邪神界エンデナール上空。

「うわああっ!?」

「コウル、手を!」

女神界エイナールから飛んだ二人は、邪神界上空に出現していた。

落ちるコウルをエイリーンが何とか手を取る。

「あ、ありがとう」

「いえ、まさかこんな上空に出るとは思ってませんでした」

ゆっくり着地しながらコウルは聞いた。

「直接、こっち側の本拠地につくわけじゃないの?」

「普段でしたら、こちらの神の塔に行くはずですが……エルドリーンが妨害したのかもしれません」

二人は辺りを見回す。何もない。

「また荒野かあ……」

コウルがエイナールで最初に出会った地の荒野。今いる場所はそこによく似ていた。ただーー。

「空が暗い……」

雲が出ている訳でも夜でもない。その空はただ妖しく暗い光の空だった。

二人はとりあえず町を探し歩く。その道中、モンスターの轟きが響く。

「モンスター!」

コウルは剣を抜き、モンスターに斬りかかる。

モンスター退治も慣れたもの。そう思っていた。

「グオオッ!」

「なにっ!?」

モンスターは器用にコウルの剣をかわすと、武器を振るう。

コウルもギリギリ、その攻撃をかわした。

「コウル、邪神界の魔物は闇の魔力によって強化されています。油断しないでください」

「先に言って!」

コウルは魔力を集中し直し、モンスターに斬りかかる。素早い一撃は、今度こそモンスターを捉え、切り裂いた。

「ふう……」

コウルが一息つく。するとエイリーンが言った。

「こちらの世界で町を探すのは難しいかもしれませんね」

「どうして?」

「モンスターが強いからです。こちらの世界にも普通の人がいるのは間違いありませんが、この強さでは………」

「じゃあどうする?」

「仕方ありませんが、直接、塔を目指しましょう」

二人はやむを得ず、神の塔を目指し歩き始めるのだった。



荒野を抜けると、森か、草原に繋がる道に出る。

「草原のほうがまだマシかな?」

「ですが、神の塔に向かうには森を抜けたほうが早いですね」

「そうなの?」

エイリーンが頷いたため、二人は森を抜けることにする。

その近くの寂れ倒れた看板に『危険 魔の森』と書かれていたのに気づかずに。

「暗いけど、意外となんとかなるね」

二人は森を進んでいく。最初の方は順調だった。しかしーー。

「コウル、ふらついてませんか?」

「エイリーンこそ。……あれ?」

二人とも目が虚ろで、視界が定まらなくなる。そしてその場で倒れてしまった。

「エ、エイリーン……」

「コウル……」

ふたりの意識はそこで途絶えた。



「う、うーん?」

コウルが目を覚ます。そこは小さな小屋の中のようだった。

「ここは……?」

「おや、気がついたかい」

そこにいたのは、いかにも怪しげな雰囲気を醸し出す老婆。

「あなたは……?」

少し警戒し、剣に手をかけようとして気づく。剣がない。

「おやおや、そんなに警戒しなくてもよかろう。剣はそこに置いておる」

コウルの少し先の壁には、きちんと剣が立て掛けてあった。

「あ、ありがとうございます」

「その剣、ただの剣じゃないよ。大切に扱いな」

「え?」

コウルは剣を見る。

ジンから譲り受けた剣。青く輝く刀身はたしかにとてもお古だとは思えない。

女神聖剣と比べても見劣りはしないが……。

「……そうだ! エイリーン!」

「ん?」

コウルは小屋を見回すが、エイリーンの姿は見当たらない。

「僕と一緒に女の子が倒れていませんでしたか!?」

慌てるコウルに老婆は言った。

「わしが見つけたのはお主だけじゃよ」

「そんな……!」

倒れた時には一緒にいた。ならいつはぐれたのか。

考えるコウルに老婆は非情にも突き付けた。

「この森はモンスターも多いからねえ。もしかしたらすでに……」

「やめてください!」

コウルは立ち上がると外に出ようとする。しかし足がまだふらついてこけた。

「しばらくおとなしくするんだね。あんた、この森の毒気にやられたんだ。立てるだけすごいもんさ」

「でも……!」

それでもコウルは立ち上がり扉に手を伸ばす。

それを見た老婆は小さな小瓶を取り出すと、コウルに向かって投げた。

「それを飲みな」

「これは?」

「この毒気に対する特効薬だよ。副作用が大きいんであまり勧めないがね」

確かに、とコウルは小瓶を見て思う。小瓶の中身はどうみてもこっちが毒のような色をしている。

