「……大丈夫か? 立てる? やっぱ、先生呼んで来ようか?」

 相葉君が心配そうに、私に手を差し伸ばしてきた。
 この人なんで、こんなところにいるんだろう?

「大丈夫。ちょっと、貧血で倒れちゃったみたい」
「本当に大丈夫かよ? 保健室……って言っても、もうこんな時間だしな。病院の方がいいか」

 壁の時計を見ると、もう八時近かった。
 図書室内には、私たち二人以外誰もいない。みごとにシーンと静まり返っている。

「相葉君、なんで、こんなところにいるのよ?」
「……え!? ……いや、その……えっと」

 相葉君は、途端にしどろもどろしだした。彼は私を押し倒した日以来、図書室には来なくなっていたからだ。

 それはそうか。あんなことしておいて、どのツラ下げて、のこのこ図書室に来れると言うのか。少しでもまともな神経を持っているなら、私とは二度と、顔を合わせようとは思わないだろう。

 私もあれから、願い叶えの本を探していて忙しかったし、彼なんかに構っていられなかったので、正直助かっていた。

 それなのに、今になってなんで……
 
 ……。

 ――私を心配して?

 ……。

 なにを、心配するというのか?
 そんなことはありえない。

 彼が今ここにいる理由は、そんなことではないはずだ。

 でも……私は図々しくも、そんな理由しか思い浮かばないのだ。

 それは相葉君の理由ではなく、もしかして……私の願望なのだろうか?

 なんで……、なんでそんなことを、考えてしまうのか?
 
 ずっと……ずっと、馬鹿にしていた。

 バカみたいに恋愛ごとに夢中になる女子たちを。性欲に従順な男子たちを。
 愚かしくて、情けなく、頭の悪い連中だと見下していた。

 ……でも……彼女たちは、彼たちは“自分にとっての幸せが、自分の幸せ”なのだ。

 ――私はどうだろうか?

 金持ちになろうが、名誉を手に入れようが、頭脳明晰になろうが、美人になろうが、素敵な恋人ができようが、本当に幸せを感じることはないだろう。

 せいぜいそれらを自慢気に話して、百花の顔を歪ませたときに、はじめて喜びを感じるくらいだ。

 だって私は“人の不幸が、自分の幸せ”なのだから。

「キレイなお姉さんと一発やる」……なんとも純粋で、真っ当で、自分本位な願いだろうか?

 私の“願い”なんかより、よっぽどまともな人間の願いだ。

 ――涙が零れそうになった。
 
 それに気がついたところで、私は決して“まともな人間”になり得ることはないだろう。

 分かるのだ。どんなに心を偽ろうが、どんなに自分を言い聞かせようが、私は人の不幸ででしか、幸せを感じることができないと。

 きっと、死ぬまで変わることはない。


つづく