウルもギリギリ、その攻撃をかわした。

「コウル、邪神界の魔物は闇の魔力によって強化されています。油断しないでください」

「先に言って!」

コウルは魔力を集中し直し、モンスターに斬りかかる。素早い一撃は、今度こそモンスターを捉え、切り裂いた。

「ふう……」

コウルが一息つく。するとエイリーンが言った。

「こちらの世界で町を探すのは難しいかもしれませんね」

「どうして?」

「モンスターが強いからです。こちらの世界にも普通の人がいるのは間違いありませんが、この強さでは………」

「じゃあどうする?」

「仕方ありませんが、直接、塔を目指しましょう」

二人はやむを得ず、神の塔を目指し歩き始めるのだった。



荒野を抜けると、森か、草原に繋がる道に出る。

「草原のほうがまだマシかな?」

「ですが、神の塔に向かうには森を抜けたほうが早いですね」

「そうなの?」

エイリーンが頷いたため、二人は森を抜けることにする。

その近くの寂れ倒れた看板に『危険 魔の森』と書かれていたのに気づかずに。

「暗いけど、意外となんとかなるね」

二人は森を進んでいく。最初の方は順調だった。しかしーー。

「コウル、ふらついてませんか?」

「エイリーンこそ。……あれ?」

二人とも目が虚ろで、視界が定まらなくなる。そしてその場で倒れてしまった。

「エ、エイリーン……」

「コウル……」

ふたりの意識はそこで途絶えた。



「う、うーん?」

コウルが目を覚ます。そこは小さな小屋の中のようだった。

「ここは……?」

「おや、気がついたかい」

そこにいたのは、いかにも怪しげな雰囲気を醸し出す老婆。

「あなたは……?」

少し警戒し、剣に手をかけようとして気づく。剣がない。

「おやおや、そんなに警戒しなくてもよかろう。剣はそこに置いておる」

コウルの少し先の壁には、きちんと剣が立て掛けてあった。

「あ、ありがとうございます」

「その剣、ただの剣じゃないよ。大切に扱いな」

「え?」

コウルは剣を見る。

ジンから譲り受けた剣。青く輝く刀身はたしかにとてもお古だとは思えない。

女神聖剣と比べても見劣りはしないが……。

「……そうだ! エイリーン!」

「ん?」

コウルは小屋を見回すが、エイリーンの姿は見当たらない。

「僕と一緒に女の子が倒れていませんでしたか!?」

慌てるコウルに老婆は言った。

「わしが見つけたのはお主だけじゃよ」

「そんな……!」

倒れた時には一緒にいた。ならいつはぐれたのか。

考えるコウルに老婆は非情にも突き付けた。

「この森はモンスターも多いからねえ。もしかしたらすでに……」

「やめてください!」

コウルは立ち上がると外に出ようとする。しかし足がまだふらついてこけた。

「しばらくおとなしくするんだね。あんた、この森の毒気にやられたんだ。立てるだけすごいもんさ」

「でも……!」

それでもコウルは立ち上がり扉に手を伸ばす。

それを見た老婆は小さな小瓶を取り出すと、コウルに向かって投げた。

「それを飲みな」

「これは?」

「この毒気に対する特効薬だよ。副作用が大きいんであまり勧めないがね」

確かに、とコウルは小瓶を見て思う。小瓶の中身はどうみてもこっちが毒のような色をしている。

だがコウルはそれを一気に飲み干す。苦々しい味が口中に広がるが吐かずになんとか飲み終える。

「ありがとう、おばあさん」

「礼はいらんよ。この森のモンスターなら『リフレージュ』が怪しいね」

「『リフレージュ』ですね。わかりました!」

コウルはそれを聞き飛び出した。

老婆が怪しい笑いをしているのに気付かずに。



「すごい、身体が軽い。副作用があるなんて嘘みたいだ!」

コウルは軽い身体でモンスターを蹴散らしながら、エイリーンを探す。

そして、一匹の巨大な木のモンスターに遭遇する。

「こいつがリフレージュ?」

巨大な木のモンスターは、コウルに反応し枝を伸ばす。

コウルは枝による攻撃をかわすと、そのまま枝を切り落とす。そのままの勢いでリフレージュを斬る。

「――!」

傷ついたリフレージュは、逃げるように森の奥へ消えていく。

「待っ――!?」

(コウル、ダメです。その木はモンスターではありません)

コウルの頭にエイリーンの声が響く。

「エイリーン!? ど、どこ?」

(コウル……あの老婆を信用しては……いけま……)

エイリーンの声が小さくなっていく。

それに加え、コウルはひとつ感じたことがあった。

(リフレージュを追い払ってから、この辺りの毒気が強くなっている?)

エイリーンの言葉、毒気の強まり、それらから導き出される答えは。

(エイリーンが危ない!)

コウルは飛ぶ勢いで小屋に戻ろうと走る。

「エイリーン!」

小屋の扉を勢いよく開ける。中にはエイリーンも、老婆もいない。

「一体どこに……」

机、棚、怪しそうな場所を調べる。そして――。

「この下か!」

絨毯をめくる。そこにはいかにもな入り口があった。



地下室。そこの壁にエイリーンは繋がれていた。

「うう……コウル……」

「無駄だよ。あの小僧ならしばらく帰ってこないさ。帰ってきたとしても――」

上で大きな音。コウルが扉を開く音がする。

「早いねえ、まさかもうリフレージュを?」

落ち着いている老婆。その前にコウルが降りてくる。

「エイリーン!」

「早かったねえ」

コウルは老婆を睨み付け、剣を抜く。

「エイリーンを離せ」

「怖い顔だねえ。だけどお断りするよ。この娘はわしが若返るための生贄さ」

「離さないというなら――!」

コウルが剣を振り上げた……ところで、急に力が抜けたように崩れ落ちる。

「な…なんで……」

「いいタイミングででてきたねえ」

老婆はニヤニヤと笑った。

「あの薬は特効薬なんかじゃないよ。ただちょっと毒気を抑えるだけさ。そして効果が切れるころには毒をたっぷり吸っている。するとどうなるかねえ?」

「毒気が……一気に……?」

「そうさ、あんたはもう動けない!」

老婆の言う通り、コウルは完全に倒れ意識が失われようとしていた。

(エイリーン……。かっこ悪いところ毎回見せてるよね……ごめん)

