目を覚ましたとき、そこは光のほとんど入ってこない、うっそうとした森の中だった。
汽車から降りた記憶はない。……放り出されたのだろうか?
こんなところで降ろされたって、どうしたらいいものか……
そう思っていたとき森の木々の隙間から、背中に白いまだら模様のある、可愛らしい子ジカが飛びたしてきた。
子ジカは、ついてこいと言わんばかりに、不気味な森の奥に消えていった。
***
深い森の中をだいぶ進んだが、途中で子ジカを見失ってしまい、私は途方に暮れた。
急にどっと疲れが噴出してきて、近くの木陰で休憩することにした。
腰を下そうとした瞬間、大きくて丸い物体が二つ、木の上からボヨンと落ちてきた。
始めは風船かなにかかと思ったが、やたら太っている。一応人型をしている生き物だった。
二人の姿はそっくりで、どうやら双子のようだった。
「この木はね」
「この木はねえ」
「僕たちの」
「僕たちのねえ」
『ものなんだよ!』
「だから、勝手に腰掛けてもらっちゃ」
「困るな~!」
「……」
サラサウンド……声まで同じ。
「ごめんなさい」
『許さない!!』
……うっ。
「でもさ」
「でもね」
「僕たちの」
「僕たちのさ」
『質問に答えられたら、許してあげる』
!
また……!?
「その想いを諦めれば、それ以外の幸せが全て手に入ります。君ならどうする?」
双子はそっくりな笑顔で、そう質問して来た。
……。
ここに来る前の私なら、その想いを諦めるか、諦めないか迷ったかもしれない。
ただ不思議と、今の自分に一切の迷いはなかった。
「その想い……諦めないわ!」
その答えを聞くと、双子は柔らかく微笑んだ。
「君にとって、他のどんなものにも代えられない『唯一』のものなんだね?」
「羨ましいね」
「羨ましいよ」
『そんなものを持っているなんて』
「……」
「だから許してあげる」
「許してあげるよ」
「だいぶ疲れているみたいだから、休むといい」
「この先に、ちょっとした小屋があるんだ。休むといい」
「……ありがとう」
私は双子が指差す方へ、ゆっくりと歩きだした。
歩き出し、少し経ったころ、ふっと私は後ろを振り返った。
双子は、大きく手を振っていた。
***
しばらく森の中を歩いていると、古ぼけたロッジ風の山小屋があった。
あの二人の、持ち家なんだろうか?
私は深呼吸をして、山小屋のドアノブに手を掛けた。
中は山小屋…と言うより、お店のようだった。
少し不気味な雰囲気ではあるけれど、アンティーク風にも見えなくはない。西洋の魔女のおばあさんでも出てきそうだ。
変わった植物の鉢や、ドライハーブが天井からぶら下げられていて、壁に備え付けの棚には、たくさんの綺麗な小瓶や、銀製のティーセット、ケーキスタンド、さらにはステンドグラスの照明器具が置かれている。
店の中央の大きなテーブルには、ガラス製のチェス盤に、色とりどりの宝石がついたアクセサリーが飾られていた。
店内には洋書も沢山並べられていて、店の奥には、変わった形のパンや、甘そうなお菓子が並んでいる。
私は、その湧き立つような店内の光景にしばし見惚れていたが、暗い室内にボンヤリと浮かぶ影が、あることに気が付いた。
幽霊かと思って、私は思わず身を引いた。
暗闇に目が慣れてきて、その姿がはっきりしてくる。
ヒツジだ……とても大きなヒツジだ。ご丁寧に老眼鏡を掛けて、編み物までしている。
……自分の毛で、編んでるのかしら?
「なにをお求めで?」
「願いが叶う本を」
私は咄嗟に答えていた。
ヒツジは編み物の手を止めて、目を伏せた。そして、再び目を開けるとこう言ったのだ。
「貴方の……」
「貴方の大切な人が、遠くに旅立つことになりました。もう二度と、会えないかもしれません」
……これは……
「貴方なら、どうする?」
……この質問は……
「別れを惜しみつつ、見送る? ……それとも全てを棄て、一緒について行く?」
そう続けたヒツジの表情は、穏やかだが、強い眼差しをたずさえていた。
つづく
汽車から降りた記憶はない。……放り出されたのだろうか?
