【恋】
“特定の誰かに特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、できるなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて、歓喜したりする状態に身を置くこと”

 ……。

 オレは「恋」に対する説明の書かれた辞書のページを、昨日の“願い叶えの本”事件から、だいぶ冷静になった頭で黙って眺めていた。

 オレがこの辞書の説明文に載っているような感情を、あの“渡辺明日奈”に抱いていると?

 いや、一ミリも一致してないと思うんだけど?

 まずこの、「特別な愛情」ってなんだ? 抽象的でまったく分からない。
 そもそも「愛」が、具体的に分からない。

 それに渡辺と「二人きりでいたい」なんて、思ったことはない。遅刻の罰で図書委員の仕事を手伝ったとき、たまたま二人きりになるシチュエーションはあったが、あれは強制的なものであって、オレが望んだわけではないのだ。

「精神的な一体感」とは、渡辺と同じ思いを、共有したいということだろうか?

 新学期始めに図書室に行ったとき、渡辺とはまったく思考が違い、分かり合えないと感じたものだ。

 確かに考え方が似ているもの同士なら、友達、あるいは親友にはなれたかもしれないが、オレと渡辺の性格が違いすぎるという問題以前に、男と女は、絶対的に共感なんかし合えないと思うんだよな。

 分かり合えるなら世の中、男は、女は、ジェンダーレスはなんて、いちいち問題にならないはずだ。

「肉体的な一体感」とは、まあ……つまり、そういうことだと思うけど、別に渡辺と、そういうことをしたいなんて思っていない。

 確かに、あのとき勢いで押し倒してしまったが、あれは性的な衝動とは別のなにかが、オレの中で激しく働いたせいだ。

 あのときの苛立った感情に関しては、自分でも上手く説明出来ない。

 あの後すぐに、渡辺を押し倒したことをものすごく後悔したし、今ではあれ以上のことをしなくて、本当に良かったと心の底から思っている。

 なので「常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて、歓喜したりする状態に身を置くこと」も、オレの心情にはまったくそぐわないのだ。

 これでもオレが「渡辺明日奈」に恋をしているというのだろうか?

 本当に、解せない。

 なんであんな“願い”がページに映し出されたのだろうか?

 だいたいオレの「理想」はもっと――


「相葉くん、なに見てるの?」

 オレは耳元で突然響いたその声に、飛び上がりそうになった。

 反射的にその声の方へ顔を向けると、隣の席の石田奈美が、不思議そうにオレの方を覗き込んでいた。


つづく