(大丈夫です、コウル。聖剣を。聖剣を呼んでください)

コウルとエイリーン。二人の心の声が通じ合う。

それに導かれるように、コウルは力を振り絞り呼んだ。

「エイ……リーン」

光が広がり、エイリーンからコウルに聖剣が届く。

聖剣の光に包まれ、聖なる魔力によってコウルの身体が浄化されていく。

「な、なんだい、この光は!?」

さすがの老婆も想定外の事態に驚き始める。

「これが……僕とエイリーンの……あ、愛の力だ!」

照れくさいことを言いながら、コウルは立ち上がる。

「なにが、愛の力だい。こっちにはまだ娘が――」

一瞬だった。聖剣の魔力でコウルは跳躍していた。

壁に繋がれているエイリーンの鎖を斬ると、すぐさま老婆に剣を向けた。

「今度こそ……終わりです」

コウルの聖剣の一撃が老婆に叩きつけられる。

「わ、わしの若さが……永遠の命が……」

老婆はそう言い残して消えていくのであった。



「ごめん、エイリーン。すぐに気づかなくて」

「いいのですよ。こうやって助けてくれたのですから」

「でも……おばあさんに騙されたりしたし……」

コウルは落ち込む。彼は元の世界でもよく騙されていた。

しかしエイリーンはほほ笑みながら言う。

「でも、その純真さがコウルです。その……私の好きなコウル」

エイリーンは真っ赤になり、釣られてコウルも赤くなる。

二人の邪神界での冒険と、恋はまだまだ始まったばかりであった。
老婆を倒し地上に上がると、窓の外が晴れ渡っていた。

「ずっと毒の霧が出てたのに……」

「あのおばあさんを倒したからです」

エイリーンは語る。毒を発していたのはモンスターではなくあの老婆。

そしてコウルが倒そうとしていたリフレージュは、モンスターではなく森を復活させようとしていた木の精霊だと。

「もし、あの時に倒してしまっていたら……」

「この森は、ずっと毒の森だったかもしれません」

「うわあ……」

コウルは心の中で何度も謝った。

「大丈夫です。わたしも女神見習いとして、木の精霊に謝っておきますから」

心を読まれたことにコウルは驚く。

「そういえば、森でもさっきの老婆の所でもエイリーンの声が聞こえた。これは?」

「わたしとの契約が深まってきた証です。本当の意味で心が通じ合ってきたんです」

それは隠し事はできないのではとコウルは思った。

「そ、そんな何でも覗けるわけではないです。強く思った時だけです。……コウルは隠し事があるんですか?」

エイリーンが不安げな表情でコウルを見る。コウルは首を全力で横に振った。

「とりあえず、今日はこの小屋を借りて休もうか」

「そうですね。わたしもコウルもまだ毒気が完全に抜けきっていません。万全の状態まで休みましょう」

二人は小屋にある椅子や布団を借り休むのだった。



毒気が抜け万全になった二人は、その後あっさりと森を抜けることができた。

「草原より早かったでしょう?」

「老婆のせいで足止め喰らったからあまり変わらなかったけどね……」

コウルは苦笑いを浮かべる。

「でも、もう海です。この海を渡れば――」

二人の眼前に広がる海。その海は大嵐で荒れていた。

「この中を飛んでいくのは無理じゃない?」

「そうですね……。わたしひとりならまだわかりませんが、コウルを運ぶのは無理そうです……」

二人の道が行き詰る。

だがただ立ち止まっているわけにはいかない。二人は海沿いを歩いていく。そして――。

「町がある?」

「えっ?」

海沿いには確かに、小さいが町が存在していた。

二人はすぐさまその町へ向かう。

「ほう。こんな所に旅人……しかも子供とは珍しい」

町の入り口で男が言った。その男は屈強そうな身体をしている。

「子供じゃないです。それより……船はありますか?」

「船?」

男は少し考える。

「あるにはある。だが船乗りがいない」

「えっ」

「こんな世界だ。この町には屈強な者しか生き残ってないのさ。船乗りも屈強だがやられるもんはやられる」

「そうですか……」

船が動かせないのではどうしようもない。二人は途方に暮れる。

「どうします? 嵐が収まるまで待ちますか?」

それを聞いた男は疑問符を浮かべた。

「あんたら、知らないのか? この嵐はモンスターの仕業だ。そいつをなんとかしねえと嵐は止まらねえ。船乗りは皆、嵐のモンスターにやられたのさ」

「な……」

確かに二人がこの町に来るまでも、一向に嵐は収まる気配がなかった。

「なら、なんとかモンスターを――」

「言ったろ。船乗りは全滅しちまった。俺達には奴に近づく手段がねえのさ」

八方塞がりであった。これでは神の塔へ行く手がない。

二人は仕方なく、とりあえず宿を取ることにする。

「どうする?」

「わたしがコウルを運んだまま戦うのは……?」

「ダメだよ。エイリーンにすごい負担をかけちゃう」

しかしエイリーンは首を横に振った。

「ですが、手はこれしかありません。一刻も早く神の塔へ行く必要がある以上、多少の負担は覚悟の上です」

コウルはため息をついた。

「エイリーンって結構頑固だね」

「そ、そんなことありません!」

エイリーンがむくれる。コウルは笑った。