だがコウルはそれを一気に飲み干す。苦々しい味が口中に広がるが吐かずになんとか飲み終える。

「ありがとう、おばあさん」

「礼はいらんよ。この森のモンスターなら『リフレージュ』が怪しいね」

「『リフレージュ』ですね。わかりました!」

コウルはそれを聞き飛び出した。

老婆が怪しい笑いをしているのに気付かずに。



「すごい、身体が軽い。副作用があるなんて嘘みたいだ!」

コウルは軽い身体でモンスターを蹴散らしながら、エイリーンを探す。

そして、一匹の巨大な木のモンスターに遭遇する。

「こいつがリフレージュ?」

巨大な木のモンスターは、コウルに反応し枝を伸ばす。

コウルは枝による攻撃をかわすと、そのまま枝を切り落とす。そのままの勢いでリフレージュを斬る。

「――!」

傷ついたリフレージュは、逃げるように森の奥へ消えていく。

「待っ――!?」

(コウル、ダメです。その木はモンスターではありません)

コウルの頭にエイリーンの声が響く。

「エイリーン!? ど、どこ?」

(コウル……あの老婆を信用しては……いけま……)

エイリーンの声が小さくなっていく。

それに加え、コウルはひとつ感じたことがあった。

(リフレージュを追い払ってから、この辺りの毒気が強くなっている?)

エイリーンの言葉、毒気の強まり、それらから導き出される答えは。

(エイリーンが危ない!)

コウルは飛ぶ勢いで小屋に戻ろうと走る。

「エイリーン!」

小屋の扉を勢いよく開ける。中にはエイリーンも、老婆もいない。

「一体どこに……」

机、棚、怪しそうな場所を調べる。そして――。

「この下か!」

絨毯をめくる。そこにはいかにもな入り口があった。



地下室。そこの壁にエイリーンは繋がれていた。

「うう……コウル……」

「無駄だよ。あの小僧ならしばらく帰ってこないさ。帰ってきたとしても――」

上で大きな音。コウルが扉を開く音がする。

「早いねえ、まさかもうリフレージュを?」

落ち着いている老婆。その前にコウルが降りてくる。

「エイリーン!」

「早かったねえ」

コウルは老婆を睨み付け、剣を抜く。

「エイリーンを離せ」

「怖い顔だねえ。だけどお断りするよ。この娘はわしが若返るための生贄さ」

「離さないというなら――!」

コウルが剣を振り上げた……ところで、急に力が抜けたように崩れ落ちる。

「な…なんで……」

「いいタイミングででてきたねえ」

老婆はニヤニヤと笑った。

「あの薬は特効薬なんかじゃないよ。ただちょっと毒気を抑えるだけさ。そして効果が切れるころには毒をたっぷり吸っている。するとどうなるかねえ?」

「毒気が……一気に……?」

「そうさ、あんたはもう動けない!」

老婆の言う通り、コウルは完全に倒れ意識が失われようとしていた。

(エイリーン……。かっこ悪いところ毎回見せてるよね……ごめん)

(大丈夫です、コウル。聖剣を。聖剣を呼んでください)

コウルとエイリーン。二人の心の声が通じ合う。

それに導かれるように、コウルは力を振り絞り呼んだ。

「エイ……リーン」

光が広がり、エイリーンからコウルに聖剣が届く。

聖剣の光に包まれ、聖なる魔力によってコウルの身体が浄化されていく。

「な、なんだい、この光は!?」

さすがの老婆も想定外の事態に驚き始める。

「これが……僕とエイリーンの……あ、愛の力だ!」

照れくさいことを言いながら、コウルは立ち上がる。

「なにが、愛の力だい。こっちにはまだ娘が――」

一瞬だった。聖剣の魔力でコウルは跳躍していた。

壁に繋がれているエイリーンの鎖を斬ると、すぐさま老婆に剣を向けた。

「今度こそ……終わりです」

コウルの聖剣の一撃が老婆に叩きつけられる。

「わ、わしの若さが……永遠の命が……」

老婆はそう言い残して消えていくのであった。



「ごめん、エイリーン。すぐに気づかなくて」

「いいのですよ。こうやって助けてくれたのですから」

「でも……おばあさんに騙されたりしたし……」

コウルは落ち込む。彼は元の世界でもよく騙されていた。

しかしエイリーンはほほ笑みながら言う。

「でも、その純真さがコウルです。その……私の好きなコウル」

エイリーンは真っ赤になり、釣られてコウルも赤くなる。

二人の邪神界での冒険と、恋はまだまだ始まったばかりであった。