「……なんか、他に大切なこととか、大切な人とかが急に出来た……とか?」

 白猫先輩はオレの適当な答えに憤慨したようで、勢いよくオレに迫ってきた。
 美しい顔の持ち主ほど、その顔が歪むと、恐ろしさが倍増するのだと感じた。

「馬鹿じゃないのか、キミは! 仮に大切な人、その恋よりも大事な人が出来たんなら、その人のことを本に願えばいいんだ!」
「……恋とは、違うからじゃない?」
「あの年ごろのムスメが、恋以上に大切なことなんて、あるもんか!」

 ……すげー、決めつけ。

 オレはある意味、恋愛至上主義を女子高生に押し付ける、白猫先輩に半ば呆れた。

「……もし仮に、そんなものがあったとしよう。でもそれで、赤の他人のキミに本を渡す理由が分からない」
「お礼……って、言ってたけど?」
「キミ、あつかましいな。見返りに『奇跡』を受け取れるだけのことを、彼女にしてあげたのかい?」

 ……うっ!

 オレはたいして役に立ってなかったであろう、図書委員の手伝いのことを思い出した。たしかに、奇跡の本をお礼として貰えるほどの働きは……まったくしてないな。

「……もしかしてキミ、彼女がキミに気があったから、本を渡したとでも思ってる?」

 ……。

 ……。
 
 ……なっ!

 なんてこと言い出すんだ、コイツ!

「そ、そんなこと、思ってないっての!」
「ハハハ! 分かりやすくキョドッてる!」

 白猫先輩は可笑しそうに、オレを煽り出した。本当にムカつく! そんなこと、全然、まったく、一ミリも思ってないわ!

「……まあ、それも絶対、有り得ないんだけどね」
「え?」

 白猫先輩は形の良い眉をひそめ、急に真顔になって、持っていた本の表紙を愛おしそうに摩った。

「だってもしそうなら、キミと両想いになりたいって、願えばいいだけだ。キミに本を譲る必要はどこにもない――」

「……」

 白猫先輩は本から視線を外し、オレを真っ直ぐ見据えてきた。

「でも彼女はそれをしなかった。彼女の真意はもっと別のところにあるのだろう。たとえば――キミが、三億円の宝くじを当てたとしよう……」

「は?」

 その脈絡のない会話に、オレは少々ついて行けなかった。

「それを、赤の他人にぽっと渡したりするかい? しないよね? それと同様のこと、いや、それ以上の『幸運』を、赤の他人に、彼女はなんの見返りもなく渡したんだ。これが、どうことが分かるかい?」

「……いや」

 確かに、本当に分からない……

「自分の幸福のほんの一部でも、他人に譲るということは、大変な覚悟がいることなんだ。それが身内や、大切な人のためであってもね」

「……」

「……本題に戻る」 
「え?」

 白猫先輩の青い瞳は、かつてないほど真剣だった。

「確かに最終的に、彼女は願いを叶えず本を手放した。でも、彼女がすべてを捨てる覚悟で本を手にしたことは間違いないんだ。それが本を手に入れる条件だから。……本は手放せば、二度と手にすることは出来ない。彼女が覚悟を持って手に入れた本を、キミはどんな理由であれ手に入れた……」

「……」

「その『覚悟の本』を、キミは無駄にするのかい?」


つづく