【九月二日(火曜日)】
 
 オレが抱いた違和感の正体は、案外早く明らかになった。

「城内さん、サッカー部の高橋先輩と付き合い出したんだって! 高橋先輩って、すごく人気あるんだよ~! イケメンだし、優しいし、スマートだし、ホント羨ましいぃぃぃ!」

 隣の席の石田奈美(いしだなみ)が、後ろの席にプリントを回しながら、テンションを上げている。
 
 そう、昨日の下校時、渡辺明日奈の隣に、城内百花がいなかったのだ。

 城内百花は、高橋先輩とやらと付き合い出したらしい。
 二人は一緒に下校、そしてあぶれた渡辺は、一人で下校……こういうわけだ。

 なんてことはない。

 ただあの時、違和感を抱かせるほど、オレには常に、渡辺明日奈と城内百花がセットに見えていた。

 女同士の馴れ合いとは、男の目にはそう映る。
 オレは自分の席から、遙か後方だと思われる渡辺の席を眺めてみた。
 当然、他のクラスメイトの波で、渡辺が視界に入るはずもなかった。
  
 キンコーン、カンコーンというベルが教室内に響き渡ると同時に、教室の前のドアを勢いよく開けて、英語担当の久保田ババアが入ってきた。

 しぶしぶとクラスメイトが席に着いても、渡辺の姿はオレの位置からは、確認できない。

 担任の佐々木が面倒臭がって、出席番号順の席のまま、一学期頭から席替えしていない。

 出席番号トップのオレと、ラストの渡辺は当然一番遠い席だ。お陰でオレの席から、彼女の存在を確認することは困難なのだ。

 でも出欠に返事はしていたはず。だからいることは確かだ。

 そういえばいいよな、“ワタナベ”って。

 “アイバ”なんて名字のせいで、オレはすんでのところで遅刻記録更新中なのだ。

 朝、オレが教室に滑り込んだころには、ア行の出欠は終っていて、ハ行あたり……なんてことは何度もあった。
 オレが“渡辺”だったら遅刻記録、半分は減ってるよ……多分。

 席が遠くて、渡辺の姿が確認できないことも、“渡辺”って名字がラッキーだってことも、そんな当たり前のことに、オレは今日、初めて気が付いた。

 オレは英語の授業時間、どうして出席番号はアイウエオ順なのか、せめて古きよき時代の、いろは順にしてくれれば、いろはにほへとちりぬるを……なんだっけ?

 ――とにかくそうなれば、ア行は大分後になるのにと、そんなくだらないことを真剣に考えていた。


つづく