何事もなかったように、平穏な日常が戻って来た。
 
 ――何も変わらない。
 
 あんな不思議なことがあったことなど、誰も気付くはずもない。私しか知らない。

 当の私さえ、ときたまあれは「夢」だったのではと考えてしまうほどだ。

 でも同時に、私は“あること”をとても心待ちにしていた。
 
 相葉悠一が、願いを叶えることを……

 まるで、自分のことのようにワクワクした。
 おサルの相葉君のことだ、すぐにでも願いを叶え、私に自慢げに報告して来るに違いない……そう思っていた。
 
 でも、相葉君は報告になど来なかった。

 それどころか近頃では、学校が終わるとすぐに、いそいそと帰ってしまうのだ。

 ……。

 まったく拍子抜けだ。

 まさか……願いを叶えられなかった?
 あの猫の言ったことは、ウソだったの?

 私は驚くほど、がっかりしていた。
 そうこうしている間に、一カ月が過ぎて行った。
 
***
 
 陽が落ちるのが、だいぶ早くなっていた。
 感じる空気も、もう心地よく冷たい。
 図書室の中さえ外の空気に影響されて、秋そのものになってしまったかのようだ。

 一カ月前は雑然としていた図書室も、書籍整理は完了して、あるべきところにすべての本が収まっている。今では図書室は整然とし、本来の静けさを取り戻していた。

 そんなとき、彼が図書室にやって来た。
 
「渡辺」
「……相葉君?」
 
 もう何年も会っていないように、切なくなったが、久しぶりという感じはしない。
 
「どうしたの? 相葉君が図書室に来るなんて……また、罰当番でも喰らった?」
「ちげーよ。……あのさ渡辺、今度の開校記念日、予定とかある? もしなかったら……」

 私はピンと来た。
 願い叶えの本のことだ。
 ついにこのときが来た……。
 
「別に予定はないわ」
 

***
 
 約束通り私たちは、開校記念日に地元の駅で待ち合わせた。

 休日だから当然、相葉君は私服だったのだが、はじめはあまりの違和感に、まるで知らない人のようだった。

 別に、奇抜な服を着ていたわけじゃない。普通に彼には似合っている格好だったと思う。ただうまく言えないが、私の知らなかった彼のなにかを発見した気がして、私はなんだか胃の辺りがソワソワした。
 
***
 
「どこへ行くの?」

 よくよく考えれば、わざわざ休日に学校の外で会わずとも、あのとき学校で話してくれても良かったのだ。

 なんだろこれ? 話を派手に報告するための演出?

「渋谷」

 相葉君は、電車の窓の外を静かに眺めながら答えた。


つづく