……。
……。
「…………は?」
今、この男はなんで言った?
私は目の前の相葉悠一が、なにを言ってるのか、しばらく理解出来なかった。
“果実園リーベル”に、私と来ることが願い?
そんな願いに、一生に一度しか使えない“奇跡”を使ったの?
……。
……。
理解不能。
それが、まともな人間がする“願い”か?
この相葉悠一の“願い”はまさに、私にとって青天の霹靂だった。
どうしてこの男はいつも、私の予想外の行動をするのだ。あり得ないでしょ、そんな願い!
色々と言いたいことがあり過ぎて、頭が混乱する……言いたいことが纏まらない。なにから言えば分からない。
もっと……もっといくらだって、素晴らしい願いが叶えられたはずだ。
一生に一度のチャンスを、そんなことに使うなんて、どうかしている。
私が今まで見て来た人間の中で、きっと一番馬鹿な人間だ、きっと一番愚かな人間だ。
……。
そうだった。この人はそういった“人間”だった。
願いが叶ったということは、開いた本に映ったということだ……その願いが。
胸が詰まって、涙が零れそうになった。
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだ。
一体この気持ちの正体は、なんなのだろう?
私の心の奥に淀んでいる、真っ黒な暗闇さえ、優しく浄化して行くようなこの気持ちは……?
考えが、気持ちに追いつかない……。
言いたいことは……いっぱいあるはずなのに、言葉に出来ない。
ようやく私はやっとの思いで、その言葉を口にした。
「そんなことに願いごと使うなんて、バカじゃないの!? ……こんなこと、いつでも付き合ってあげるわよ!」
目の前の相葉悠一は、口をポカンと開けたまま呆けている。
なんて、間抜けな顔なんだろう……。
そう思うと同時に、その顔を見てると、胸がギュッと締め付けられるのに、とても温かくなるのだ。
心から、温かいなにかが溢れそうになって、涙も溢れそうになる。
こんな気持ち、今まで知らなかった。
こんな“想い”が、この世界にあるなんて、初めて知った。
相葉悠一が、教えてくれたのだ。
この温かく、私を包み込んでくれる気持ち……それもまた、“恋”の形なんだと、私はのちに、知ることになる。
***
私たちは果実園リーベルを十分堪能したあと、二人並んで気ままに街中を歩いていた。
「なんで今になって、願いを叶えることになったの? 本の貸し出し期限は二週間だったはず」
「バイト代が出るまで待ってたんだ。願いを頼めるのは二週間以内だけど、それから先の出来ごとにも、願いは関与出来るから」
「バイト……してたの?」
「図書室の手伝いをやめてからだけどな……ごめん、オレ、ウソ付いてた」
「分かってたわよ、ウソだって」
「え? マジ!?」
「フフ……で、なんでバイトよ?」
「金なくってさ……出掛けるのだって、金掛かるしな。まあ、今日の軍資金だよ」
「ああ、それは本当にご馳走様でした。大変美味しかったです。まさか奢ってくれるつもりだったなんて……って、待って、それ願いでなんとかならなかったの?」
「……あ!? そう言えばそうだな!」
本当に馬鹿な人……
「……でも、いいや。バイトもそれなりに楽しかったし。それに金まで本に用意してもらったら、カッコ悪いだろ?」
願いを本に頼っておいて、なにをいまさら。
「それに、もういいんだ。願い、叶ったから!」
う……そんな、朗らかに微笑まれると、もうどうしていいか分からなくなる。
そうだ。もう一つ……気になっていることがあった。
本当は聞くのが、とても怖かった。
でも聞かなかったら……私はその罪の十字架を、一生背負って行かなければならないだろう。
「聞きたいことがあるんだけど……“願い”の“対価”ってなんだったの?」
「!? ……さあ? なんだったんだろうな?」
……。
「ウソね。本当は知っているんでしょう?」
「……喋っちゃいけない契約なんだ」
「……それ、大変なもの? 酷いこと? だったら、私が代わりに……」
「落ち着けよ、心配ないから。それに対価は願った本人しか、払えないんだ」
「……そんな“対価”まで払って……そんな願いごとしなくったって、私……」
「いや、情けないけど“願い叶えの本”がなかったら、渡辺を誘えなかったと思う。アレがオレをどっちにしろ、後押ししてくれたんだ。……それに、どってことない“対価”だよ」
彼はとても晴れやかな顔で、フフンと笑った。
***
それから数十年後、彼を看取るときに聞いた……“対価”のことを。
喋ってはいけない――それは彼の方便で、私への気遣いだったようだ。
その対価とは――
『この“願いの恋”が最後の恋になる。この恋を手放したら、もう二度と“本物の恋”に落ちることはないだろう。貴方は今の恋に、全てを賭けられますか?』
おわり
……。
「…………は?」
今、この男はなんで言った?
