「は?」

「対価というより、誓約なんだよ。だってそうだろ? 今の恋がダメでも、次に別のいい相手が見つかるかもしれないなんて、保険を掛けるような『恋』が本当の恋って言えるかい?」

「……それは」

「元々その恋のために、すべてを捨ててもいいと思ってる人間にしか、この本は手にできないんだ。みんなその恋に狂おしいほど真剣なんだよ。その相手以外考えられない……それが『本当の恋』だと思わないかい?」

「……」

 たしかに、そうなのかもしれない。オレは図書室の窓から、真剣にグラウンドを見つめてた渡辺のことを、再び思い出した。

「恋の願いごとなら、なんでも叶う『奇跡』を受け取れるんだ。『本当の恋』をしてる人間にしか、その奇跡を手にする資格はないと思うけどね」

「……」

 本当の恋……渡辺は、そんな恋をしていたのに、なんでオレに本を譲ったんだろう? 結局、オレの思考はそこをグルグルする。

「あああ! ……だから、話すの嫌だったんだ。対価のことなんか忘れて、あのバカみたいな願いをとっとと叶えてくれれば、ページは埋まったのに!」

 ハアアッと白猫は落胆の溜め息をついた。

「まあ、仕方ない。……ワタクシはおまえのあの阿呆みたいな願い、結構好きだったんだけども。未来にあるかもしれない『本当の恋』を諦めてまで、叶えるような願いじゃないしな? 今回は、縁がなかったわ……」

「おい、阿呆とかバカとか、本当に失礼だな! 叶えないって言ってないだろ?」


「……は?」

 白猫は面白いくらい目を剥いた。

***

「え? 今、なんつった? え……? おまえ、もしかして、あのバカみたいな願い、対価を払って叶える気か?」

「おい! さっきっから本当に失礼だな! だいたい、おまえはオレに願いごとさせたいんだろ? なんなんだ、おまえのその言い草は!」

 本当に無礼なケダモノだと、オレは白猫を睨んだ。

「まあ、ちょっと待て! 事例はほとんどないけど、ごく稀に、一度願った願いごとの内容が変わることもある。男子、三日会わずして、刮目せよだ。もしかしてこの前の内容から、願いごとが変わってるかもしれない! もう一度、ページを捲ってみてくれ!」

 白猫は慌てて、赤い本をオレに差し出して来た。

 オレは恐る恐る本のページを捲った。
 そこに映し出された内容は――


『渡辺明日奈といつか一緒に、果実園リーベルに行きたい』

 オレと白猫はそのページを覗き込んだ。
 白猫はハアッと、今日何度目かの落胆の溜め息を漏らす。

「変わってないな。おまえ、意外に頑固だな」
「……これ、本当にオレの本心なのか?」
「本心と言うより、ここまで行くとこれがおまえの『本質』なんだろう」

 白猫はううんと腕組みしながら前脚を口元に当て、立ちポーズで思案し出した。

「正直に言わせてもらうと、もしこの『渡辺明日奈』に恋をしていて、両想いになりたいと思ってるなら、そう言う願いになると思うんだ。でも、そうじゃない……」

 白猫がくねっと小首を傾げる。憎たらしいけど、ちょっと可愛い。

「これは、おまえの『想い』がそこまでじゃないってことなのかも。本当にただ彼女と出掛けたいってだけなんだろう。……恋愛感情一歩手前、みたいな?」

「え?」

「正式なルートで本を手に入れたわけじゃないから、願いが生ぬるい。でも、彼女へ恋に近い感情を持っているのはたしか……的なところかな?」

「この場合、どうなるんだ?」

 白猫は腕組みを解いて、オレを真っ直ぐに見つめて来た。

「ワタクシは……もう立派な恋だと思うけどね。ただ……キミの本質がこの『本の奇跡』で、彼女の心をどうにかするのを良しとしていないんじゃないかと思う。プライドなのかなんなのか、キミは『奇跡の力』じゃなくて、自分の力で彼女を振り向かせたいんじゃない?」

「……え?」

 そんな風に考えたこともなかったけど。だいたい、渡辺には別に好きなやつがいるんだ。

 でも、その渡辺の“恋心”を奇跡の力でどうにかしてまで、オレに振り向かせることは……なんか上手く言えないけど、ものすごく嫌だ。激しい嫌悪感が体に走る。

「本の管理者としては、こんなこと言うべきではないのは分かってるけど、……こんなくだらない願い、対価を払ってまで、叶える価値はないと思う。……でも……」

「でも?」

「こんなくだらない願い、これからのキミに訪れるかもしれない『本当の恋』を捨て去ってまで、叶えるとしたら……ステキだね」

 白猫は、憎たらしさと優しさが同居したような顔で微笑んだ。


つづく