下校しようと私は図書室を後にし、廊下に出た。
 校舎内はシーンと静まり返っていた。生徒のほとんどは下校したのだろう。
 
 だがしばらく歩いていると、人影が目に入る。
 その後ろ姿には、最近特に見覚えがあった。

「あれ?」
「あ……渡辺」
「まだいたの? そんなに時間かかるとは、思ってなかったんだけど……」
「え……あ、まあ。渡辺こそ遅いな。今まで仕事してたのか?」
「うん。そんなとこ」
「……」
「……」
 
『まだ校舎に残っている生徒は、速やかに下校してください』

 校内アナウンスだ。
 
「……」
「……」
「……帰るか?」
「……うん」
 
***
 
 誰かと一緒に帰るなんて、久しぶりだ。
 いや……百花以外の誰かと帰ることになるなんて、思っていなかった。

 百花……。

 今日も高橋先輩と、一緒に帰ったんだろうな……。

 ナントカ先輩の名前は“高橋龍之介”って言って、一学年上の二年生のサッカー部員。
 女子に結構人気があるらしい。図書委員女子A情報。

 私は百花が高橋先輩にお熱だったのは知っていたが、見ているだけでなんの進展もないと思っていた。

 それに百花と高橋先輩は、周囲の人間から見ていても、特になんの接点もなかったそうだ。

 百花の話によると、それがいきなり夏休み中、花火大会のときに、高橋先輩に偶然会って告白されたというのだ。

 百花的には、本に願ったシチュエーションそっくりで、これはもう願いが叶ったとしか思えないとのこと。

 呆れるくらいの、少女漫画的展開。

 確かに現実離れしている……。でも、百花が願い通りに告白されたのは、ただの偶然か?

 告白されることはあったとしても、花火大会のとき、花火が打ち上がる直前で、告白された後、夜空に打ち明けられた花火を二人一緒に見るという条件も、完全に一致したらしい。
 
 信じているわけじゃない、信じているわけじゃないけど……。
 
「オレさ、今日あの本見たぜ」
「は?」
「願いが叶う本」
 
 ……。

 今、このタイミングで相葉君が、本の話題を振ってくるのは……偶然?

 ……。
 ……。

 ……もう、わけが分からなくなってきた。

 ……いや、落ち着け。
 私をからかっているだけだわ、そうよ……。
 
「どんな本?」
「えっと……ちょっと古臭くて、赤い……本だった」
 
『その本ね、リンゴみたいに真っ赤な本だった!』
 
「どこで見たの?」
 
 そんな、そんなもの、存在するわけないじゃない。
 
「文芸部の部室だよ」
「文芸部?」
「あ、えっとさ、その文芸部の先輩が、机に放り出してあった本を、“願いが叶う本”だって言い出してさ。ははは…本当に“願いが叶う本”のウワサって、流行ってるのな。石田も知ってたし……」
 
 百花もたしか、打ったテニスボールが文芸部室に入ってしまい、ボールを取りに行ったときに、本を見つけたと言っていた。

 文芸部室の件は、さっきのウワサ話の中にはなかった情報だ。
 おそらく私と百花以外、ほとんどの人間が、知りえない情報だろう。
 
「開いた?」
「え?」
「本よ」
「いや。触ろうとしたら、先輩に止められてさ……本当は、何の本だったんだろうな?」
「そう……」
 
 百花は不思議と、本に引き寄せられて、本を開いてしまったらしい。

 本を開いてから分かったことらしいが、本を見つけるにも、開くにもある条件があり、本を開けたとき、はじめて願いが叶うとか。

 あまりに馬鹿馬鹿しくて、条件の内容のことは聞かなかったが、なんにせよ、選ばれた人間しか、本とは巡り合えないことになる。
 
 ……頭がおかしくなりそう!

 なんだって、こんなことを言い出すのだ、この男は。
 どうしてこうも、私の心を掻き乱すんだ。
 
 もう一分一秒も、この男と一緒にいたくない!

 私は相葉悠一に別れを告げると、逃げるように道の角を曲がった。


つづく