「願いを叶えてもらうって、具体的にどうすればいいんだ?」

 オレは自分の願いごとが映っているページと、白猫を見比べた。

「キミの願いの映ったページに、キミの直筆のサインをフルネームで入れてもらう……で、その上に血判を押してもらう」

 え……なんか、怖っ!

 他の願いを叶えた連中も、そんなことしてるのかよと、オレは自分の願いの載ったページ以外を捲くろうとした。

 オレは他のページを捲ってみて驚いた。

 ……。

 白い。

 他のページは真っ白だった。

 これはどういうことだと、無言で白猫を睨み付ける。

「フフッ……。驚いてるね? 他の人間の願いごとを見ることは出来ないよ。プライバシー保護のために!」

 何故か得意げに、白猫は鼻を鳴らした。  

 これじゃ、本当に願いが叶ってるのか、確認も出来ない。

 項垂れるオレを見かねてか、白猫が声を掛けて来た。

「いまさら、ビビんなよ! 大丈夫だから、ワタクシを信じなさい!」

 胡散くさっ……。

 白猫の言うことが確かなら、願いごとは“一生に一度”しか出来ないらしい。よくよく考えれば、それでどうやって契約が履行されると信じられるのだろう?

 前にも叶ったから、今回も叶うかもなんて確認が出来ない。ぶっつけ本番なのだ。

 ――だけどオレはそれでも、いまさら止める気には、もうなれなかった。

 オレの中で渡辺を誘うことは、もう決定事項になりつつあったからだ。

 自信とか、奇跡の力なんか関係なく、ただもう誘いたいんだ。一緒に出掛けたい。

 オレは机の上のペンスタンドから、一本ボールペンを取り出して、願いの映ったページに自分の名前を書いた。

 このサインは、願いを叶えるためのものじゃなく、オレにとっては渡辺を誘って出掛けるという、決意表明みたいなものだったかもしれない。

 続けて歯で右手の親指の先端を軽く噛み、滲んで来た血液ごと、親指をページに押し付けた。

 そうすると、願いごとを映し出していた文字自体が七色に光り出した。

「契約完了だ!」

 白猫は満足そうに、オレを見上げて来た。

 まだ願いも叶ってないのに、オレもなにかを成し遂げた気分になって来た。

「大丈夫! 絶対百パーセント彼女は誘いに乗って来るから! まあ、出掛ける約束は絶対取り付けられるけど……当日、楽しいデートになるかは、キミ次第だよ?」

 ……デートって。

 でも、そう言うことなんだよな? やっぱり。

 改めてそう言われて、胸にむず痒い気持ちが溢れて来る。

「マジか。自信ないんだけど……そこまでは、保証してくれないのかよ?」

「だって、キミの願い中途半端なんだもん。『楽しく過ごしたい』くらい、書いてあればね? それすら書いてないってことは、逆にそれすらも自分の力でなんとかしたいって、本心では思ってるってことなんじゃない?」

「……え?」

「キミ、童貞くせに、本当にプライド高いな!」
「童貞言うな!」

 どうしてたかだか猫に、何度も馬鹿にされなきゃならないんだ! 本当に許さん!

「でもそのプライドの高さ、そのまま行動に移したら、好きな子なんて、あっという間に落とせると思うけどね!」

「……うっ!」

 七色に光っていたページは、本全体を巻き込んで行き、最後には白猫の体を包み込んで行く。

 そして、その光は薄らと消え出した。

 それはこの本と白猫との別れを、確かにオレに感じさせた。

「待って! もう、会えないのか⁉︎」

 白猫はうんときっぱり頷いた。

「もう二度と会うことはない。さっきも言ったけど、願いが叶えられるのは『一生で一度きり』だ。この本と、再度巡り合うことも二度とない」

「……そっか」

 柄にもなく、胸が詰まる。願いを叶えてもらう者と叶える者……それだけの関係だったけど。……それにたった二週間の付き合いだった。それでもオレはこの猫と、ずっと昔からの友人のような気分になっていた。

「あの、文芸部の先輩としても……もう会えないのか?」
「あのときは、キミが資格もないのに、本を手にしようとしたから、慌てて止めただけの仮の姿。あの上級生は文芸部には本当は存在していない、ただの幻だよ」

 白猫は、可愛らしく小首をかしげる。

「キミは偶然だけど本を手に入れて、願いごとをした。どんな形であれ『チャンス』を掴んだ。人生において、チャンスを掴めるか、掴めないか、これは大変重要なことだよ。キミは……」

「……」

「チャンスが目の前にあったって掴む勇気のない人間なんて、沢山いる。キミは勇気を出して、そのチャンスを掴んだこと、誇っていい!」

「……おこぼれの、チャンスだけどな?」

「チャンスはチャンスさ! そんな勇気が出せたんだ、キミならデートも絶対成功させられる! 大丈夫さ!」

 そうオレにエールを送りながら、白猫と願いが叶う本は、オレの前から光と共に姿を消したのだ。


つづく