「……」

 オレはなにも、言えなくなってしまった。重い……。なんだってこんな本、オレに渡したんだ!

 願いを叶えることも、叶えないことも、もうどちらも正しくないような気がして来た。

 どうしたら……どうしたらいいんだろう?

 せめてどうしてこの本を、渡辺がオレに譲ったのか……それが分かったら……。

 分からない。分からないけど、オレが願いを叶えなければ、渡辺の覚悟が無駄になるのは確かだ。

「まだ、貸し出し期限までには時間がある。……もう少し、考えてみなよ。結論を出すのはまだ早い……」

 そう囁く、白猫先輩の声が聞こえたと思ったのに、白猫先輩の姿はオレの部屋から消えていた。

 ――静寂が戻ってくる。さっきまで、白猫先輩とワイのワイのと騒いでたのがウソみたいだ。

 オレの部屋はなんの変哲もない、いつものオレの部屋に戻っていた。

***

「……」

 オレは真っ暗な自室のベッドの中で、あの願いが叶う本のことを、改めて考えていた。

 正直、渡辺が何故本をオレに譲ったのかの答えは、どんなに考えても分からなかったし、彼女に聞いても、本当のことを話してくれる保証はない。

 だいたい、どんな答えだったら、オレは納得出来るのだろう?

 ――それにどうしてオレは、こんなに願いを叶えたくないんだろうか?

 相手が有名な芸能人や、著名人、極端な美人や、すごく可愛いアイドルとかならまだしも、別に渡辺と出掛けるくらい、どってことない。

 ――それなのに。

 石田に言われた、あの言葉が蘇る――

『それが、恋だよ』

 ……だから、違うっての! どいつもこいつも、恋愛脳が!

 ……。

 ……でも、どうしてこんなにオレは、渡辺に対する想いを“恋”と認めたくないんだろう?

 絶世の美女じゃないから? スタイル抜群のお姉さんじゃないから? オレが言うのもなんだけど、渡辺はごく普通の女の子だ。自分のことを棚に上げて、オレはそんな平凡な女に、恋をしていると思いたくないんだろうか?

 ……。 

 新学期の始めに図書室の窓から、外のグラウンドを見つめていた、渡辺の横顔がフッと脳裏に蘇った。

 違う……。それだったら、まだ救われた。

「……っ」

 分かりたくなかった。でも本当は分かってた。渡辺はオレ以外の誰かに“恋”をしてるんだ。

 その恋心は、あの奇跡の本に辿り着くぐらいの強く深いものだ。

 オレが付け入る隙間なんて、微塵もない。

 それが心の何処かで分かってたから、認めたくなかったんだ。オレのこの想いが“本当の恋”だろうが、なんだろうが、彼女に届くことはない。この想いが報われることはない。

 その想いに気が付いた途端、失恋したのだと分かって、オレは胸が張り裂けそうになった。こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだった。


つづく