――え?
 どういうこと?

 オレはわけが分からず、身動きが取れなくなった。
 フフッと、渡辺は鼻を鳴らす。

「年上の、おねーさんだったんだよ」
 
 オレは思わず絶句した。
 
「名前は友香さんって言ってさ、ちょっと垂れ目でかわいいの」
 
 ……っ!
 
「女のアソコって、実際グチャッとしてて気持ちわ……」
 
 オレは自分の顔が、熱くなるのをまじまじ感じた。

「おまえ、な、なんで……!」
 
「壁に耳あり障子に目ありってコトワザ、知ってる?」
 
「ど……どこで……聞いて……」
 
「隣の理科準備室。あーゆー話はさ、女の子がいるかもしれないところで、得意げに話さない方がいいよ? なんかモテない男って、アピールしてるみたいだし」
 
 渡辺は嫌みったらしく、ニッコリほほ笑んだ。

 今、浴びせられた言葉だとか、渡辺にあの理科室での猥談を聞かれてたことだとか、どこまで聞かれたのだろうとか、オレは頭がごちゃごちゃになった。
 
 そして頭に上った血が、寒々と引いていく音が聞こえる気がした。
 この図書室の奥っこに人がいなかったことを、オレは心底幸せに思った。
 
「で、相葉君にやってもらう仕事なんだけど、おいおい説明していくから、とりあえず今日は、この書類に書いてある新書の分別を色分けして欲しいの」
 
 淡々と仕事内容を説明する渡辺は、もう笑っていなかった。

 渡辺って、こんなやつだったのか?
 
 城内の隣にいる時の彼女は、もっと控えめで、目立たなくて、大人しそうなイメージだったのに。

 ……女って怖い。
 
 オレはバツが悪くなり、渡辺と目を合わせられなかった。
 
 居心地が悪くて、ここからすぐにでも逃げ出したかったが、それは今日起こったすべての負の出来事に、負ける気がした。

 というかここで逃げたら、女に泣かされたも同じだ。
 オレは半ばやけくそに、渡辺の向かいの椅子に腰掛けた。
 
「……おいおい説明してくって……今日いっぱいで、終らないってことかよ!?」

 オレは乱暴に切り出したが、渡辺はまったく動じない。

「当たり前でしょ。佐々木先生に大変だからって、言われなかった?」
 
「言われたけどさ……」
 
「人手足りないのよね。部活持ち多いし。あ、相葉君部活は?」
 
「入ってない」
 
「じゃ、いいじゃない。だいたい遅刻するのが悪いのよ。一学期中で遅刻しないで来た日って……入学式のときくらいじゃない? あれもギリギリだったし……」
 
「うるせーな! やればいいんだろ、仕事を!」

 渡辺の、高圧的な物言いは腹立たしかったが、口で女に対抗するのは絶対無理だ。

 ……にしても、オレが遅刻せずちゃんと来た日が、入学式だけとか……良く知ってるな……。

 ――イヤミな女だよ。

 ……もしかして、オレの遅刻って……そんなに有名?


つづく