私は目の前の相葉悠一が、なにを言ってるのか、しばらく理解出来なかった。
“果実園リーベル”に、私と来ることが願い?
そんな願いに、一生に一度しか使えない“奇跡”を使ったの?
……。
……。
理解不能。
それが、まともな人間がする“願い”か?
この相葉悠一の“願い”はまさに、私にとって青天の霹靂だった。
どうしてこの男はいつも、私の予想外の行動をするのだ。あり得ないでしょ、そんな願い!
色々と言いたいことがあり過ぎて、頭が混乱する……言いたいことが纏まらない。なにから言えば分からない。
もっと……もっといくらだって、素晴らしい願いが叶えられたはずだ。
一生に一度のチャンスを、そんなことに使うなんて、どうかしている。
私が今まで見て来た人間の中で、きっと一番馬鹿な人間だ、きっと一番愚かな人間だ。
……。
そうだった。この人はそういった“人間”だった。
願いが叶ったということは、開いた本に映ったということだ……その願いが。
胸が詰まって、涙が零れそうになった。
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだ。
一体この気持ちの正体は、なんなのだろう?
私の心の奥に淀んでいる、真っ黒な暗闇さえ、優しく浄化して行くようなこの気持ちは……?
考えが、気持ちに追いつかない……。
言いたいことは……いっぱいあるはずなのに、言葉に出来ない。
ようやく私はやっとの思いで、その言葉を口にした。
「そんなことに願いごと使うなんて、バカじゃないの!? ……こんなこと、いつでも付き合ってあげるわよ!」
目の前の相葉悠一は、口をポカンと開けたまま呆けている。
なんて、間抜けな顔なんだろう……。
そう思うと同時に、その顔を見てると、胸がギュッと締め付けられるのに、とても温かくなるのだ。
心から、温かいなにかが溢れそうになって、涙も溢れそうになる。
こんな気持ち、今まで知らなかった。
こんな“想い”が、この世界にあるなんて、初めて知った。
相葉悠一が、教えてくれたのだ。
この温かく、私を包み込んでくれる気持ち……それもまた、“恋”の形なんだと、私はのちに、知ることになる。
***
私たちは果実園リーベルを十分堪能したあと、二人並んで気ままに街中を歩いていた。
「なんで今になって、願いを叶えることになったの? 本の貸し出し期限は二週間だったはず」
「バイト代が出るまで待ってたんだ。願いを頼めるのは二週間以内だけど、それから先の出来ごとにも、願いは関与出来るから」
「バイト……してたの?」
「図書室の手伝いをやめてからだけどな……ごめん、オレ、ウソ付いてた」
「分かってたわよ、ウソだって」
「え? マジ!?」
「フフ……で、なんでバイトよ?」
「金なくってさ……出掛けるのだって、金掛かるしな。まあ、今日の軍資金だよ」
「ああ、それは本当にご馳走様でした。大変美味しかったです。まさか奢ってくれるつもりだったなんて……って、待って、それ願いでなんとかならなかったの?」
「……あ!? そう言えばそうだな!」
本当に馬鹿な人……
「……でも、いいや。バイトもそれなりに楽しかったし。それに金まで本に用意してもらったら、カッコ悪いだろ?」
願いを本に頼っておいて、なにをいまさら。
「それに、もういいんだ。願い、叶ったから!」
う……そんな、朗らかに微笑まれると、もうどうしていいか分からなくなる。
そうだ。もう一つ……気になっていることがあった。
本当は聞くのが、とても怖かった。
でも聞かなかったら……私はその罪の十字架を、一生背負って行かなければならないだろう。
「聞きたいことがあるんだけど……“願い”の“対価”ってなんだったの?」
「!? ……さあ? なんだったんだろうな?」
……。
「ウソね。本当は知っているんでしょう?」
「……喋っちゃいけない契約なんだ」
「……それ、大変なもの? 酷いこと? だったら、私が代わりに……」
「落ち着けよ、心配ないから。それに対価は願った本人しか、払えないんだ」
「……そんな“対価”まで払って……そんな願いごとしなくったって、私……」
「いや、情けないけど“願い叶えの本”がなかったら、渡辺を誘えなかったと思う。アレがオレをどっちにしろ、後押ししてくれたんだ。……それに、どってことない“対価”だよ」
彼はとても晴れやかな顔で、フフンと笑った。
***
それから数十年後、彼を看取るときに聞いた……“対価”のことを。
喋ってはいけない――それは彼の方便で、私への気遣いだったようだ。
その対価とは――
『この“願いの恋”が最後の恋になる。この恋を手放したら、もう二度と“本物の恋”に落ちることはないだろう。貴方は今の恋に、全てを賭けられますか?』
おわり