「エイリーンがそこまで言ってくれるなら、やろうモンスター退治!」

「はい!」

二人はタッチし合うとさっそく外に出る。

外には先ほどの男がいた。

「うん? さっきの坊主と嬢ちゃんじゃねえか。休んでたんじゃねえのか?」

「モンスター退治に行ってきます!」

「いやだから、船は動かせる奴が――」

コウルとエイリーンは構わず走る。そして海の前まで来て、飛んだ。

「な――」

翼の生えたエイリーンとそれに運ばれるコウルを、男は唖然と見つめていた。



勢いよく飛び立った二人だったが、現実はそう甘くなかった。

「大丈夫、エイリーン?」

「だ、大丈夫です……」

そうは言うが、エイリーンの飛行はとてもフラフラとしていた。

しかし掴まっているだけのコウルにできることはない。

「モンスターはどこにいるのでしょう?」

「あ、エイリーン! あれ!」

コウルが指さす方向。そこは暴雨風の中心。そこには巨大な雲のようなモンスターが渦巻いていた。

「ほう……我の所へ来るものがおるとは。しかも船ではなく飛んでくるとはな。だが――」

モンスターは大きく息を吸い込むと、コウルたちに向かい暴風の息を吹きかける。

「うわああっ!」

「きゃああっ!」

暴風が二人を襲う。

「エ、エイリーン! 大丈夫!?」

「コ、コウル、すみません。大口を叩いたのに。退避します」

二人は風に流されるように、町に戻るのであった。



「おかえりだな、坊主、嬢ちゃん。その様子だとダメだったな?」

「「はい……」」

二人そろってビショビショの身体でうなだれる。

かっこよく飛び出して行ってこの様で、恥ずかしさも一押しである。

「モンスターには会えたのに……」

「はい……あの風を何とかしないといけませんね」

二人は考える。

今のままでは、モンスターの所へ行けてもまた同じことの繰り返しだ。

「魔力で壁を作ってもダメなの?」

「ダメです。風で壁ごと吹き飛ばされるだけです」

「そっか……」

二人は再び八方塞がりに陥る。すると男が言った。

「風ねえ。そういや、少し前にこの町に寄った商人が『風除けのマント』みたいなの持ってたような」

「そ、その商人は今どこに!?」

「確か北東の山の方に行くって言ってたな」

「ありがとうございます!」

男に礼を言うと二人は駆け出した。

「行っちまったな……。『風除けのマント』なんて胡散臭いが……。まあ本当だったらそれでよしか」

男は二人が行った方向をじっと見つめるのだった。
コウルとエイリーンは『風除けのマント』を入手するため、それを持つという商人を探しに出た。

町の北東の山はさほど遠くはなかったが、その山はかなりの絶壁であった。

「高いね……。こんな所に、商人なんているのかな?」

「ですが、他に情報はないですし」

二人は覚悟を決めて、険しい山を登り始める。

川を越え、岩を越えたあたりで雨が降り始めた。

「海では嵐、山では雨かあ」

二人は慌てて、ちょうどよくあった洞窟に駆け込んだ。

「元々、嵐のせいで濡れていたので、雨宿りしなくてもいいのでは?」

「いや、せっかく乾いてきたのにまた濡れたくないからね。それに……」

コウルはエイリーンの方から目を逸らす。

雨に濡れたエイリーンの服が透けて、コウルは目のやり場に困っていた。

そんな時だった。洞窟の奥から突然声がした。

「いらっしゃいませー! アキナインの洞窟店へようこそー!」

「「えっ」」

二人は洞窟の奥を見る。

そこにはひょうきんそうな男が、様々な道具に並べて座っていた。

「あの……これは?」

「あー、お客さん。客じゃなくて雨宿り?」

雨宿りに入ったのは事実だが、なんでこんな場所にとコウル思う。

「入り口に看板置いてあったでしょ?」

男『アキナイン』がそう言うので、コウルは洞窟の入り口に出る。

そこには確かに『アキナインの店洞窟』の看板が置いてあった。

「こんな所で店……?」

「へい、人が来るタイミングではどこだろうとお店です」

「へえ……」

コウルとエイリーンは感心する。そして聞いた。

「あっ、そうだ。町の人に聞いてきたんです。『風除けのマント』ってありますか?」

「へい、風除けよマントですね。50000GTPになりやす」

「「えっ」」

二人は驚愕した。女神世界と邪神世界ではTPからSTPさらにGTPと金の単位が上がっていく。50000GTPは凄まじい高額である。

「一応、確認してみる?」

二人は持っている財布を漁ってみる。とても足りる金額はなかった。

「ないです? なら残念ながらダメで……うん?」

アキナインは真剣な表情になり、コウルの剣を見た。

「少年、その剣をちょっと見せてくれないか」

「え、はい」

コウルは腰の剣を差し出す。

アキナインは剣を抜くと、それを品定めするように眺める。

「こ、これは『サファイアミスリル』の剣ではないですかー!?」

アキナインは驚愕の声を上げた。

「『サファイアミスリル』って……?」

コウルが聞くと、エイリーンも驚いた表情で剣を見つめていた。

「聞いたことがあります。『サファイアミスリル』……。女神世界では幻と言われる金属のひとつです」

「ええ!?」

自分が持っている剣がそんなレア物だと知り、コウルも驚く。

