【九月二日(火曜日)】
 
 図書室の窓の外の風景は、今日もいつもと変わらない。
 
 校庭では、運動部たちがひしめき合っていた。
 見つめていても、どうにもならないことは分かっていた。
 だけどついつい、目がいってしまうのだ。そういうことって……あるでしょう?
 
 でもそれを妨げるものが視界の横に現れ、ドキッとした。
 昨日と同じように、相葉悠一は立っている。幽霊かと思った。
 
「遅い!」
「……お前だって、外眺めて、さぼってんじゃんか!」
 
 ……っ!
 見られていた?

 決して他人には、踏み込まれたくない自分の領域に、土足で入り込まれた気分だ。
 相葉悠一の言葉は、どうしていちいち私を苛立たせるのだろう。
 相葉悠一は私の座っている向かいのイスを引くと、当たり前のようにそこに腰掛けた。
 
「で、今日はオレ、なにをすればいいわけ?」
 
 私は努めて平静を装った。
 
「今日は昨日やった色分け表を見て、ラベルを作って欲しいの」
「ラベル?」
「ああ、図書室の本の表に、分類ラベルが貼ってあるでしょ? それよ」
「あれか」
「じゃあ、よろしくね」
「え……おまえは?」
「私は他にも仕事があるんです! 相葉君みたいに暇じゃないの!」
「オレだって暇じゃないよ!」
 
 ……は!?
 
「暇でしょ? もう下校するだけなんでしょ?」
「……バイト始めたから」
 
 ……。

「今日から?」
「ああ」
「もしかして、昨日のこと気にして?」
「は?」
「お金を貯めて、女を買うって話よ」
「えぇぇ!? ……えっと、まあそんなとこ……」
 
 ……ウソね。よくそんな見え透いたウソを、つけるもんだ。はっ……!
 
「そんなにしたいんだ。ふーん、まあ頑張れば? でも手伝いはきっちりやってよね! 適当にやってると、佐々木先生に言いつけるわよ!」
 
 本当にこの男を見ていると、イライラする。
 私は相葉悠一をその場に残し、図書準備室に引きこもった。
 仕事はいくらでもあるのだ。
 
***
 
 気がつけば、もう五時を回っていた。
 一応バイトということに、しておいて欲しいみたいなので、相葉悠一に声を掛けておくことにした。
 
「相葉く~ん! もう、そろそろ五時回るけど、バイト大丈夫?」
 
 どうせバイトなんて、やっているわけじゃないんだろうけど、私なりの精一杯の嫌味だ。
 
「やべー! オレ帰るわ! じゃあな、渡辺!」
「あ、相葉君!」
 
 相葉悠一は後片付けもせずに、疾風の如く、図書室から駆け出していった。
 
「……」
 
 やつが図々しいのは承知していた。でもその態度はないんじゃない? どうして男って、こうデリカシーないのかしら!
 これじゃまるで、私が精神的罰当番を受けているみたいじゃないか。
 
***
 
「まだ残ってたのか? 渡辺」
「あ……佐々木先生」
「そんなに根を詰めなくても、いいんだぞ。……やっぱり大変か?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「相葉……はもう帰ったのか? バリバリ使ってやってな! もう、ボロ雑巾のように!」
 
 ハハハと、佐々木先生は気楽に笑った。
 相葉悠一の手伝いなんて、もう別にいらないなんて、とても言い出せる雰囲気じゃない。

 実際こんな遅くまで作業をしていたら、仕事が大変なんだろうと、誤解されても仕方ないし……。
 書籍整理が終ってしまったら……どうやって時間を潰そう。

 今の時期、運動部は大きな大会を控えてないせいか、練習も緩やからしい。下手をすると、あの二人と下校時間にかち合ってしまう。

 溜め息が零れた。

 一体私は、いつまでこんなことを続ければいいんだろう?
 
「戸締りは先生がやっておくから、気を付けて帰れよ」
「……はい」
 
 私は重い足で、図書室を後にした。
 

つづく