「ねえ、知ってる?」

「……あのウワサこと?」

「そうそう」

「学校内のどこかにある……」

「不思議な本……」

「選ばれた者にしか、見つけられない……」

「信じる者にしか、開けない……」

「『恋』の願いが叶う、不思議な本――」

***

 渡辺は、持っていたカバンを開いた。

「……これ、あなたに譲るわ」
「え?」
「書籍整理を手伝ってくれた、お礼」
 
 渡辺はそう言うと、カバンの中から赤い本をオレに差し出した。

 ……。

 ……お礼?

 それにこの本、どこかで……

 本を差し出した渡辺は……優しく、そして悲しそうに笑っていた。

***

 ……。

 渡辺を家まで送ったあと、自宅に戻ったオレは簡単に着替えを済ませて、机の上に置いた、渡辺から渡された赤い本を眺めていた。

 表紙になにも描かれてはいないが、いたって普通の、ハードカバーの本だ。

 あのウワサを知らなかったころのオレなら、「なんだろ、この本は?」と気軽に開いていただろう。

 いや、そうでなくても、開いていたかもしれない、いつものオレなら。

 本を渡して来たときの、渡辺の顔が忘れられない。

 その表情はこの本が「本物だ」と言っているようだった。

 願いが叶う本――

 バカバカしい。あり得ない。

 あり得ないのに――

 だいたい本物だとして、どうして渡辺は、その本をオレに譲ったんだろう?

 多感な年ごろの女子高生、オレなんかより、よっぽど叶えたい願いがあるんじゃないだろうか?

 ……。

 分からないことだらけだ。

 だけど……もし、本物だとしたら……

 オレはゴクリと唾を飲み込むと、目の前の赤い本の表紙を捲った。


つづく