「でも、ジンさんはそんなこと何も……」

「知らなかった……なんてことはないですよね?」

「ジンさんに限ってそんな……」

二人は考えるが、それを無視してアキナインは続ける。

「こ、この剣なら、マントと交換……いえこっちが金とマントを渡せるくらいですよ!」

「そ、そんなに?」

今は確かに風除けのマントが必要。しかしジンの形見である剣をそう簡単には渡せない。

「それに僕のメインの武器だし……」

そう。女神聖剣があるとはいえ、普段コウルはその剣を使っている。渡してしまうと予備がない。

「そうです、商人様。この剣を預けますので、しばらくこのマント貸してもらうことはできませんか?」

「へえ? まあ、うちはそれでも構いませんが」

「えっ」

あっさり許可が下りてコウルは驚く。二人は風除けのマントを一時的に手に入れた。

「でもよかったのかな。こんなあっさり貸してもらえて」

「大丈夫です」

エイリーンは言った。『アキナイン』は一部で有名な何でも屋で、その商品と商売には安全性が高いとのことだった。

風除けのマントも剣を預けている以上は、十分に貸してくれるだろうとのこと。

「でも、これでモンスター戦は女神聖剣頼みだね」

「そこはコウルを信頼しています」

二人はいつものように照れながら、町に戻るのだった。



町に戻ると、二人は早速飛び立つ。

風除けのマントを二人で覆いかぶさって。

「この被さり方、変じゃない?」

「仕方ないです。マントは一人分のサイズですから」

掴まりつつ、マントの中でもごもご動くコウル。

しかし、マントの効果は抜群だった。嵐の風が避けるように、コウル達の道を作る。

前回よりも早くモンスターの元にたどり着いた。

「うん? いつぞやの二人か。また吹き飛ばされたいようだな」

モンスターはすぐさま二人に暴風を起こす。

だがその暴風をも、風除けのマントは切り開く。

「コウル、今です!」

「うん!」

マントの下で、コウルは聖剣を取り出すと、二人で突撃する。

「はあああっ!」

二人の突撃が、モンスターを貫く。

「ぐがっ……馬鹿な」

モンスターがそのまま消えると、周りの嵐はなかったかのようにすぐに収まった。



「坊主、嬢ちゃん。本当にやりやがったのか」

町に戻ると、男が他の町人と待っていた。

「ええ、なんとか」

「風除けのマントってのが本当にあったとはなあ」

二人が外したマントを見て男は呟く。

「信じてなかったんですか?」

「いや、そうそう都合のいい物が手に入るなんて思ってなかっただけだ」

男は笑うと、他の人に呼び掛ける。

「おーし、今日は宴だ! 俺らみたいなごついのしかいないが、飲んでいけ、坊主、嬢ちゃん!」

その日、二人は屈強な男たちに囲まれ、たっぷり飲み食いさせられるのであった。
嵐のモンスターを倒し、町で宴が終わった翌日。

「……ル。……ウル」

「う、う~ん。もう食べられないよ……」

「コウル! 起きてください!」

エイリーンの声にコウルは目を覚ます。

「ど、どうしたの。そんなに寝坊した?」

「いえ、外に来てください」

言われ、慌てて外に出るコウル。すると、そこには――。

「モンスター……ポム?」

コウルの目の前で宴の後の残飯を食い荒らすモンスター。

そのモンスターの丸い形はポムそっくりだった。色が緑や、毒々しい紫な色なことを除けば。

「あれは『腐ポム』。または別名『ボム』です。ポムそっくりですが、とても食い意地の張ったモンスターです」

「そ、そうなの……」

確かに目の前で残飯を荒らすモンスターからは、とてもポムの可愛さは欠片も感じられなかった。

「追い払う――って、まだ剣を返してもらってない」

さすがに聖剣を呼ぶほどではないと思い、コウルは魔力弾を軽めに撃つ。

「ボムー!?」

「ボムー!」

腐ポムの群れは慌てふためくように、逃げ惑う。

しかし、わりとしつこく、逃げてはまた食料を漁りに戻ろうとする。

「倒した方がいいのかな? 逃げても戻ってくるよ」

「それはそれで問題が……」

エイリーンが指さした方向。町の男が剣で腐ポムを一斬りする。すると――。

「ボムー!」

腐ポムは、別名ボムのとおり、その場で軽くだが爆発した。

「うわっ!?」

爆発した一帯に腐ポムと同じ色の液体が飛び散る。

「これです……。腐ポムはやられると爆発し、液体をまき散らすのです……」

「うわあ……」

コウルは怯んだ。

腐ポムが液体を出したのが、すっかり忘れていた血を思い出させたのもあるが――。

「くさい……」

腐ポムの残した液体がすごく臭かったのだ。

「腐ポムの液体は、食べたものが混じり合ったものと聞きます……。なにを食べたらこんな臭いに……」

二人は腐ポムを追い払いながら、鼻が曲がりそうなのを堪えるのだった。

「ふう……」

数分後、腐ポム騒動は何とか収まった。

「すまねえな。昨日の今日に、モンスター退治の英雄に」

「いえ」

「それで、もう海を渡るのか?」

「いえ、まずはマントを返しにいかないと」

二人は腐ポムの臭いから逃げるように、マントを持ち山の方へ走る。



「おかえりなさいー。無事で何より。マントは無事ですかな?」

