――はっきり言って、面倒くさい。
 どうして、忘れなかったのだろう?

 このまま忘れてたことにして、帰ってしまおうかと昇降口まで降りたとき、あの梅野に呼び止められた。

 佐々木センセーが、罰当番サボるなって、相葉見掛けたら言っとけって、じゃ、僕は帰るから頑張ってよと、まったく心のこもっていないエールを、梅野はオレに投げかけた。

 鼻唄混じりで去って行くやつの姿は、前日の理科室での一件を、オレに思い出させる。

 芋蔓式に前日の嫌な出来事が、頭をズンドコ行進していった。
 
 オレは溜め息をついた後、すぐ後悔した。
 その行為が、幸せを逃がすと囁かれていることが、脳裏に過ぎったからだ。
 
 いやいや図書室に向かうオレに、残暑特有の湿った空気が、さらに追い打ちを掛けて来た。

***
 
 その日も渡辺明日奈は、図書室の窓から外を眺めていた。

 なにをそんな真剣に見てるんだ?
 不思議に思っていると、渡辺がオレの気配に気が付いた。
 
「遅い!」
「……おまえだって外眺めて、さぼってんじゃんか!」
 
 ……う、みっともない言い訳が、口を突いてしまった。
 
 オレが軽く反省しながら、渡辺が座っている向かいの席を引いたとき、バツが悪そうに困惑した彼女の顔が、視界に入った。

 そんな顔もするのかと、オレは軽く驚いていた。
 それを気取られないように、オレはすかさず質問した。
 
「で、今日はオレ、なにをすればいいわけ?」
 
「今日は、昨日やった色分け表を見て、ラベルを作って欲しいの」
 
 渡辺は、すぐに普段通りに戻った。

「ラベル?」
 
「ああ、図書室の本の表に、分類ラベルが貼ってあるでしょ? それよ」
 
「あれか」
 
「じゃあ、よろしくね」
 
「え……おまえは?」
 
「私は他にも仕事があるんです! 相葉君みたいに、暇じゃないの!」

 相変わらずの、人を見下した渡辺の態度に、イラッと来た。

「オレだって、暇じゃないよ!」
「暇でしょ? もう下校するだけなんでしょ?」

 渡辺は、胡散臭そうに目を細めた。

「……バイト始めたから」

 とっさに出た言葉がそれだった。もちろんウソだ。

「今日から?」
「ああ」

 細い指先を薄い唇にあてがって、ジッと渡辺はしばらく考え込んでいた。

「もしかして、昨日のこと気にして?」
「は?」

 昨日のこととはなんぞや? とオレは記憶を巡らせた。

「お金をためて、女を買うって話よ」
「えぇぇ!? ……えっと、まあそんなとこ……」

 なにを口走ってるんだオレは。
 うまい答えが見つからず、適当なことが口から出る。
 きっと呆れてるだろうと、渡辺の顔を上目使いでのぞいてみた。

「そんなにしたいんだ。ふーん、まあ頑張れば? でも手伝いはきっちりやってよね! 適当にやってると、佐々木先生に言いつけるわよ!」

 渡辺は、汚い物を見るようにオレをさげすみながら、返却カウンターの方に消えて行った。

 最悪……昨日に続いて、今日までも。
 
 
つづく