「……」
「さあ!」
「……あの」
「なんだい?」
「……その」
「ん?」
「申し訳ないんですけど、オレ……『恋』なんかしてないです」
「……」
「……」

「……え?」

 オレと白猫先輩の間に、沈黙の空気が流れた。

 白猫先輩は信じられないモノを見るように、オレから視線を外さず、本を片手におずおずと身を引いた。

「……いや、そんなはずない!」
「って、言われても……」

 “恋”してるなんて言われても、オレにはてんで思い当たることがなかった。

「ウソだね!」
「……いや、ウソじゃないですって」

 オレが恋してないと、よっぽどこの人に不利益が生じるようだ。だいたい“願い叶えの本製作委員会”ってなんだよ? 怪しいことこの上ない。

 まあ、「童貞捨てたい」とは思ってたけど、これって単なる“欲望”であって、“恋”ではないんじゃないか? この人と絶対したいみたいな、特定の相手も今いないし。

「……そんなはず、ないんだ。本が開けたと言うことは、『恋』をしているはずなんだ!」

 白猫先輩は、そうブツブツ呟きながらワナワナと震えて、しまいには部屋の中をグルグルと徘徊し出した。

 ――なんだろ、この人? いや、猫か?

 視線に気が付いたのか、白猫先輩はキッとオレを睨むと、再び赤い本を差し出して来た。

「確かに、以前部室でキミに会ったとき、キミは条件を満たしてなかった。この短期間でなにがあったかは知らないけど、『恋』なんて、一瞬で落ちるモノだからね! キミが気が付いてないだけで、確実にキミは恋に落ちてる!」

 めっちゃ怖っ! なんなんだよ、この人……いや、猫か?

「そんなに恋してないと言い切るなら、ページを捲ればいい。それですべてがハッキリする!」

「……え……いや、その……」

 なんか、悪徳商法に引っかかる一歩手前のような気分。絶対に捲っちゃいけない気がした。

「本当は、気付くのが怖いんだろう? 恋をしている自分に、気が付くのが怖いんだ。そして、どんなあさましい願望がページに浮き出るのか、見るのが恐ろしいんだろ?」

 気が付くのが怖いと言われて、オレはドキッとした。

 心当たりなんかない……なのに、オレの心は警鐘を鳴らしている。そんな気がした。

 違う……そんなはずない。別に……好きなんかじゃない。そんな風には見ていない。

「……怖くなんか……」

「なら、ページを捲ってみろよ。さあ!」

 白猫先輩は、挑発的に本を無理矢理オレに掴ませた。

 本を渡されて、手が震える。

 知りたくない、自分の本当の気持ちなんて……

 ――気付きたくない。

 だけど、ほんの少しだけ心の奥に、真実を確かめたい思いが眠っていた。

 その思いは、本当はオレの本心だったのかもしれない。

 オレはその思いに導かれるように、恐る恐るページを捲った。


つづく