山の洞窟でそのまま待っていたアキナインは、すぐさま二人からマントを取りチェックする。

「うん傷はないね。なんかすごい臭いがついてる気もするけど」

二人はギクッとなる。腐ポム騒動の残り香がついていたのだろうかと。

「まあ、他は問題なし。剣は返すよ」

「あ、ありがとうございます」

コウルが剣を受け取る。するとすぐに、アキナインは別のものを取り出し見せる。

「ところで、この『究極臭い取り』。今なら安くしておくよ。いかがかな?」

コウルとエイリーンは顔を見合わすと、自分の服の臭いを嗅いだ。まだ少し臭い気もした二人は――。

「買います……」

その場でそれを買い、自分たちに吹きかける。確かに臭いは消えたようだった。

「これ、あとどれくらいあります?」

「うん? まだたくさんあるけど?」

コウルはアキナインから『究極臭い取り』を大量に買い込むと町に戻ることにした。



「いやあ、まさかモンスター退治の英雄から、こんなものまでもらえるとはね」

町人たちが礼を言う。腐ポムの臭いで悩んでいた町に『究極臭い取り』はなんと売れた。

コウル達は配るつもりだったのだが、その効果抜群さを知るや、町人が金を払ってくれたのだった。

「これが転売か……」

「え?」

「いや、何でもないよ」

コウルの呟きは風に乗って消えた。



「さて、じゃあ――」

「ええ。やっと海を越えれますね」

二人は海岸に立つと、いよいよとエイリーンは翼を広げた。

「いきます!」

コウルを抱えエイリーンは飛び立つ。塔のある大陸へ向けて。

「もうあとは、塔に向かうだけ?」

「特に何もなければですが」

コウルは、それはフラグなのではと思ったが、エイリーンがわからないと思い胸にしまう。

そして大陸を渡り、塔の前に付いたが――。

「これ、入れる?」

神の塔には着いた。だがその周りはまたも風、竜巻が覆っていた。

「風除けのマント、まだ必要でしたね……」

「どうだろう……。嵐と違って、入る隙間もないよ」

二人は途方に暮れる。

「エイリーンの魔力でどうにかならない?」

「いえ……。この竜巻は邪神級の魔力です。わたしでは難しいと思います……」

「そう? なら一つだけ試していい?」

コウルはそう言うと女神聖剣を呼び出す。

「はあああっ!」

魔力を込めた聖剣の一撃。聖剣の光が竜巻を包む。竜巻は――。

「ダメです。消えてません」

「そうかー……」

コウルはふらついて尻餅をつく。

「だ、大丈夫ですか、コウル」

「う~ん……。出せる魔力を全て込めたんだけどな……」

コウルはエイリーンに支えられ立ち上がる。

「無茶はいけません。全魔力なんて。死んだらどうするんですか!」

「し、死なない程度にしてるよ」

エイリーンに怒られ、たじたじなコウル。

「で、でも本当にどうする?」

「あ、そうですね。一体どうすれば……」

考える二人。その上から、竜巻に吹き飛ばされるように紙が一枚落ちてくる。

「これは――」

『エイリーン。コウル。よく来たわね。この塔に入りたいなら、かつての邪神様を封じたといわれる四つの神具が必要よ。あなたたちに見つけられるかしら?』

「これって……」

「はい、エルドリーンからの手紙のようです。かつての邪神を封じた四つの神具ですか……」

「わかる?」

エイリーンはもちろんと頷く。

「はい。今の邪神エンデナール。その前の邪神は、非道極まりなかったため、英雄に封印されたとの伝説があります。その武具のことなら……」

「手紙のとおりならそれを集めればいいんだね」

「ええ。でも信じるんですか?」

コウルは頷いた。

「他にこの竜巻を突破する方法はないんだ。嘘でも罠でもこれを信じるしかないよ」

「そうですね……では」

「四つの神具を集めに――」

「出発です!」

二人は手を掲げ宣言するのだった。
「で、さっそくかついつものことだけど……」

「?」

「どこから行くの?」

エイリーンは自信満々に言う。

「今回は行くべき場所はわかっています。神具は東西南北それぞれの大陸に封印されていると聞いています。コウルの思う方角から行けばいいと思いますよ」

「東西南北かあ……」

コウルは考える。別にどこから行っても問題はないのだが。

「そうだ」

コウルは適当な棒を拾うと、まっすぐに立てる。そして棒はこけた。

「よし、あっちだ」

「いいんですか。そんな決め方で」

「い、いいの! 道に迷ったらこれが一番!」

「あちらは……西の大陸ですね」

二人はさっそく、塔から離れ西へ向かう。

その様子を遥か高みからエルドリーンが見ていた。



二人は西の大陸に着く。そこは――。

「寒い!」

二人は広大な砂漠にいた。昼の砂漠は暑いが、この世界は常時暗い。闇の太陽は暑さではなく寒さを振り下ろす。

「夜の砂漠は寒いっていうけど、この世界、常時夜のようなものじゃないか……」

「そうですね。……そうです!」

エイリーンは少し恥ずかしそうにした後、突然コウルに引っ付いた。

「エ、エイリーン!?」

「その……くっつけばあったかいでしょう?」

「そ、そうだけど……」

そう言いながらも、コウルは自ら身を寄せた。

