「すう……はあ……」

 オレは放課後の図書室のドアの前で、スウッと深呼吸した。今時分、彼女は図書委員の仕事でここにいるはずだ。

 ――緊張する。

 女子を何処かに誘うなんて、初めてだったから。あの奇跡の本の力で、百パーセント断られないと分かっていても、緊張するもんは、緊張する。

 本の契約を、したときのことを思い出す――

***

「あのさ、キミ、自分から彼女を誘う気満々みたいだけど、願いごとの内容上、キミが誘わなくても、彼女から『いつか』は誘われると思うよ?」
 
「え? ……そうなのか?」

 オレはその状況を想像してみた。悪くない……というか、正直嬉しい。女子から何処へ行こうなんて、誘われたことがない人生だった。

 でも――

「『いつか』って、いつだよ?」
「知らないよ、そんなの。キミの願いごとだろ? この中途半端で煮え切らないなところ、実にキミらしい願いごとだ。度胸がないっていうか、フワッとしてるというか……そんなんだから、ど……」

「もう、いいっつうの!」

 こんな猫にまで! なんでここまでいじられないといけないんだ!

 でも、たしかにそうかもしれない。この他力本願というか、いつか待っていれば、幸せが降ってくるんじゃないかという、受け身体質……。

 分かっているけど、自分に自信がない。失敗することが、すごく怖い。ただでさえ惨めな自分が、もっと酷いものに成り果てる気がして。

 なにも起こさなければ、なにも起きないけど、なにも失わないんだ。

 そうやって、今まで生きてきた。

 でも、渡辺と出掛けられることは、奇跡の力で確定している。絶対に失敗することはないんだ。

 それだったらせめて、“待つ”だけでなく、自分で動きたい。

 なにを偉そうにと、自分自身が可笑しくなった。成功が確定してるのに、なにを息巻いているのかと。

 きっと、世の中の“自分から行動できる人間”からみたら、オレはなんとも滑稽に映るだろう。

 情けない、そんなんだからダメなんだと。

 でも、自分に自信がない。勇気が出ない。きっと、やってしまえばどってことないことなのかもしれない。

 行動する“補助輪”が今、オレの目の前にある。そんなものはズルイと、反則だと言われるかもしれない。

 行動できる人間は、それを自分の中に見つけ出し、自らの力で道を切り拓いて行くんだろう。

 出来れば、そんな強い人間に生まれたかったし、努力でなんとか出来たのかもしれない。

 でも、今だけ――今回だけ、その奇跡の力で、背中を押して欲しい。

 その勇気が一瞬でも持てるなら、他になにもいらない。
 今、渡辺を誘える勇気が持てるなら、もうなにもいらないから。


***

 ここまで後押ししてもらって、本当情けない。足が震えてくる。

 百パーセント大丈夫だと言った、白猫の言葉がウソだとしたら?

 だって、ウソじゃない保証なんてないんだ。いまさらだけど、『願いが叶う本』を信じるなんて本当にどうかしてる。

 いつもの自信のない、情けないオレが顔を出す。

 
 ――いや、信じてる。

 ――信じたい!

 きっと渡辺は、オレと一緒に出掛けてくれる。

 オレは意を決して、図書室の扉を開いた。


終わり