「自分の目玉を……譲るわ」

 私はそれが当たり前のように、抑揚なく答えていた。
 
「すばらしい『自己犠牲』だね。勲章ものだな」
「ああ、まったくだ。敬意を表して、これを差し上げよう」

 一角獣が差し出したものは、黒くくすんだトンガリ帽子だった。
 
 物語に出てくる魔法使いや、魔女なんかかがよく被っているようなものだ。もしかしたら、由緒正しく、価値あるものかもしれないけど、ちょっと汚れているし、なんだか臭う……。
 
 正直あまり嬉しくはなかったが、くれると言うのに貰わないのは失礼かと思い、私はうやうやしく頂戴した。

 ライオンと一角獣は食休みだと言いだして、再び岸辺に寝転んでしまった。

 ここから、どこに行ったらいいか聞きたかったのだが、声を掛けても体を揺すっても起きやしない。

 完全熟睡昼寝モード。テコでも動かない。夏休みに会った親戚の小さな子が、昼寝中、大声で呼びかけようが、体を揺すろうが、なにをしても起きなかったことを思い出す。

 小さな子供ほど、眠りが深い。

 この二人は、その幼子のようだった。
 
 子供か!

 ……。

 ……。

 仕方がないので、私はこれ以上の情報を、彼らに求めることを諦めた。

 まだ私の運命が、終っていない代物なら……

 途端に突風が、私に向かって突き抜けた。
 手から逃れたトンガリ帽子が、風に飛ばされて行った。
 まるで私の進む道を、指示すように……。

 “運命”

 手紙がキャンディーに替わっていたことも、私が先に進むことも……きっと運命なんだ。
 
***
 
 トンガリ帽子を追いかけていると、完全に森を抜けていた。気が付けば青々とした草原を私は走っていた。

 丈の長い草に少々足を取られるも、草の匂いが肺いっぱいに広がって行く。

 ……心地よい。

 こんな見渡す限りなにもない、絵画のような草原……現実では見たことはない。

 ときたま可愛らしく生えている小さな草花や、ポツンポツンと点在する形の良い岩の上にちょこんと、小鳥がとどまっているのを見ると、なんだかホッコリした気持ちになる。

 こんな、わけも分からない場所なのに――

 そんな感慨に私がふけっていると、いつの間にか後ろから、蹄の音が聞こえて来た。

 ……動物? 馬……かしら?

 私はおもむろに、蹄の音のしてくる方に振り返る。

 二頭の馬に跨った、何かがこちらに向かって来るのだ。

 私はその情景を見るやいなや、馬に跨った物はおそらく「騎士」だろうと察した。

 その二つの影は、ドンドンこちらに近づいて来る。

 ――案の定、馬に乗った騎士たちだった。

 馬に乗った赤い鎧の騎士が私に追いつくころ、左側から白い鎧の騎士が突っ込んで来た。

 赤い騎士と白い騎士は突然、私がどちらのトリコかということで、口論を始めた。

 初対面の相手に対して、いきなりトリコなどと、どれだけ自意識過剰なのか?

 とりあえず、とばっちりを食わないように、すぐ側にポツンと生えていた、木の影に隠れて見守ることにした。

 騎馬戦……リアルで見るのは初めてだった。だいたい平和な現代に生きている私のような人間が、そうそう騎馬戦を見る機会などない。

 せいぜい見れたとしても、なにかのイベントの催しや、「見せ物」としての、騎馬戦だ。ホンモノじゃない。

 乗っている馬の筋肉は躍動し、白い騎士と、赤い騎士のたずさえる剣同士が激しくぶつかり合って、火花を散らす。

 その火花の熱や、躍動によって巻き起こる空気の圧や緊張感が、こちらにも伝わって来るようだった。

 ……うわっ! 怖っ! すごい迫力!

 私はそのリアルな騎馬攻防戦に、かなり興奮気味だった。

***

 激しい攻防戦だったが、ついに決着はつかなかった。

 荒い息で倒れこむ二人に近づくと、二人は息も絶え絶えに、その言葉を口にした。

「全く不甲斐なき我らですが、貴方のために戦った」 

 ――頼んでないけど。

「その我らに、せめてもの労いを」
「ある問いに、答えていただきたい」
 
 やっぱり、来たわね。
 まあ、そのために待っていたものだけど。
 
「貴方の大切な人が浮気をしました。相手を許せますか?」

 赤い騎士が尋ねた。

「ここは、四択と言うのはどうだろうか? 合理的だと思わないかい?」

 さらに赤い騎士は続ける。
 
「A.大切な人を殺す、B.浮気相手を殺す、C.二人を殺す、D.誰も殺さない……さあ、どれを選ぶ?」

 物騒な選択肢だが、私の答えは決まっていた。

「A。大切な人を殺すわ」

 そう私が答えると、今度は白い騎士が口を開いた。

「それなら、貴方はその時どうする?」

 私は息をするように自然と、次の言葉を発していた。

「大切な人を殺して、私も死ぬわ」


つづく