マントに包まれた二人は寒い砂漠でも暖かく感じた。



二人はひとつの洞窟に入る。

エイリーンが言うには、その洞窟に神具が封印されているとのことだった。

「砂漠で洞窟かあ」

「なにか心当たりが?」

「いや、罠が多そうだなって」

フィクションで、砂漠の洞窟といえば罠が多いのがコウルのイメージだった。

「では、気を付けていかないといけませんね」

「うん」

そう言って二人で歩き出した時だった。二人して足元の何かを踏んだ。

「え?」

「さっそく何か踏んじゃいましたね……」

二人の進行方向の道と来た方向の道が閉まる。

「閉じ込められた!?」

「コウル、砂が!」

閉じられた部屋に砂が降り積もる。

「こ、こういう場所は罠を解除する仕掛けがあるはず!」

二人で壁や床を調べる。しかし何も見つからない。

「こうなったら!」

コウルは女神聖剣を呼びよせる。

「コウル、こんな所では……!」

「大丈夫。手加減するから!」

軽めに、しかし魔力を込め、コウルは聖剣を叩きつけた。

閉じた壁が崩れ、道が開ける。

「よし、行こう!」

壁を抜け、洞窟の奥へ進む二人。

だが、ことあるごとに罠を踏んだり、押したりしてなかなか先に進めない。

「もしかしなくても、全部の罠にかかってない……?」

「そうかもしれませんね……」

二人はボロボロになりながらも奥に進む。そしておそらく一番奥。そこには剣が飾られていた。

「ありました!」

「待って、また罠があるかもしれないよ」

「そ、そうですね。慎重にいきましょう」

二人でそっと警戒しながら近づく。罠らしき反応はない。

「剣の前までは来れましたね」

「絶対、取ったら罠が作動するタイプだ……」

しかし取りに来た以上は取るしかない。コウルはそっと剣に手を伸ばす。

すると二人の周りを光が包み、剣の台座と一緒に床がせり上がった。

「うわわ……?」

二人と剣を乗せせり上がった床は、吹き抜けの天井を抜け外に出る。

「これは……」

コウルとエイリーンは周りを見渡す。

二人を乗せた足場は、洞窟を貫き塔のようになっている。

すると声が響いた。

『汝ら、我を望むか』

「声、どこから?」

「これは……封印されし神具の意思?」

「神具の意思?」

神具の意思は語る。

『汝、我を望むならば力を示せ』

声が静まると、飾ってあった剣がひとりでに動き出し、二人に迫る。

「危ないっ!」

コウルはとっさに剣を抜くと、飛んできた神具の剣を弾く。

だが、剣は構わずに、引き寄せられるように、また二人に向かってくる。

「ただ、弾くだけじゃダメか。どうする……?」

「わたしが」

エイリーンが魔力を集中し、向かってくる剣に向ける。

凝縮した魔力が、剣を抑えつけるように動きを封じた。

「これなら……?」

だが剣は暴れるように、動こうとする。

「エイリーン、そのまま抑えていて!」

コウルは抑えられている剣に近づくと、その剣を握った。

「はああっ!」

抑えられている剣を、コウルはさらに自分の魔力で抑えつけ握る。

しばらく暴れていた剣も少しずつ大人しくなり、コウルの手に収まった。

「これで……?」

『よろしい。汝を我が主と認めよう』

その声と共に、せり上がっていた洞窟の床は降り、二人は洞窟へ戻っていく。

「無事に神具の剣が手に入りましたね!」

「うん、まあ。ここから帰るのが大変そうだけど……」

コウルは来る時の道のりを思い出しため息をつく。

「上、開いてますから飛んでいけるのでは?」

「あっ」

最初から飛んで、こっちを見つければよかったと、二人は息を吐くのだった。



「この後はどちらに行きましょうか?」

「順当に行くなら、次は北か南だね」

コウルはコインを取り出すと――。

「表が出たら北、裏が出たら南!」

そう言ってコインを投げた。

コインが指したのは……。

「表。北へ行こう!」

二人は北の大陸へ向け飛び立とうとする。だがその時、地面が揺れた。

「これは――?」

「飛んで抜けたから罰が当たったとか――?」

だが、それは関係なかった。

砂漠から巨大なモンスターが出現したのである。

「で、でかい!」

「砂漠に住むといわれる大型モンスター『サンドゴクン』! 大口で飲み込んくるモンスターです。逃げましょう!」

エイリーンはコウルを抱えると一気に飛び立とうとする。だが、サンドゴクンは大きく息を吸い込んだ。

「エイリーン、吸い込まれる!」

「この吸い込みの勢い……並みじゃありません!」

エイリーンは必死に飛び立とうとするが、どんどん吸い込まれていく。そして――。

「うわあっ!」

「ああっ!」

二人はサンドゴクンに飲み込まれてしまうのだった。
「う、う~ん」

「コ、コウル?」

サンドゴクンに飲まれたコウルとエイリーン。目が覚めた場所は――。

「ここは……そうかあのモンスターに喰われて」

「すいません。わたしが力不足なせいで……」

コウルは首を横に振る。

「そんな、エイリーンのせいじゃないよ。とにかく今はどう出ようか考えよう?」

コウルはエイリーンを慰めると、さっそく出る方法を考えるが――。

(出るなら口からがいいな。尻から出るのは嫌だなあ……)

