ここ最近のオレは、自分で言うのもなんだけど、今までと別人では? と思えるほどだった。

 まず、登校時の遅刻がだいぶ減った。早朝起きることが苦手だったのは、やはりというか、夜遅くまで、なんとなくネットや動画を、目的もなくダラダラ観ていたせいだったようだ。

 そんなに興味もないのに、ついつい寝る前に観てしまう。そう言うことってあるだろう? それがオレの場合は常習化していた。

 だが学校から下校したあと、バイトのシフトを入れたせいで、疲れきり、気が付いたら寝落ちしており、深夜ネットや動画を観る気力がないのだ。

 なんだかブラック企業で働く社会人にでもなった気分だったが、その疲労でぐっすりと眠れはするので、労働と言うのもそんなに悪くないのかもしれない。

 だいたい、こんななんの取り柄もないオレみたいな人間でも必要とされ、金も稼げるのだ。

 実際社会に出たらそんな甘いものじゃないと、鬱陶しい人生の先輩どもに諭されそうだとも思ったが、オレは社会に必要とされることが素直に嬉しかったし、オレみたいな人間でも生きていていいんだと自信が持てた。

 それに働く立場の側の人間も、当たり前だが人間であり、その苦労もほんの少しだけ分かった今となっては、働く大人たちに、優しく出来そうな気がする。

 まあ、実例を挙げるなら担任の佐々木や、口うるさい英語担当の久保田になんかにだ。これからはあんまり煙たがらないで、ちゃんと話を聞いてやろうかなと思う。

 オレは元々、シングルタスクの人間だ。同時に色んなことは出来ないし、考えられない。

 正直、バイトに慣れるまで必死になっていた時期は、他のことが頭から抜けていた。

 あの本の返却期限ギリギリまで、願いごとのことをすっかり忘れていたくらいだ。

 思い出したときは、なんのためにバイトを始めたんだよ! と自分自身に強烈なツッコミを入れたくなった。


***

 ……さて。

 あの赤い本を、棚の奥から引っ張り出して、机の上に慎重に置き息を呑んだ。

 あれ以来、白猫先輩はオレの前には現れなかった。

 まだ、オレの願いごとは叶うのだろうか?

 オレは恐る恐る本の表紙を捲った。再びあの、中表紙の黒と白の猫の挿絵が目に入る。

 初めて本を開いたときのように、挿絵がグニャっと変形したと思ったら、白猫の挿絵が盛り上がって浮かび上がり、本物の白猫の姿に変形した。

 目を瞑っていた白猫はゆっくりと瞳を開ける。

「願いごとをする、決心はついたかい?」


つづく