こんなところで降ろされたって、どうしたらいいものか……
そう思っていたとき森の木々の隙間から、背中に白いまだら模様のある、可愛らしい子ジカが飛びたしてきた。
子ジカは、ついてこいと言わんばかりに、不気味な森の奥に消えていった。
***
深い森の中をだいぶ進んだが、途中で子ジカを見失ってしまい、私は途方に暮れた。
急にどっと疲れが噴出してきて、近くの木陰で休憩することにした。
腰を下そうとした瞬間、大きくて丸い物体が二つ、木の上からボヨンと落ちてきた。
始めは風船かなにかかと思ったが、やたら太っている。一応人型をしている生き物だった。
二人の姿はそっくりで、どうやら双子のようだった。
「この木はね」
「この木はねえ」
「僕たちの」
「僕たちのねえ」
『ものなんだよ!』
「だから、勝手に腰掛けてもらっちゃ」
「困るな~!」
「……」
サラサウンド……声まで同じ。
「ごめんなさい」
『許さない!!』
……うっ。
「でもさ」
「でもね」
「僕たちの」
「僕たちのさ」
『質問に答えられたら、許してあげる』
!
また……!?
「その想いを諦めれば、それ以外の幸せが全て手に入ります。君ならどうする?」
双子はそっくりな笑顔で、そう質問して来た。
……。
ここに来る前の私なら、その想いを諦めるか、諦めないか迷ったかもしれない。
ただ不思議と、今の自分に一切の迷いはなかった。
「その想い……諦めないわ!」
その答えを聞くと、双子は柔らかく微笑んだ。
「君にとって、他のどんなものにも代えられない『唯一』のものなんだね?」
「羨ましいね」
「羨ましいよ」
『そんなものを持っているなんて』
「……」
「だから許してあげる」
「許してあげるよ」
「だいぶ疲れているみたいだから、休むといい」
「この先に、ちょっとした小屋があるんだ。休むといい」
「……ありがとう」
私は双子が指差す方へ、ゆっくりと歩きだした。
歩き出し、少し経ったころ、ふっと私は後ろを振り返った。
双子は、大きく手を振っていた。
***
しばらく森の中を歩いていると、古ぼけたロッジ風の山小屋があった。
あの二人の、持ち家なんだろうか?
私は深呼吸をして、山小屋のドアノブに手を掛けた。
中は山小屋…と言うより、お店のようだった。
少し不気味な雰囲気ではあるけれど、アンティーク風にも見えなくはない。西洋の魔女のおばあさんでも出てきそうだ。
変わった植物の鉢や、ドライハーブが天井からぶら下げられていて、壁に備え付けの棚には、たくさんの綺麗な小瓶や、銀製のティーセット、ケーキスタンド、さらにはステンドグラスの照明器具が置かれている。
店の中央の大きなテーブルには、ガラス製のチェス盤に、色とりどりの宝石がついたアクセサリーが飾られていた。
店内には洋書も沢山並べられていて、店の奥には、変わった形のパンや、甘そうなお菓子が並んでいる。
私は、その湧き立つような店内の光景にしばし見惚れていたが、暗い室内にボンヤリと浮かぶ影が、あることに気が付いた。
幽霊かと思って、私は思わず身を引いた。
暗闇に目が慣れてきて、その姿がはっきりしてくる。
ヒツジだ……とても大きなヒツジだ。ご丁寧に老眼鏡を掛けて、編み物までしている。
……自分の毛で、編んでるのかしら?
「なにをお求めで?」
「願いが叶う本を」
私は咄嗟に答えていた。
ヒツジは編み物の手を止めて、目を伏せた。そして、再び目を開けるとこう言ったのだ。
「貴方の……」
「貴方の大切な人が、遠くに旅立つことになりました。もう二度と、会えないかもしれません」
……これは……
「貴方なら、どうする?」
……この質問は……
「別れを惜しみつつ、見送る? ……それとも全てを棄て、一緒について行く?」
そう続けたヒツジの表情は、穏やかだが、強い眼差しをたずさえていた。
つづく