余計なことも考えていた。

「コウル?」

「い、いや、どう出ようかなと思って?」

エイリーンは考える。

「鼻の方へ向かって、くすぐるのはどうでしょう?」

「くしゃみで出るの?」

「はい。一番無難ではないですか?」

「うん、そうだね」

コウルはほっとした。尻から出ようと言われたらどうしようかと思ったからだ。

「ただ……どこから出るにしろ、砂の中になるのは覚悟するべきですね。サンドゴクンは基本砂の中にいるモンスターですから」

「それは……仕方ないね」

コウルは周りを見て改めて感じた。たしかに体内だというのに砂が多い。

「とりあえず行こうか」

「はい」

二人は体内を歩き出す。だが数歩歩いてコウルは気づいた。

「鼻ってどっち?」

「あ……」

さっそく二人は立ち止まる。適当に行ってそこが尻だったら、目も当てられない。

「そ、そうです。こんな時こそ!」

エイリーンは、砂に混じって落ちていた枝を拾うと、以前コウルがやったように、枝を立てる。そして枝は倒れた。

「あっちです」

「エイリーンも人のこと言えないじゃないか」

コウルは苦笑いしながら言った。

「女神見習いの力を甘くみないでください。こっちで間違いありません」

エイリーンがそう言ったすぐ後だった。

サンドゴクンが息を大きく吸ったのか、体内に風が吹く。

その吹いてくる方向は確かに、枝が倒れた方向であった。

「ほら!」

「ええ……」

コウルは唖然とするしかない。

しかし、風が吹いたのは事実。二人はその方向に歩き出す。しかし――。

「グゴゴ……」

「モンスターの中にモンスター!?」

モンスターの体内であるはずの場所にまたモンスターがいた。

「きっと、サンドゴクンが他のモンスターも飲み込んでいたんです」

「飲まれたもの同士だけど、襲ってくるのなら!」

コウルは剣を抜く。試してみたいこともあった。それは――。

「二刀流だ!」

前から使っているサファイアミスリルの剣と、神具の剣による二刀流。これをコウルはやりたかった。

コウルの斬撃がモンスターを蹴散らす。が、いまいちバランスが安定しない。

その隙を付かれ、モンスターの攻撃がコウルをかすめる。

「っ……。このっ!」

最後の一匹を斬り倒し、コウルは剣をしまった。

「いてて、いきなり慣れないことはするものじゃないね」

「手としては悪くないと思いますが、練習ですよコウル」

治療しながらエイリーンが言う。

「そうだね。治療ありがとう。さあ、行こうか」

二人で改めてサンドゴクンの鼻を目指す。その後も喰われてきたモンスターと戦いながら。

そして――。

「ここがおそらく鼻です。ですが……」

二人は周りを見る。鼻の穴らしきものが見当たらない。

「行き止まりだね。鼻じゃないのかな?」

「ここで間違いないはずですが……」

その時だった。二人の目の前で大穴が開く。

「これだ、今のうちに――!?」

コウルがエイリーンの手を引き、外に出ようとした時だった。

暴風が二人を体内に引き戻す。

「そ、そうか。息を吸い込んでいるから……」

「ですが、それなら」

二人はなるべく吸い込まれないように堪える。そして少しすると逆に息が吐きだされる。

二人はその息の勢いに乗るように、外、いや砂に放り出された。

「あいたっ」

「きゃっ」

二人は砂の中に突っ込む。

「コ、コウル。今のうちになるべくサンドゴクンから離れましょう」

二人は、サンドゴクンから離れるように走る。そのまま柱の陰に隠れた。

しばらく隠れているとサンドゴクンはまた砂の中に潜っていく。

「……行ったみたいだね」

「はい」

コウルは柱に寄りかかり座った。

「ふう。一時はどうなるかと思ったよ」

「ですが、ここはどこでしょう?」

二人が吐き出されたのは、神具があった場所とはまた違う洞窟の中のようだった。

「洞窟……遺跡にも見えるね。ここにも何か置いてあるのかな?」

「神具以外に珍しいものはないはずですが……」

二人はせっかくなので周りを探してみる。すると奥に何かが見えた。

「これは……」

「宝石……のようですね」

二人の目の前にあるのは黄金色の宝玉。

いかにも高級感があるが二人はそれがなんなのかはわからない。

「せっかくだし、持っていく?」

「えっ、いいんでしょうか?」

コウルはとりあえずと、宝玉を荷物にしまう。すると周りが揺れ始めた。

「あー……やっぱり、取ったら作動する罠?」

「に、逃げましょう」

二人で洞窟を走る。そしてなんとか外に出た。

「はあはあ、罠にかかったり、喰われたり、大変だね今日は」

「宝玉は……置いて来れば問題なかったのでは……」

二人で息を切らしながら苦笑いした。

そのまま二人は、またサンドゴクンに喰われないように、海辺へと向かい、そこで一休みする。

「神具は残り三つ。このままのペースで早く手に入るといいね」

「何事も起きなければなおいいんですけど……」

二人は眠りに落ちる。また次の日、何か起きることを感じながら……。
二人は朝早く目覚めると、さっそく北の大陸に向け飛び立つ。

「砂漠も寒かったけど、ますます寒くなってない?」

「北の大陸ですから。ほら氷の大地が見えます」

二人の前に見えるのはいかにも凍えそうな氷の大地。

「よし、ついた。っ!?」

コウルはエイリーンから降りた瞬間、足を滑らせこける。

「だ、大丈夫ですか?」

「う、うん……」

足元も滑る氷の大地。

二人はそこで、早速、神具を探すため動き出す。

「砂漠の時みたいに、また洞窟にあるの?」

「そのはずです」

二人は氷の大地を歩き続ける。

時にはモンスターと戦い、時にはなにもなくただ歩くだけで一日が終わる。

そんなことの繰り返しだった。

そしてはや数日……。

「全然、それらしき洞窟ないね……」

「大陸は広いですから、まだまだ先がありますよ」

しかしそれからさらに数日。洞窟はあったりしたが、無関係な普通の洞窟しかない。

町もなく、二人の食料もかなり減ってきていた。

「食料がなくなる前に見つけないとね」

「いざとなったら、モンスターを食べます?」

コウルは以前、ジンがモンスターを器用に捌き肉にしたのを思い出す。

「僕、モンスターを捌ききる自信がないなあ……」

「魚を捌くのと同じですよ。たぶん」

だが、コウルはなるべく、食べ物は町で買いたいと思った。

