【九月六日(土曜日)】
 
 土曜日、学校は休みだったが、私は学校へ向かった。
 いや、むしろ休みだったからというべきか。
 
***

 休日だというのに、運動部の連中なんかが、意外に沢山登校して来ていた。
 九月のまだ残暑残る中、ご苦労なことで。私はまったく気持ちのこもってない彼らへの慰めを、心の中で呟いた。
 
***
 
 職員室もまばらに先生や生徒たちがいたが、私はそ知らぬ顔で部屋に入り、堂々と部活塔の鍵保管場所に向かった。
 
 こういったことは、オドオドしているとかえって怪しまれるものだ。
 途中、誰からも声を掛けられることなく、私はなんなく文芸部室のスペアキーを手に入れた。

 部活塔の部室の鍵は万が一に備えて、スペアキーが用意されていることを、私は知っていた。
 
 しかしスペアキーを難なく手に入れたものの、出口までの道のりは途方もなく長く感じて、職員室を出た途端、足がガクガク震えだした。
 
 これくらいのことで……本当に自分が情けない。
 私はまだフワフワした足取りで、なんとか文化部活塔へ向かった。
 
***
 
 文化部室塔は静かなものだったが、奥の文芸部室はドアが開いていて、中から話し声が聞こえた。なんだって土曜日に、文化部が活動なんかしているのだ。
 
 本を探す上手い口実が浮かばず、結局私は、文芸部員たちが帰るのをじっと待つことにした。
 
***
 
 呆れることに、部員たちが全員に帰ったのは、もう日が暮れてからだった。

 こんな時間まで、なにを活動しているのだろう?
 文芸部の入り口の見える場所で、ずっと張っている私への嫌がらせかと、思わずにはいられない。

 文芸部のドアの鍵が閉められるまで、私は慎重に待った。

 鍵を掛けた文芸部員、最後の一人が完全に見えなくなるまで、息をのんで見守る。
 
 私は一応周りを確認し、滑るように部室内に入った。
 
***
 
 部室に入った途端、背後からガタッと物音がした。

 ……!?

 部室にはもう、誰もいないはずだった。
 口から心臓が飛び出しそうなのを、必死で堪えた。

 ……。

 壁に飾ってあった、絵画が落ちたのだ。

 こんな偶然、あるだろうか?

 ……。

 どうして……どうして、このタイミングで?
 だいたい、なんでこんなところに、絵画なんて飾ってあるのだ……。

 その絵画に描かれた黒猫と白猫が、こちらを睨んでいるように見えた。
 
 ……。

 不吉……。
 
 まるでその出来事は、自分の今後を暗示しているようで、私はしばらく落ちた絵画を凝視したまま動けなかった。
 
***
 
 私はなんとか気を取り直して、部屋全体を見渡した。たまたま壁から落ちた絵画なんかに、ビビっている場合じゃない。

 部室内は、雑然としていた。

 しばらく部屋の中を軽く探してみたが、赤い本など見当たらない。

 だがここで、諦めるわけにはいかないのだ。
 私はまさしく家捜しのごとく、部室内を引っ掻き回した。
 後で問題になるかもしれないなどと、考えている余裕はなかった。

 それだけ私は、必死だったのだ。
 
***
 
 赤い本が見当たらない……。

 百花や相葉君の見間違いかもしれないかと思い、別の色の本も片っ端から開いたが、それらしい本はなかった。
 
 普通の状態なら、ここで諦めていただろう。

 いや、もう本の存在を信じている時点で、普通の状態とは言いがたいが……。

 だが私は、必死だった。

 もしこの本に巡り会えなければ、自分は一生救われない……そう本気で思い込んでしまっていた。

***

「……」

 結局赤い本は、見つからなかった。

 文芸部室への忍び込みが露頭に終わり、私は自室のベッドの上で、ずっと呆けていた。

 相葉君が見つけた後、本はどこかへ移動したのかもしれない。

 本なんて、どこへでも持ちだせる。
 それに本のウワサは、百花たちの話だけではない。
 ここで、途切れてしまったわけじゃない。
 まだ、本を探す糸口はあるはずだ。
 絶対に見つけてやる……。
 

つづく