それからさらに数日間のこと。二人はついに町を見つける。

「ま、町だ」

「よかったですね、コウル。これなら食べ物も情報も手に入るはずです」

町に入る。そこは以前の町と比べると、なかなか人が多く活気があった。

二人は食料を確保する傍ら、神具がある洞窟の情報を探るが……。

「神具のある洞窟? う~ん。知らないなあ」

「神具? なにそれ」

特に情報が聞けなかった。

「全然情報ないね」

「おかしいですね。これくらいの町ならひとつくらい情報がありそうなのですが……。あっ」

エイリーンは一人の老人を見つけると、声をかける。

「おじいさま。わたしたち、神具のある洞窟を探しているのですが、何か知りませんか?」

老人はゆっくり振り向く。

「神具? ああ、知っとるよ」

「えっ、どこでしょうか?」

老人は真下を指差す。

「?」

二人は首をかしげた。

「この大陸の海中にはのう、この町の地下に繋がる洞窟があるといわれてのう。神具とやらはそこにあるとワシのじいさまから聞いたことがあるよ」

「ありがとうございます。おじいさま」

二人は礼を言うと、とりあえず宿を取ることにする。

「海中……かあ」

「盲点でしたね」

二人は考える。

「海中って、こんな寒い所で海に入るの?」

「どれくらいの長さにもよりますが、息も持つかわかりませんね……」

そんな時だった。先ほどの老人の声がする。

「おーい。お嬢ちゃんたち」

「おじいさま。どうかしましたか?」

老人は後ろに荷物を抱えている。

「これをあげようと思っての」

荷物な中には二人分の潜水服が入っていた。

「ワシの若い頃、亡きばあさまと使っておった服じゃ」

「いいんですか?」

「構わんよ。昔、漁で使ってた服だから、少し傷が付いとるかもしれんがの」

「あ、ありがとうございます」

二人はまた礼を言うと、支度するために宿に戻る。

「ほっほっほ。少年少女、ワシらの若い頃にそっくりじゃったわい」

老人は笑いながら家に帰っていくのだった。

次の日、早速二人は、一番近い海辺にいた。もらった潜水服を着て。

「さすがに、陸上だと動きにくいね」

「さあ、入りましょう」

海に潜る。潜水服のおかげで、海中も冷たくない。

「町の地下なら、あっちかな?」

「はい、行ってみましょう」

泳ぎながら、海中洞窟を探す二人。

そこに魚のモンスターが迫る。

「剣がうまく振れない……!」

海中、それに加え潜水服を着てるため、コウルは剣をうまく振ることが出来ない。

「わたしが!」

エイリーンが魔力弾を放つ。魚のモンスターはそれに当たり沈んでいく。

「さあ、行きましょう」

「うん」

しばらく泳ぎ続けると、そこには確かに洞窟があった。

「ここだね」

「おそらくは」

二人は泳ぎながら洞窟に入っていく。その後ろに別の人影が付いていっているのに気づかず。

「迷路みたいに入り組んでるね」

「ですが、町の方角ならおそらくこっちです」

エイリーンの進む方に、コウルは付いていく。

いくつかの道を抜け、水がない場所に出た。

「あっ、見てください、コウル」

水から出た二人の前には、台座があり、そこには兜がかざってある。

「これが、神具の兜……」

コウルが近づこうとした時だった。

「コウル、危ない!」

エイリーンが咄嗟に、コウルに飛び付いた。

二人のいた場所を弾がすり抜ける。

「魔力弾……!」

「誰だ!」

二人が振り向くとそこには……。

「ほっほっほっ。惜しかったのう」

潜水服をくれた老人がいた。

「おじいさま!? どうして……」

「エイリーン。ここにいて、しかも魔力弾を飛ばしてきた。これはーー」

「そう。悪いがお主らを利用させてもらった」

老人は笑顔を崩さずに言う。

「なぜ……?」

「なぜ……とは。もちろんその神具のためじゃ。ワシはな、若い頃からこの地を訪れ、亡きばあさまと一緒に神具を探しておった。じゃが情報はあれど、まったく神具にはたどり着けんかった」

「……」

「そして今、ワシの前に神具を探す少年少女がきた。ワシは何故か直感した。この者たちならワシを神具へ導いてくれるとな」

「じゃあ、なぜ、こちらに攻撃を!」

「導いてくれたのは感謝しておる。だが同時に悔しくなった。ワシはばあさまを失い神具にもたどり着けんかった。なのに貴様らは普通に今日だけであっさりたどり着きおった。まるで神の導きでもあるかのように」

(まあ、女神見習いがいるから……)

(コウル。それを言ってはダメです)

老人は笑顔を閉ざし、憎しみの目を向ける。

「じゃから! ワシはお主らを消し、神具を頂くことにしたのじゃ!」

老人は槍を構えると、二人に迫る。

「くっ!」

コウルはやむを得ず剣を抜いた。

「おじいさま、やめてください!」

エイリーンの必死の呼び掛けを、老人は気にもとめず槍を振るう。

「速い……!」

とても老人とは思えないほどの速度の槍をコウルは防ぐ。

「おじいさま……。っ!」

覚悟を決め、エイリーンもコウルを援護しようと、魔力弾を放つ。

「無駄じゃ!」

老人はすぐさま距離をとると、自身も魔力弾を放ち相殺する。

「ワシは昔は名の知れた冒険者だったのじゃよ!」

槍が再びコウルに迫る。

「おじいさん……ごめんなさい!」

コウルは女神聖剣を呼んだ。

「な、なに!?」

聖剣の光に老人が怯む。その一瞬で十分だった。

コウルと聖剣が老人を切り裂いた。



「おじいさま……」

「ふふ、嬢ちゃん。悲しむ必要はない。ワシは所詮、欲と憎しみに溺れた、情けないジジイじゃ……」

「そんなこと……」

エイリーンは横に首を振った。

すると、コウルが横から兜を持ってくる。

「おじいさん……。これが神具の兜です」

老人は驚きながらも、兜をじっくりと触った。

「ありがとう。少年……」

そういって、老人は消えていった。

「……」

「……エイリーン」

「大丈夫です、コウル。ただ……」

「ただ?」

「女神の導きが人を苦しめるなんて思ってなかったから……」

エイリーンは涙する。コウルはそれをそっと抱き締めるのだった。



「いろいろあったけどとりあえず……」

「神具の兜を手に入れましたね」

町に戻った二人は心を切り替える。

「次ぎは順番的に東の大陸ですか?」

「そうだね、行こうか」

二人は次の大陸に向け、飛び立つのであった。